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machine head  作者: 伊勢 周
5章 放浪少女
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応援してる


 薄暗く、空気の代謝が良いとは言えないその場所は、床に僅かに幾つかの小さな光源が存在し、それらが室内を淡く照らす事で、完全な暗闇よりもかえって不気味さを助長していた。


「なぁ、フラウア」


 暗闇の中から声がした。低く、抑揚のない落ち着いた声。弱い光は声の主を僅かに照らす。まるで鉄のように鈍く輝く銀の髪、碧色の鋭い眼光、感情の起伏を読み取れない端正な顔。スワロウに所属する者なら、誰もがこの男の顔と名前を知っている。「ブルームクロム・シルバー」。一連のマシンヘッド事件について、自ら首謀者を名乗る男。年齢、国籍、経歴、身分、目的。何から何までが不明――。


「名前を呼んでいるんだ。返事くらいしてくれ」


 フラウアは、忌々しげにブルームを睨みつける事で呼びかけに応える。暗闇を二筋の鋭い眼光が突き抜けた。


「その右腕、『着け心地』を知りたい。痛いのか、痒いのか。それとも気分が良かったりするのか? 感じたままで良い、お前の感想が聞きたい」


 ブルームが視線を合わせる先には、機械と化したフラウアの右肩と右腕があった。彼の右腕は以前に生方宗助が切り落としたのだが、その失くした腕の代わりに、武骨でメタリックなマシンアームが装着されている。


「最悪だ」


 フラウアはその一言だけを、痰でも吐き捨てるかのように答えた。ブルームは相変わらず怜悧な表情。どれだけ熱く燃えたぎる炎さえ、彼の前では瞬時に消えてしまいそうな程に。


「……言葉が足りなかったか。お前の心中を尋ねている訳ではない。単に、着け心地を聞いているだけなんだ。次は利口な回答を頼む」

「だから最悪だ、と言っているだろう。耳は大丈夫か? もう一度言っておいてやろう、最悪だ。その耳がしっかりと聞こえていると前提して、こちらからも質問させてもらう。この腕、簡単に治す手段があったというのに、何故『アルセラ』を使用する事を許可せず、あえてコレなのかをな……!」


 フラウアの憎悪と憤怒が入り混じった言葉とそれに伴い発せられたオーラにもブルームは動じない。髪の毛一本揺らすことなく、ただじっとそこにいる。室内の晦冥が彼らの発する異様な雰囲気を一層不穏なものへと昇華させていた。


「――ちょうど良かった」

「……何だと?」

「ちょうど、その腕が出来あがった所だった。試作品だった。実験台が欲しかった。この回答で満足できたか? 出来たなら、いい加減に私の質問に答えろ」


 事務的で高圧的なブルームのその回答に、フラウアは憤り、激しく顔を歪ませる。


「ブルーム、貴様……ふざけやがってッ!!」


 天気を読み上げるようなブルームの口調、態度。彼はフラウアの肉体のことなど心底興味が無いようだ。重大な後遺症だとか生命活動への支障だとか、そんなものはどうでも良いと言外ににじませている。今にも飛びかかりそうなフラウアに対し、ブルームは言う。


「その腕は、何故そうなったと思う?」


 その質問を受け、フラウアの脳裏にあの日の記憶がフラッシュバックした。夜の大学、嗤いながら少年を追う、血塗れになった少年、そして――。圧倒的に優勢だった筈が、最後の最後で反撃を喰らう。ちぎれ飛んだ右腕、吹き出る鮮血。叫ばずにはいられない程の激痛。


(あれは、あの場面は……間違いなく僕の勝ちだった! それを、あんな素人の、それもガキに反撃されて、あまつさえ腕を……! 偶然だ。マグレだ、でなければ僕があんなッ――!)


