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machine head  作者: 伊勢 周
4章 カレイドスコープ
39/286

成長曲線

「……? 痛くない……」

「おー。ナイスジャンプ。結構良い線いってたんじゃないか?」


 ビルの上から不破が叫んでいる。


(……ジャンプ? 良い線?)


 ただただ混乱して考えがまとまらない。そもそもジャンプというよりは何者かに突き落とされただけなのだが。その後すぐに『すごいわ、生方君。算出した通常の人間の落下のシミュレートよりも、五秒も地面につくのが遅かった。流石私の見込んだ人ね』という秋月の声が空間に響いた。さっきまで止まったとさえ感じていた心臓が急にバクバクと胸を打ち始めた。

 冷静に考えると、あんな高さから自分はここまで落ちてきたのかと思うとまた背筋に寒気が走った。


「ほんとほんと。空中で一瞬浮き上がってるようにさえ見えたぞ、お前。ドライブのコントロールにも少しずつ慣れてきたんじゃないのか?」


 そうなのかな、と宗助は自分の両掌を見つめてみる。特に外見は変わっていないが、力は徐々に身に付きつつあるのだろうか、少しだけ自分を信じてみることにした。


『ちなみに、痛覚は一時的に五千分の一程度にしたからそこまで痛くなかっただろうけど、だからって調子にのって現実世界でもビルの屋上から飛ぼうとしたらダメよ。もう少し訓練してからね』

「言われなくてもしません」


 それからもうしばらくの間VR空間の中で「ドライブの力で木を切れ」だの「壁をぶち壊せ」だの現実ではなかなか出来ない課題を授けられ、それに対して努力は一応する、という行為を繰り返した後にその日のVR訓練は終了となった。

 秋月曰く、何度も長時間VR空間に入り浸るとそのうち現実と非現実の区別がつかなくなり精神への悪影響が懸念されるから、一定のインターバルを置いて行うのが無難だ、との事だった。

 宗助はVR訓練外での不破から出される課題もかなり非現実的だと感じているのだが……いつかそれらの課題を平気な顔でこなしているのだろうかと、未来の自分をぼんやりと思い浮かべていた。

 ドライブという現実離れした能力に対して未だに他人事のような感覚が抜け切らない様子の宗助に、秋月からこんな言葉が贈呈された。


「生方くん、不破くんからも言われているだろうけど……出来ると思う事が大事よ」


 そして宗助は、その言葉を大事にしていこうと思った。


 

          *



 四月は終わり、五月の初日。

 宗助の知らぬ間に桜は散り、すっかりと葉桜になっていた。このひと月は、宗助にとって人生最大級の激動のひと月だった。どれ程の出来事が自身に降り掛かったのか、シンプルに説明するならば、『とりあえず二回は死にかけた』。


 宗助はその日休日で、かねてから心配していた妹の所へ見舞に行く予定を立てていた。


 あおいが前の病院のあの病室から見る夕焼けが好きだと言っていた事を思い出して、今度の病室の景色に文句が無ければ良いけど、などと考えながら歩く。


「快晴よりもちょっとだけ雲が浮かんでいてくれた方が夕焼けは映える」

「雨上がりだとか、湿気が大事」


 などなど夕焼けについて何度か熱く語っていたことがあり、いくら施設が充実している病院でも、そこを満足させられなければ病状に響く事もあるかもしれない。

 病院に到着し、大きな吹き抜けのエントランスを抜けて受付に行くと、小柄な女性受付が彼を対応した。


「どのようなご用件でしょうか」

「えっと、502号室の生方あおいの家族です」


 身分証明として隊員証を提示すると既に事情を理解しているようで、「お疲れ様です」と労いの声をかけられ、院内を移動するためのカードキーが手渡された。

 病院内の廊下を少々迷いつつも進み病室へとたどり着き、病室の扉をノックする。「はーい」という声を確認してから、中に足を踏み入れた。するとそこには、宗助が想像していなかった人物――幼馴染の木原亮太が中に居た。


「おお、宗助。久しぶりだな」

「……なんでここがわかったんだ?」


 確かに見舞に行くと言っていたが、転院の事は彼に伝えていなかった為、余計に驚かされた。


「あのなぁ。久しぶりに会った第一声がそれか?」

「久しぶりって言っても三週間ぶりくらいだろ」

「携帯にかけても出ないし、大学にも姿現さないし、何かあったのかって家に電話してみたら家も出て行ったってんで、病院にあおいちゃんを訪ねても転院したっていうから。親父さんに訊いて、ここに辿り着いたって訳だ」


 やれやれといった様子でため息交じりにそう言った。


「お父さんも前にここに来た時、お兄ちゃんに電話通じないって心配してたよ」


 あおいも眉をひそめて言った。宗助は父親の克典が勇気を出して娘の見舞にきたんだなぁと話の腰とは違う部分で感心していた。


「あぁ、少し電波が届きにくいところにいるんだ、心配かけたな」


 家族にさえ秘密、という制約があるため、あまり自分から今現在の境遇をべらべらと話すことはしない。だが宗助は内心少し焦っていた。妹一人なら現況を聞かれても適当な言い訳でかわせるだろうと考えていたのだが、この幼馴染はかなりの切れ者だ。適当な言い訳などすぐに見破られてしまうだろう。そのため妹の前であれこれと亮太に詮索されるのは御免こうむりたいと考え、どうするべきかと思考を高速回転させた。その結果。


「えっと、……なぁ亮太、積もる話もあるし、ちょっと外で話さないか。男同士の会話だ」

「なんだよ、別に良いけど」

「よし。そんじゃあ早速中庭に行こう。あおい、またすぐ後で戻ってくるから」

「え? え?」


 混乱気味のあおいに一方的にそう告げて、亮太の背中を押して病室を後にした。





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