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machine head  作者: 伊勢 周
4章 カレイドスコープ
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カレイドスコープ 6

『敵反応、徐々に下降してきました! 現在地面との距離、およそ三十メートル!』


 報告を受け不破が上空へ目をやると、正方形で板状の物体がゆっくりと、肉眼で捉えられる位置まで下降してきていた。どうやって浮遊しているかは謎である。


「まじかよ……」


 一方で不破は、自分の予想が当たったことに、自分自身で一番驚いていた。


「このチャンスを逃す手は無いが……うっかりこの空き地に入るのも無策のような気がする。さて、どうしたもんかな」


 稲葉は相変わらず考える仕草で空き地の上空を見つめている。


「どちらかが銀色の方をひきつけないとダメってことですか?」

「それもあるが……、迂闊に近づいて、危険を察知してまた本体に空に逃げられちゃ面倒だと思ってな」


 本体は、害敵を全て排除したと判断したからこそ、ゆっくりのんびりとエネルギーを充填させに降りてきたのかもしれない。ここでまた無闇に突っ込めば、本体の索敵に引っかかり上空へ逃げられる可能性も十分あるということだ。


「まだだな。ギリギリまでひきつけよう」


 自分達の目線と同じ高さまで降りて来たそれを見ると、思っていたよりもなかなか大きく、四方は三◯センチメートルずつくらいで、厚さも一般的な瓦くらいはありそうだ。そいつは、これから地上の銀塊と結合しようとしている。


「今のこの高さなら俺達でも攻撃は届く。どう攻めましょうか」

「あぁ。いろいろ考えたんだがな」

「はい」

「突っ込もう」

「はい。一気に突っ込み、って、……え?」

「俺達は近距離戦闘タイプで、目ぼしい武器もない。敵の正体はほぼ割れた。あれこれ考えても仕方ない。空に逃げるというなら、逃げる前に俺かお前、どちらかのドライブを叩き込むまでだ」


 きっぱりとそう言い切った。不破は稲葉の言葉にしばらくぽかんとしていたが、すぐにくっくっくと声を殺して笑いだした。


「呆れたか?」

「いいえ、結局こうなるんだよなぁって、なんかおかしくなって」


 稲葉の口角もほんの僅かに持ち上がる。


「そんじゃあ、いっちょやりますか。パワーでゴリ押し作戦」

「あぁ、気合をいれて……行くぞッ!」


 稲葉の号令で二人は同時に地面を蹴り、再び空き地の中――カレイドスコープに向かって力強く駆け出した。下降してきた本体目掛けて、二人はお互いの距離をとるため、直線ではなく弧を描くように駆けて行く。


(さぁ、俺か要か、どっちを攻撃してくる! どう逃げる!)


 凄まじい速さで近づいてくる物体にカレイドスコープは反応し、着地作業を中断し再浮上を開始する。そして立方体だった銀塊は人間型に形を変えた。


(……っ、思ったより上昇スピードが速い……!)


 走る不破の眉間に皺が寄る。走り始めたときは腰の位置あたりだったのに、既に不破の身長をゆうに超える高さまで上昇している。三メートルといったところか。しかし二人から敵までの距離はまだ二十メートル以上ある。

 地上に残された銀塊は稲葉の方へと向かう。


(こっちに来たか。望むところ!)


 飛び掛って来たソレに稲葉が左手で触れると、またしても借りてきた猫のようにぴたりと動きを止める。そう、既に何度も披露されたが、これこそが稲葉の能力、エネルギー・ドライブである。

 触れた物体のエネルギーを、掌で触れることによって奪い取り、行動や動力を止める。例えば拳銃で発砲された銃弾も、彼の掌に触れればたちまちその推進エネルギーを奪われ静止する。本来そこにあったエネルギーは稲葉の肉体に貯蓄され、衝撃波として任意で体外に放出できる。

 簡単に言えば、彼の掌に触れた全ての物体は動きを止め、発生するはずだった動きは稲葉自身のエネルギーに変換される。


「要より俺の方が優しそうだとでも感じたか。人を見る目が無いガラクタだな」


 強力な磁石同士が引き合うように、彼の掌から離れない。そのまま捕らえた銀塊にそっと右手を添えて、左手を離し、衝撃波を撃ち込む。大砲の砲撃音と聞き間違えそうな、重厚な轟音が深夜の空き地に響き渡り、銀色のソレは再び見るも無残なアメーバーのような姿になる。


「……これくらいじゃ、まだまだくたばらないよな」


 吹っ飛んだソレは、索敵対象に攻撃を行う準備をしているのだろう、グニャグニャとその場で蠢いている。


 一方で不破は、カレイドスコープが稲葉に攻撃を仕掛けるのを横目で見ながら、少し遠回りして、地面に放ったままの自称スピアガンを拾っていた。


「これだ、これっ!」


 コアは再浮上からまだ五秒も経っていないというのに、すでに十メートル以上は中空へと上昇している。


(隊長が相手してくれている間に、俺が本体を仕留める!)