 フラウアは、これ以上思い出すまいとして忌々しい記憶に蓋をしようとする。だがブルームはそれを許さない。記憶を無理やりこじ開ける。


「生方宗助を追い詰めた最後の最後、お前の考えていた事はこうじゃあないか? 『もう勝った』と。そして『さっさと終わらせよう』と。愚かなものだ。知性ある生物は敗北と失敗から多くを学び、二度と同じ過ちを起こすまいと成長するものだ。お前のその腕は戒めだと思うがいい」

「……くそ、人を使い走りにしておいて……!」

「質問に答える気がないのなら、実戦で見させてもらう。しばらく待機しておけ」


 ブルームは言い終えると、フラウアに背を向けて歩き始めた。しかし当然、フラウアの怒りは収まりが付く訳がない。彼は音もなくブルームの背後へと忍び寄る。


(お前……、ブルーム、先程、着け心地がどうだとか聞いてきたよな……。いいだろう、教えてやる。その脳天に、叩き込んでやるよ……味わえ、この右腕を存分に!)


 狙いを定める。撃ち込むは一点。後頭部に、最高の一撃を、と。


(隙だらけだッ、僕はお前を殺して、真の自由を手に入れるッ!)


 フラウアの繰り出した機械仕掛けのアームが、僅かに光を照り返しながら空気を斬り裂いて、ブルームの脳天へと一直線に動き始める。


「喰らって死にやがれッ!」


 フラウアの機械の腕は凄まじい正確さとパワーをはらみブルームへと襲いかかる。頭蓋骨を軽々と粉砕せんばかりの力量。そしてその行先、この世に残った結果は――、……空気が渦を巻くほどの、豪快な空振りであった。巻き起こる風の音と、数秒後に訪れた静寂。


「……あ……?」


 角度、タイミング、スピード。どれをとっても間違いなく直撃する筈だった。まるで、床があると思って足を踏み込んだのに、そこに床が無かったような感覚。肩すかしに、フラウアの口から間の抜けた声が漏れた。


(よ……避けられた? いいや、避けたようには見えなかった……。これは……)

「……僕が、わざと外して撃ったとでも……?」


 フラウアは慌ててブルームから一歩退いた。ブルームは自分を襲ったその男を、まるで家畜を見る様な冷めた瞳で見つめていた。


「成程。それなりのパワーとスピードだ。だが、まだ改良の余地はあると、ラフターに伝えておく」

 フラウアは再度攻撃を繰り出すタイミングを伺うが、その気持ちとは裏腹に身体は全く動かない。たった一度の不可解な現象に挫かれ、その場に立ち尽くすしかなかった。ブルームは今度こそ、フラウアの前から立ち去った。




 暗い通路を、ブルームは一人歩く。するとその背中を呼び止める声があった。


「ブルーム」


 姿はどこにも見えないが、暗闇のどこかに潜んでいるようだ。


「ミラルヴァか」

「情報だ。例の廃棄した失敗作が、奴らに回収された。資材調達も兼ねて自分が回収に向かう。問題はあるか」

「……あまり騒ぎを起こすなよ」

「……行ってくる」


 ミラルヴァと呼ばれた男は、ブルームの忠告には返事をせず、足音だけを連れて暗闇の向こう側へと消えて行った。



          *



 生方宗助、入院生活二日目。


「入院生活は退屈だなぁ……。怪我とかしたらこれが本来のあるべき姿なんだろうな。岬は偉大だ。身体は大事にしないと……」


 宗助は、口では退屈だと言っておきながら、なんだかんだと貴重な休暇を楽しんでいた。怪我が完治すれば、そこからはまた地獄のようなしごきが待っているのは想像に難くないからだ。

 これを機に少しくらい身体を休めたって誰も文句は言わないだろうと開き直って受け入れてみれば、退屈なのと、ベッドの寝心地が悪いのとを差し引いても入院もそこまで悪くない物であった。まだ傷はズキズキする事もしばしばあるが、医者の腕が良いのか、身体の調子はすこぶる良い。

 一つだけ肩身が狭い所を挙げるとすれば、宗助の妹・あおいも同じ病院に入院している故(病棟は内科と外科でかなり離れているが)、病院内でバッタリと会う可能性もあり、それは宗助からすればかなり好ましくない状況になることは間違いないので、あまり無暗に歩き回ると言う事は出来ないという点である。


 とにかく宗助は、看護士に貸してもらった小説を読みながら、束の間の休息を満喫しているのだった。コンコンコン。と、病室の扉にノックの音が響き、間髪入れずに扉が開いて看護師が入室する。


