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machine head  作者: 伊勢 周
5章 放浪少女
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ダブルドライブ 3


 キウチと名乗るスキンヘッドの刺青男を退けた宗助は、リルの手をとり館内をがむしゃらに駆けていた。この商業施設の敷地は広いので、一度撒いてしまえば、後は工夫次第で何とでもなるだろうと考えて。

 千咲からの着信に応答する。


「あー、もしもし!」

『宗助、あんた、今何処にいるの?』

「妙な男に襲われて、とにかく撒くために走ってるっ。そんなことより一文字、そっちこそ、今どこに居る! 無事か? 一体この事故とやらはなんなのか知っているか!?」

『いっぺんに幾つも質問しないでよ、私だって色々ありすぎてよくわかんない! とりあえず、今は私、本館の四階!』

「本館の四階? 事故が起こった場所にいるのか!? ……あーっと、悪い、五秒待ってくれ!」

『はぁ?』


 宗助は走った末に辿り着いた非常階段の前で立ち止まると、スッとしゃがみ込み人をおぶさるための態勢を作る。


「リル、これ持って、俺の背中に乗れ」


 そう言うと通話中の携帯をリルに強引に持たせて、おんぶの態勢を作る。


「え? せ、背中!?」

「いいから! かなり足疲れてるだろ、こっちの方が速い!」


 男性にそんなことを突然言われ、リルは緊急事態にもかかわらず戸惑いと恥ずかしさを感じ狼狽しながらも、宗助の放つその有無を言わせない迫力に圧され携帯を受け取ると、大人しく彼の背中に乗って腕を首の前に回した。


「おし、行くぞっ」


 宗助はリルをおぶりながら、耳に受話器を当てさせる。そして一気に階段を駆け上りつつ通話は続ける。


「今四階に向かう! それで、色々って何があった!」

『アンタいったい今何を……いや、何から言えば……まずは、そう、岬が頭ぶつけて、血だらけで気を失ってて……』

「な、なんだって!? マジで何があったんだ! ……っと! はぁっ、はぁっ、とりあえずっ、四階に着いたけどっ……そっちが居る場所からは、まだ遠いみたいだ」


 宗助は少しだけ息を切らしつつ報告をすると、背中からリルを下ろす。そして肩や首をほぐすようにぐりんとまわした。


「あの、わたし、ごめんね、重かったよね……」

「ん? あぁ、全然だよ、軽い軽い。ちゃんとごはん食べてるか?」


 そう言いいつつ、訓練で体重九十キロを超える筋骨隆々のおじさん教官をおぶって持久マラソンをさせられた事を思い出していた。あれに比べれば彼女は小柄でスリムだし、羽毛のようなものとさえ感じていた。あの訓練はこういう時の為だったのか、と妙な納得さえしていた。すると。


『…っと、……しな……い! 宗……け!』


 リルに持たせた携帯電話の受話部から、微かに千咲の声が漏れる。


「あ、宗助、これ……」


 彼女は、手の中でひたすら怒鳴り声に近い声が漏らし続ける携帯を、どうして良いものか判断できず困った顔で宗助に差しだした。受け取り、耳を当てる。


「っと、すまん。もしもし」

『あんた、さっきからいきなり会話切らないでよ、心配するでしょ!』

「悪い、ちょっとごたごたして……でも暫くは大丈……。……ん?」


 その時、宗助は何かに気付き、慌ててリルを腕の中に抱えて商品棚の陰に飛び込むように隠れた。そしてそのリルはというと、またしても宗助の突然かつ強引な行動に目を丸くし、次に真っ赤になってうろたえ始める。


「ちょっ、どうしたの、いきなり、わたし達とももごっ」


 宗助はわめくリルの口を手で押さえると「いきなりでごめん、でも静かに」と一言、額がぶつかりそうな程の顔と顔の距離で、小声で呟いた。さらには電話に向かって、「悪いけど良いと言うまで静かにしてくれ」、と小声でお願いすると、電話を再度リルに持たせて、顔の半分だけを通路に出す。

 宗助の視線の先にあるのは、エレベーター。彼は視界の端でエレベーターの現在位置を表示するライトが、「2」から「3」へ移り変わるのを見たのだ。

 施設内の一般客はほとんど避難しており、このタイミングでわざわざエレベーターを使い呑気に階を上がって来る人間が居るというのは考えにくい。事故とやらを調査するための調査班がやってきたか、あるいは、……自分達が出口ではなく四階に行くというのを予測した先程の刺青男が追いかけてきているのか。


(もしも事故の調査だとかレスキューだとして、エレベーターを使うものなのだろうか?)


 エレベーターの現在階層を表示する光が、「3」から「4」へと移り変わる。

 そして間もなく、ピンポーンと、エレベーターがフロアに到着した合図のチャイムが鳴る。静けさの中で聴くそれは、なぜか不気味さをはらんでいた。宗助はごくんと唾を飲み込む。

 エレベーターの扉が、ほぼ無音で滑らかに左右に開いていく。


(一体、……なんでこのタイミングで昇ってきた……!)


 宗助は隠れつつもその内部に目を凝らす。エレベーターに乗ってきたのは何処の誰なのか? 警備員か? レスキューか? 先ほどの男か? 関係ない一般人か? 敵なのか、味方なのか?

