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machine head  作者: 伊勢 周
5章 放浪少女
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お誘い

【一章のあらすじ】



人を襲うロボットと、それを影で操る組織的な“何か”の存在を知った生方宗助は、被害拡大を食い止める為に闘う強い決意をする。

そして闘う為に、自分の中に眠っている力を知る。

そんな中現れたのが決まった形を持たない機械、カレイドスコープだったが、見事弱点を見抜いた稲葉と不破が連携して破壊したのだった。


 今日も今日とて生方宗助は、合同訓練でしごきまわされた揚句、その際に陸上部隊所属のアメリカ人教官にいたく気に入られてしまい、彼に因る特別メニューをこなした上で、更に不破と千咲との格闘技訓練をこなし、身も心も疲れ果てていた。

 そして、そんな疲れた身体を、唯一の安全安息空間である医務室に運んで、瀬間岬に心も体も癒してもらうのが既に日課になっていた。気立てが良くて優しくて、宗助はここ数日、岬の存在のおかげで一日を頑張れていると言っても過言では無いかもしれない。


「はい、これでおしまいかな。他に痛いところない? あったら遠慮なく言ってね。体力は戻せないけど、怪我なら治せるから」

「いや、もう大丈夫。いつも手間かけさせてごめん。ありがとう」


 宗助が服を着つつ謝罪と礼を述べると、岬はえへへ、とはにかんで笑い、ほんのり頬を赤くして「どういたしまして」と答える。そんな彼女に宗助もつられて笑顔になるのだった。


「ウウゥオッホオオッン」


 わざとらしい咳払いに、二人は同時にビクリと肩を震わせる。


「んンゔンッ、あぁ、仲良いっていいねぇ、若いもんだけにした方がいいかねぇ! この部屋に私はお邪魔かなぁ!?」


 医務室長・平山の笑いを含んだ「からかい」がカーテン越しに聞こえてきた。


「ちょ、ちょっと、お、お母さん!」


 岬は更に頬を赤く染めてカーテンの向こうへ困ったような声を上げる。

 そういえば、と宗助が思ったのは、違う名字であるのに岬は平山先生の事を「お母さん」と呼ぶのは何故だろう、という事だ。

 岬の苗字は瀬間で、先生は平山だ。複雑な事情があるならば、あまり深く突っ込みすぎるのもはばかられる。訊くべきか訊くまいか。口をつぐんでいると、医務室に新たな人間が入ってきた。


「おじゃましまぁす、こんばんは」

「あら、千咲。いらっしゃい」


 声だけで彼女だとわかる、自信と気力に満ちた声だ。


「岬に用なら、二番ブースで生方くんとでれでれしてるよ」

「りょーかい」


 とんとんとん、と足音が迫り、しゃっと乾いた音を立ててカーテンが開く。開ける前に「入るよ」だとか「失礼」だとかの一言くらい言えよという文句を宗助はぐっと飲み込んだ。


「あれ、もう手当終わったの?」

「おかげさんでな」


 岬はというと、カーテンの隙間から顔を外に出して「ちょっと、お母さんっ、でれでれってなに!」と抗議して、「でれでれしてたじゃないか」とぐうの音も出ない反論を受けていた。

 返す言葉がなく「うぅ」と唸るだけしか出来ない岬の背中に、「ねぇ、岬」と千咲が声をかけた。抗議を諦めた岬は顔を治療ブース内に戻す。


「明日の事でちょっと話があって来たんだけどさ」

「明日のこと?」

「うん」


 宗助は二人の会話についていけず、きょとんとした表情で傍観する。だが、千咲の口から次に飛び出したのは――。



          *



 基地からそう遠くない、服飾店、雑貨屋、家具屋、百貨店に映画館に飲食街、それらが全て揃った複合大型商業施設「スカイガーデン」。

 生方宗助はそこにいる。それも両手に一文字千咲と瀬間岬という二つの華、……あとは沢山の買い物荷物をぶら下げて。それらが彼自身の購入物ならば掌を締め付ける痛みに納得できるのだろうが、その殆どは彼の物ではないし、納得が出来ていない。


「あの、大丈夫? ……えっと、大丈夫じゃないよね、自分の荷物くらい持つから」

「大丈夫大丈夫。近頃よく鍛えてるから……」


 あきれたような、いや、何かをあきらめたような表情で、岬の心配そうな声も押しのけて、モールの中を進む。平日の午前中でも客足は絶えず、すれ違う人に荷物がぶつからないよう巧みなステップで人混みをすり抜けた。


「あ、ここ入ろ」


 先頭を行く一文字千咲が、また一つお気に入りの店を見つけてそこに入っていく。宗助は彼女の後頭部で左右に揺れる馬の尻尾を見つめながら、昨晩の医務室での会話を今一度思い返していた。



