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machine head  作者: 伊勢 周
5章 放浪少女
45/286

ダブルドライブ 1


 少し時間は遡るが……宗助とリルは、ショッピングモール内をただ練り歩いていた。

 本屋だったり靴屋だったり、女性服売り場だとか音楽CD販売店、果てはホームセンターなんかにも足を運ぶ。

 かわいい食器だとか文房具、家具や防災グッズも何故か見て回った。粉末消化剤の紙袋が山積みされていたのを見て、わざわざここでこれを個人的に買う人はいるのだろうかなんて思ったりしていたが、隣のリルは何を見ても随分と楽しそうにしていた。

 そうやってしばらく歩き回っていると、リルが急に立ち止まり一点をじっと見つめ始めたので、何を見ているのか、と宗助もそちらに目を向ける。そこには父子の姿があった。


「お父さん! これ買って、誕生日プレゼントこれにする!」

「んん? どれどれ……これか。……そうだな、近頃いい子だったしなぁ……わかった。ほんとにこれでいいんだな?」

「やったぁ、うん!」


 一組の父子のやりとりを眺めていた。どこか、寂しそうな、或いは羨ましそうな眼差しで。


「あの親子がどうかした? もしかして、知り合い?」

「んーん、知らない人……」


 その宗助の質問を即否定しておきながらも未だに、親子から目を離さず見つめている。


「知らないのにそんなに見てるって、なんか気になるのか?」

「ううん。少し、うらやましいなって」


 そして、「ほんとに少しだけ」と付け加えると、黙り込んでしまった。そんな彼女の様子に、宗助はふむ、と顎に手を添え考える。


(この子は、あまり親に甘えることができずに育ってきたとか、そういう事なんだろうな……。だから今日も独りでここに来て、父親に甘えられる子がうらやましい、と)


 考えられる限りの想像をめぐらせて、次にかけるべき言葉を捜すのだが……。


「あー、えっと。リルのお父さんは、……どんな人なの?」


 そして結局、でてきたのはそんな言葉だった。質問を発してから、その浅はかさに軽く自己嫌悪に陥り、なぜわざわざ自ら地雷を踏みに行くのかと自分を責めた。だが言ってしまったものは仕方がないのと、これ以上更なる墓穴を掘らないために各種返答に備えて黙って彼女の返事を待つ。


「お父さん……。お父さんは、やさしい人でした」


 「でした」という言葉遣いからして、やはり自分は地雷を踏んでしまったようだと察した宗助は、話題を変えようと考え、またしてもあーでもないこーでもないと頭の中で彼女にかける言葉を捜していた。


 そんな風にさんざん気を使いながら、ふと客観的に自分を見つめ直すと(今日は朝からこんなことばかりだ……)と、自らの貴重な休日の行方を憂い、バレないようにため息をついたのだった。


(家族の話は置いておいて、とにかく別の話題別の話題……)


 もの思いに更けていた状態から復活し隣の彼女に目をやった。だがしかし、彼女は宗助の隣から忽然と姿を消していた。


「おいおい……」


 中身は少し幼いとはいえ、見た目が中学生か高校生程の迷子なんて迷子センターも受け付けてくれまい。放っておくわけにもいかないし、迷子になられたらそれこそ厄介な事になりそうだ、とネガティブな未来を想像し、慌てて周囲に視線を巡らせる。


「参ったな……って、あれ……」


 しかし宗助のそんな不安もすぐに杞憂に終わった。彼女は少し戻った所の、とあるファンシーショップのぬいぐるみに目を奪われていたからだ。ふぅっと、安堵の息をひとつ吐いて、宗助は彼女の元へ歩み寄る。彼女がじっと見つめているのは、無表情のままだらーんとしたポーズを取っている熊のぬいぐるみだった。


(あれ、確か『だらりっくま?』だっけな)


 その愛らしい姿に、老若男女に長年愛されている有名キャラクターだ。彼女もそれに漏れずに心を奪われてしまったようで、背後に忍び寄る宗助にも気付かずにクマと見つめ合っている。


