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machine head  作者: 伊勢 周
4章 カレイドスコープ
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言えないんだ


 宗助と木原亮太は、病院敷地内の庭にあるベンチに並んで腰かけていた。


「……そんで、どういうヤバイ話なんだよ、あんな無理やり不自然に病室から出てきて。あおいちゃんに聞かせたくない話があるんだろ。この不良お兄ちゃんめ」


 流石に不自然すぎたかなと自身の演技力の無さに少し苦笑いしながら、頭の中でいかに話を持っていくか組み立てていた。しかし、一向に上手くまとまらない。


「……まぁ、そんな所なんだけど……、なんと言ったもんかな……」


 そもそも宗助は嘘や隠し事が苦手で、すぐに顔や態度に出る性分である。そしてその自覚も充分にあって、小細工なんてしても無駄だと観念し、父に話した時と同様に、結局「気持ちでぶつかる作戦」で行くことを決めた。こういう部分は不破に似てきたのかもしれない。


「よし、単刀直入に言う!」

「あ、あぁ? 急に大きな声出すなよ」

「聞いてくれ、亮太。言えないんだっ!」


 幼馴染の整った顔が、不可解な言動を受けて歪に崩壊していた。


「…………。……。……うん?」

「だから、言えないんだ! 俺が何しているかとか、今何処にいるかとか、お前にも家族にも言えない! 心配するなっていう方が無理かもしれないが、だけど心配しないでくれ。無茶を言っているのもわかっている。親父やあおいは勿論、お前にも迷惑をかけたりしないし、道を外れるような事もしないと約束する。だから……!」


 宗助は自身も気づかぬうちに立ちあがっており、ぐっとこぶしを強く握りしめていた。


「……」


 沈黙。二人の間にはよくこういった沈黙が出来上がることがあるのだが、今回は、特に格別の沈黙である。まるで周囲の草の動きや、水面の波紋や、雲の動きさえ止まってしまいそうな、静の光景だったが……。


「……ぷっ」


 亮太の口から笑いが噴出し、沈黙は破られた。


「なんで笑うんだよ、俺はコレでも真面目に……!」

「わかってるよ、お前が真面目な事なんて。俺の知っている宗助は、こんな冗談にもならない冗談言わないからな」


 そう言ってから、くくくっと笑ってみせる。幼馴染は本当に愉快そうな顔で言葉を続ける。


「めんどくせぇ~~~奴だな! 宗助、お前って奴は」


 そのセリフとは裏腹に、亮太の顔は爽やかな微笑であった。


「わかったよ、あおいちゃんの前でも、何も言わねぇし訊かねぇ。これでいいか? 物分りのいい幼馴染を持った事に感謝するんだな」

「……。……いいけどさ、お前の場合、物わかりがよすぎて逆に怖い」


 あまりにあっけなく話が通ったため、拍子抜け、といった感じの宗助。亮太は特にそのまま表情を変えることも無く。


「どうだかなぁ。変な事に首突っ込みたくないだけかもしれないぞ」

「……。ありがとうな」


 しっかりとした説明は無くても、こうして気持ちだけでも受け止めてくれる友人が隣にいてくれている事に有り難さを感じ、深く深く感謝した。


「それじゃあ、口止め料に遠慮なくあおいちゃんを頂いていこう」

「……やっぱり今言った礼はなしだ」




 宗助はそれから、しばらく亮太と世間話に興じていた。

 大学で自分のいなかった期間にどんなことがあったのかだとか、授業がどんなだとか、綺麗な女の子がどうとか。彼の話の中には宗助の知らない名前や景色が沢山あって、そこには言ってしまえば「普通」の生活が散りばめられていた。「やっぱりこいつは何処に行っても誰にでも好かれる人間なんだなぁ」と、感心すると同時に、少し寂しい気持ちも感じたりした。


 でも。自分にだって心強い仲間が出来たと、宗助は思った。


 少し寡黙で、最初は怖いと感じたけど、本当は優しさと強さに溢れている隊長に、兄貴のように面倒を見てくれる……先輩、だとか、ちょっと自信家だけどいつも傍にいて優しく助言してくれる仲間とか、傷ついた時に身も心も癒してくれる、妹が一人増えたような、あるいは母のように優しい仲間もできた。

 他にも沢山の人と出会い、この三週間だけでも、何度も何度も助けられて生き伸びた。宗助は幼馴染に自分の事も話してやりたくて、自慢したくて仕方がなかったけど、でもダメだと戒める。

 この友人は自分がいなかろうが、それはそれできっと大丈夫だと、思った。彼の話す日常生活の話は、全部燦然と輝いていて、そこに自分の姿は無かったから。

 彼は自分の話なんて知らなくていい。

 殺人ロボットだとか、それを操る黒幕だとか……そんな物騒で非日常な話は。


(寂しいけれど、そういうもんなんだよな)


 自分の居る場所は、そういうところなのだと、再認識した。だからもう何も語らず、幼馴染のラジオのような軽快なトークをBGMにして、素晴らしく晴れ渡った青い空に向かって笑顔を見せていた。八割の楽しさと、二割の寂しさを唇にのせて。