  ・・・



「ねぇ、 岬。明日の事なんだけど」

「買い物でしょ。どうかしたの?」

「何時に出発するかとか決めてなかったからさ。」

「あー、そういえばそだね。でも、いつも遊びに行く時は千咲ちゃん『目が覚めた時間に合わせる』って言うのに、珍しいね」


 岬に悪気は無いのだが、ルーズな一面を暴露され、千咲の笑顔は少し凍りついた。性格がバレるのは時間の問題だったが。


「まぁ、うん、たまにはね、しっかりと時間を、決めておこうかと思ってね。あはは……」


 だらしない面を宗助に知られたくなかったのか、自分で自分の過去に呆れているのか、彼女の口ぶりにいつものはきはきとした様子はなく、歯切れが悪い。


「……明日さ、宗助も休みだし、来るよね。多分持ちきれないから荷物持ち、お願いするね」


 女性同士の楽しい話なのだろう、自分は関係ないし邪魔をしては悪いと思ってぼんやりとしていた宗助の耳に突然自分の名前が飛び込んできた事に驚き、ビクリと反応する。


「え」「一緒に来てくれるのっ?」


 岬は顔をぱぁっと明るい笑顔を浮かべて宗助に視線を向ける。当の宗助は顔で二人の様子を交互に見ていた。


「なに。何か予定あるの?」

「いや、予定っていうか――」

「でも荷物持ちは悪いよ。せっかくのお休みに」

「それも鍛錬なのだよ、鍛錬。まぁまぁ、スワロウ、十代だけの親睦会って事でさ。荷物持ってくれたらお昼ごはんご馳走してあげるから。ね?」


 千咲は宗助に向かって、ニコッと笑って右目をパチンとウィンクして見せた。


「それで、話は戻って明日の時間なんだけど――」

「ね、って……」


 やはり宗助は二人の会話に取り残されたまま、気づけば自室のカレンダーに明朝の出発時刻を間違いの無いよう記していた。



          *



 と、いうわけである。休日を寝て過ごし体力回復を目論んでいた宗助からすれば予定外であるのは間違いないが、女性二人に親睦を深めようと買い物に誘われた事を光栄に思っておくべき、なのかもしれない。


「こんなのどうかな。変じゃない?」

「すっごく似合ってるっ。千咲ちゃん足長いしスタイル良いし、なんでも似合うの羨ましいな。『裾直し要りません』って私も言ってみたい」


 試着室の前で羽目を外して楽しんでいる二人を見て、悪い気も徐々に失せてきた宗助であった。この二人、こんな感じですけど秘密特殊部隊の隊員なんですよ。なんて周りに言ってもきっと変な目で見られるに違いない、などと考えていた。

 その店での物色を終え、レジを済ました彼女達は、店の出口で待っていた宗助に歩み寄る。


「じゃあ、これも追加だからよろしくね」

「あのな。なんというか、もう少しありがたみをもって頼んでくれ」


 当たり前のように荷物を追加する千咲に対して、宗助は流石に眉間にしわを寄せて苦言を呈する。


「って、さすがにもう持てそうにないかな」

「聞けよ。というかもっと早く気づいてくれ」


 宗助の両幅は、荷物をあわせると人間三人分になろうかという程に膨らんでいたので、千咲もさすがに悪いと思ったのか遠慮気味になる。


「まぁ、いいトレーニング……かも、ね。うん…………大丈夫?」


 千咲がその日はじめて宗助の状態を気にする素振りを見せて、ははは、と乾いた笑いを浮かべていると、岬もやはりずっと彼の状態を気にはしていたようで


「やっぱり自分の分は持つから、ごめんなさい!」


 と申し出た。だが宗助にも意地があって、一旦持っていたものを「重たくて持てない」と女子に持たせる事を素直に良しと出来ない。


「岬には普段から怪我とかでお世話になってるし、これくらい大丈夫。むしろこんなんじゃ足りないくらいで……」

「そっか。確かに、私も普段からトレーニングに付き合ったりしてるから……」

「お前には投げられまくった記憶しかないけどな」


 岬には感謝の意を伝えつつも、それに便乗しようとする千咲に対しては憎まれ口をたたく。


「ぶー。投げるのも体力使うんですけどぉ。格闘術も教えてるし」

「じゃあじゃあ、お言葉に甘えて半分だけ持ってもらおうかな。はい」


 岬は宗助の持っている荷物の中から、半ば無理矢理取り上げた。実のところ、彼女はそれほど物を買っていない。これでもかと買いまくっているのは千咲である。


「ありがとうね。無理ってなったらちゃんと言ってね」

「別に大丈夫なのに。まぁ、残りは任せて」


 宗助は背後で赤いのが睨みをきかせているのを背中にジリジリと感じていたが、あえて振り返らないようにした。



          *



「おい……、次は、下着売り場に行くぞ……」


 千咲が低い声でこんなことを言い出したのは、さっきのやりとりのせいだったのかもしれない。

 ギラッと目を光らせ、口元は作られただけの歪んだ笑顔。その提案は当然岬にとっても宗助にとっても、全く得の無い、恥ずかしいだけのモノで。


「ええっ?!」


 と驚きの声をシンクロさせた。


「千咲ちゃん、さすがにそれはちょっと」

「問答無用。その次は化粧品売り場……」


 恥ずかしがった岬が千咲の提案に反対意見を出すがとりつく島もない。宗助の本能がいち早く危険感知、このまま彼女が言うままについて行くと主に精神的に碌なことにならないと考えて、こう申し出た。


「……俺もちょっと、見たいものがあるんだー。たった今思い出した。荷物は俺が持っとくからさ、だから、昼飯時に再集合ってことでそれじゃあまた携帯に連絡してくれ! また後で!」


 早口で言い切ると両手の大きな荷物もなんのその。あっという間に千咲と岬から離れていった。


「ふん、逃げたな。気まずそうに恥ずかしがる顔見てからかってやろうと思ったのに」

「もう、ただでさえ荷物持ってもらってるのに……」

「う……。その辺は私も、ちょーっと反省はしてる。あれは持たせすぎたかな、ははは……」


 宗助が大量の荷物を両手に持つ姿を思い出して苦笑いを浮かべた。


「まぁその分、今からアイツのためにちょっとばかし苦心してやろうじゃないの!」


 千咲の顔に先ほどまでの邪悪な影は微塵も無く、それはいつもの、彼女特有のさっぱりとした笑顔だった。


「あっ。もしかして、その為に別行動になるようにあんなこと言い出したの?」

「そ。まぁちょっと困らせてやろうってのもあったけどさ。今日決めないといい加減やばいからね」


 そう。彼女達には自分達の買い物以外にも、とある目的があったのだ。果たしてその目的とは如何に。




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