 彼女がクマに手を伸ばそうとしたその時。ひょい、と背後から伸びてきた手に、先に奪われてしまった。


「あっ!」


 彼女は「とられた!」、といった感情がばりばりに篭った声をあげて振り返りその腕の主に目をやると、そこには宗助がぬいぐるみを持って立っていた。


「あのなぁ、店に寄りたいなら寄りたいって言ってくれ。急に居なくなられると焦る」

「ご、ごめんなさい」


 説教を受けたリルは素直に謝った。宗助はふう、と大げさに一息つくと。


「これ、気に入ったのか」


 今度は優しい口調でリルに問いかける。


「え?」

「これさ、気に入ったんだろ」

「えっと、な、なんで?」


 リルは、不思議そうな顔で宗助の顔を見つめる。


「なんでって、はは、そんなの、今の顔見てたら、誰だってわかるって」

「そんなに、わかりやすかったかな……」

「そりゃあ、もう。気に入ったなら、買ってあげるよ」


 宗助がまたまた太っ腹発言をするが、彼女の方は流石に遠慮するようで、


「でもでも、クレープも御馳走してもらったし、その上これも買ってもらうのは……」


 ぶんぶんと両手を胸の前で左右にワイパーさせ、拒否の意思を示すリル。だがそうは言いながらも内心はその魅力的な提案に甘えたいのか、彼女の視線はぬいぐるみと宗助の顔をいったりきたりしている。宗助からすればそんな仕草で彼女の気持ちは丸わかりなわけで、それがなんだか妹に似ていて微笑ましく感じていた。


「いいからいいから。大した値段でもないし。プレゼントさせてくれ。さっきは悲しそうな顔させちゃったし、あんな顔、見ていてこっちも辛くなって。クレープ食べてる時の方がよっぽど愛嬌あってかわいかった」

「か、か……かわっ……!」


 彼女が宗助のその何気ないその言葉を聞いた瞬間、一瞬息を詰まらせ、そして頬を赤く染める。慌てた様子であわあわと口を動かしていたが、


「ももっ、も、もも、もうっ、からかわないでよっ」


 どもりつつも、そんな照れ隠しを言った。


「いや、別にからかった訳じゃなくて……」

「じゃあ、で、でも、私は、そんな、それで一緒にいて、それでえっと、でも私たちは友達で……」

「あ、すいません、これラッピングして下さい」

「かしこまりました、この番号札の番号でお呼びいたしますので、少々お待ち下さい」


 リルが何やら一人で思案に耽っている間に、宗助は商品をレジまで持って行き店員とやりとりをすると、すぐにリルの元へ帰って来る。その手には「17」と書かれた番号札が握られている。


「包んでもらってるからちょっと待ってて」


 宗助が番号札を手に持ち戻って彼女にそう告げると、相変わらず赤い顔のままもじもじとしつつ、無言で一度頷いた。


「十七番の番号札でお待ちの方~!」

「お、早いな」


 ラッピングするための待ち時間は案外短く、三分もしないうちに完成の報せが耳に届いた。ラッピング商品受け取り専用のカウンターで、店のロゴが描かれているかわいらしいラッピングが施されたそれを受け取り、リルに差し出す。


「はい。大事にしろよ」


 彼女はかわいらしくラッピングされた紙袋を見て、そしておずおずと両手を伸ばし、ゆっくりと受け取ると、彼女は「ありがとう」と照れくさそうに礼を述べた。


「あのっ、お返しを、今は無理だけどいつか――」


 リルが話している最中の、その時。


「――……っ」


 宗助の耳が、遠くで『悲鳴らしきもの』を捉えた。宗助は動きを止め、聴覚に神経を集中させる。険しい顔で立ち尽くす宗助を、リルは何事かと心配そうに見上げていた。


「……今、悲鳴みたいな声が聞こえなかったか?」


 すれ違う人々、追い抜いていく人々、皆それぞれ特に変わった様子もなく、少なくとも悲鳴などとは無縁な顔で歩いている。


「悲鳴? 聞こえなかったけど」


 隣にいる彼女もその一人だ。だが宗助には妙な確信があった。

「……いいや、悲鳴……かどうかは、確信はないけど、確かに普通じゃない人の叫び声を聞いた。かなり遠くだったが」


 この、常人には聞こえる筈のない遠くの場所の音や声が聞こえるというのは、宗助の能《(エアロドライブ》の片鱗であった。空気の振動を感じ取り人の気配だとか音に対する反応範囲が常人の域を遥かに超えている為である。ドライブを磨いた際に、こういった副産物もある。


