カレイドスコープ 4
被害者が出るたびに不破が思うことがある。「どうすればこんなことが可能なのだろうか」と。技術的な意味ではない。「どうやって」命を奪い取るかなんてどうでもいいのだ。「どんな思考をしていれば」「どんな理由があれば」、この様な傲慢で身勝手なことが出来るというのだろうか。感情や殺意どころか、命すら持たないモノに命を奪われ、周囲に残された者達はどうすればいいのだろう。一体何を怨めばいいのだろうか。不破は、それを考えるたびにやるせない気持ちになる。
不破にとって、被害に遭った人間を見るのは初めてではない。初めてではないが、そういった人々に出会うたびにやりきれない気持ちになって、理不尽さと自身の無力さに背筋が寒くなるのだ。
「……このっ、ぶっ壊す!」
憤怒の形相で銀色に再度攻撃を与えようと拳を振りかぶる。しかし。
「落ち着け、要!」
稲葉のその一声で、不破の動きが、ぴたりと止まる。
「こんな状況でこそ、冷静になれ、だ。派手な音を鳴らした俺に落ち度がある。一旦、感情を全てその場に置け」
稲葉の落ち度な筈がない、機械兵を作った奴のせいだ、と言ってやりたかったが、「冷静になれ」という指示に従うべきだと奥歯を噛み、横目で稲葉を見る。夜のまばらな街灯を反射して輝くその銀色を、稲葉はまっすぐ見据えていた。
「そして落ち着いたら、こいつから距離をとるんだ」
不破は唇をきつく噛みしめ、拳を皮膚の色が変わるほど握りしめながら、後退した。
「いくら殴ろうが変形させようが復活するコイツの正体。予想がついてきた」
このマシンヘッドを目の前にして浮かび上がる大きな疑問は二つだ。
一つは、二人が原型を留めないレベルで破壊した筈なのに、なぜ全くダメージも無く平気でグネグネと動き回っているのか。
もう一つは、すぐそばにいた稲葉でもなく、被害者との直線上にいた不破でもなく、それを飛び越えてなぜあの酔っ払いを狙ったのか。
「信じられんがコイツは、自らの姿形を万華鏡のようにころころと変わるようだ。むしろ、それがこいつの特技……。そう考える他ないな」
「決まった形を持たない、と」
「あぁ。とりあえず。これより、コイツのことはそのまま、万華鏡とでも呼ばせてもらうことにする。粗大ゴミに名前なんてつけてやりたくはないが」
冷静になれ、と不破を窘めた稲葉自身にも、心の奥底からふつふつと湧き上がって来る感情があるようで、語気が普段より荒々しい。
「これは見ての通りで、比較的簡単に導ける予測かもしれない。だが一番解明しなくてはならないのはこいつの習性だ。それを解き明かすまで、無闇につっこむべきではない。このまま戦い続けても、疲弊するだけだ」
「習性……確かに、攻撃対象の決め方が滅茶苦茶だ」
「動き自体は至って単調だ。目標に向かって真っ直ぐ突き進むことしかしない。まるでイノシシのようにな」
どうやら『食事』を終えたらしい万華鏡は、今度は管ではなく拳を突き出すように、銀色の塊を稲葉に向けて繰り出す。ビュンッ、っと空気を切る音と共に稲葉の顔面に迫るが、それを左手で軽く捌いて、再び右手からドライブによる衝撃波を撃ち込む。先程より到底威力の低い物であったが、それでも大きい衝撃音を立て、敵の身体を大きく凹ませ、後方へと弾き飛ばした。
「今回もだ。なぜコイツは距離的にお前より遠い俺を狙ったか。偶然か? いいや違う。こいつには何らかの、攻撃を開始するきっかけとなる物がある」
落ち着くことだ。冷静になることだ。敵のことを観察し、動きを予測し、対策を練らなければ。隊長に制されたことにより幾分か思考力を取り戻した不破は自らにそう言い聞かせ、「見」に回る。すると不破の頭に一つの疑問が湧いてきた。
「ん……? そういえばこいつ、カラーリングだけじゃなくて、そもそも――」
*
「核がない?」
不破から、オペレータールームにそんな指摘が入ってきた。
『あぁ。このマシンヘッド、グネグネ形を変えるが、さっきからそれらしきモノは全く見えない。もうちょい探してみるが』
人間に急所があるように、機械にも急所・弱点という物はある。むしろ機械は、一つ部品が欠けただけでとんでもないバグを起こす脆弱性さを持つ物もしばしばある。当然マシンヘッド達も例に漏れず、そこをつけば致命的ダメージを負わせることができる明確な「弱点」が存在する。
人間で言う脳や心臓のような存在で、それを単純に核と名付けて呼んでいるのだが――。
「コアが無いって……形を自由に変えられるのが特性だとしても、どこかに人間と同じく、脳となる部分が無ければ動かないはずだ。今までの常識からすればね」
