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machine head  作者: 伊勢 周
5章 放浪少女
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忘れて

 リルの家はモールから近いという事だったが、車で彼女を家まで送りながら、今日の出来事について事情聴取していた。宗助との関係、今回の襲撃犯とリルの関係だとか、どういった経緯で、何が起こっていたのか、等。

 幾つか質問をぶつけたが、回答の殆どは「知らない」「わからない」に終始した。宗助に関する話だけはそのまま話すのだが、それ以外はさっぱりといった様子。

 不破や千咲ができるだけ優しく丁寧に問いかけても、リルは本当に何も知らないようで、困った風な表情で「ごめんなさい、わからないです、すいません」と謝るばかりだった。


「あ、家、ここです」


 有力な情報は聞けないまま、気付けば三人はリルの自宅のアパートまでやってきていた。


「……不破さん」


 判断を促すように千咲は不破を見る。不破はというと、うーんと一つ唸ってから、


「まぁ、この子もお疲れだろう。部屋の前まで送って、……。『いつも通り』だ。そして基地に戻ろう。宗助と岬も心配だしな」


 と言った。


「……そうですね。じゃあ、リル。一応部屋の前まで送るわ。念のため」


 千咲も浮かない顔ではあるが同意して、リルの背中を押し彼女の部屋へ行くように促す。単純な気疲れもあるし、今後の彼女に対し行う「処置」を考えると、どうしても千咲の表情は明るい物にはならなかった。


 二階建てアパートの二階、真ん中の部屋が彼女の部屋だ。三人は、薄い鉄板を溶接しているだけの安上がりな階段を、カンカンと音を立てながら昇って、彼女の部屋まで歩く。扉の前まで来ると、リルは不破と千咲の方へと振り返る。

 そして、彼らに別れの言葉を告げられるのを防ぐように口を開いた。


「あ、あの! ……良かったら、その、お茶でも、飲んでいって貰えませんか? せ、狭いし、汚いですけど!」



          *



 じゃあ少しだけ、と部屋に上がらせてもらう運びとなった千咲と不破。

 玄関を上がってすぐに四畳ほどのダイニングがあって、そこを通り抜けた先にある居間に通され、座布団の上に座る。陽はまだそれなりに高いはずなのだが、部屋の位置の関係であまり日光が入ってこない為少し薄暗い。

 食卓には椅子が二つ備えてあり、それを見た千咲が、「二人で住んでるの? 勝手に上がって大丈夫?」と尋ねると、リルは「はい。どっちにしろ夕方過ぎまで帰ってこないので、大丈夫だと思います」と答えた。リルはそのまま「服を着替えてきますね」と言って別の部屋へと姿を消した。居間に残された二人はそれぞれ、千咲は正座で、不破は胡坐をかいて着替え終わるのを待つ。


「……岬が心配か?」


 部屋に入ってからも、浮かない、どこか上の空な表情の千咲を見かねて、不破が声をかける。


「……はい。それもそうですけど……。あの子、一体何者なんだろうって」

「何者って、ただの一般人じゃないのか。何も知らないみたいだが」

「宗助が言ってたんです。『敵の狙いはリルだ』って。でも、狙われるような子に見えないし、この部屋からしてお金持ちの娘さんで、身代金がどうとかっていう話でもなさそうだし」


 何気なく失礼なことを言ってのける千咲だったがそこには突っ込まず、不破は千咲の提起した疑問に思考を傾ける。そして目を瞑りまた少しの間うーむと唸っていたが、数秒後に目を開く。


「まぁ、情報が少なすぎるよな。俺たちが今どう考えようと、すべて憶測の域を出ない。宗助の怪我が治ったら、あいつにも話を聞いていこう。捕縛した二人も尋問にかけられるはずだ。今は焦っても仕方ないさ、じきに何らかの答えが返ってくるはず」

「でも……」

「ただ、な。……憶測になるが、今回マシンヘッドは絡んでないとはいえ、それでも全く関係ないとも言い切れない。それと話は飛ぶが、彼女はドライブ能力を見てしまった。これが問題なんだよ。マシンヘッドを見られたって程ではないが、充分機密事項に抵触してるんだよなぁ」


