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machine head  作者: 伊勢 周
4章 カレイドスコープ
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カレイドスコープ 5

 攻撃されてバラバラに散った名刺の燃えカスに興味を失ったカレイドスコープは、再びぴたりと動きを止める。次に攻撃するべき対象を幾つもの熱源の中から索敵しているのか。


 稲葉がもう一枚燃やして、指でぴっとそれをカレイドスコープ周辺の空中にはじくと、カレイドスコープはすぐさまそちらに攻撃をしかけた。


「こいつが名刺で遊んでいる隙にコアを探しに行くとするか」

「探しに行く……って、コアはこことは別の場所にあるって事ですか?」

「恐らくな。どこかそう遠くない、しかし、離れた場所にある。そうでなければこんな単調な攻撃方法にはならないと思う」


 不破は「なるほど」と感心し、万華鏡カレイドスコープをちらりとみやる。空き地中に広がった小さな名刺だとか木片だとかに灯った炎たちを、一つ一つ追いかけている姿があった。


「子供は真似しちゃ駄目な遊び方だな、こりゃあ」


 ところどころ炎が赤くゆれている空き地の状態はさしづめささやかなキャンドルナイトの様相を呈していた。


「ただ、探しにいくっつっても、そのへんのアテはあるんですか?」

「無い。まぁ、徹夜は覚悟だな。厳しい夜になりそうだ。応援を頼もう。どちらかが残るというなら、もう少しこいつの相手は俺がしておく」


 また名刺を数枚燃やして、カレイドスコープの周辺に投げつける。と、そこで連絡が入った。


『稲葉さん、不破さん!』


 桜庭小春の声が二人の名前を呼んだ。



         *



 時間はほんの少し前。オペレータールームの桜庭小春の前にある端末の一つが、ピコン、と軽快な音を立てて新しいウィンドウを提示した。そこには一〇〇%という文字がやけに大きく表示されている。


「やっと……レーダー、アップデート完了しました!」


 小春が弾んだ声をあげた。彼女は作戦を遂行しながらも、レーダーのアップデート作業を進めていたのだ。凄まじい速さでカタカタとキーボードを叩き始めた。


「モニターに反映します!」


 モニターの上部から黄色いノイズの波が下方へと滝のように流れて、それを境目に画面が更新されていく。すると。


「これは……! 稲葉さん、不破さん!」

『どうした。何かわかったか』

「レーダーのアップデートが完了し、そのマシンヘッドの反応がはっきりと捉えられています。位置もバッチリです! 反応は空き地からそう遠くない、えっと……え……、これって」

『おい、どうした。反応は何処だ』

「反応は、上ですっ! 座標位置はその空き地で、遥か上空に反応があります! ずっとその、上空……」


 レーダーのバージョンアップデートを完了させた開放感と喜びもつかの間、そのレーダーが頓珍漢な位置を指し示したことで小春の顔にも声にも翳りが差してしまう。「せっかく難敵攻略の糸口を見つけられたと思ったのに」と。もし実際に上空に存在するのだとしても、二人の能力では遙か上空への敵に対する精度の高い攻撃手段は無いに等しい。


 だが、その報告を受けた稲葉はというと。


『なるほどな』

「ほえ?」

『助かったよ、桜庭。おかげで随分と正解へと近づけた、ありがとう』

「ど、どういたしまして……?」


 小春は海嶋と目を見合わせる。お互いの瞳には、いくつものハテナマークが浮かんでいた。一体、目視すら出来ない上空の敵に対してどう攻めるつもりであるのか、二人には見当もつかなかった。



          *



 新たな反応は、自分達の遥か上空に。稲葉は頭の中でロジックを組みあげていく。一方不破は上空をじっと眺めていた。


「んー、暗いせいもあってなんも見えないですけどねぇ……」

「コア自体、それほど大きくないだろうからな。いくらお前の視力が良くても、肉眼で捉えるのはちょっとばかしムズいかもしれん」

「それに隊長、スケープゴートの火種もだんだん減って、気を抜いていたらこっちが襲われるかも」


 空き地を見回すと、稲葉と不破が設置した『燃える名刺(ダミー)』の数も、指で数えられるほどにまで少なくなっていた。


「それなんだが。要、あそこを見てくれ」


 道と空き地の境目に、三つのダミーが置かれている。一つは道に落ちていて、残りの二つは空き地の中。空き地内に落ちているダミーにカレイドスコープが近づき、捕食する。


「……? あれがどうかしました?」

「これからだ」


 捕食し終えると、カレイドスコープは距離的に近い『道に落ちているダミー』の方ではなく、あきらかに距離的に遠い同じ敷地内に落ちているダミーに向かって標的を定めたのだ。