「それも、採番が無いのと関係してるのかな」
桜庭が顎に手を当てて、呟く。
「そこまでは断言できないが、今のところ言えるのは、とにかく目立った弱点がないって事だよ。不破君や隊長の攻撃を喰らっても手ごたえ無く、弱点急所も見当たらない。無敵なのかな……」
「ちょ、ちょっと海嶋君、コワイこと言うのやめてよね……」
あはは、と乾いた笑いを浮かべる小春だったが、海嶋の横顔は至って真面目だ。桜庭はゴクリとつばをのんで、モニターに目を戻す。
「二人が敗北するような事になった場合、駆逐か捕獲かはわからんが、応援部隊出動、通常兵器の使用による戦闘もやむをえない。前線部隊に出撃準備させる。情報操作作戦の準備もしておけ」
海嶋達の背後で、雪村が幾つかの関係部署に連絡を取り始める。オペレータールームの面々の表情に、徐々に暗雲が立ち込め始めた。
*
後方支援メンバー達の心配をよそに、稲葉と不破の当人達の顔には、一切そんな色は浮かんでいない。
「普段から何も考えずぶっ壊してるからな……。特性だとかコアがどうたらなんて考えるのはいつ以来ですかねぇ」
「初心に戻る、という点では、色々と思い出させて貰ったな。今後の教訓になりそうだ」
姿を自在に変える銀色のマシンヘッド・カレイドスコープを前にしても、二人の自信は揺るがない。むしろ、見ようによっては、この得体の知れない敵と出会った事による緊迫した場面を楽しんでいるようにさえ見える。カレイドスコープはぐにゃぐにゃと独りでに形を変えて、馬だとか牛だとかの四足歩行生物を象った形に姿が固定された。
「ま。弱点が無いと判断するのは、まだ少し早い。色々とやってやりましょう」
そういって不破は、指の関節をポキポキ、と音を鳴らした。
将棋では、駒の配置によって対戦者同士が延々と同じ手を繰り返す事を千日手と呼ぶのだが、この空き地ではまさに今「千日手」が繰り広げられていた。
敵が不破や稲葉に襲い掛かる→難なくかわす→攻撃をする→しばし機能停止の後、復活を遂げて襲い掛かる。この繰り返し。攻撃手段は様々あれど、単調にただまっすぐ襲い掛かってくる敵と、弱点と特性を見極めようと『見』に入った二人。そんな関係がこの「千日手」を作り出しているのだが。
もう何度目かの機能停止に追い込んだ際に、稲葉が口を開いた。
「要、ライター持ってるか? あと、何か燃やせるものを……紙だとか」
「ライター? 俺はタバコ吸わないんで……あ、チャッカマンがゴミの中にあったような……燃料が残ってたかはわかりませんが。あ、でもちょうど名刺がありますよ。さっきここで拾いました。捨てるのもなって持っていたんですが」
「少しばかり拝借したい。ライターも探してもらえるか?」
「構いませんが……燃やすんですか、名刺」
「あぁ。実験したいことがある」
チャッカマンで実験なんて、理科の授業じゃああるまいし。と不破の頭の中には疑問符が残ったが、「この人の言う事に意味の無かった事は無い」と疑問をひとまずかき消し、その積み重ねられてきた信頼に任せて、不破は名刺入れを稲葉に手渡し、再びゴミの山へ身を投じた。
「さて……見つかるまでもう少し相手をしてやるとするか」
稲葉はこのカレイドスコープの一連の行動を総ざらいしていた。
(――音か? 動きか? いずれも可能性はあるが……。最初、こいつが俺を狙った時、俺は走ってきたおかげで恐らく体温が高かった。そしておそらく、顔を真っ赤にして興奮し怒鳴っていた酔っ払いも同様)
「きっと、この実験で少しはこの敵の謎に近づける筈……」
「あった。隊長、チャッカマンありましたよっ、燃料も残ってる! いや、でも一歩間違えれば火事だぞこれ……危ねぇな」
「投げてくれ」
「了解」
不破は投げたチャッカマンは空中で回転しながら綺麗な弧を描き、稲葉の掌に吸い込まれるように収まった。
「遠慮なく勝手に使わせてもらうとしよう。名刺もライターも」
名刺を数枚取り出して素早く同時に着火し、四方にばら撒く。すると万華鏡はその名刺の中の一つにずるずると近づいて行き、そして攻撃を加え始めた。燃える名刺を地面に叩きつけ、一本の銀色の管が名刺を空中で貫いて、続いていくつもの銀色の管が名刺に何本も突き刺さる。
「うおっ、名刺を攻撃した! なんでだ」
「こいつは今、名刺を生物だと思い込んでいるのかもな」
「はい?」
「コイツはより高い温度に向かって攻撃をする習性を持つ……可能性がある。もしくは、人間の温度に近い物かな」




