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machine head  作者: 伊勢 周
5章 放浪少女
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ダブルドライブ 8


「岬、まだ、救急が来るまで時間かかるんだから……しっかり」


 意識が無い岬に対して、千咲はずっとこうして話しかけてやる事しか出来ない。こう言う時、「もう大丈夫」だとか「助かる」だとか、安心させるような言葉を聞かせ無い方が良い(安心させると踏みとどまろうとしなくなる)らしく、こうして「まだだ」「時間がかかる」等と踏ん張るように促すような言葉をかけ続けているのだ。

 そして岬を見守る彼女の思考で、今回の敵に関してどうしても何かが引っかかっていた。


(もう一回、最初からまとめてみよう。自分たちが爆発による瓦礫の雨に遭って、その音を聞いた宗助がこっちに向かった。そのすぐ後にはもう、私にこの数字がついていた。それとほぼ同時に宗助は『透明の男』に襲われて、それを一旦撃退。そのすぐ後にわざわざ私のところまで来てご丁寧に能力の説明をしていった?)

「……すっごい変。無理がある」


 思わず思っている事が口から出たが、気にしない。


(辻褄が合わない。ほんの十秒や二十秒で行き来できるような距離ではないのにも関わらず、わざわざなんで? だいたい、私にはカウントダウンで、宗助にはナイフ?)

「………………あれ?」


 突然知恵の輪の解き方がわかってしまったように、彼女の中で何かが繋がった。


「そもそも、なんで敵は一人って決めつけてたんだろ……」


 千咲が辿り着く答え。それは。


(『透明人間』と『死の宣告』。本当に能力を二つ持つ人間などいるのだろうか。いいや、自分もドライブを扱えるからこそわかる。そんなものは不可能だ)

「……敵は、間違いなく二人以上いる」


 そして、宗助が対峙している男は「透明になれる人間」ではなくて、「対象を透明に出来る人間」なのでは? それは仮定というより、確信であった。そちらの方が能力を考える際にも無理が無い。話を聞く限り、衣服だとか武器までもが透明化しているのがその証拠なのである。むしろ普通なら、先に透明に出来る能力と考える場面。最初から、至極簡単な話だったのだ。


「どんだけ頭の回転悪いのよ、私!」


 千咲は、冷静でなかった自分の頭に苛立ちを覚えながら推理を詰めていく。


「もう一人、いや、一人以上の敵が透明になった奴がいて、そいつが……」


――このカウントダウンの能力者!


「宗助っ、聞いて!」


 千咲は慌てて電話を持ち上げて、大きな声で呼びかけた。



          *



 一文字千咲が死亡するまで残り264カウント。つまり四分を切ろうかというところ。

 床に落ちた携帯電話から、彼女が宗助の名前を呼ぶ声がする。その声がもちろん宗助の耳に届いていた。すぐにでも拾い上げて返事をしたいのだが、それができない。今、宗助は敵を見失っており、下手に身動きがとれないのだ。その原因の一つとして、うまく空気の流れが読めないでいた。屋内であるのに、絶え間なくあちこちで風が吹いている。まるで妨害電波が割り込んでいるように宗助の空気感知を邪魔をする。彼の未熟な感覚では悉く邪魔されてしまうのだ。

 初めてこのコートの男・レスターに絡まれた時のように、お互いの姿が見えるという平等な条件なら、宗助の方が圧倒的に戦闘能力が高い。だが相手も馬鹿でないし、自らの能力を誰よりも熟知しており、上手に立ち回っている。

 空気感知がうまく機能しないとなると、宗助にとってあとは、音とペンキの罠だけが頼りの綱である。懐の中にいるリルは、持てる勇気は使い果たしてしまったのか手を胸の前で組んで縮こまっている。


(やるしかない……俺のエアロドライブ。この一か月、肝心な時はこいつが守ってくれた)

「ドライブで大事な事は、自分を信じる事、できると信じること」


 小さく呟いた、数秒後。勝負の時はやってきた。

 宗助の左側から物音がして、そして床のペンキにべたりと足跡がついたのだ。それはほとんど脊髄反射だった。宗助は振り向くと、右手をそちらに突き出す。


「そこだッ!」


 宗助は空気の弾丸を、ありったけの力で指先に圧縮し、発射した。

 図らずとも、見えない男に対しそれは見えない弾丸。銃のように派手な音は出さず、僅かな風切り音を残して宗助の掌から三発、放たれた。

 宗助の頼みの綱、奥の手の行方は―……

 レスターに、当たることはなかった。空気弾は、バスッ、バスッ、バスッというむなしい音をたてて、宗助のすぐ目の前にあった何かの袋にあたって、粉上の中身がパラパラと漏れ出した。