「かなり遠くで、って。宗助はそんなに耳いいの?」

「いや、特にそういう訳じゃないと思うんだけど……なんだろ……」

「だって、誰も何も聞こえてないみたいだよ?」


 彼女の言う通り、周囲を見回しても誰ひとりそのような異常音が聞こえたような態度の人間はいない。宗助は顎に手を当て眉間には皺を寄せて、もしかしたら自分の耳がおかしいのか、と自身の感覚を疑い始めたその時。天井のスピーカーから流れていた軽快な音楽はストップし、しばらくしてから、館内放送を告げるチャイムが流れ始めた。二人は耳を傾ける。


『先程、本館四階で、事故が発生いたしました。ご来店いただいたお客さま方には誠に申し訳ございません。つきましては安全確認を行うため、警備の者が案内いたしますので、所定の避難経路にて速やかに避難してください。繰り返します――』


 二度、三度と繰り返し場内アナウンスが放送される。


「事故……。事故・・ってなんだ? 火災とかなんとか、言い方があるだろうし」


 相変わらず険しい顔つきのまま宗助が呟く。周囲はざわつき始め、颯爽と現れた警備員達が避難経路の案内をしている。やがて人の波ができ始めて、ぞろぞろと列を形成し、動き始める。


「大丈夫ですから、ゆっくり慌てず前の方に続いてお願いします!」


 警備員たちの声が断続的に響き、皆が不安げな顔で、詳細も全く知らされないまま警備員の指示に従っている。宗助は無言で携帯電話を取り出して、共にここへ来た友人達に電話をかける。電話機を耳にあて、無機質なコール音を聞きながらただただ繋がるのを待ったが、待てども待てども繋がる気配が無い。


「出ない……」


 苛立たしげに吐き捨てると、通話を切ってズボンのポケットにしまう。


「宗助……?」


 か細い声で名前を呼ばれ視線を下げると、リルも同様に不安げな表情で宗助の顔を見上げていた。宗助は彼女の大きな瞳を見つめ返す。


「……リル。俺は今から事故とやらの原因を調べに行く。お前は警備員の指示通りに、皆と一緒に避難するんだ」

「……えっ? ……わ、わたしもついて行くっ!」


 リルは、宗助の放った言葉の意味を理解すると、ぶんぶんとかぶりをふって、喉の奥から搾り出したような声で懸命に自己主張する。


「……あのな、ただの事故ならそれでいいんだけど……近頃良くない出来事が多すぎて、すごく、なんだか嫌な予感がする。ただの勘だから断言できないけど。実は俺、これでも一般の人を守るのが仕事で、一緒に来た友達が心配だ。だから――」

「わたしだって宗助の友達だもんっ」

「……、いや、それはそうだけど……それとこれとは話が別だ。お前を連れて行って怪我でもさせたら、俺はお前の保護者の人に何て言えばいいんだ」

「わたしが行きたいって言ったって、ちゃんと言う」

「そういうことじゃなくて……」


 二人が言い争いをしているうちに迅速に避難が完了していき、ショッピングモールは徐々に人がはけていき、静けさの中に言い合う二人の声が通路に響き渡る。自分に付いてくるのは危険だから避難しろと主張する宗助と、友達だから離れたくないと言って聞かないリル。両者譲らず、一歩も引かない。


「あなた達、そこで何やっているんですか。もうとっくに避難は完了しています」


 そこに、一人の男が現れた。顔以外の全身を覆う大きなコートを着ており、身長一九◯センチはあろうかという大男。頭はスキンヘッドで、首元に刺青の模様がチラリと見える。

 宗助は、その男の頭のてっぺんから足のつま先までを値踏みするように見まわした。


(火事場泥棒か? いや、それなら自分から俺達に話しかけたりはしないか……)


