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machine head  作者: 伊勢 周
6章 生方宗助、初任務
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初任務


 五月十七日、アーセナル。司令長官室。


「病み上がりなのに申し訳ないんだが……、生方。初任務だ」


 それは今しがた、司令室に呼び出された宗助が聞かされた言葉である。

 岬は無事に検査を通り、そして宗助も岬の能力で治療してもらい、入院は三日間で済んだ。済んだからこそこうして、制服に袖を通して緊張した面持ちで司令の前に立っている訳である。


「記憶にまだ新しいと思うが、先日不破と稲葉が破壊した新種のマシンヘッド・カレイドスコープを、特別研究施設へと輸送する事になった。安全性、速さ、正確さ全てを考慮した結果専用高速列車で輸送する。それについて今回、不破、白神、生方の三人で任務についてもらう」


 司令室に呼び出された不破、白神、宗助は、黙って雪村司令と篠崎副司令の話を頭に入れる。いつぞやに不破が言っていたように、指示を聞いていませんでしたでは済まない。それまでは雪村が任務の概要を話していたのだが、今度は隣の篠崎副司令が話し始める。


「任務の内容だが……。その輸送列車の護衛、研究期間中は研究施設に滞在し警護、そして研究を終えたカレイドスコープをまたこちらに輸送する際の護衛。主にその三つだ。研究と言っても分析作業が殆どであるから、それほど時間もかかるまい。長くて一週間程だろう。何か質問は?」


 篠崎は質問を促しつつ三人の顔を見渡した。


「その研究所の場所はどこにあるのですか?」宗助が挙手して質問する。

「あぁ、そうか。生方には研究所の話はしていなかったかな。場所はそう遠くない。京都福知山にある。ここと相違ないほど山奥だがな。不破も白神も何度も行っているから、研究所についての細かい部分は二人から聴いた方が良いだろう。他に質問は?」

「いえ、大丈夫です」

「それでは明朝六時ちょうどに出発だ。今日は上がって、明日に備えてくれ」



 司令室を後にした三人は、自室がある生活居住区へと歩を進めながら会話を交わしていた。


「ようやく初任務だな。こないだあんな事件があったから、初任務って感じはしないか」

「充分ビビッてますが」


 不破が言う『あんな事件』というのは、つい先日起きた、デパートでのリル襲撃事件である。彼の自らの経験も交えながら、任務での心構えであったり自らの心情であったりを宗助に説いており、宗助はそれを真剣に聞き、白神は相変わらず何を考えているのかただにこにこ微笑んでいる。


 そうこうしている間に三人は居住スペースへと差し掛かる。


「おっと、俺の部屋はこっちだ。それじゃあ、VR訓練室に三○分後に集合。午後は明日の準備に当ててくれ」

「わかりました、また後で」


 不破の背中を見送り、宗助と白神も各々の部屋に向かう。といっても彼らの部屋は隣同士であるため、部屋に入るまで一緒になるわけだが。特に会話もなく歩く二人。

 宗助は白神に二人きりになったことで、先日見舞いに来てもらった時に醸し出した彼の妙な雰囲気を思い出して、少し気まずさを感じながら歩いていた。宗助はもともと、この掴みどころがない白神があまり得意ではないのだ。


(あぁ、早く部屋につかないかな……なんか気まずい)


 などと考えながら、宗助は先程よりもやや早足で歩く。


「あぁ、そうだ、生方さん。言おうと思っていたことが」


 今まで黙っていた白神が、突然立ち止まり声を出した。表情は言うまでもなくニコニコした笑顔。


「な、なんですか?」


 宗助は立ち止まり、白神に負けないくらいのにこやかな表情を作り出し返す。内心、また妙な威圧モードになられたら困るな、などと思いながら。


「この前、隊員食堂に『おでんうどん』って新メニューがあったんですけど、なかなかおいしかったですよ。……あれ? うどんおでんだったかな」

「…………。ははぁ……、なるほど、今度頼んでみます……」


 宗助はほっと一息ついて、再び歩き始めて、白神もそれに続く。それから彼らの自室まで、宗助が心配したような出来事が起こるわけでもなく。不破の示した予定通り、午前はしっかりと訓練をこなし、午後は翌日からの準備をして、いつもより少し早目に床に就いた。


         

 翌朝。

 宗助は緊張で眠れるだろうかと不安を感じていたが、杞憂に終わる。たったの三日間の入院ですぐに眠れる癖でもついたのか、午後十時に床に就いて午前五時前には目を覚ました。

 通常の軍隊であれば、全員一斉に起きて全員一斉に食事、全員一斉に訓練、生活リズムを合わせて連携を深める、といった様態なのだろうが、このスワロウという特殊部隊はその形態までもが少し特殊である。

 普段は皆と寝食の時間をできる限り共にはするのだが、宗助達が所属する特殊能力チームは個人や少人数チームで組んで動くことが多いため、起床時間や食事時間にそれほど制限はない。食事内容はある程度指導を受ける事にはなるのだが、それでもなかなかに自由な隊である。

