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machine head  作者: 伊勢 周
4章 カレイドスコープ
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カレイドスコープ 1


 黒いセダンが夜の繁華街のはずれを走る。酔いどれ浮かれた町の空気に殴り込むような低いエンジン音が通りに唸る。人波が駅方面へと移動しており、どうやらお酒の会がお開きとなる時間帯のようだ。


 稲葉と不破の二人は、そんな夜の街のハズレに降り立った。


「それでは、行ってきます」

「余計な心配だろうが、くれぐれも気をつけて」

「ええ。しばらくは所定の位置で待機をお願いします。終わり次第連絡します」


 運転手と短いやり取りを交わし、扉を閉じた。


「作戦確認だが、ここいらは細い路地が何本も入り組んでいて調べるべき場所が多い。二手に分かれての調査になる。お互い担当エリアの調査が終了すれば、今度は入れ替わりでそれぞれのエリアを調査。ダブルチェックだな」

「問題ありません」

「それじゃあこの川を境界線に、西側は俺に任せてくれ。夜間で視界も悪い。視覚だけに頼らず……五感、時には第六感もアテにしつつ、集中を切らさず調査をしていこう」

「はい。それでは、午後十時四七分。安全確認調査を開始する。司令室、サポートよろしく」

『了解。司令室こちらも全力でサポートします。それぞれの最適ルートを案内します。随時、更新された情報もお伝えします』

「よろしく頼む」


 その言葉を合図に、彼らはそれぞれ反対方向へ進み始める。


 稲葉は、その巨躯には少々窮屈そうな、細くいりくんだ道を歩いていく。飲み屋街の裏道はゴミ箱や自転車・スクーターが無造作に置かれていたり、室外機や飲食店の立て看板など、とにかく物陰が多い。当然建物の屋上から敵が降ってくることも頭に入れておかなければならない。ただの調査とはいえ、非常に神経を使う調査である。

 インカムで頻繁に連絡を取り合い、不破や司令室と情報共有する。不破の方も今のところ異常物の発見には至っていないが、しかし、一瞬でもレーダーに反応するということは、マシンヘッド、もしくはそれに準ずる何かがこのエリアに存在する可能性が高い、というのが現在の見解である。もしくは「存在した」か。


『こちら不破。現在Cブロック西十三番通路の中間地点、物陰のポリバケツがひとりでに揺れたため中身を確認する。中に何か居るかもしれません』

『一応、レーダーには今のところ何の反応も有りませんが……』

「了解、くれぐれも慎重に調査を続けてくれ」



           *



「ちぇー、敵が出たら、あんたにちょっといいところ見せてやろうと思ったのに。隊長と不破さんに先越されちゃった」


 コツ、コツ、と廊下に響く二人分の足音は、オペレータールームに向かう千咲と宗助のものだ。


「不謹慎だな、敵なんて出ない方が良いだろ」

「それはそうだけどさ、先輩としてこう、威厳を示しておこうかな、と……」

「なんじゃそら」


 宗助が呆れ顔で千咲の方を見やった途端、突然後ろから声がした。


「生方さんの言う通り、あまり大きな声でそういう事を言うものじゃあないですよ、千咲さん」


 背後から突然声をかけられて、二人は慌てて同時に後ろを振り向くと。そこには、常時ニコニコ笑顔が特徴であり宗助の寮での隣人、白神弥太郎がいた。


「し、白神さん!? いつの間に……」

「全員向かう場所が同じなんだから、ここにいてもおかしくないでしょ? それに、今は一応任務中だから、気を抜かないように」

「は、はい……」


 二人が返事をすると、白神は満足げに微笑んだまま二人を追い越し、通路の先へ歩いていった。


「……相変わらず、神出鬼没」

「いつもあんな感じ?」

「いつもあんな感じ」


 そして宗助と千咲は止めていた足を再びオペレータールームへと向ける。


 目的地へ辿り着き、入室するとすぐに瀬間岬の姿が見えた。「おーい、岬」と千咲が声をかけると、彼女は肩上で揃えられた黒髪をさらりと揺らし振り向いた。


「あ、千咲ちゃん、宗助君。お疲れ様」

「うん、お疲れ様」


 出会いがしら、岬は宗助の顔をじっと見つめる。


「な、なに……?」


 宗助は見つめられていることに気恥ずかしさを感じて、顔に変な汚れがついていないだろうかとかいらぬことに気を配っていたのだが、岬のその眼差しの意味は宗助の考えとは違っていた。


