誰がやった?
目の前の出来事が、光景が、宗助は全く理解できずにいた。
まるで研ぎたての包丁で切断された果物のような、「美しい」とさえ思える切断面を見せ、腰を境に上下真二つになった鉄人形、……だったものが転がっていた。
先程まで自分達に牙を剥き、パイプ椅子で殴打する程度ではびくともしなかったソイツが、突如として切断され、崩れ落ちたのだ。
痛む身体に鞭を打ち、妹の元へと這い進んだ。無事のようで、意識はないが穏やかに呼吸している。「とにかく、この場から離れなければ」と思い、激痛に耐えながら妹を抱き上げようとした、その時だった。
カタン。
と、またしても窓の方から、何かの到来を報せる物音が鳴った。
(……また、新しいヤツが来たのか?)
振り返った先に居たのは……。
紺色に赤のラインが入ったジャケット、色が薄いデニムパンツと黒いブーツを履いた女が、そのスラリと伸びた足を窓枠にかけていた。赤みがかかった髪は頭の後ろで一つにまとめられていて、それは風に持ち上げられて、ふわりと舞った。
その手には、現代社会に似つかわしくない日本刀と思しき物を携えており、無言でこちらを見据えていた。逆光で表情が読めない。
宗助は逃げようとして立ち上がり、痛めている足で身体を支えてしまい、激痛に耐えられず尻もちをついてしまう。とっさに床を這って進み妹を腕の中に抱え身構えるが、身体が痛んでうまく態勢を整えることができない。
(なんだコイツ、まさか、この機械を操っている親玉か……!?)
この機械人形を、もし自分がやったとしたならそれで身を守れるかもと思ったが、どのようにしてやったのか宗助自身、全く理解できていない。
今度の侵入者は生身の人間だから、話せば通じるかもしれないが、三階の窓から突然侵入してくる帯刀した人間に、まともな話が通じるとも思えなかった。
宗助の混乱はピークで、何も判断を下すことが出来ずに居た。
そんな彼を尻目に、その女は「ほっ」と軽妙な掛け声と共に窓枠から部屋に降り立ち、真二つになった機械人形の残骸をマジマジと眺め始めた。
「……ふぅん」
しばらく眺め続けてから、満足したのか、宗助へと振り向き、口を開く。
「ねぇ、これ、誰がやったの?」
それが彼女の第一声だった。
「……だれ、ぇ?」
焦りと動揺で、情けなくセリフを反芻することしか出来ない。どうやら日本語は通じるようだ、くらいの情報は処理できた。
「だからぁ、この、真二つになって倒れている機械。あなたがやったの?」
彼女は、少し不機嫌そうに眉を顰めながら、再度問いかけてくる。
「こ、ここ、三階だぞ……。外には登るところなんて無い筈だし……アンタ、どうやって……?」
「先に私が質問したんだから、あなたの質問タイムは後にして。……ね、こんな芸当、普通の人には不可能だと思うんだけど」
彼女は軽い調子でそう言って、真二つになったソレを足蹴にした。宗助としては、ごくごく真っ当な質問をぶつけたつもりだったのだが、彼女は意に介さず。
(じゃあ、あんたは普通じゃない部類の人だとでも言うのか。それとも普通じゃない人間が知り合いにいるのか?)