 その時の不破の顔は、普段見せない様な険しい顔をしていた。


「それじゃあやっぱり、あの子の記憶を……」

「そうなるな。というか、そうするのが決まりだろ。本来なら宗助に詳しく聞いてから時間を調節したいところなんだが……本人は大怪我でぐったりだし。そうだな……六時間程度『誤魔化』せば、問題ないか」

「そう、ですか……」


 千咲のその言葉を最後に、二人の会話は途切れてしまう。彼らとて、他人の記憶をいじくる事に何の抵抗もないかと言えばそうではなくて。ほんの十分や十五分ならばまだしも、場合によってはその人のこれからの人生さえも何らかの形で狂わしてしまうのでは? と、考えさせられる。そしてそんなことを出来る権利が自分にはあるのだろうか、という葛藤が時折頭を悩ますのだ。現状で必要な処置なのだとしても。


 そうこうしている間に、リルが着替えを終えて居間に戻ってきた。


「お待たせしました。すぐに麦茶を出しますね」


 すぐにぱたぱたとキッチンの方へ引き返す。

 彼女は冷蔵庫を開けると、二リットルペットボトルを取出し、用意していた二つのガラスコップにとくとくと中身を注いでいく。パッケージは緑茶ペットボトルだが中身が麦茶なのは、作り置きしてペットボトルに保管している為のようだ。

 お盆にコップを二つ載せて戻ってきた彼女は、あまりこういった、もてなし作業に慣れていないらしく、たどたどしい手つきで不破と千咲の前にお茶を差し出した。


「麦茶です。どうぞ」

「ありがとう。いただきます」

「あぁ、すまないな、わざわざ」


 二人はそれぞれ礼を告げて、コップを口へ運びお茶でのどを潤した。


「なぁ。今更な話だけど、すぐさっき出会ったばかりの人間を部屋に上げて大丈夫か? 俺たちが巧妙な手口を使った悪者だった、とかもあるだろうし」

「本当に今更ですね」


 不破の発言に、千咲が横目でじろりとにらみながら嫌味っぽく口を出す。しかしリルはそんなことは意にも介さず、


「いいえ。宗助が、千咲さんは友達だって言っていたので、それで充分です」


 と言ってにっこりと笑って見せた。その言葉を聞いた千咲と不破は再び目を見合わせて、そして次に顔を寄せ合ってひそひそ声で会話を交わす。


「……アイツ、この子にどんな魔法を使ったんだ?」

「さ、さぁ……。というか魔法って……」


 内緒話をする二人を、リルは不思議そうな目で見つめ、何か変なことを言いましたか? と言わんばかりに小首をかしげている。その仕草と視線に気づいた千咲は、すぐに不破から離れるとリルに話しかける。


「えっと、部屋に招待してもらえるのは嬉しいんだけど、どうしたの? あんなことがあったし、一人が心細いって言うなら、そりゃあまだ全然時間有るけどね。私休みだし」

「……その……そうではなくて……いえ、それもそうなんだけど……」


 千咲の頼もしい言葉に少し嬉しそうにしながらも、的を射ない返答。不破も千咲も、先を急かさずに、ちゃんとした言葉が返ってくるのを待つ。するとリルは、目元をきゅっとしめて、何かを決意したような、勇気を振り絞るような表情で語り始めた。


「私、宗助にお礼がしたい。それで、もう一度謝りたい。……何を言ったらいいのかとか、何をすればいいのかも全然思いつかないけど……。だけど、どこに住んでいるのかとか、全然知らなくて……」


 不破と千咲は何も言わなかった。何も言えなかった、という方が正解かもしれない。

 二人は彼女に対して、幼く気弱な少女という印象を受けていたが、目の前の彼女はハッキリと、自分の気持ちを一つ一つしっかりと伝えようとしている。彼女の醸す雰囲気に、自然と背筋が伸びた。