「……なんだかしんどそうな顔してるけど、大丈夫??」


 そう言って彼女は、心底心配そうな表情で宗助の顔を覗き込む。


「大丈夫大丈夫。トレーニングというか、体力測定させられて……、少し草臥くたびれただけ。気にしないで」

「そっか。無理しないでね。私も、さすがに体調や体力までは元通りに治せないから」

「うん。ありがとう、気をつけるよ」


 そのやり取り、そして宗助と岬の距離感に千咲はなんとも言えない気持ちになりつつ、胸の奥に追いやり明るく話に乗っていった。


「あの耐久マラソン、もうやったんだ。きつかったでしょ、あれ」

「そりゃあ、もう。というか不破さん、あの人――」


 宗助が言いかけたその時。スピーカーから部屋いっぱいに不破の声が響き渡る。もちろん彼は任務中であり、外からの音声通信によるものだ。


『それでは、午後十時四七分。調査を開始する。司令室、サポートよろしく』

「了解。司令室こちらも全力でサポートします。それぞれの最適ルートを案内します。随時更新された情報もお伝えします」


 司令である雪村は、今回の解析不明反応の内容をプリントアウトされた資料を、険しい表情で眺めていた。

 マシンヘッド達が初めて現れてから既に十年が経ったというのに、未だに正体に迫るものに辿り着けないでいる現状を改めて思い知らされているからだ。

 正体を暴くどころか、未然に防ぐ事ができなかった被害が増えている上、こうして次々と新しく未知の『何か』が示されては、後手に回ることになってしまう。その現状が、スワロウにとっては非常に苛立たしいものだった。



          *



 不破は一歩ずつ、ゆっくりとポリバケツに近づく。もしかするとこのポリバケツがおとりで、全く違う方向から攻撃してくるなんていう、古典的かつ短絡的な罠である可能性も拭いきれない故、周囲への警戒は怠らない。

 一歩。また一歩。焦らずゆっくりと近づいていく。常に視点は様々な場所に移しながら、それでも、いつでもバケツから何か飛び出てきてもいいように意識の中心はそこに置き、心身を構える。

 不破がポリバケツの蓋に手をかけようとした瞬間。ガタリ、とまた一度、ポリバケツが揺れる。そこで不破は一旦手を止めた。


「まるで、お化け屋敷の演出だな」


 誰に言うでもなく、ただ思ったことを呟いてすぐ、蓋の取っ手を掴む。


「……さぁ、御開帳っと…………」


 そして、ゆっくりと蓋を開けた。




 一方で稲葉は、イヤホンから流れてくる不破の行動情報について聴き取ろうと耳を傾けていた。

 不破を信頼してはいるが、どうも嫌な予感は付きまとう。夜間、物陰が多い場所に警戒心を解かず長く身をおいていると、疑心暗鬼に囚われネガティブな想像ばかりが膨らむようになってしまっていた。

 ただ、こういった場面で「前向きにネガティブでいる」ことは必要である。『石橋を叩いて渡る』なんて有名なことわざがあるが、「壊れるかもしれない」とういネガティブな要素への視点があるからこそ、『用心』が生まれ、事故や失敗を『回避』するのだ。

 前へと進むために必要なネガティブである。


「最悪な状況を想定できる者こそが、最高の状況を作り出せる」


 これが隊長である稲葉が戦闘時に掲げる持論の一つ。そして、付け加えるならば、『度胸と勇気は違う』という言葉も。

『さぁ、御開帳っと』と、少しふざけた調子の不破の声がイヤホンから流れた、すぐ後。


『ぬ、うおぁ!』


 という不破の叫び声と、ガタガタン、と物が地面に落下してぶつかった音がイヤホンから飛び込んできた。嫌な予感の方が的中したのかと思い急いで状況を問い合わせる。


「おい要、何があった、報告しろっ!」


 焦って声をかけても、二秒……三秒……更に数秒経っても返事は来ない。


「……おい、どうしたんだ!」


 その、ほんの数秒も待てず痺れを切らしてマイクに向かってがなりたてる。すると。


『……す、すいません、隊長……』


 ようやく返答があった。それも、非常に申し訳なさそうな声である。


「……無事なのか? 状況を報告してくれ」

『猫でした』

「……?」

『……いや、ですから、急にポリバケツから猫が……中から飛び出してきて……』


 照れくさそうな報告に、稲葉だけではなく基地の一同も、誰もが言葉を失っていた。それはそうだ。部隊の中でも有数の実力を持つ兵士が、情けない叫び声を上げるものだから、一体何事が起きたのかと思えばこれである。


「まったく、お前の悲鳴は、滅多に聞けない分心臓に悪い。引き続き調査を行おう。警戒を怠るな」

「了解……。調査を続けます」


 引き続き調査は行われたが、それぞれの担当のエリアの確認作業が終わっても特に何かが見つかることは無かった。

 レーダーも反応する事無くいたって平穏だ。帰路につく気分の良さそうな酔っ払い数名とすれ違いながら、二人はスタートポイントに戻った。当初の予定通り、次はお互いのエリアを交代してもう一度調査を行う。



