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machine head  作者: 伊勢 周
4章 カレイドスコープ
33/286

カレイドスコープ 3


 ただの鉄塊となったそれをしばらくじっと観察していたが、やはり何の動きも見せない。


「心配のしすぎだったか? あっけなさ過ぎるが……。失敗作ってんなら辻褄は合うな」


 少しばかり警戒心を解いて、その鉄塊を足でごりごりと踏みつける。


「とりあえず報告だな。こちら不破、海嶋、見てたか?」

『あぁ、見てたよ。相変わらずお見事だった。僕は様子を見ろって言ったけどね』

「……だが、あっけなさすぎるようにも思う」


 そこで会話に雪村が割って入る。


『不破、稲葉がもう少しでそちらに到着する。やはり何か妙だ。二人で手分けし、その空き地を重点的に調査して欲しい。もしかすると、何か奴らの動きを抑制する物質でもあったのかもしれん。そうでなければ敵の動きに説明がつかん。失敗作だと片づけるのはそれからでも遅くないだろう』

「確かに、そんな物があれば良いですが……」

『既に回収班と処理班を派遣した。現場を保守してくれ。一般人への配慮も怠るな』

「了解。指示通りこれより作戦変更、隊長と合流し、この空き地の調査を行う」


 不破は鉄の塊と化したその残骸を引きずり運び、目立たぬようゴミ山の物陰に隠した。


「動きを抑制する物ねぇ……そんな曖昧すぎる条件じゃ、全部怪しく見えてくるが……」


 粗大ゴミの山をガサガサと捜索しながら、その指示の実態の無さにそんな独り言を呟く不破。日付も変わろうという時刻に暗闇の空き地でそんな任務(ごみあさり)を命じられて、放り出したくなるものだろうに、その程度の愚痴で済む彼はまだ素直であるかもしれない。


『すまんな、曖昧な命令で』

「あ、聞こえてましたか……」


 しかしそこに、雪村司令のちょっとばかし皮肉交じりの謝罪が入り、不破が気まずさを誤魔化すように明るい口調で言う。


『しかしお前の言う通り、そのゴミの山から何かを見つけ出すのも不可能に近いだろう。大雑把でかまわんのだ。現場経験の豊富な人間にしか感じ取れないものもきっとあるだろう。必ず見つけろというわけではなく、可能性を考えてくれ。よろしく頼む』

「……なるほど。……適当に探してみます」


 普段は厳しい司令が珍しく低姿勢であったことに少し驚きを感じ、気を引き締めてゴミ漁りを続ける。ボロボロに劣化した大きな衣装ケースを軽々と持ち上げ、下に隠れていたものを確認するも、目ぼしい物はなかったらしく再びもとの位置に戻す。小汚い少し湿った布団をどかしてみたり、雑誌類なんかをどけてみたり。そんなことの繰り返し。


「しかし、こういうのは白神のほうが得意かもな……今から派遣してくんねぇかな……」


 深夜の一人での作業が寂しいのか、やけに独り言が多い。一心不乱にゴミを漁るその背後に、ようやく助っ人が到着した。


「待たせたな、要」

「いえいえ、来る前に一通り済ませてしまおうと思っていたくらいで」


 両手を天に向けて上げ、問題ない事をアピールする。


「いいや、俺もやるよ。だがその前に、敵の残骸はどこにやった? 俺も現物を確認しておきたい」

「あぁ、下手に通行人の目に付いても困るんで、そこの物陰に隠してますが」


 不破が指をさした方向は、トタンやら旧タイプのパソコンモニターやら統一性の無い粗ごみが散乱していた。稲葉は不破の指し示した場所に出向き確認すると……彼は表情を曇らせた。


「……。要、そいつは本当に、このあたりに隠していたのか?」


 稲葉から投げられた質問に不破ははてと首を傾げる。どうやら現物が見当たらないようだが、そこまで巧妙に隠した訳ではなかった。不破も隠した場所へ足を運ぶ。


「ええ、そこですよ、ほらここに……」

 

――いない。


 確かにここに隠していたはずのそいつがいない。


「いや、確かに、形をボコボコにぶち変えて、ここに、……ここに無いはずは……!」


 不破は慌ててゴミをかき分ける。しかし銀の塊はどこにも無かった。


「くそ、おかしいな……確かにここに――」

「……。いや、確かにここに居るみたいだ。今わかった」

「え?」


 その瞬間、稲葉は自身の頭の後ろに素早く右手を回して何かを掴む。

 よく見れば銀色の鋭い管針が数本握られていた。その管を辿っていくと、無造作に繁茂した草木の中へと行きつく。


「オラァッ」


 稲葉はまるで釣竿を一本釣りで引き上げるように、その管を強く引っ張り上げた。すると、木の茂みの中から銀色の物体が凄まじい速度で引っ張り出され、それはそのまま夜の空に大きな銀色の弧を描いて、地面に激突した。