「生方さん、調子はいかがですかー」


 宗助は読んでいた本に栞を挟み閉じると、部屋に入ってきた医師と助手の看護士へと顔を向ける。この医師というのが凄まじい「やくまるさん」顔で、宗助が最初にお目にかかった時、それはもう大層震えあがったものだった。話してみれば患者想いで、腕も確かな良い医者である。余談ではあるが、宗助はこの医者を見る度に「本当はメスじゃなくてドスの方が使い慣れているんですよね?」と尋ねてみたい気持ちと闘っている。隣の助手は、例の身長がやたらでかい女性の看護士だ。


「経過は良好だね。順調に傷も塞がっていっているし、熱もひいた。と言っても、瀬間さんが回復し次第、君の怪我も治してしまうんだろうけど」

「はぁ……」


 自虐っぽく言う医師に、宗助は気の無い返事しかできない。


「妙な気は回さなくて良い。彼女の持つ『能力』の事は教えてもらっているからね。この病院の者も、そのくらいは知らされている。まぁなにやら、もっと奥がありそうだとは感じているが……」

「……そうなんですか」

「うむ。それでね、彼女の力を初めて目の当たりにした時は、それはもう驚いたもんだよ。必死になって何年も勉強して経験積んで、それでようやく医者になれたってのに、なんだか自分がバカみたいだってね。世界中から何百人優秀な外科医を集めようが、彼女の前ではただの有象無象になってしまう。あぁ、すまない、愚痴っぽくなってしまった」

「いえ」

「だがね生方さん。瀬間さんの力の原理というのは、殆ど何も解っていないんだよ」


 医者は宗助の目をじっと見る。その意味ありげな視線に宗助は少し仰け反ってしまうが、医者は構わずに話を続ける。


「医療だとかに限った話じゃあないが……、そういった『芯』がハッキリしていない物にばかり頼っていると、後になって、必ず綻びが生まれてくる」

「綻び……ですか」

「そうさ。いいかい、僕は、妬み僻みでこういう事を言っている訳じゃない。目の前の君だけに説教をしている訳でもない。創設時から君ら特殊部隊の事を知っているが……、彼女に頼り過ぎている、という君たちの現状の危険性の話をしている。全く頼るなというのも無理かもしれないがね」

「……なんとなく、わかったような、わからないような」

「まぁ、これは僕の人生での経験談だから、話しただけではやはり実感は湧かないだろう」

「いえ、でも、これを機会に色々と考えてみます」

「そうすると良い。まぁ、怪我をしないに越したことは無いんだが」


 その時、扉の外から「どうしたの。入らないの?」という声が聞こえてきた。宗助と医師と看護師は同時に扉の方に顔を向ける。ガラガラと扉が開く音が聞こえて、すぐに看護師が顔を覗かせた。


「先生、203の患者さん、目が覚めましたので、お願いします」

「あぁ、わかった。今行くよ。それじゃあ、生方君。お大事に」


 強面医師とデカイ看護士は部屋を去って行った。デカイ看護士が部屋を出る時に、もう入って大丈夫ですよーと、先程から扉付近にいるらしい誰かに声をかけるとその人物は、「は、はい。すみません」と恐縮した様子で返事をする。その声は、近頃宗助がよく聞きなれた……そして再び聞きたいと願っていた声だった。


(岬の声……?)


 宗助の病室を訪れたのは、瀬間岬だった。頭を打った関係か、頭がすっぽり入るニット帽を被って現れた。服装は病院貸与の入院着で、その上から紺のカーディガンを羽織っている。


「お邪魔します」


 岬は恐る恐るといった様子で病室へ足を踏み入れた。そしてまず彼女の目をひいたのは、ベッドの脇にある台上の花やら果物やら菓子やら、見舞品の数々だった。


「わ。すごい沢山」

「あぁ、うん。海嶋さんと桜庭さんと秋月さんが大量に持ってきてくれたんだ。なんでも、買い物に行ったら桜庭さんと秋月さんが、『どっちがどれだけ後輩想いか、多く渡すか』なんて言い出して、競い合いになったんだって。よかったら食べる?」

