誕生日プレゼント
一方で、千咲と岬はというと。
「ねぇ岬。なんか欲しい物とか言ってなかった? ヒントになるような感じの」
「ごめん、結局、全然そういうのが聞き出せなくて」
「……そっかぁ……。んーん。私だって似たようなもんだし、そんな謝らないでよ」
「うん……」
ショッピングモールを歩きながらきょろきょろと周囲にある店に目を配り、その一つ一つに置かれている商品に目を走らせながらそんな会話をしていた。彼女たちが一体何について話し、何を探しているのかというと。
・・・
事の始まりは二人がいつものように他愛もない雑談をしていた時の事。どちらが言い出したかは定かではないし、判明したとしても無意味なのだが、とにかく、『生方宗助の誕生日が近い』という話題が出た。そして誕生日が近い彼の為に、何かプレゼントを買ってあげるのはどうだろう、という話になった。そう決めたまでは良かったのだが、いざ何をプレゼントするかと考えてみたところ、面白いほど何も浮かばず、「仕方ないから本人から直接それとなく聞き出そう作戦」に出たのだが、先程話していた通りうまく行かなかった。
あれよあれよと買い物に行く約束日の前日になり、やぶれかぶれで彼も買い物に連れ出して、買い物中に何かヒントを得るぞと意気込み、ぶらぶらと歩いてみたのだが、……ついうっかり自分達の買い物に夢中になってしまい結局何も聞けずじまいという情けない結果になってしまったのだ。ヒントの欠片も無い。
意地を張らずに本人にストレートに「何か欲しい?」と聞けば良い物なのだが、年頃の男女はそうそう上手に話が進まない。
「だいたい、同年代の男の人にプレゼントってしたことないもんね」
「不破さんの誕生日にマフラーあげた時はもう、大喜びしてたけどね」
何を思い出したのか、千咲は遠くを見つめながらうんざりしたような笑顔をしていた。
「あぁ、あのマフラー。喜んでたねぇ。あげた日からしばらくほぼ毎回つけてくれてたもんね。でも、これからの季節マフラーって感じでもないし……」
「そうだなぁ。服とか靴なんかは好みとかサイズとかあるし。財布とかが無難かなぁ。でも友達から貰った財布っていうのもどうなのかな……」
「うーん、あと、腕時計とか良いかも」
それからもああでもないこうでもないと言いながらぐるぐるモールを歩き回ったが、結局どれも決定打にならず。
「なーんかこう、ビビっとくる奴が無い。自分の奴だとすごい簡単に決められるのに」
「プレゼントって難しいね」
悩みながらモール内をのんびりと歩きまわっていたその時。
「あ、千咲ちゃん、あそこ。なんか楽しそうな感じのお店! あんなの前からあったっけ?」
岬が見つけたのは、妙に周囲の店から浮いた……というのも暗くて店内が見えず、店頭にもなにやらウッドテイストな工芸品らしき謎の物品が多く置かれていて、お一人様だと入店するのが憚られるような店であった。
「……あんたのストライクゾーンの広さにはいつも驚かされるわ」
「?」
「ま、珍しい掘り出し物とかあるかもね。一応入ってみよっか」
「うん!」
千咲はある程度覚悟をして、岬は少々わくわくしながら店内に入るとそこは、千咲が思っていたよりは雰囲気も怪しくなくて、エスニック風味な衣装がかけられていたり、様々な鉱石が控えめに輝き店内を照らしていたり、奥には売り物なのか飾りなのかレトロチックな家具なんかも取り揃えていたりと、想像していたのと全く違うものだった。
「わぁ……」「へぇ……」
二人同時に感嘆の声を上げる。
「いらっしゃいませ、お客様。何かお探しでしたらなんなりと」
店に陳列してある珍しい置物だとか鉱石を見て回っている時、背後から声をかけられた。振り向くとそこには、エキゾチックな民族衣装らしき柄の服を纏った小さな女性がいた。頭にも布を巻いていて顔が半分ほど隠れており、ミステリアスである。
「あぁ、はい、えっと、友達への誕生日プレゼントを探しに来たんですけど、なかなかこれって言うのが見つからなくて」
千咲が今の状況をそのままその店員に伝えると、その女性は「そうなのですね」と相槌を打って、「そのお友達とは、女性の方ですか?」と続けて尋ねてきた。
「ん。いいえ、男です」
「男性の方ですね。その方は幸せな方ですね。こんな綺麗な女性二人にプレゼントを貰えるなんて」
ゆっくりとした口調でそう言うと、その小さい女性はやわらかく微笑んだ。
「やだなぁもう、そんな、お世辞なんて言ったってなーんにもでてきませんよぉ!」
