敵性反応
一方、時間を少し遡り、トレーニングルームでは。
ランニングマシンの上で汗をびっしょりかいている宗助と、その横でソレを座って眺めている不破の姿があった。宗助は表情を少し歪めて走りながら声を上げる。
「不破、さんっ!」
「おぉ、どうした」
「いつっまでっ、ハァッ、ハァッ! これ続け、るんですかーっ!」
「いつまでって……。お前がへばるまでかなぁ」
「は、はぁ!?」
不破の他人事のように適当な言葉を受けた宗助は驚きと非難を織り交ぜた声をあげながら、しかしその足はしっかりと左右交互に回転させている。足元のベルトと靴裏のラバーがぶつかる音が一定のリズムで、たんったんったんっ、と響き続けている。
宗助が不満を感じるのも無理はない。もうかれこれマシンの上で一時間は走っている。小まめに水分は与えられておりベルトコンベアのスピードも緩いものの、手元の走行距離は十キロメートルをゆうに越えていた。
「これはトレーニングっていうか、お前の基礎的な体力とか運動神経がどれくらいあるかってのを測っているだけだ。しかしさすが剣道マンだな。足腰が良く鍛えられている。指導者がそういう方針だったのか? あぁ、無理して晩メシをモドすなよ。無理だったら無理って言っていいからな」
宗助は幼少時、近所の山を幼馴染の父親に竹刀で尻を叩かれながら走った過去を思い出し、その辛さを思えばまだまだ走れそうな気さえしていた。
「……まだまだ行けますって感じだなぁ。千咲が入ってきた時に同じ事をしたが、アイツは六キロくらいでダウンしたなぁ。まぁ、アイツはまだ中学生で小さかったが」
宗助の目の前にある走行距離計測器が十三キロメートルを超えた時、基地内放送を知らせるチャイムが鳴り響き、続いて雪村の集合指示が放送された。
同時に、不破の懐からビービーとけたたましい音が鳴り響く。慌てて内ポケットをまさぐり、音源の携帯電話を取り出した。
「はい、こちら不破。……あぁ、放送聞いたよ。すぐ向かう」
不破は通話を切ると立ち上がる。
「何事か……詳細不明の敵性反応ってのもよく分からん話だな。……ま、とりあえず作戦会議室で話を聴くか」
「不破さんっ、ちょっと、これ、俺っどうしたらっ、いいんですかっ!?」
「お前はまだ戦闘員じゃねぇからなぁ、まぁいい、もう休憩していいぞ。落ち着いたら、オペレータールームに行って邪魔にならないように見学しとけ」
その指示を聞いてすぐ、宗助はランニングマシンのボタンを操作し走行を終了させてコンベアから降りると、肩で呼吸をしながらクールダウンの為にウロウロと歩いてから床に座り一息つき、水分を補給し始めた。一息つくその姿をみた不破は、「それじゃあ俺は先に行くからな」と告げ、出て行った。
宗助はそんな不破の後ろ姿に目をやりつつ、手元のペットボトルを口元に運ぶ。その時宗助の頭に幾つかの思考が巡る。
「敵性反応って……敵が出たかもって事だよな……。それじゃあ、町に危険が迫っているかもって事……なのか?」
そんな独り言を呟きすかさず立ち上がると、宗助はあわてて出入り口に向かって走った。
「ちょっと、待って不破さん! 俺もすぐ行きますっ、俺も!」
マラソンで溜まった乳酸のせいで足の動きがぎこちなく、もつれて転びそうになりながらも、宗助は小走りで出入り口を潜った。
作戦会議室には雪村司令を始めとする稲葉・不破・一文字・白神と宗助が室内に揃っていた。
前線に赴く戦士は雪村と宗助を除くその四人で今のところ全員らしい。一応、アーセナル所属で他の基地に滞在している人間も居るとの事だが、しかしそれでも両手で数えられる程度なのだから、稲葉が一人でも多く仲間がほしいと言っていたのも頷ける。
今回の不穏な反応についての説明が、航空映像やレーダーの反応レポートなどをバックにして雪村の口から一通りなされた。
「――という訳だ。現在レーダーには何の音沙汰も無いが、念のため現地にて安全確認作業を行う」
千咲が「派遣人数は」と尋ねる。
「二人だ。そのうち一人は念の為、俺が行く。もう一人は不破、よろしく頼む。残りの隊員は基地オペレータールームにて待機。万が一の時の為、出撃準備は整えておいてくれ。後は司令の指示通りに」
「了解」全員が声を揃えた。
早々と指令が下され、それに従い指示通りに動く。それは、宗助がスワロウに所属してから恐らく初めて見る、特殊部隊らしくある姿だった。
どのように動けばよいのかわからない宗助は、なんとなく不破の後について更衣室までやって来ていた。
「というわけで宗助、さっきも言ったがお前はオペレータールーム行ってモニター越しに俺達の任務を見学だ。これが俺からの上官命令。体力測定は明日また計測しなおすからな」
「敵性反応って、別に敵が出たわけじゃなかったんですね」
「こういうのは時々ある。ま、今回は安全確認のパトロールだ。何も無ければ一番良い」
肌にぴったりとフィットするボディアーマーを装着した後、その上から紺色をベースに赤いラインが入った燕カラーの戦闘服に袖を通す。
この「特殊なアーマー」がスワロウの胆の一つで、しなやかな特殊合金を限界まで細く糸状にしたものを何重にも織り込む事により、通気性・機動性を損なわずに高い防御性能を実現している。
稲葉と不破は装備に不備が無いか、一通り確認する。
「準備万端です」
不破が告げると、稲葉は頷く。
「よし、出発しよう」