 再び、生方あおいの病室。宗助はノックをしてから入り、静かに、ついさっきまで幼馴染が座っていた椅子に座る。


「あれ、亮太君は?」

「あぁ、あいつなら帰ったよ。どうせなら、家族水入らずでってさ」

「そんな気を使わなくても、家族みたいなものなのにね」

「……そうだな。ま、あいつはあいつで何か用事があるのかもしれん」


 宗助は言いながら、背負ってきたカバンの中身を漁る。そして中から出てきたのはお見舞いの一品である。


「わ、つるやのおまんじゅう。いつもありがとう!」

「お安い御用だ。給料も入ったんだ」

「給料って、バイトか何かしてるの? でもそうだよね、お父さん仕送りしないって言ってたし」

「あぁ、まぁそんなとこ」

「そうだ、聞いてよお兄ちゃん。昨日しおりちゃんがお見舞いにきてくれて」

「しおりちゃん、って、時々遊びに来てた子か」

「そうそう。それでね――」

「へぇ――それで――だったのか」

「うん、そしたらさ――」

 


・・・



 宗助は見舞いを終えて、病院から基地への帰路についていた。亮太と何を話していたのかを、あおいは宗助に尋ねなかった。彼女も何かを察したのかもしれない。

 宗助は薄暗くなった山道をたった一人で胸を張って歩いていた。これで良いんだ、と自分に言い聞かせながら。



          *



 オペレータールームは平常運転。

 オペレーター達を始め数多くの隊員が忙しなく働いているのだが、そこに、平時ならば滅多に見かけない人物が一名ふらりと姿を現した。職員達は皆その異質な来訪者をちらちらと横目で見る。見た事のない人間ではなくむしろ内部の人間なのだが、皆がその人物の来訪を何事だろうかと意識をそちらに向けていた。

 室内のそんな空気を察しているのかいないのか、その人物――彼は早歩きで革靴の靴底を床にぶつけてつかつかと音を立てながら歩いている。白衣に身を包んでおり、黒いもじゃもじゃの髪の毛に流線型の黒縁めがね。しかし一番に特徴的なのは笑顔を知らなさそうな、人を寄せ付けない硬い表情を張り付けた顔だった。


「司令、失礼します」

「……あぁ、志村。珍しいな、お前が部屋から出てくるなんて」


 雪村に声をかけたのは、志村しむら隆俊たかとし。情報解析部の長で、普段は自分達の部屋にこもりきりで仕事に没頭しているため、基地内で働く人間でさえ殆ど見かけない人間の一人だ。


「……お話したいことがあります。……二人だけで。お時間をいただきたい」

「わかった。すぐには少し難しいが、そうだな、四時ごろ私の部屋というのはどうだろうか」

「それでかまいません。では後程伺います」


 志村は丈の長い白衣を翻して、そのまま他の物には目もくれず部屋を後にした。


「……何かあったんだろうな」

「へ?」

「明らかに異常事態だよ、あの人がこっちにいきなり来るなんてさ」


 海嶋と桜庭もそんな会話を小声で交わす。


「フラウアの件かもね」


 秋月が横から口を挟む。


「フラウアの件?」

「ええ。生方君がフラウアの腕をちょん切った時に、そこに流れ出た血を採取して持って帰った件、調査していたから」

「流石秋月さん、事情通……」

「あんたはもう少しちゃんと情報通知を見なさい」



          *



 約束の時刻、司令室。雪村と志村の二人はそれぞれ室内のソファに座り、重厚な高級机を挟んで向かい合わせに座っていた。


「お忙しい中すいません。貴重なお時間をお借りします」

「こっちのセリフだよ。それで、わざわざ二人で話したいとは、何があった?」

「……単刀直入に言います。フラウアの血液細胞からの生体鑑定結果です。合計十度にわたる精密鑑定を行いました。が、全て結果はUNKNOWN(未知なるもの)。ほぼ人間と同じですが、それは、同じではない。要するに、この結果を見る限り奴は人間ではありません。外見上は全く人間と違いありませんが、似て非なる物。生産的ではないと思いつつも何度か我々でもこの情報について精査し議論を行いました」

「結論は出たか」

「この地球で生まれた生物ではないのでは、というものが一番有力でした」

「……奴らは宇宙人だとでも言うのか」

「地球の生物ではないのなら、そう行きつく以外に有りえません。我々はある意味、到底理解できない目の前の現実から逃避しているに過ぎないのかもしれません。奴らの持つ数百年は先の未来でもたどり着けるかどうかという技術や機械達も、遥か宇宙の彼方に存在する、我々の知識を超越した技術なのだと思えば辻褄があってしまう」


 雪村は、しばらく考え込むように俯いて黙っていたが、ふと顔を上げた。


「……それでは、別の質問だ。この結果はどこの誰までが知っている?」

「我々情報処理の人間と、司令だけです。今の処は……」


 雪村は相変わらず無表情のままだ。


「……今のところ不明確な事項が多すぎる。現段階で情報を公開しても、混乱が生じるだけだろうな。私が許可を出すまで……下手な事は口外しないようにと課内の人間にも伝えておいてくれ……。情報周知のタイミングは、私に任せておいてくれ」

「了解、しました。それでは私はこれで」

「あぁ。引き続き頼む」

「勿論。失礼します」


 志村が去った後、一人部屋に残った雪村は窓の外を眺めていた。先ほどまで青かった空は鈍色となり、次第に黒くなって、しとしとと雨が降り始めた。窓に雨のしずくがパタパタと模様を付けていく。


「次から次へと……。我々には、わからんことが後が絶えん。天屋よ……お前は一体、何を見ていたんだ」


 そんな独り言も、雨音にかき消された。




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