と、まんざらでもない様子で、千咲は手をびゅんびゅんと空中を掻くように振り回し少し頬を赤らめながら言い返す。千咲も普段は男女の枠にとらわれないような振る舞いを見せることが多いが、やはり根は年頃の女性で、褒められれば素直に嬉しいらしい。
「いいえ、お世辞なんかではありませんよ。お二人ともすごくお綺麗で可愛らしくて、羨ましいです。そうそう、話が脱線してしまいましたね。それでは、そのプレゼントを渡す男性の方の誕生日を教えて頂けませんか?」
「誕生日?」
「ええ」
「誕生日を知ってどうするんですか?」
岬が質問をぶつける。
「どのような人でも、この世に生を受けたという事に必ず意味があります。そして生まれた時、それぞれが持つ運命があります。誰もが幸せになる運命を持って生まれてくるのです。正しい道を歩むことが出来たのなら……」
「なんか、宗教的な話するのね」
「いえ、そういった話とは少し違うかもしれません」
「あ、ごめんなさい、続きどうぞ」
「はい。その運命を歩むうちに……障壁、試練が幾度となく訪れます。幸福な運命への道とは、いつも狭く険しいものです。その試練に打ち勝つ事ができた人は良いのですが、時に大きすぎる試練の波に飲み込まれて、道からはぐれてしまう人もいるのです」
「……うん、まぁ、そういうものかもね……」
「話を本題に戻しますね。人の運命の形を知るための一つとして誕生日があります。そして私はここで、その方の誕生日から運命を判断し、幸福の運命へと導き、歩むべき道を強固にるアイテムを提供しているのです」
「へぇ~……」
「生まれた時刻まで判ればより正確なアイテムがお出し出来るのですが、流石にそこまではわからないですよね」
「ええっと、私と同じ年だから、××年の五月二十日ですけど、時刻まではちょっと……」
「そうですか、いえ、それでも充分です。今持ってまいりますので、少々お待ち下さいね」
女性店員は店の奥へと消えていった。それを見送った二人は目を見合わせた。
「……なんか買うの前提みたいな方向になってないかな」
「まぁ、買うか買わないかは置いといて、見るだけ見てみようよ! すごい良いものかも」
「まぁそうね。わけのわからない道具売りつけてきたら断るけど」
そんな会話をしているうちに、店員はすぐに戻ってきた。両掌に布を敷いて、その上に何かをのせている。
「お待たせしました。これがその方の運命をより強固にする首飾りです」
「わぁ……、綺麗だね、これ」
「うん。なんか不思議なカンジ……目を奪われるっていうか……宗助には勿体ないな、これ」
二人して店員の手の中を覗き込む。その首飾りは、シンプルで飾りっけがなく、ただ先端に少し加工した鉱石が付けてあるのみの物だったのだが、それが淡く青白い光を放っており、幻想的な雰囲気を醸している。
「男性が付けていても違和感が無いよう、装飾を最低限に抑えたものにしております。これをできるだけ……首にかけずとも、長い時間身に着けて頂ければ、その方の運命を悪の方向へ向かうのを防ぐ手助けをしてくれるでしょう」
「へぇ~……。それで、これ、おいくら?」
千咲がその首飾りを見るのをやめて顔を上げ、店員に尋ねる。
「二万一千円です。ただ、三年以内に何の効果も感じられなかった場合は遠慮なくお申し付けください、お代は全額返金させていただきます」
「おぉ……なんだか現実的な値段……。一人一万と少しかぁ。まぁそのくらいなら、いいかなぁ。他にめぼしいものも無いしさ。ね、岬?」
「うん、大丈夫」
「よしきた。じゃあ、これください」
千咲が店員に、買う意思を示す。店員は「ありがとうございます」とゆっくりおじぎすると、「ただし」と付け加えて、
「それを付けていれば万事うまくいくという訳でないということを頭に入れておいてください。必ず手助けはしてくれますが、結局のところ、厳しい試練を乗り越えるのは、そのご本人の力と心です。どうか、お忘れのないように」
と、今までで一番言葉に熱を持たせて語る店員の情熱と威圧感に、二人はきょとんとして目を見合わせた。
「……はぁ。本人に伝えておきます」
店を出た二人は、通路をゆっくりと歩いていた。
「宗助君、喜んでくれるかなぁ?」
岬が、買いたてホヤホヤのプレゼントが入った小さな紙袋を、顔の前に持ち上げて呟いた。
「そりゃあ、喜ぶでしょうよ。喜ばなかったら罰ゲームだね」
「罰ゲームっ!?」
岬はぎょっとした顔で紙袋から千咲に視線を移す。
「投げ百連発とか」
「絶対ダメ」
千咲の発言に、岬は普段より一オクターブ低い声で間髪いれずにピシャリと否定する。その気迫のこもった声に、千咲は「冗談、冗談」と、困ったように笑って見せる。岬は、もう、と少し眉を吊り上げて不満げに千咲に批難の視線を向けた。