「……あれ? いや、単に熱いほうに向かっただけってわけじゃ、ないんですか?」

「俺はしばらく観察していた。奴は何度かあの辺りを通ったが、道に落ちているダミーを攻撃することは一度も無かった。それに、ただ単に熱だけを追い掛け回しているならコイツはとっくにこの空き地から出て行っている筈だ」

「言われてみれば……」

「なぜコイツはこの空き地に居座り続けるのか? 桜庭の情報が答えを持っている……この上空に反応しているものはコイツの『本体』で。そしてその『本体』がこの空き地内の限られた範囲内のみ、熱だとかあとは振動や音や……とにかく生物の放つ反応を察知し、それを地上の奴が栄養として判別し狩って体内に取り込んでいるってわけだ」


 その時、空き地内の最後の有効なダミーが潰され、残る生物反応を放つ唯一の二人、稲葉と不破のいる場所に凄まじい速さで突進を始める。


「とりあえず、これ以上こいつと正面きって戦い続けても埒が明きそうにない。索敵範囲外のダミーの位置に行こう。あそこは安全って事だろうからな」

「了解!」

「よし、走れっ」


 そして一目散に安全地帯へと向かって走り始めた。二人とも超人的な脚力を持っているのだが、カレイドスコープの銀管の伸びる速度が僅かに速い。走る二人の背中に迫り……ついには、銀色の管が不破の背中に触れた。


「やばっ!」


 尖った先端が服を突き破り体内に潜り込もうか―というその時、それらはぴたりと動きを止める。稲葉と不破の足元には、例の燃えるダミーがあった。


「はぁ、はぁ、……あぶねぇ、今背中にちょっと触りました」

「範囲外に脱出してから説明すれば良かったな。すまん」


 まさに危機一髪といった様子の不破に対して、稲葉はしれっと謝罪する。


「だがまぁ、俺の予想は当たったようだ」


 再び空き地内に目をやると、不破がカレイドスコープに初遭遇時と同様のヒト型となり、両手をだらりとぶらさげぴくりとも動かない。


「俺が最初に出くわした時にコイツが全く反応しなかったのは、本体の感知できない場所にたまたま居たって事なのか」

「ああ。索敵範囲にムラがあるようだ。範囲が狭い上にいい加減な奴だな、全く」


 街灯の微かな光を受けて銀色に輝く万華鏡は、ただ静かにぼんやりと空き地の真ん中に佇んでいる。それからしばらく観察しても一向に動きが無かったが、空き地の中央近辺までゆっくりと戻り、銀色の立方体へ姿を変えてゴロンと空き地に転がった。それがスタンバイ・スリープの状態なのだろうか、本当にコロコロと簡単に形が変わる。そこでふと、不破が疑問を感じた。


「隊長。もしも地上のコイツが生物のエネルギーを奪って、上空の本体に動力供給をしているというなら、どうやってそれを上空へと受け渡しているんでしょう?」

「……もっともな疑問だな」


 稲葉が顎を手で触り少し考えるそぶりを見せる。「あくまで俺の希望的観測ですが」と文頭に付けて、不破は持論を展開した。


「人間が飯を食いまくったら腹が一杯になるように、こいつにも吸収できる量に限りがある。吸収が限界に達する前に、本体が降りてきて携帯を充電するみたいにくっついて、エネルギーを補給、補給し終わったらまた空に戻るって感じだったりして、とにかく食わせまくればどうにか……」


 そこで不破が稲葉の顔を見ると、元々彫が深いのと夜間の暗さも手伝って、なんとも渋い、読めない表情になっていた。


「やっぱりそんな、都合よく降りてきてくれたりしないですよね、ははは。……うーむ」


 稲葉の険しい表情を見て「見当はずれな答え」と勝手に受け取った不破は、焦って自分の発言を撤回し、稲葉と同じように顎に手をあてて考え直すしぐさをしてみせる。


「どうやら、今度はお前の予測が正解のようだ」

「え――」


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