「んーん。私のところも似たような感じだから。変だよね、あの二人も」


 岬はくすくすと笑いながら席に着いた。膝を合わせて、手はその膝の上。非常に行儀正しい座り方だ。


「もう歩いて大丈夫なのか?」

「うん。歩く・歩けないどころか、次の検査で問題なかったら退院していいって。傷痕とかも殆ど残らないみたい。ただ、能力を使うのは完全に治ってからって言われていて。だから、治り次第、宗助君の傷も治すから安心してね」


 そう言って、彼女は怪我を負う前と変わらない、まるで淡い光を灯す満月のような笑顔を宗助に向ける。だが、「彼女に頼り過ぎるな」と忠告を受けた矢先、その言葉をすんなりと受け取る事も出来ず。結局「検査、通ると良いな」とだけ言い、自身の治療に触れるような返事はしなかった。岬も特にその事を変に思わなかったようで、話題は少しずつシフトしていく。


「宗助君は、……私が倒れている間、ずっと戦っていたんだよね。千咲ちゃんも『新人とは思えない言動だった』って言ってたし、すごいよね。本当に」

(なんかあいつの言葉は嫌味くさい……!)


 宗助は心の中でここにはいない千咲に対してそんな突っ込みを入れるが、岬は純粋にきらきらと眼を輝かせて宗助を見ていた。それは尊敬の眼差し。だが今回の件で、宗助は自らの働きに満足など到底できていなかった。それ故、そんな視線を受け続けるのが居心地悪くて、たまらず眼をそらす。そして思い出すのは、小柄な紺色髪の少女。


「……そんな事ないって。本当にいっぱいいっぱいでさ。相手も俺のことを舐めていたんだろうな。もっと狡猾にやられていたら、今こうしてここでこんな話できていないと思う」


 透明にする。有無を言わさずに命を刈り取る。恐ろしい能力だったと、今更再認識する。


「んーん。そんなの、生き残った、って結果のほうが大事だよ。生き残れたらそれでいいの。それに、隊のみんなもすごいって言ってたよ」

「そっか……。でも、まだまだもっと、頑張らないと」


 宗助が視線を窓の外の遠くに向けつつ言うと、岬はそんな彼を一瞬意外そうに目をぱちぱちとさせ、すぐにまた笑顔を戻した。


「じゃあ、私はそんな宗助君を応援します。まだまだ、もっともっとね」


 そしてニコニコと、有無を言わせない笑顔を見せるのだった。

 宗助はその笑顔を見る度に、悩み事やくよくよした気持ちなんかどうでもよくなる。毎度毎度、この笑顔はずるい、と思うのだった。



          *



 学校だとか会社だとかにも『そんな場所』があるように、広大な敷地面積と世界有数の施設を備え持つアーセナルにも、あまり人が寄りつく事のない場所が幾つか存在する。そのうちの一つが、アーセナルから更に山奥に設置されている『特殊犯罪者』の為の収監所である。

 そこに厳重に収監されるのは、通常の警察組織にお世話をさせる訳にはいかない『特殊な事情』を持った犯罪者達。人とは少し違った能力を持ち、それゆえに道徳を保てず、能力を悪用し周囲を傷つけて尚ドス黒い野心を捨てきれない、更生不可能な者達だ。

 しはしば、彼らに人権は認められない。収監所の更に奥には、尋問部屋がある。だが、能力によって犯した罪が銀行強盗だとか放火魔だとか、そういう類の犯罪者ならばこの部屋は使用されない。ならば、どういった者にその部屋が使われるか。それは、テロリストグループに所属しているとおぼしき者や、政治家暗殺等の行為を企てた者が該当する。


 そして本日、その部屋は『使用中』。


「お~~~い。そろそろ何か喋れよ。何時まで経っても楽になんかなんねぇぞ? お前がドのつくマゾヒストで、尋問されるのが楽しいってんならちょっとは考えるけどよ」


 尋問官が苛立たしげに声をあげる。視線の先には、先日宗助達を苦しめた透明男・レスターがいるのだが……彼の姿はというと、両手首を鋼線できつく縛られており天井に吊るされ、上半身は裸。全身に大量の汗が浮かんでおり、所々に暴行を受けた痕があった。頭部には真っ黒なビニール袋をかぶせられており、呼吸をするたびにビニールが膨らんだり萎んだりして、その度に顔の輪郭がビニールに浮き上がる。袋はほぼ密閉されているため、新鮮な空気は殆ど袋の中には残されていないだろう。