 顔を洗って歯を磨き、制服に着替えて部屋の扉を施錠し、廊下を歩き始める。廊下は早朝ということもあり普段よりもしんと静まり返っている。食堂の出入り口で不破と白神にばったりと出会い、そのまま三人で食事をとった。

 早起きは三文の得というが、宗助がこの朝知った事は、不破は早朝だろうが深夜だろうが関係なく元気だ、という事だろうか。



 午前五時四十五分。アーセナル正面玄関乗降車口。


「よし、二人とも準備は良いか」

「大丈夫です」「問題ありません」

「オーケー、出発しよう」


 早朝だというのに、運転手は眠そうな顔一つ見せずそこで三人を待ち構えていた。不破・白神・宗助の順板で横並びとなって運転手の前に立つ。


「おはようございます。駅舎までよろしくおねがいします」


 不破が挨拶をして、二人がそれに続く。柴田は三人に顔を向けてニッと口だけで笑って、「おはよう。任せてくれ」と返す。そのまま三人が任務上の情報確認を行っていると、突如彼らの背後から声がかかった。


「どうやら三人とも、ちゃんと起きられたようだな」


 振り返ると、いつの間にか制服姿の稲葉が背後に立っていた。


「隊長、おはようございます」

「ああ、おはよう」

「どうしたんですか、こんな朝早くに。何か問題でも?」

「どうもこうも、俺達は出発の見送りに来ただけだから、気にしないでくれ。部下の初任務への出発を見届けないのもちょっとした問題だ」

「……達?」


 稲葉の言葉の端が気になった宗助は、稲葉の背後に気配を感じ、覗き込む。すると。


「おはよう宗助君。誰も気付かないから、どうしようかと思った」

「あ、ああ。おはよう。ごめんごめん」


 稲葉の大きい身体の陰に、困ったように笑っている瀬間岬がいた。


「岬。おはよう。すごいな、全く見えなかった」

「おはようございます、岬さん」


 不破と白神も続いて岬にも声をかける。白神はどうだかわからないが、不破は完璧に岬の存在に気付いていなかったようだ。正面から見ると、日本の女性の平均身長そのままである彼女は稲葉のシルエットにすべて収まってしまうため、それも無理はないのかもしれない。


「私たち、出発のお見送りにきましたっ」


 岬はそう言うと背筋を正し、右手を挙げその指を接して伸ばし額前に持ち上げ、敬礼のポーズをとった。それを受けた三人ともが、少し微笑んで同じように敬礼をして返す。


「任務の無事を祈っていますからね」

「そういう事だ。俺は同行しないが、お前達ならどんなトラブルが起ころうが大丈夫だと信じているよ」


 稲葉は三人の顔を見渡した。彼から見て部下達はとても頼もしく見えたし、三人もまた、隊長と岬が見送りに来てくれたことを嬉しく思い、その信頼に応えようと強く思った。

 間もなく出発の時刻が迫り、荷物を自動車のトランクに詰め込んで車に乗り込む。その日の車は偶然にも、宗助が以前スワロウに入隊する意思を固めた車で、宗助はその事をほんのひと月前の出来事なのに感慨深く感じていた。


「不破、白神。宗助を頼んだぞ。何かあれば直ぐに情報を飛ばす。宗助も、しっかり指示に従うように」

「任せてください」


 それぞれが元気な声で返事をして、車はゆっくりと走り始める。


「いってらっしゃーい!」


 岬にしては大きめの声、その壮行の挨拶を追い風のように背に受けて車は進む。宗助が車の中から振り返ると、いまだに稲葉と岬は見守っていてくれた。稲葉は腕を組んで、岬はちいさくゆっくりと手を振りながら。彼らの見送りを嬉しく思いながらも、宗助は何か忘れているような気がしていた。それが何なのかは、彼自身よくわからないまま。



 基地から車で一五分ほど走ると、スワロウ専用列車の停車駅へと到着した。

 トンネル内に設けられているそこは民間用では無いため当然改札は無く、掲げられた案内板は業務用の味気ない物が最低限そこらにぽつぽつと設置されているのみ。照明だけはやたら強く、通気ダクトや金網フェンスがギラギラと光を跳ね返しやたらと目立つ。プラットホームと並行して並ぶ列車は手入れが行き届いており、少し丸みを帯びたボディが照明を照り返している。

 宗助が周囲を見渡すと、積荷運搬作業車が小さなコンテナを運んでいた。


「取扱……注意?」


 そしてその中に一つだけ、えらく沢山注意書きが施されている積荷を見つける。


「あぁ、あれの中身が今回の任務のキモ、カレイドスコープだ。つってもコアは原型忘れるくらいぐにゃぐにゃにしちまったから、ちゃんと解析できるのかわかんねぇけどなぁ」


 宗助の隣で、不破が苦笑いしながら言う。ホームにはいくつもの列車整備士たちが忙しなく作業の為に走り回っている。車両の周囲には過剰なまでに警備網が張り巡らされており、その迫力に宗助は少し尻込みしてしまっていた。