 扉が、開ききった。


「……?」


 答えは宗助の用意したいずれの物でもなかった。宗助の目に映ったその答え。それは――


 『誰もいない』、だった。

 何故昇ってきたのに誰も乗っていないのか。「誰も乗っていない」という事実が逆に不気味さを加速させる。それなら誰が何の為に無人のエレベーターをこの四階まで寄越したのか。もう一度エレベーターの中を、目を凝らして見てみる。やはりその中は無人である。


――そもそもの話を、宗助は考える。


 以前フラウアとシリングが宗助の目の前に現れた際に、彼等は共通して宗助の事を知っている風であったが、一方で今回の男は、宗助の顔すら知らなかった。そしてブルーム一派の面々は、目立たぬようにするためなのか何なのか、基本的には夕方から夜にかけて、機械を使いヒトを狩る。だが、先程の男はこの隣に居る少女・リル個人を狙っているのだと言う。そして白昼堂々と襲ってきた。

 これらの点を踏まえると、例外が有るにしても、先程のコートの男がブルームの仲間だと考えるのは少しばかり不自然である。

 今考えるべき事はとにかく空のエレベーターに何の意味があるのかという事なのだが、考えを少し外に回したおかげで、思考は僅かに冷静さを取り戻した。


(……少し、神経質になり過ぎか……)


 宗助のこめかみに汗が伝い流れる。手汗もべたべただ。エレベーターがやってきたのは、ただ単に何かの弾みでボタンが押されただけなのかもしれないと考え始めた。


(それを独りで勝手に焦って隠れて、静かに、なんて言って……はぁ)


 考え込むのがクセとは言え、自分の言動の余裕の無さを思い返し、少し嫌になる。


「誰も乗ってないね」


 リルは、軽く自己嫌悪に陥っている宗助には少し突き刺さるセリフを小声で呟いた。彼女に悪気はない。ちょうどエレベーターは、一定の時間が経過して扉が閉まった所だった。


「あぁ。誰も乗っていなかった……ちょっと警戒と言うか、考えすぎだった」


 そういって宗助は地面に座り込む。


「……なぁリル」

「なに?」

「さっきのあのコートの男、何者なのか知ってるのか?」


 宗助は、リルとは目を合わせずに、地面を見ながら問いかける。


「……知らない」


 か細い声で答えが返ってきた。


「本当に知らないのか? 覚えていない、とかも……」

「……うん。会ったこともないし、見たこともない……」

「……」 


 宗助は、彼女の事を殆ど知らない。知っている事は、名前と、あとはクレープとクマのぬいぐるみがお気に入りな事くらいである。名前だって嘘かもしれない。そんな彼女を守ろうと決意したのは、言葉で説明できる理屈じゃなかった。いったい彼女が何故狙われているのだろうか、と疑問に思うが、彼女は間違いなく悪ではないと、宗助の勘が告げていた。

 とりあえず、あの男のことを彼女は知らない。それが真実である、と信じる事にした。


「……そうか、知らないか……。とりあえず、少し不気味ではあるけど問題は無さそうだな。先へ進もう。っと、その前に、リル、携帯をちょっと」


 宗助はそう言って、リルに持たせている携帯を手に取った。


「もしもし、一文字、たびたびすまん。そっちは大丈夫か?」

『それはこっちのセリフ! あんた何してんのさっきから! っていうか、一緒に居る人は誰!?』

「あー、それは、紆余曲折あって、何から言えばいいのやら……」

『まぁ良い、四階まで来たんだったらさっさと合流しましょ』

「あぁ、今からそっちに向かう。だけど、少し様子が不気味なんだ。……嫌な感じがする」

『嫌な感じなら私はもうずっとよ。とにかく、まずこっちの状況説明の続き!』

「あぁ、頼む」

『本部にはもう連絡はとったから、あと十五分もすれば応援が来てくれる。岬の怪我は私じゃ何とも言えないけど……』


 千咲の現状報告の最中だったがその時、宗助の耳が再度、わずかな音を拾う。カタ、と音がした。


「……っ、足音……?」

『え、なに?』

「……近くに何か居る……」

『何かって、なに……!?』


 またしても要領を得ない宗助のセリフに、千咲は少し苛立った声色でそう尋ねる。


「何かが、隠れているのか? 姿は見えないけど、とにかく近くにいる……。リル」

「は、はいっ」

「やっぱりさっきのエレベーター、何かあったのかもしれない、多分俺達を追って来てる」


 宗助は突然険しい目つきで周囲を睨みつけ始める。一緒に居るリルは周囲を見回すが、彼女には何も見えないし何も感じられない。


「でも……」


 姿が見えないと言っても、隠れられるような場所はそれほど多くない。何か居て、それが徐々に近づいてきていると言うのなら、とっくにそれを目で捉えられている筈なのだ。


「……自分でも自分の言っている事はおかしいと思う。だけど、確かに人間が『居る』というのが感覚で判る……」


 その時、宗助の感じる空気の様子が急変する。

 突然乱れた空気の流れ。本能で危機的な何かを感じ取った宗助は、とにかくリルを抱えて思い切り横に飛んだ。服の左腕の部分がビッと音を立てて横一文字に斬り裂かれ、更にはひとりでに腕に傷が出来て、血が噴出する。


「くっ!」「きゃあ!」


 二人して床に転がり込む。そのまま地面をゴロゴロと転がり、その勢いを利用して地面を蹴り腕をたたみ、無理矢理立ち上がる。リルはその動きについていけず、身体を少しぐらつかせた。

 チッと、舌打ちのような音が聞こえた。

 宗助の感じる気配は、少し遠ざかって、一定の距離まで離れて止まる。そしてこのたった今巻き起こった現象への答えを頭に半分無理矢理理解させた。「透明」だ、と。「透明な人間」が近くに居る。あの無人だと思われたエレベーターは、確かに人を乗せていたのだ。この自分達を襲った透明の人間を。


「信じられないが……、いいや、既に信じられない現象なんて存在しないんだった……。透明人間が実在するなんて」




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