「ったく、何かそういう尋問への訓練受けてんのかぁ? んん?」

「ひゅー、うぅっく……ひゅー」


 レスターは、袋越しにくぐもった声を上げるばかりで、質問に答えようとしない。


『なぜこんな事件を巻き起こしたか』『一体何処の何者なのか』『仲間はいるのか』『何か組織だった行動なのか』『死亡した者とはどういう関係だったのか』


 判っているのは、名前と、あの小さな少女が狙いだったという事だけ。尋問という領域を超えたそれが行われるこの空間に正気の類は存在しない。一秒でも早く、真実を暴き事件を解決に導きたい。その強すぎる気持ちと裏腹に、淀んだ沼のように全く進展のなかったここ最近の状況。そこにやってきた久々の「流れ」を逃すまいと、必死に淀みを掻き払い、手繰り寄せる。何としても、少しでも情報を、と。追い詰めようとしている彼らの方が、むしろ何かに追い詰められているようであった。


 尋問官は、勢いよくレスターの頭から袋をはぎ取って、その顔を久々に新鮮な空気へと晒させる。何も苦しむレスターを可哀そうだと思って剥いだ訳では無い。一旦「楽」を味あわせる事で、「次」をまた、より苦痛な物へと進化させる為だ。飴と鞭という言葉があてはまるのかもしれない。実際には、「飴」など何処にもありはしないのだが。


「ごほっ、ハァッハァッ、ハァッ、ハァッ!」


 新鮮な酸素を求めて激しく咳き込む。レスターの顔は汗と涎に塗れていて目は霞んでおり、覇気等というものからはおおよそ縁が無い様子であった。


「オラ、ここで喋れば、もう『次』は無しだぞ。飯も食わせてやる」

「ハァッ、ハァッ! だから、っ……何度も言っているだろ……喋らないんじゃなくて、喋れないんだ、どうあがこうが喋れない、もう、勘弁してくれよ!」

「テメェ、地獄が見たいらしいな……」


 宗助と闘っていた時からは想像できない様な情けない顔と声で、レスターは尋問官に慈悲を乞うが、聞き入れられず。尋問官が新たなる拷問を仕掛けようとしたところに、背後から声がかかる。


「待て」


 声に反応して尋問官は振り返る。

 振り返った先には、稲葉に負けぬほど高い身長と大きい体格で、オールバックとは言わないまでも殆どの前髪を後ろに流しており、切れ長の威圧的で鋭い目つき。形容するならば、ライオンのように野性的で寡黙そうな男が静かに佇んでいた。


「副隊長……。お久しぶりです。戻られたのですね」

「あぁ、つい先程な。こいつか、なんとかっていう新人が捕縛した重要参考人」

「生方隊員です」


 注釈が入った新人の名前を意に介さず、『副隊長』はレスターの目の前まで歩くと、ふぅとため息を吐く。レスターは疲弊しきった表情で、新たに現れたその男に恐怖の眼差しを向ける。


「ふん。どうやら喋れないというのは、ただ単に口止めされている、という訳では無いだろうな」

「……と、言いますと?」

「なにか制約を加えられている。術者の不利になる発言や行動を封じるドライブ能力だとか」

「そんな能力に、実際に遭遇したことが?」

「今のところは無い。だが、『そんな能力がある筈が無い』とかいう発想はとうの昔に捨てた。お前も早く捨てろ。確信は持てんが、能力かもしくは催眠の類だとかか。勿論こいつが極度に我慢強いだけかもしれんが……何にしろ、気長にやるしかないな」


 副隊長はそう言って、にぃっと口角だけを上げる。彼が醸し出すその得体のしれない迫力に圧されたレスターの喉から、折角取り入れた空気がひゅっと漏れた。


「やれやれ……、長い付き合いになりそうだ。なぁおい、木偶の坊」




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