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machine head  作者: 伊勢 周
5章 放浪少女
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ダブルドライブ 7

 それは漫画やアニメでよくあるような「ドカン」とか「バキン」とか、そんな派手な擬音ではなく……ゴッという鈍い響きと、拳を押し返してくる痛みが、宗助の指から手の甲、腕を通して全身の骨に響き渡るように伝わっていく。

 本日で何度目になったか。投げて殴って追われて斬られて、行われる激しい命のやりとり。その一分一秒が彼らの人生にとって意味を持っていた。

 顔面を殴られたレスターは、またしても間抜けなうめき声をあげてペンキまみれの地面に勢いよく叩きつけられる。当然その体もペンキに塗れになった。


「人の事を突然切りつけておいて、平和主義? 頭大丈夫か、おっさん。あと数分もすれば応援部隊が来る。諦めて、それまで大人しくしてろ」


 レスターは両手を地面について、ゆっくりと上半身を起き上がらせる。痛みを噛みしめるように、右手で殴られた部分である右頬をそっと撫でた。


「………………くっくっ……大人しくしていろ、か………。そんなチンケな説得や命令は、もう二度と俺にするな。そして俺ももう二度と、お前に下手な交渉や騙しはしないと決めた」


 膝を立ててゆっくりと立ち上がり、宗助の方へ振り返る。その時には既に、顔の向こう側の景色がクッキリと見えるほど透明になっていた。続いて、ペンキ塗れの一張羅のコートも徐々に透明になっていく。宗助はこくりとのどを鳴らして唾を飲み込んで、これから起こるであろう苦痛に対して、覚悟を決めた。

 そして、レスターの姿は、完全に視界から消え失せた。


「お前の話が本当なら……」


 先程までレスターがいた場所からする、声。


「あと数分でお前の仲間が来て、ますます『娘』を攫うのに不利な状況になるって事だったな」

「……数分と言わず、もうあと二分か三分で来るかもな……」

「お前の惑わしはもうくわん。二、三分で仲間が来るならわざわざ単独で俺の前には現れまい。少なく見積もって十分弱。お前を早急にぶっ殺して娘を連れて、ここを発つ。それに関しては、必死になるぜ……俺は」


 レスターは、宗助の出方を窺っているのか、周囲を時計回りに一定の距離を保ちながら移動していく。まるで宗助を中心にコンパスで円を描くように移動していき、宗助もその動きに合わせ、背後を取られぬようにじりじりと体の向きを回転させていく。


「ごちゃごちゃと喋ってないで、さっさとかかってこい。スケベチキン野郎」

「いいや、確かに時間は無いが……お前が見えない筈の俺を感知できる要因は何なのか。それを確実に突きとめないとな……。だが……ペンキを撒く発想は単純だがなかなか効果的だ。褒めてやる……」


 宗助はこの状況に至るまで一切自らの能力の片鱗を相手に見せていない。というのも、宗助の持つエアロドライブがまだ、戦闘に応用させられるレベルでは無いという事を宗助自身理解していたし、いつぞやのように都合よく空気の刃が暴発してくれるとも思っていなかった。それに、万が一暴発させて勝てたとしても、その余波で隣にいた少女を傷つけてしまう恐れもある。守るべき人間を自ら傷つけて、勝利も何もない。


「しかしだな。いちいち近づかなくとも、ダメージを与える方法はいくらでもある。致命傷を狙うのはそれからでも遅くはないよなぁ」

「……? 何を――」

「お前を殺るのは、簡単な話だって言ってんだッ!」


 そのすぐ後鳴ったのは、ひゅっと、風を切る音。だが相変わらず何も見えない。宗助はその音から何かが投げられたのだと判断し、とっさに腕で喉と胸を守りつつ体をひねり、自分の体に当たる部分を狭くする。


 ブチッ! と、生々しい音が鳴った。避けきれず、宗助の左肩に何かが刺さる。肉に刃物が突き刺さるおぞましい音。もともとあった傷よりもさらに深い傷ができて、またしても鮮血が噴き出す。


「うぅぐッ!」


 攻撃をうけた拍子に、宗助はそのままバランスを崩して倒れてしまった。


「こうなりゃもう、ペンキ踏んで探知されようが関係ないだろうからなぁぁぁ―ッ!」


 叫び声とともに、先程までとはうってかわって無遠慮でまっすぐな歩調で、黄色いペンキの上にどんどんと足跡がついていく。宗助へと向かってまっすぐに。


「さぁ、とどめだ」


 倒れている宗助のすぐ目の前に足跡がつき、レスターが声高らかに宣言する。宗助は懸命に立ち上がろうとするが、何かに刺された肩に激痛が走り怯んでしまう。


「じゃあな」


 冷徹な別れを告げる声。


(俺の、負け――?)