          *



 調査を始めてから、既に三時間が経とうとしている。

 集中力というものは、どんなに鍛錬しようが長時間保ち続けることはほぼ不可能で、不破は一旦、気分転換にとバックパックから取り出した水で喉を潤すと、小さくぷはっと息を吐いた。


「ったく、居るならさっさと出て来いっつうの」


 小さい声で呟いて、再び歩み始めようとしたその時、今度はオペレーター側から連絡があった。


『解析不明の反応が出ています、先程とパターンは同じです。三百メートル北西にある空き地です。稲葉隊長は現在地から距離があります。道を案内ナビしますので不破さんが先行してください』

「了解、直行する。やっと尻尾を出しやがったな」

『くれぐれも空き地までの道のりも警戒を――って、ちょっと、不破さん!』


 飲み水をバックパックに戻した不破は、指示が出た方角へ一目散に走り始める。


「充分警戒してるさ。ちんたらして、レーダー反応にまた逃げられる方がごめんだからな!」

「そうかもしれませんけどっ」


 結局桜庭の心配は杞憂に終わり、不破は一分もかからぬうちに反応地点である空き地に辿り着いた。その空き地を囲うように張られているロープを遠慮なく跨ぎ砂利土を踏みしめると、その足音がやけに大きく響いた。


 空き地内を改めて見渡せばそこそこに広く、フットサルのコートが一つや二つ収まりそうな程。周辺を照らす灯りは道路の街灯しか無く、奥に進むほど暗闇が濃い。随分と長い間空き地としてこの場所に横たわっているようで、あちこちに背の高い草が生い茂り、転がっているゴミに蔦がびっしりと絡まっている。夜の暗闇の中でこの空き地の中のどこにレーダー反応の発信源が潜んでいるのか特定するのはなかなか骨の折れる作業であるように感じられた。


「見たところ、ただゴミが打ち捨てられているだけで、何にもないが……」

『ええ、こちらも航空映像で確認しています。その空き地は、不法投棄の名所みたいですね』

「そんなことを聞いてんじゃねぇんだよ俺は。なんだよ不法投棄の名所って。敵はどこだ」

『それが……、反応がたった今、急に消えました』

「……あぁ?」


 桜庭のその報告に、不破の口から拍子が抜けた声が出た。


『うーん、故障はしてないと思うけど……、レーダーの精度自体がまだまだ未熟なのか……。今のところ判断がつかないよ』


 そう言う海嶋の声色は少し草臥れていた。不破も情報処理課に不信感を持つのと同時に、彼らの開発するレーダーに対しても半信半疑ではあった。実を言えば、こういった、反応はあれども敵は居ない「カラ反応」は初めての事ではないのだ。今のところ、すべてのスワロウ支部で同種のレーダーが導入されているものの、それでも行方不明者が後を絶たないのは、『レーダーには反応しない敵』の存在の証明に他ならない。勿論レーダーの活躍で救われた命が幾つもある事は彼も承知しているが……差し引きして『無いよりはマシ』程度にしか考えていない。


 今回はハズレの方か、という思考が不破の頭を過るのも無理はなく、やれやれと愚痴の二つ三つを言いたげにしていたが、真面目な表情へ切り替える。


「ま、こういう事もある。念のためこの空き地を一通り調べたら、元のルートに戻って最後まで調査だ。引き続きサポートを頼む」

『はい。頑張りましょう』


 気を引き締めてはいるが、彼らを纏う空気は僅かに弛緩した。不破が空き地の調査を始めると、地面に革製の小さなケースが落ちている事に気づいた。


「んー……? これは、名刺入れか」

『どうしましたか?』

「あぁ、いや、名刺入れが落ちてただけだ。中身は、っと……。ヤマト開発、加藤修吾……知らねぇ名前だ、当たり前だけど」

『名刺ですか……』

「……しかし、随分綺麗だ。今まさに落としましたってくらいに」


 中から取り出した名刺を右手人差し指と親指で挟んで持ち、持ち主がいないかどうか辺りを見回してみる。


「酔っ払いがこの空き地でゴミ漁りでもして、ふざけた拍子に落として行ったか。今どき、名刺一枚でも個人情報がどうたらってうるさいだろうに……」


 近頃の社会人のコンプライアンス事情を憂慮しながら、つい拾ってしまった名刺の処分に困っていると、(再びポイ捨てするのも躊躇われる)またしてもオペレータールームから連絡が入った。


『不破君!』


 今度は小春ではなく海嶋だった。大声で名前を呼ばれ身をこわばらせる。


『後ろだっ、何かいるっ、すぐにそこを離――』


 そして海嶋の言葉を最後まで聞くことなく、不破は背中に強い衝撃を受け、耐えきれず前方へと吹き飛ばされた。


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