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machine head  作者: 伊勢 周
1章 機械の兵隊
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生方家の春の日


 宗助が通う城東大学最寄りの駅から電車で十五分徒歩五分。仙石(せんごく)総合病院に辿り着く。『仙石』は彼の住む街の名前。そして『仙石総合病院』はこの地域で最も設備が整っている病院の一つである。内科棟303号室が妹の入院している個室病室。部屋の扉の前で立ち止まりノックした。


「はぁーい」


 女性の声が返ってくるのを確認してから、扉を開き病室に入った。


「お兄ちゃん、いつもわざわざごめん、ありがと」

「いいよ別に、通り道だからな」


 病室の主であり宗助の実妹・あおいは、兄を快く受け入れた。宗助が簡易パイプ椅子に腰掛けると、ベッドの脇の台に友人から贈られたらしい見舞いの品や幾つかの花が飾ってあるのが見えた。


 開け放たれた窓から入ってきた風が、その花びらをひらひらと揺らしている。気温が暖かくなってから、妹は寝るとき以外のほとんどは窓を全開にしている。


 春の空気や風が、退屈な入院生活で乾きそうな心を癒してくれているらしい。長い黒髪をさらさらと気持ちよさそうに春の風に靡かせている。

 この病室は三階なので簡単には登って来られないが、防犯の面で少し危なっかしさを感じていたりする。


「亮太も、早く元気になれよって言ってた」

「うん、できるだけがんばる。って言っといて」

「近いうちにお見舞いに行くって言ってたから、自分で言ったら良いよ」

「そっか。来る時は一応連絡してね。ちっさい頃からの知り合いとはいえ、ボサボサの頭とか寝起きの顔とか見られたら嫌だし」

「おう。……まぁ、俺も早く治る事を願ってるよ。毎朝男二人で過ごすのはむさ苦しくて」

「ふふふ、はいはい。わかったわかった」


 困ったように笑う妹を尻目に、宗助は鞄をあさり、高校生用の教科書や参考書、問題集を取り出した。彼の所有物ではなく、妹のものだ。

「じゃあこれ、やるか」

「げ」

「げ、じゃない。ちょっとでもやっとかないと、退院してから困るだろ。新学年になって早々に置いていかれるのは辛いぞ」

「そうだけど……」

「わかってんならさっさとしよう」

「はーい。はぁ」

「溜息をつかない」


 宗助は結局その日、病院の面会時間ギリギリまで、入院のせいで遅れがちな妹の勉学の手助けをして過ごした。



 翌朝。宗助は朝食を摂りながら、朝のテレビニュースを父親と二人で眺めていた。「またしても行方不明者が出た」と、テレビ画面上の小太りなニュースキャスターが伝えており、犯罪心理に詳しいとかいうコメンテーターが独自の見解を述べている。

 ここ数年、行方不明者が毎日のように世界中で発生している。それは音もなく、前触れもなく、法則性もなく。カナダで発生した翌日、シンガポールで発生する事もある。もちろん日本でも既に何十件も発生しており、その正体不明の失踪事件を恐れ、「神隠しだ」と騒ぎ立てる人々が現れる始末。そして今回は、宗助の住む町からさほど遠くない場所で起こっている。


「まったくなんなんだろうな、最近のこの行方不明事件。今月でもう十一件って、近頃どんどん頻度が多くなってる」


 宗助の父・克典が、険しい顔つきでネクタイを結びながらテレビを睨んでいる。宗助はこんな父親の顔を見るたび、娘に対してもその雰囲気で接することが出来ないものかと思っている。


「そうだ宗助。今日もあおいの見舞いに行ってくれるんだよな」

「行くつもりだけど。…………行かないの?」

「いやぁ……、行きたいのはやまやまなんだが、父さんが居ると、あおいもなんだか居心地が悪そうにアレするもんだから……週に三回にとどめているんだ」


 と、先ほどの険しい顔もナリを潜め、いかにもいつも周りに遠慮しています、胃腸弱いです、という顔に早変わりしてしまった。宗助は弱気モードの父に少々辟易しながらも「別に、そんなことないと思うけど」と、とりあえず否定するが、しかし、「あおいは宗助にはそういうのは言わないからな」と妙な所で自信満々に断言した。