「直接触れさえすればこっちのもんだっ」


 走りながら、鉄材を細く長くまっすぐな棒状へと変化させていく。身長の倍はある鉄棒を創り、地面に勢いよく突き刺して、両手でその先端を握ると、変化ドライブを加えて、上空へ向けて思い切り突き伸ばし、自身の身体を持ち上げていく。


「ぎ、ギリギリか、届いてくれっ……!」


 更に高く伸ばして、本体へと向かって体を押し上げていく。ぐんぐんと不破の体は上昇していくが、コアもまた上昇していく。


(と、届かない……!)


 まだ、腕一本か二本分、距離が足りない。

 あとひと伸び、ひと伸びさえあればという所で、ガクンと不破の態勢が崩れる。細く伸びきった鉄棒は、不破の体重を支えきれず、根元がポキリと折れてしまった。

 不破の背中は地面に吸われ、本体が遠のく。


「しまっ、――」


 一瞬の無重力・浮遊感。


(落ちる)


 ただ単純にそう思った。カレイドスコープの本体はまるで不破の落ち行く姿をあざ笑うかのように優雅に上昇して行く。


「――ッ、まだだ!」


 折れてなおまだ手の中にある鉄の棒に大急ぎで変化・・を加える。折れた根元を板状にして、それを空中へと「縮める」変化を加え、手繰り寄せる。そして自身の態勢も何とか立て直しつつ、足下に浮き上がってきた板に足をかけ、踏み台にして蹴落とし、不破は空中でさらにほんの僅か、飛び上がった。


 地上からの高さは既に二十メートルを超えていた。本体に向けて、両腕をめいっぱい伸ばす。そして不破の手に、確かな感触が届いた。


(掴んだっ!)


 本体に、ようやくその手が届いたのだ。尚もあきらめず上昇しようとする本体だったが、もう上昇することは出来ない。それどころか、不破の体重を持ち上げる事は出来ず、その場で高さを維持するのが精一杯の様子だった。

 踏み台にした鉄材が床に激突してガチャンと音を立てた。


「まったく、ギリギリだった……。さぁ、観念しろ……!」


 不破の触れた部分が空中で青白く仄かに光って、本体コアの形が変わっていく。どんな構造なのかは果たして不明だが、それは何の意味も無い鉄の塊へ変貌を遂げた。

 そして。同時に、地上の敵はグネグネと尋常でない動きを一通り見せた後、ピクリとも動かなくなった。今度こそ本当に、機能停止したのだろう。


 稲葉は、不破が跳び上がった夜空を見上げ、「高いな」と、見たままの感想をポツリと呟いた。


 そして不破は――。


「……。飛んだまでは良かったが、着地方法を考えてなかったな……。どうすっかな、これ」


 そのまま、まっさかさまに。


「うっ、おあああああああああああああああああああああ」


 絶叫の後、ドズンと衝撃音が鳴って、辺りに砂埃が巻き上がる。


「痛ってええええええっ……、今日の任務で一番痛い!」

「相変わらず頑丈だな、要」


 稲葉が、降りてきた不破に歩み寄り冷静に一言かける。


「で、できれば、隊長のドライブで受け止めてもらえれば、無事に降りられたんですがね」

「男を抱きとめるシュミは無いんでな」

「俺だってありませんよ……」

「それは冗談としても、お前ならこのくらいどうってことないだろうと思ったんだが」

「そりゃ、ありがたい評価で、いてて……」


 とほほ、という顔を見せつつ、もう痛みは引いたのか、上半身を起き上がらせあぐらをかき、身体に付いた砂を両手でバタバタと払っている。普通ならタダですまないはずだが、本当に頑丈である。


「だけど、本体は仕留めましたよ、ほらこの通り」


 不破は本体だったもの(・・・・・)を差し出す。全く原型を留めていない。


「しっかり見ていたさ。よくやってくれた。地上のあいつもあの通り、もうこのまま動くことはないだろう。今回、お前が居てくれて良かったと心底思っているよ」


 稲葉は銀色の塊をちらりと見たあと、にっと控えめに笑って、不破の顔前に握り拳を突きつけた。それを受けて、不破も自身の拳を、稲葉の拳にコツンとぶつけた。



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