「でもこれ、どうやって渡そっか?」
岬は再び紙袋を顔の前まで持ちあげて、視線を千咲に向ける。彼女が言わんとしているのは、せっかく内緒にしているのだから、渡す際に少し趣向を凝らすのも一興じゃないだろうかという事である。千咲も渡し方に関してはそれなりに考えているようでその表情は自信ありげだ。
「私が考えるのはね、当日の朝あいつの部屋に忍び込んで、目覚めと共に『おめでとー!』って」
「えぇー、それ、ちょっと迷惑じゃない……?」
「大丈夫だって、みんな家族みたいなもんだし」
「……。まぁ、渡し方はまた、もう少しじっくり考えよ?」
「なによぉ、文句あるならハッキリ言ってよ」
またも不満そうな千咲に、岬は苦笑いしつつ愛想を振りまく。
「だってホラ、他にも良い案が出てくるかもしれないし。まだもう少し時間あるから!」
「……そういう事にしておいてあげよう。ほら、目的も果たしたところで、もうすぐお昼だし合流してご飯食べに行こうよ」
千咲はそう言って携帯電話を取り出すと、宗助の電話番号をアドレス帳から探し始めた。だがその作業は、すぐに中断させられる。
彼女たちの今居る場所・スカイガーデン本館は大きな円筒状の建物。吹き抜けの外周に沿うように通路が作られていて、それに沿って店舗が軒を構えている。吹き抜けではあるが構造上いくつかの太い柱があって、通路の先が見通しの悪い部分も中にはあるのだが、彼女たちが立つ場所からは死角となっている通路の先から、尋常ではない大きさの声で、異常なセリフが叫ばれているのが聞こえてきたのだ。
「――ない……――くない! ――にたくないっ!」
千咲が訝しげな顔で、岬や他の買い物客達は何事かと不安な表情で、通路の先を見つめる。
「……何の声かな」
岬が不安そうに言った。
「わからない……大安売りの宣伝じゃない事は確かだけど」
千咲は、視線を通路の先に向けたまま岬の前に立つ。柱と柱の間に見え隠れするその声の主はかなり憔悴しきった様子で、足元が覚束なく突然走りだしたかと思えば周囲の壁や物を殴ったり、おおよそ通常の精神状態の人間がとる行動からはかけ離れたものであった。そしてそれよりもなによりも、彼は悲痛な顔で、声で、こう叫んでいた。
「死にたく、ない!」
その短く、あまりに存在感のある一言に、二人は息を呑んだ。おおよそ、長閑な商業施設には縁の無い言葉だ。
「……死にたくないって、言ってるの……?」
「そうみたいね」
そのあまりにも悲痛な叫び声と異常な行動に、周囲の買い物客は皆距離を置いて騒然としている。男は、死にたくない、まだ死にたくないと叫び、通路を駆け抜ける。完全に気が動転しているようだ。そして外周通路を走り、千咲と岬の視界に入る場所までやってきた。その異常な言動以外は何の変哲も無い、中年男性だ。
「……みんな見えるか! この、頭の上にある数字が【0】になったら、俺は死んじまうらしい……。なんでそうなってるのか知らないけど、とにかく死んじまうんだァ……! どこだ、どこに隠れている、出てきやがれ!」
言われて、千咲は男の頭の上を見ると、そこには掌くらいの大きさの、【17】という赤い数字が浮かんでいた。
「声だけが聞こえるんだ……『その数字が【0】になった時お前は死ぬ』『どんな死に方かは知らないが必ず死ぬ』ってよぉ……ずっと、ボソボソと耳元で聞こえてくるんだ! ……くそ、また減って……!」
男の頭上の数字は、【7】から【6】へと減った所だった。どうやら、経過した秒数と同じようにこの数字も減っていくらしい。残りが【5】までカウントダウンされている。周囲は先程よりも更にざわざわと騒ぎ始め、とばっちりはゴメンだと、男から遠のき始める。
「……どうせ、どうせ死ぬなら……!」
その男性と、千咲の目が合った。男は千咲と岬に焦点を合わせて、全速力で走ってくる。
【3】
「お前らみたいな、能天気に楽しそうにしてる女の子を……!!」
【1】
「道連れだァーーーーッ!」
男が千咲に向かって飛びかかる。千咲は応戦しようと左足を小さく踏み込み、右足で蹴りの体勢に入る。だが。千咲に到達する前に、男の頭上の赤い文字がまたひとつカウントされ。
【0】
その瞬間、三人の頭上の天井が突然ひび割れ、瞬く間に崩落した。大きなコンクリートの塊達が、男と千咲と岬に降り注ぐ。
「……え?」
大小無数の瓦礫が地面とぶつかり崩れ散る音が鳴り響き砂埃が舞う。
「――」
そのフロアにいた誰かが、言葉にならないかん高い悲鳴を上げた。