 時間が止まったような一瞬の静寂、そして。ザクッという、肉に何かが突き刺さる音が響く。


「ぐっああぁッ! ……ううぐっ!」

「宗助!」


 宗助は左足に激痛を感じ、今度こそ悲鳴を上げる。宗助が自分の左足に目を向けると、グロテスクな傷口がぱっくりと開いており、確かにそこに透明な『なにか』が刺さっている。

 またしても鋭利な刃物を投げられ、命中させられてしまったのだ。流れ出る血と共に、左足から、体中から、温度が、力が抜けていく。宗助の出血量は既に限界に近かった。そのまま、がくりと膝は崩れ床に墜ちた。


「間抜けか! 靴をそこに置いただけで、引っかかってくれるとはな!」

(――なんてことだ……)

「そして今の見えない弾丸、やはり予測通り! お前の能力は空気を生み出し、読む能力!」

(こんな、単純な罠に……!)

「今度こそ終わりだ! お前は尻尾を巻いて逃げるべきだったんだよ!」

(……逃げ、る……)

「勝った、死ねっ!」          


 店中に勝利宣言がこだまして、レスターは透明状態のままナイフを振りかぶった。宗助は、うずくまっていた顔を上げてギラリと眼を光らせて、こう言った。


「……逃げる? そんな選択肢はどこにもない……逃げてちゃ誰も守れないからな!」


 宗助が袋を破った事で床にこぼれ落ちた粉末を無造作に握りレスターがいる方向に無造作に投げつけた。宗助が発生させる風に乗って、次々と粉が空中に舞い上がる。


「うおッ!」


 顔面に薄いピンクの粉を浴びせられ、レスターは目つぶしにあいのけぞった。


「粉末消火剤……さっきは『誰が買うんだ』、なんて思っていたが、……買うよ。俺が買う。二袋でも三袋でも買ってやるよ……安いもんだ!」


 宗助は空気弾で、さらに粉末消火剤の入った袋に穴をあけていき、零れ落ちた中身をレスターのいる方向へ吹き上げる。


「くそ、目つぶしか、小細工を! そんなに数秒でも生き延びたいか!」

「目つぶし? そんなもんじゃない。お前と俺は、これでようやく対等になるんだ」


 宗助のその言葉に、はっとしたようにレスターは自分の体を見る。空中に舞う粉末は、透明だろうがなんだろうがレスターを突き抜けて進むわけがなく、その不自然な「粉末の流れ」は、レスターのいる場所を如実に語ってしまっていた。体に付着していく粉は、よりはっきりと透明の男を現実に浮かび上がらせる。レスターは慌てて自分の体を払うが、払った先からどんどん粉が舞い上がり押し寄せ、いたちごっこであった。

 そうしている間にも、宗助は次々と粉を宙へと舞い上げた。


「おいおい、……透明に出来るのはその手に触れたもんだけか? あわてて自分の体触りまくって、情けないったらないな」


 レスターの能力、「インビジブル・ドライブ」の弱点。それは今しがた宗助が言った通り、「手で触れた物しか透明に出来ない」という事。


「『|俺の能力なら安全に運べる《・・・・・・・・・・・・》』そのセリフでピンときた。透明になるんじゃない、透明にするんだってな」


  宗助は地面に零れる粉末をさらに握って、よろよろと立ち上がり、再び風を巻き起こして、レスターに粉末を吹きつける。


「このっ、この死にかけのクソガキィがァァァァァァッ!」


 レスターは完全に透明になりきるのを諦めて、宗助に襲いかかる。

 右手のナイフによる突き。レスターの攻撃は、透明でなければ相変わらず直線的でわかりやすく、負傷でうまく動けない宗助でも見切るのには充分だった。

 左に身体を傾け突きをかわしつつ、手首を掴み、ナイフの峰を上から手刀ではたいてナイフを叩き落とす。そして、レスターのどてっ腹に拳を打ち込んだ。

 宗助は失血により弱り切っていたが、その拳には今までのどの攻撃よりもハッキリとした手応えがあった。

 レスターは、かはっと肺から空気が押し出され呻き、彼の身体はちかちかと信号が点滅するように、あるいは切れかけの電球のように、透明化と解除を繰り返す。能力者の意識とシンクロしており、これはレスターの意識が明と不明の境界線に立っていることを表していた。