 彼らを横目に、宗助達も所定の場所へそれぞれの荷物を積み込み、一旦列車から外に出て車掌から挨拶と説明を受けていた。


「列車は五両で進行します。一両目は運転動力室、二両目は食品庫および乗務員室、三両目は客室車両、四両目は貨物専用車両、五両目は車掌室になります。一両の長さは二○メートル、幅は三メートル五○センチ。高さは二メートル七五センチになっています。窓は全て強化ガラスを使用、通常威力の拳銃の弾丸程度なら貫通する事はまずありません」


 紺の制服に身を包んだ車掌は、見る限りは宗助たちより二回り程年齢が上のようで、物腰柔らかな雰囲気を持っている壮年男性であった。落ち着いた口調でじっくりと説明してくれるため、話を呑み込み易い。主にチームリーダーである不破に合わせて話を進めてはいるが、横で聞いている宗助にとっても充分な程に明解だ。


「あとは列車の運行時間ですが、午前六時四十五分に出発予定です。順調であれば二時間もかからずに目的地に到着します。途中で休憩を一度挟む予定ですが、それ以外はノンストップですので、よろしくお願いします」

「わかりました。こちらこそ宜しくお願いします」

「それでは、警護の方、よろしくお願いしますね」


 車掌はぺこりと礼をすると、五両目の車掌室へと歩き始めた。


「車両点検もかなりキツくやってる。不審者が侵入していないか、何か細工されてないかってな。四十五分の出発まであと十七分程だが、スケジュールが少しずれ込む事も有り得るな」


 不破は袖を少し捲り、左手首に巻いたスポーツ用のデジタル表記の腕時計をチラリとみやる。宗助もつられて自らの腕時計を見ると、六時二十八分、細かく言えば三十七秒を示していた。


「宗助」


 不破に名前を呼ばれて、宗助は顔をあげてそちらに視線を向ける。


「今さらだが、お前にとっちゃあどんな形であれ、初任務だ。わからん事、気になった事があれば、すぐに俺か、そこの白神に聞いてくれ」

「わかりました」

「俺たちはチームだ。良いチームになる為には、チームワークが必要だ。より良いチームワークを得るためには、とにかく『声』が必要だ。どんなに小さい事でも、声を出して伝え合う。一人では気付けなかったことも、チームなら気付ける場合もある。だから、遠慮なんてモンはどこかそのあたりに置いて、とにかく伝え合う。いいか?」

「それ。僕からも、よろしくお願いしますね」


 白神は不破のセリフにそう続けて、いつも通りにこやかな表情で「お先に失礼します」と言って列車に乗り込んだ。


「声、か……」


 宗助は、不破の教えを理解するためにそのキーワードを口の中で反芻したあと。


「あっ」


 と声を上げた。不破がその声に反応する。


「どうした?」

「不破さん。社会の窓」


 宗助の短くも的確な指摘に、慌てて不破が自らのズボンのファスナー部に目を向けると、全開とは言わないまでも、半開した例の窓が。不破はわたわたと宗助に背を向けてなにやらごそごそして、すぐに宗助の方へ振り返る。


「そうだよ! それだよ! 早速、お前、わかってるじゃねぇか!」


 と威勢よく言って、その後ごにょごにょと「いつからだ……」だとか「さっきトイレに行った時は大丈夫だったから……」などと独り言を呟きながら列車に乗り込んでいった。宗助は言うべきだったのかどうか少し考えながらも、不破は肯定していたし大丈夫だという結論に至り、続いて列車に乗り込んだ。


 出発予定時刻から三分遅れて、列車は走り始めた。


 自分の体を空気に抑えつけられるような、僅かではあるが不気味な圧迫感。窓の外はトンネルのため相変わらず黒一色だったが、列車が動き始めた事はハッキリと解る。

 訓練で幾度も装備していても、肌への密着感で未だに着慣れないボディアーマーに息苦しさを感じ、宗助は居心地悪そうに体を細かくよじる。

 三人それぞれ所定の位置に座り、無言。宗助は、不破がそうしているように背筋を正して、両足を少し開くぐらいにしてる。


 客室は、三人で過ごすには広過ぎた。そしてこの列車は大量に旅客を輸送するために設計された訳では無いため、一つ一つの席が非常に広々としており、その上座席の座り心地もなかなか良好。部隊の制服に身を纏っていなければ豪華な旅行気分に浸れそうな程であった。

 不破は、白神と宗助の顔を、目に力を込めて交互に見た。


「それじゃあ、まず今から二時間。カレイドスコープの護送任務、気を抜かずに行こう」


 遅れは生じたものの目立ったトラブルもなく、列車はぐんぐんと速度を上げていく。

 暗いトンネルを抜けて、東の地平から真っ白い朝陽が車内に差し込んだ事で、ようやく一日が始まり、そして同時にこの任務が始まったことを実感できた。




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