 宗助は瞬間的に、死を覚悟した。そして。


 どん、と音がした。

 それは宗助が刃物で刺された音ではない。もちろん宗助が反撃した音でもなく。何の音だ、と彼は目の前を確認する。そこにはリルが、身体全体をめいっぱい使って足跡の上――透明の男に肩からぶつかるように体当たりをくらわしていた。

 小柄で軽い彼女とはいえ、攻撃の瞬間を突かれたことによりレスターの体はぐらついて、宗助への止めは中断される。体当たりをした反動で彼女自身も二、三歩よろつき、態勢を整えようと小刻みに地面を踏んでいる。携帯電話が彼女の手から地面へと零れ落ちて、カシャッと音を立てる。

 意表を突かれた体当たりに驚きながらも、レスターはすぐに現状を理解し、リルを睨みつける。


「このガキ!」


 レスターは、リルを払いのけようとナイフを持たない方の手を振りかぶる。一方リルは、自分が体当たりした相手がどこに居るのか見失っていた。付近のペンキにも足跡はない。だがその位置は、宗助に既に探知されており……。


「リル、伏せろ!」

「え?」


 宗助は痛みをこらえて立ち上がると、すぐ傍に並べてあった細めの木材を無事な右手で掴み、横一文字になぎ払う。木材は、ビュンという空を切る音と共にリルの頭上すれすれで通り、そして何もない部分で何かとぶつかり、その動きは止まった。つまり、レスターに直撃したのだ。

 ペンキ上の足跡が数歩後退する。


「まただ……お前、俺の居る場所が、かなり正確に把握できているな……?」

「さぁな」


 短いやり取りの後、レスターは宗助達から離れていった。宗助はリルの手を引っ張って自分のもとへ引き寄せる。


「リル、なんで出てきたんだ。やばかったら逃げろって言ったのに」

「宗助が言ったんだよ。本当の友達は、困っている時に助けてくれるものだって。わたしだって、宗助の力になりたいっ」

「……なるほど、確かに言ったな。言ったけどさ……でも、お陰で本当に助かった。ありがとう」


 宗助は、口角だけを少し上げて、苦笑いを作る。左腕に突き刺さった何かが、激烈な痛みの信号を放ち続けているため、表情はひきつっているが。


「あいつはやっつけたの?」

「いや、まだまだ元気みたいだ」


 透明の男は、何度も攻撃を加えても、その都度平気で起き上がり追跡して攻撃してくる。訓練の際に、ドライブの能力者は、その力の上昇と比例して身体能力も上昇する、という話を教わった事を思い出す。


(奴があれだけ頑丈ってのは、やっぱそのお陰って事なのか?)


 そう考えなければ、自分の筋力や体力への自信が萎えそうになる。


「目には目をっていうか、……やっぱりケンカ戦法だけじゃあダメなのか」


 宗助は一つだけドライブによる攻撃手段を持っていた。それは、つい最近習得した空気の弾丸。

 弾丸と言っても、本物の拳銃には程遠い威力で、超至近距離で放ってようやくベニヤ板に小さな風穴を開けられるくらい代物ではあるが、なんとかして懐に潜り込み人体急所に打ち込めばいくら頑丈だろうと結構なダメージは与えられるかもしれない。

 宗助は、千咲と岬に思いを馳せる。

 残り時間はどれくらいだろうか、五分を切っただろうか。なるべく早く安心させてやりたい。安心させてやりたいが、敵は今、自分達から少し距離を置いている。無暗に深追いするのは勇気や度胸ではなく、ただの無謀だ。だが、このままじっとして待ち受け続けるのもジリ貧な気がする。それに、 またナイフでも投げられたら今度こそきつい。


(何を、どうすれば――)


 その時、突然のめまいが宗助を襲う。激痛と多量の出血に、身体がショックを起こしているのだ。支えるべきリルに、逆に支えられる。


「本当に大丈夫なの……!?」

「あぁ、すまない……ちょっと血が出ただけ、だと思う」


 そう強がって、よろつきながらも彼女の支えから身体を自立させる。


「大丈夫。策はまだ、ある」






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