どちらともとれる彼女の発言と態度に、宗助は余計に怪しんでしまう。
蹴られた鉄人形の上半身が音を鳴らして転がる。一度張り詰めた警戒は簡単には解けないのか、宗助は彼女の一挙手一挙動見逃さないようにと、目を離そうとしない。
そんな態度を見かねたのか、彼女はやれやれと、刀を腰の鞘に納め、両手を上げてブラブラさせて見せた。
「あぁー、もう、そんなに警戒しないでよ、とって食おうってワケじゃないから。むしろ助けに来たつもりだったんだけど」
いきなり真剣をかついで三階の窓から飛び込んでくるような奴に警戒するなと言うのも到底無理がある話である。
「そう言うなら、まずその刀を床に置いてくれ」
宗助は、近づいてくる彼女から一定の距離を置こうと後ろに下がり、なんとかしてナースコールを押そうと、チラリとボタンのある方を見る。
彼女は、警戒を解いてくれない宗助に苦笑いを浮かべていたが、「まぁ、無理もないか」と呟き、刀を鞘ごと腰から抜いて壁に立て、距離を置いた。
「仕方ない。そっちの質問に先に答えてあげる。どうやってここまで、っていうのはまぁ……地面からジャンプして壁とかをタンターンとね。建物ってコツつかめばすぐ登れるよ。ほらほら、怪しくないでしょ、それとも他に何か質問ある?」
彼女は、まるで犬を呼び寄せる時に「こっちにこい」やるように、そろえた指をぴょこぴょこと曲げ伸ばしして見せた。
(ジャンプって、嘘だろ……? 怪しすぎる…… )
もっともな感想ではあるが、それでも、彼女と会話をしていて「この女には、攻撃を仕掛けようだとか裏をかいてやろうだとか、そういった敵意は無いのではないか」と感じ取っていた。
ほんの少し警戒を解いて、強張った肩肘の力を抜く。彼女は宗助のそんな様子を感じ取り、ほっと息を小さく吐いた。
「少しは落ち着いた?」
「あ、ああ……まぁ……」
「じゃあ落ち着いてきた所で、もっかいこの質問するよ。……あなたがコレをどうやってこんなキレーに真二つにしたか、だけど」
今の今まで混乱していたため、もう何度目かになるその質問の意味をそこで初めて正確に理解した。
「……俺? 違う、俺じゃない。アンタがやったんじゃ、…………ないのか?」
「私じゃない。真二つどころか、バラバラドロドロにしてやるつもりできたし。それが、ここに来たときにはこれだもん。……でも、あなたじゃないなら、腕に抱えているその子がやったとか?」
宗助は腕の中の妹の顔を覗く。静かに眠っており、ゆっくりした呼吸にあわせて、規則正しく胸を上下させている。
「いいや、こいつは頭を打ったのかな、ずっと気絶していたから……違うと思う。起きてたとしてもコイツにそんなことができるハズがない。ずっと病弱だし」
「じゃあ、やっぱりあなたしか居ないんじゃないの」
彼女の言う通りであるのは宗助も理解している。彼女が嘘をついていなければ、もう自分しか考えられない。しかし自信を持って「そうだ。俺がやった」と言える訳もない。そんな気持ちを知ってか知らずか、女は続けて言う。
「もしかしてさ。違っていたらさーっと流してくれて良いんだけど……あなた、普通の人なら持ってないような、不思議な能力とか――」
彼女のその言葉に、宗助の顔は少しひきつった。
「――あたり?」
宗助は何も返事をしていないが、彼女はその顔を伺い、そして半ば確信を持って尋ねた。
「あなたが変な力、不思議な力持っていたりしても私は全く驚かないし笑わないから、話してみてくれない? 多分、私に……いや私たちに、すごく関係のある話だから。きっと力になれると思う」
「私『たち』って……」
彼女は何者なのだろうか。何を知っているのだろうか。この秘密を秘密じゃなくすればなにか変わるのだろうか。そんな疑問が頭を巡る。
(この状況は何? 彼女は誰? 話せば、話せば何か変わる? それとも、変わらない……?)
視界がくるくる回る感覚に見舞われる。
自分は、鉄の装甲を真っ二つにするような力は持っていない。きっと何かの勘違いだ。
だけど、自分に宿っている不思議な力や現象を理解できるきっかけになるかもしれない。
宗助は自分の両手の掌をじっと眺めた。それらを静かに握りしめる。
「……それを真っ二つにしたのは自分かって言われると、違うと思う。だけど……上手に、話せないかもしれないけど」
「うん。ゆっくりで構わないから」
宗助は、告白することを選んだ。
自分に「空気を生み出す力」がある事。窓から音もなく侵入してきたロボットの事。
逃げようとしたが、さんざん痛めつけられてしまった事。
そのロボットが、目の前で突然真っ二つになり動かなくなった事。
今起こった事、自分に起こっている事を全て名前も知らぬ彼女に吐き出した。