「……危ないところだった。お前がそこの化粧台を動かして……、鏡に自分達の姿が映っていなかったら、やられていたかもしれん」


 そしてその銀色の管を放さず、更に左手を添えて強く握りなおす。


「こいつか? お前が倒した敵というのは」


 二人の視線の先には、なんとも形容しがたい形の銀色の塊から、何本もの触手ともとれる銀色の不気味な管針が伸びている。


「……いえ、俺が出会ったのはもう少し見られる感じの……人間っぽい形の奴だったんですけどね」


 軽い口調とは裏腹に、不破の顔にも真剣味が再び舞い戻る。少し足を開き腰を落として、再び戦闘へ準備態勢に入る。


「相変わらずそいつの姿が見えないところを見ると、このよくわからん銀色の塊と同一であると考えるのが自然かな」


 至って真面目な稲葉のそのセリフのすぐ後、銀色のそれは今度は自発的に空中へ跳び上がった。稲葉の両手に収まっている銀色の管達が引っ張られて、ピンと張り詰める。

 だが、跳躍は突然止まる。その銀色の物体は、まるで時間を止めたかのように空中で不自然に静止していた。稲葉と不破はそんな銀色の塊を余裕のある表情で見上げていた。

 それもそのはず。その静止は、稲葉の力に因るものだからだ。


「まぁ、同じでもそうでなくとも。目の前に立ちはだかるなら――」


 ぐいっと銀色の管を自らの目の前まで手繰り寄せた。そしてそっと右手を敵の前に添える。


「全て排除するだけだ」


 右手が触れた瞬間。その空き地の大気は激しく震え、凄まじい爆音に支配された。そして銀色の塊は、例えるならば歪んだシンバルの片割れのような形の物体へと成り果て、地面に転がった。稲葉の左手には、本体からちぎれ取れた管が数本。

 そのすべてが、攻撃による衝撃の凄まじさを物語っている。


「流石。久しぶりに見ましたよ、隊長の能力」


 言われた稲葉は、左手に握っていた残骸を地面に捨て、辺りを見回す。


「音を立てすぎた。触れてみて、予想以上にこいつのパワーが強かった。今ので野次馬が来なければいいが……」


 とにかく、回収班を待とう。と稲葉が言おうとしたその時、彼が心配したそれが一人、やってきてしまった。


「おいおい、なんだ今の音はぁ、花火か? 兄ちゃん達花火やってんのかぁ~? 俺もまぜろよぉ~おい!」


 見回りをする上で何人も見てきた酔っ払いの壮年がひとり、空き地の入り口にやってきていたのである。


「言ったそばから……まいったな」


 やれやれといった表情で、不破が酔っ払いの方へ歩いていく。


「おっちゃん、何でもないから、もう遅いし早く家帰って寝な」

「おい兄ちゃん、初対面の年上の人間に対しておっちゃんはねぇだろおっちゃんは!」

「あーもう……、そりゃあすまなかった、うん。すいませんが、なんでもないのでお引取り願えませんかね、お兄さん」

「なんだそのわざとらしい態度はぁ!? だいたいなぁ、春に入ってきた新人共も、敬語の使い方がなっとらんのだ、んとに。社員教育以前によぉ学生の時に学んでいて当たり前のものだろうが、そんなものをいちいちなんで俺らが言わんとなぁ……」


 ぬかに釘というか、のれんに腕押しというか……愚痴が溜まっているのだろう。その壮年は不破の帰れという忠告を聞かず、ひたすら若い人間への不平不満を一人でぶちまけだした。


「見積もりどころか電話もまともにとれねーような奴をなぁ、どこから教えてっておい、ちゃんと聞いてるのか!? おーい!」


 もともとアルコールで赤い顔を、より紅潮させて耳元でわめきちらす。


「おっちゃん、そう熱くならずにさ、愚痴なら帰って奥さんにでも聞いてもらいなよ」

「またおっちゃんって言いやがったなっ、ナメやがって!」

「全く……アレ使うか……」


 アレ、というのは千咲が宗助の妹・あおいや大学の警備員に使った記憶を飛ばす装置である。不破が自らのジャケットのポケットに手をつっこんでそれを取り出そうとしたその時。


「要!」


 自分の名前が大きな声で呼ばれた。

 振り向いた先には、こちらに向かって走ってくる稲葉と、崩れた形状のまま地面を凄まじいスピードで滑るように進む銀色の物体があった。


「……なっ!!」


 不意を突かれ攻撃態勢が取れておらず、心臓の前で腕をクロスさせて、急所だけでも守る準備をする。だが、なんと銀色の物体は距離的に近い不破ではなく、不破の背後にいた酔っ払いへ襲い掛かった。押し倒してのしかかると、銀色の管を次々と身体から伸ばして酔っ払いの身体のあちこちに突き刺していく。


「しまっ――」

「なっ、なんだこれっ、宇宙人かっ! た、むぐっ!」


 その男性が事情を知るはずもなく、襲い来る銀色の塊からの攻撃に対して驚嘆恐怖で不器用にもがくことしか出来ない。


「うりゃああッ!」


 銀色の物体に再度拳を叩き込んだ。今度は、さっきよりも更に正確に叩き込めた感覚が拳に返ってくる。


(よし、手ごたえありッ!)


 不破の感じた確かな感覚とおり、銀色の物体はさらにぐにゃぐにゃの形になり、乳幼児の粘土遊びのほうが幾分マシに感じられるほど歪な形に捻じ曲がった。しかし。


「あああ、あがあ…、あ……痛い、痛い……!」


 不破の攻撃など構いもせず、更に管針を体中にブスブスと突き刺さっていく。


「っ!? なぜ止まらない!」


 管針は男に一本、また一本刺さっていき、壮年男性は瞬く間にやせ細って枯れていく。不破が再度、ドライブを直接叩き込もうとした頃には……一人の人間が消えてしまっていた。


「…………! 命を、奪われた……!」


 銀色のそいつは、吸い取られた人間が着用していた衣服をも、そのままゆっくりと食事をするように取り込んでいき、彼がそこにいたという証明は跡形も残らなかった。名前も知らぬその人間は、完全に目の前の銀色の内部へととりこまれてしまった。



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