 黙り込んで自分を見つめる宗助を見て、怪しまれている事を自覚したのだろう、両掌を前に突き出して、「おいおい」と言う。


「そう警戒しないで、怪しい者じゃない。ここの警備員さ」

「……その服装で?」

「私服警備員だよ。こういう恰好をしている方が逆に牽制になるからな。とにかく君たち、一緒に外へ避難しよう」


 限りなく怪しいがしかし、絶対にこの男が嘘をついているとも言いきれない。嘘をついて自分たちに話しかける理由など想像がつかない。かといって、かつてフラウアに感じたような、ギラついた殺意もない。

 宗助は少し考えて、そしてこう言った。


「……実は俺も、私服警備員なんだけどさ」

「……ほぉ。それは奇遇だな。あんたの顔は見た事ないが、本当かな?」

「俺もあんたの顔は見た事がない」

「……ま、そんな事今はどうでも良いから――」

「どうでも良くないさ。結構大事な事だろ。俺はこの子が道に迷っていたもんだから、ちょうど案内しているところだったんだよ。今から避難させるところだ」


 カマをかけてみたのだが、コートの男は大して動揺するでもなく、宗助との会話に応じている。


「そうだったのか。いや、今日は、臨時で入っていたんだ。名前は城内キウチという。あんたの名前は?」

「キウチさんね。俺は、山根だ」

「ヤマネ君、ちょうど良かった。悪いんだが、この娘は俺が責任を持って避難させるから、ここより奥のエリアを見てきてくれないか? もしかしたら他に人が残っているかも」


 キウチと名乗る男は、通路の奥を指でさして見せた。その物言いに宗助が食ってかかる。


「それはあんたがやればいい。この子は俺が責任を持って避難させる」

「…………。俺はこの通り、人相が悪くてね……もしも子供が隠れたりしていたら怖がられちまうからな……その点あんたなら心配ないだろ?」

「そもそも、平日に臨時で警備員を雇う必要が?」

「……雇った奴に聞いてくれ。まさかまだ俺を疑ってんのか?」

「どうだろうな」

「おいおい、マジ、ここで言い争ってる場合かよ。事故の詳細はわからないが、とにかく早く避難しなきゃダメだ。さぁ、そこのお嬢さん」


 コートの男はリルに自分の元へ来るように手で促す。しかしそれを宗助が間に割って入った。


「さっきからあんた何なんだ? そんなに見回りをするのが嫌なのか、それとも、…………この子に何か用があるのか?」


 宗助のその言葉に、コートの男が動きを止める。


「やめてくれよ、俺は本当にただ、他の警備員に言われて――」

「合言葉だ」

「……は?」

「ここで働く人間みんなに決めてあるだろ。こういう非常時に不審者対策で使う専用の合言葉が。いくら臨時でも教えられているはずだ。お互いの為に、ここは疑いを晴らしておこう。合言葉が通じるなら俺はアンタを信用するし、アンタも俺を信用したらいい」


 もちろんこれは宗助が咄嗟にひねり出したハッタリなのだが――。


「もう一度言う、合言葉だ。忘れたなんて言うなよ。働く上での簡単な合言葉を忘れるような奴に子供は預けられない」


 男は黙りこむ。しばらく宗助と男は睨み合い、リルは宗助の背後に無言のまま縮こまって隠れている。だがしかし、すぐに男の様子に変化が現れた。


「ったく……、あぁ、めんどくせぇー……。こういう演技は俺には無理だな」


 男は態度を急変させ、苛立たしげに舌打ちをして顔を歪める。


「くく、人がせっかく穏便に事を進めてやろうっていうのによォー……これじゃあ、お前をぶっ殺さなきゃ目的は果たせねぇなぁ……」


 男は、マトモじゃない台詞を吐いてニタリと邪悪な笑みを浮かべた。


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