「そういうのって何。そんなことより、もう時間だろ、頑張っていってらっしゃい」


 息子に言われて時計を見ると、「しまった、今日は朝一のアレが!」と叫び、大慌てで支度をしてバタバタと家を出て行った。


「事故らないでよ、まったく……」


 宗助は、皿に乗っていたトーストの最後のかけらを口に放り込むと立ち上がり、父に続いて出かける準備に取り掛かるのだった。


 日常的に起こる行方不明のニュースに感覚が麻痺し始めていて、宗助は今朝のニュースを見ても特別に驚きはしなかった。だが、今回の行方不明者は彼の通う大学の卒業生だったらしく、大学の連絡掲示板には警戒を呼びかける掲示物が早速貼り出されていた。そんな掲示物を一瞥しつつ、宗助と亮太は今日も食堂にやってきていた。


「未だに犯行の手口も狙いもわからない、影すら見せないその何かに、どう警戒しろと言うのか教えて頂きたいもんだ」


 木原亮太はぼやいていた。


「そういえばよ、宗助。人型のロボットが出現して人間を襲っているって噂、中学生のときに流行らなかったか。テレビとかでもやってたろ。『画面の端をよくご覧頂こう』とか言ってさ」

「ああ、あったような無かったような……」


 宗助は興味なさげな様子で友人のゴシップ話に適当に相槌を打つし、亮太は亮太でそんな宗助の様子も特に気にする様子もなく話を続ける。


「俺思うんだけどさ、もしかしたらそれは現実のもので、人間が失踪する事件の犯人は謎のロボットとかだったりしてな。人間を連れ去って、機械と立場を逆転させようと目論んでいて―」


 宗助は、「この幼馴染は、勉強はやたらとできる癖にどうして時々訳のわからないことを言い出すのか」と少々あきれていた。昔からの事なので慣れてはいるのだが……。


(本気で言っているのかどうか、一度脳波を調べてもらおうか)

 そんな事を考えつつ。


「……あのなぁ、何の映画見たかしらないが、それじゃあ、なんだ。誰がどこでどうやってそんな機械作ってるんだよ。世界中にどうやって運んでんだ?」

「そりゃあ、なんかこう……悪の秘密組織とかがオーパーツの技術を……」

「…………」


 二人に沈黙が訪れる。少し間を置いて、宗助は恐る恐るといった様子で口を開く。


「本気か」

「……さぁ……」


 再び二人に沈黙が訪れる。


「……冗談なら、今度、あおいに聞かせてやれ。十秒くらいは暇つぶしになるだろうよ。ほんとに十秒くらいなら。ただし俺はもう二度とごめんだ」


 いかにも下らない物を聞いてしまった、という様子で幼馴染の与太話を軽くあしらうのだった。だが、亮太の方はというと、冗談の中に少しだけ本気を混じらせていたようで、こんな事を言った。


「でもさ。宇宙人や超能力の存在よりは、現実的だと思うけどなぁ。俺は」

 その言葉を受けた宗助は、狐につままれたような顔でじっと幼馴染の顔を見る。

「……? なんだよ」

「……いや、なんでもない」


 超能力、実際に使えるんだぜ俺。身体から、気泡出せるんだぜ、気泡。

 なんて、恥ずかしくて言えなかった。



 その日の講義終了後、父との約束通りにそのままあおいの入院する病院へ向かう。 途中で妹の好きなお茶菓子を買っていくのも忘れない。病院に入り、受付で見舞いの許可を貰う。すっかり毎日のルーチンワークと化している作業を済ませて、エレベーターに乗り込む。目的の階で降りて、いつも仲良くしている看護士さんと挨拶を交わして、いつもの303号室にたどり着く。そしてこれまたいつものようにノックをするが、今日は返事がなかった。もう一度ノックをしても、やはり返事はない。

 悪いと思いつつも、室内に足を踏み入れる。 すると、そこにはベッドですやすやと寝息をたてる妹の姿があった。宗助は起こさないように静かにゆっくりとベッドに近づくと、脇にある椅子に腰掛け、妹の姿をぼぉっと見ていた。


(行方不明か……)


 今日の話題に出た行方不明の事件について、宗助の中にある不安は日に日に増大していた。

 警察は必死に捜査を行っているそうだが、未だに犯人の手がかりは見つからない。そして今回、ついに自分達に手が届いてもおかしくはない範囲にまで事が及んだのだ。もしも、この妹だとか友人だとか、近しい人に被害が及んだら、と不安は尽きない。

 しばらくベッドに眠る妹を見ていたのだが、あまりに気持ちよさそうに寝ているものだから、見ている宗助自身にも眠気が襲ってきた。


(最近寝不足気味だったし、少し寝よう。妹が起きれば、その時起こしてくれるだろう)


 そう考えて、椅子に座ったままベッドの淵に顔を埋めると、思った以上に柔らかく、適度にひんやりとした感覚が心地よくて、すぐに意識を手放した。



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