「うおおおおぉぉおあああぁッ!!」


 宗助は自らを奮い立たせるべく、そして既に限界を超えている体に鞭を打つべく、腹の底から獣のごとく、喉が張り裂けそうな雄叫びをあげて、全身から血を噴き流しながら拳を握り直す。

 そして腹部へ一発、ひと呼吸置いて胸部にもう一発。


「うらぁあああああああッ!」


 そして三発目は顔面に叩きこむ。振りぬかれた拳の勢いに乗って、レスターの身体は反転しつつ吹き飛び、そのまま顔面ごと床に激突、さらに反転して今度は背中から着地し、止まった。


「はぁッ……はぁッ……」


 宗助は激しく呼吸をしながら自分の右手を見て、そして粉とペンキにまみれて倒れるレスターに視線を向ける。


「……戦いの最中に……。『勝った』なんて、言うもんじゃない……。油断したな……」

「ちくしょォ……こんな……こんなハズ……は……」



 レスターはか細い声で、悔しそうに呟いた。そしてその頃一文字千咲に残されたカウントは、【118】まで減っていた。二分を切ったのだ。


 宗助は、今にも倒れそうな体で最後の力を振り絞り、足をひきずりながらレスターの元へ歩くと、その胸倉をつかむ。


「さぁ、呪いを、解除しろ! 解除すれば、これで終わりにしてやる……!」

「……できない、相談だ」

「このっ……! 早く、しろッ」


 宗助はさらにきつく胸倉を締め上げる。


「する、しないの問題、じゃない。できない、と、言っている、んだ」


 腹部へのダメージが強いのか、途切れ途切れに話すレスター。だが話す内容自体が宗助の怒りと焦りを過熱させる。宗助はレスターの顔面に、もう一撃拳をお見舞いした。


「うぶッ……。く、く」


 そこでレスターが不細工な笑顔を見せた瞬間、宗助の怒りが最高点に達する。


「お前を殺さなきゃ解除できないって言うんなら、俺は躊躇なくお前を殺す!」

「むだ、だ……」

「早く、千咲にかけた呪いを解けっつってんだよォォォォッ!」


 宗助の怒りの絶叫がフロア中に響き渡る。しかしレスターは動じない。


「……お、れ、じゃあ、ない」

「……なに?」

「もう、いいだろう。お前の言う、『呪い』は、俺の、仕業じゃない、と、言っている」


 レスターは、愉快そうに、そして苦しそうに笑う。力が入らないのか、手足はぶらんとぶら下げているだけだが。そこに、地面に落ちている携帯電話から再び、宗助を呼ぶ千咲の声がした。


『宗助、宗助っ! 聞いて! 私の呪いはきっと、そいつの仕業じゃない! 呪いの能力を持った奴を、そいつが透明化したんだ!』

「……!」

「くく、く……ちゃんとわかってるじゃあないか……。正解、だ……。かわいそうに、もっと早く気付けていたら……違った結果が見れていたのかも、な……」


 なぜそんな単純な事に気付かなかったのだろう、と、愕然とした。透明になれる能力ではなく、自分を含めて物を透明にできる能力なら、それによって透明になった別の敵がもう一人いて……、という答えが一番状況に当てはまるではないかと。

 目の前の男の見せた『俺の能力だ』と言わんばかりのハッタリにまんまと騙されたのだ。宗助はレスターの首を締め直すと、頭突きしそうな勢いで顔を近づけ、睨みつける。


「……そいつは、どこに居る!」

「知らねぇよ……元々、奴と組んだ理由は、邪魔者を始末するのに適していたってだけだ。今回も……奴が騒ぎを起こした、混乱に、乗じて娘を手に入れる、ってだけの、くっ……シンプルな、作戦だった。作戦なんて、呼べるかどうかって話だが……まぁ何にしろ、奴に、娘に対する執着は無い。あいつにあるのはたった一つ、『人が死ぬ瞬間』への好奇心。それだけだ。くく……まじに狂ってるぜ……残念だったな……」