「いきなりこんな話をするのはどうかと思うけど、私……友達が、いないんです」


 本当にいきなりな話で、二人は少し首を傾げる。


「時々、今日みたいに知らない人に突然襲われるから、怖くて外にも迂闊に出れなくて。仲良くなれた人もみんなこういう事が起こるたびに傷ついて怖がって、離れていっちゃって。それでも今日も、最近はそういう事も起こってないからって、懲りもせずに外に出て……、やっぱりあんなことが起きて……」


 リルは、ただ一点をじっと見つめて独白のような告白を続ける。


「でも宗助は、あんなことがあっても、友達だって言ってくれて。すごく嬉しくて、嬉しくて、でもやっぱり少し怖くて。離れていっちゃうんじゃないかって、今も、怖くて。だからもう一度会って、自分の口で、行動で伝えたいんです。このままもう、宗助に会えない気がして、わたし……せっかく友達になれたのに、そんなのは嫌だから……! 今から宗助のところに行くというなら、わたしも連れて行ってほしいんです……!」


 言いたいことは言い終えたのか、リルはそれきり黙りこんでしまった。膝の上に乗せられた手は、ぎゅっと固く握り拳を作っている。一方で、一通り話を聞き終えた不破は「なるほどね」と呟いた。ある程度どんな事情が背後にあるのか予測をつけていたらしい。ゆっくりと口を開く。


「……宗助のあの怪我は、大事には至ってないが、しばらくは安静が必要だと思う。いつ元気になるかは、わからない。それに、俺達の仕事柄、そういった場所だとかの情報は教えることはできないんだ、悪いけどな。礼は伝えておくけど、そのお願いには応えられそうにない」

「そんな……。なんとか、ならないんですか!?」

「ならないな。俺がなんとかできる話でもない」


 冷たく言い放つ。不破とて好きでこんな断り方をしているわけではないのだが、下手に希望をもたせると余計に辛くなるだろうから、こう言うしかない。その言葉を受け、リルはあからさまにしょぼくれてしまった。そんな彼女を見て、不破は思う。

 この少女がどういった人生を歩んできたのかは、自分の及ぶところではない。友達がいないと言った彼女の前に、ようやく生方宗助という友人が現れたのに、それもまた不確かなものになりつつある。その不安は少し理解できた。能力のせいで一人ぼっちになった自らの青春を思い出して妙なシンパシーも感じていた。

 それでも自分は、今からこの少女の記憶から、今日の出来事を消そうとしている。否、消さなければいけないのだと不破は再確認する。つまり、彼女にようやくできた「友達」を、あっけなく奪おうとしているのだ。


 だが、不破はこうも考える。忘れてしまう方が、幸せなのではないだろうか、と。

 彼女と宗助の仲を取り持ってやる事は出来なくはない。だが、はっきりと表舞台に立つ事が無い自分達と深く関わろうとする一般人が居て、なんらかの不手際で情報が筒抜けてしまえば、今までの努力と苦労が水泡に帰してしまう。

 会いたいのに会えない、話したいのに話すことができない。楽しいことも辛いことも、制限が強すぎて共有できない。そんな時間を過ごすよりは、彼女の今日の記憶を消して、ドライブを悪用して彼女を狙う悪が居るのならば陰で彼女を守る。それが今まで築いてきた、特殊部隊スワロウのやり方だ。


 不破は、そんな風に少しばかり傲慢な理論で自らを納得させた。

 リルはマシンヘッドを見た訳ではない。ただ、彼女が今日見たであろうものは、限りなく黒に近いグレーなのだ、と。そして彼は、制服のジャケットの右ポケットを探る。指先で目的のものを探り当てると、リルの名前を呼んだ。


「……はい、なんでしょう」

「見てもらいたいものがある」


 ポケットから取り出した握り拳をリルの前に差し出す。俯いていたリルは顔をあげ、きょとんとした表情で、差し出されたこぶしを見つめていた。


「この手の中の物だ。よく見てくれ」


 そう言って、不破の指が小指から、薬指、中指、そして人差し指。順に開いて――。


 ポンッ!


 小さな破裂音が部屋に響く。リルはそのままあっけなく意識を手放した。床に倒れ込みそうになった所を千咲が抱き止める。

 不破は、はぁー、と長い溜息を吐いて


「……すまない」


 たったそれだけ、謝罪の句を述べた。



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