「この……! この野郎ッ……!」


 宗助が、まんまと術中に嵌められた悔しさで顔を歪める


「この喧嘩に負けはしたが……お前のその顔を見られて、俺は満足だぜ……胸がすっとすく思いだ」


 宗助は全てを聞き終わる前に、レスターの胸倉を離し、右手で拳を作り振り下ろした。


「ぶぐッ!」


 ゴン、という音が鳴り、その勢いでレスターは地面に激しく頭を打ち付け意識を失った。そうして、完全に彼の透明化は解除された。



          *



 それは、いきなりの出来事だった。

 千咲からほんの十メートルほど離れた場所に、まるでテレポートして来たかのように人間が現れたのだ。えらくやせ細っており、年をとっているのかただ単に老け顔なのかも判断しかねるようなしわがれた顔で、頭髪は黒く短め。かがみこんでいるため身長はわからないが体格は小柄である。その男は、にやにやとしまりのない顔でじっと千咲を見つめていた。


(……絶対、あいつだ。間違いない)


 それは、千咲にそう確信させるのに充分であった。透明化が解けたから、この男の姿が見えた。そう、彼は最初からどこにも行っていない。ずっとここで、静かに千咲の事を『観察』していたのだ。彼女の死ぬ様を見るために。死が近付くにつれて絶望する様を見るために。

 その前から、千咲にはちょっとした確信があった。敵の吐いた台詞「いつまでそんな事を言っていられるか、見ものだ」というのが、どうも気にかかっていた。「お前が死ぬまでずっと見ているぞ」、というニュアンスにもとれるこの台詞。千咲としては、この時にはもう勘づくべきだったのかもしれない。「透明の男」は二人いると。宗助にちょっかいを出しているのとは、別の人間なのだと。頭上を見る。残り、30カウント。


(もう、時間的にラストチャンス。ぐずぐずしている暇は無い! あそこまでなら、だいたい三歩跳べば行ける……! だけど)


 その時点では、もう一人の犯人であるその痩せた男は、自らの透明化が解除されている事に気付いていなかった。千咲の残りカウントが少なくなって行く事に夢中で、よく観察しようと身を乗り出していて、周囲どころか、自分さえ見えていないのだ。


(私が気付いている事に、透明が解けている事に、気付かれちゃいけない。逃げられるのは絶対にダメ。一発で仕留める……きっと、透明になるってことは、実力自体は大したコトないヤツ!)


 残り、20カウント。ゆっくりと電話に耳をあてる。


「近くにいるはずだ! 探してくれ! あきらめちゃ、だめだ、絶対に! クソッ! 俺に直接、謝らせてくれ……! こんな、こんなことになるなんて!」


 スピーカーからは、宗助の謝罪する声と、そしてなんとかもう一人の男を探してくれ、と悲痛な声が流れ続けている。


「宗助。そんなに辛そうな声を出さないで。あんたは充分やってくれたじゃない。何も悔む事なんてないし、謝ることもない。……あとは、私の自己責任だから」


 やさしく話しながら、さりげなく男の方へ歩を進める。確実に一撃で仕留められる距離へと。徐々に、徐々に。


『……? お前、何を言って――』


 宗助の言葉を最後まで聞かずに、千咲は携帯電話を真上に放り投げた。そして、男のほうへ一気に駆け始めた。すぐに男と目が合う。


「え……? もしかして、見えて……」


 男が、自分の掌を見つめてそう言った瞬間。残り16カウント。

 千咲は一足飛びで男の前まで移動、逃げる暇を与えずに、体勢を低く沈ませて男の顎を下方から思いきり蹴り上げた。


「うごぉッ!」


 男の足は床から離れ、身体はふわりと宙に浮かび上がる。残り14カウント。


「一つアドバイスをあげる」


 逆立ち状態から足を地面に戻し、上半身を起き上がらせて言う。残り9カウント。


「っおりゃあぁッ!」


 続いて、男が落ちてきて(ひざまず)いたところに、頭頂部に踵落とし。男の顔面はガチンと音を鳴らし地面と衝突し、ボールのようにバウンドする。

 跳ね上がって空いた腹部を、ボレーシュートのように右足で思い切り蹴りぬく。男の身体は、人間の仕業とは思えぬほどの勢いで吹き飛び、さらに飛んで。

 バコン! と爽快な音を立てて、ノーバウンドでごみ箱へゴールした。

 千咲は、落ちてきた携帯電話を空中から奪い取る。パシッ、と乾いた音が鳴った。


「こそこそ陰から見ているだけの陰気な奴は、女にもてないよ」



 残りカウントは――      。



 一文字千咲の頭上から、赤い数字は既に消え去っていた。


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