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machine head  作者: 伊勢 周
最終章 ほんとに、本当に、ありがとう。
284/286

Come back anytime!


 宗助の自室。


「あれから、もうひと月くらい経ったか……」


 彼が呟いた「あれ」とは、エミィとロディがこの世界を後にした日の事だ。


 マシンヘッドはもう動かないと浮かれてはいるが、肝心のアルセラとブルーム達を不幸の底に叩き落とした発端はまだ解決していない。

彼らはそれを自分たちの手で解決する、という強い意志を持って自分達の世界に帰っていったのだ。また報告しに必ず戻ってくると言っていたが、まだ報告は来ていない。そうそう簡単に行き来できる物ではない事は知っているが、それでもアルセラの話を聞く限りマオは多種多様の強大な力を持っている人間である。心配するのも無理は無かった。

 宗助が彼らに思いをはせていたその時、彼の携帯電話が震えた。


「ん……? 公衆電話……今時珍しいな」


 ディスプレイにはそう表示されている。不審に思ったが、出てみる事にした。すると。


「生方さん! お久しぶりでーす!」


 元気のいい女性の声がスピーカーから飛び出してきた。それは聞き覚えのある、というか今しが

た思い浮かべていた声。

「え、エミィさんですか!?」

「大正解! 無事また来ましたよ、もちろんロディも一緒です!」

「今どこにっ? 迎えに行きます!」

「さすが生方さん、話が早い! 前にお伝えした宿泊場所と同じ場所にいるんで、よろしくお願いしまーす!」

「はい、今からそっちに行きますから動かないでくださいね!」

「了解!」



          *



 その日、ジィーナの足のギプスがようやくとれた。


「よ、……っと」


 彼女は病室内を恐る恐るといった様子で歩いて回り、痛みもそれほどない事を確認する。治ったとしても何らかの後遺症が残るかもしれないと言われていたが見事に順調な回復を見せている。医者曰くまだ完全に治ったわけでは無いので、運動や長時間の歩行は控えるように、との事だが、晴れて入院生活とはおさらばである。


「とりあえず、シャワーが浴びたい」


 そう思った彼女は、着替えとタオルを鞄から取り出してベッドの上に置き、入院着も下着も脱ぎ捨てて部屋備え付けのシャワールームへと入る。技術の進歩により包帯は強い耐水性を持ち、巻いたままシャワーを浴びることが出来る。もっとも、彼女なら集中させればドライブでその部分だけ濡らさずにシャワーを浴びる事も可能なのだが、そういった気兼ねを無くゆっくりと久々のシャワータイムを楽しみたかった。

 念入りに髪の毛と体を洗い終えると、タオルでしっかりと体を拭い、シャワールームを出た。


「あ~サッパリ」


 表情にもそれが如実に表れていて、憑き物が取れたような顔で新しい下着を着た。と、その時だった。すごい勢いで扉が開かれ、カーテンが捲られる。


「えっ、ちょっ」

「ジィーナさん、ニュースですっ! 聞いてくだ……――」


 それをしたのは宗助だった。そして宗助がジィーナの姿を見て絶句し、顔を真っ赤に染める。上下ともに下着のみの姿である。


「……~~!!」


 ジィーナは咄嗟にタオルで前を隠して、つかつかと宗助に歩み寄る。


「ノックしろやゴラァァァァァ!!」

「ああああああすいまぶッ!!」


 パチーン、と乾いた音がフロア中に鳴り響いた。



 続いてジィーナの病室にたどり着いたエミィとロディだったが。


「も~生方さん、走るの速い~……。って、あれ、どうしたんですか?」


 彼らが見たのは部屋の扉の前で正座している生方宗助の姿であった。なぜだか左頬が真っ赤に染まっている。


「あ、いや……、今焦って、ベタなラブコメみたいな事してしまい、反省中でして……」

「はぁ……?」


 エミィとロディが意味を掴みあぐねていると、「入っていいよ」と若干低めの声が部屋の中から聞こえてきた。


「はい、失礼いたします……」


 非常に畏まった様子で病室に入る宗助を不思議そうに見ながらも、エミィとロディは彼の背中について病室に入っていった。長ズボンとシャツを着たジィーナがタオルで髪の毛をタオルで拭きながらお出迎え。


「で、ニュースってなに」


 ジィーナがぶっきらぼうに尋ねる。


「これ、見てください」


 宗助がジィーナに差し出したのは、新聞の切り抜きだった。そこには、マオがあまりに沢山の罪状で逮捕された、という記事が書かれていた。


「うそ、これって……」

「向こうの新聞の記事です。この二人がしっかりとリルの記憶を伝えてくれたんですよっ」

「それだけじゃないですよ、証拠にこれ!」


 ロディが差し出したのは週刊誌。そこにはマオがどれだけ酷い事をしていたかを事細かにあばく記事や、芋づる方式で出てきた関係者達が一斉に摘発されている様子が書かれている。捕えられていた子供達は保護され、既に兵士として教育された子供達もしっかりとその呪縛を洗い流さなければならないと書かれている。


「国の幹部がこんな悪事に手を染めていたって知れて、向こうの世界は今そりゃあもうかなりごたついてますけど……知らないまま犯罪が見過ごされていくより、この方が良いに決まってます!」


 ロディはそう断言した。ジィーナは困惑気味にその記事たちに目を走らせている。


「つまり……」

「え?」

「つまり、もうリルは……変な連中に追い掛け回されたり、しないんだね……」

「……、そうです。そうですよ」


 ジィーナの顔は信じられないといった表情から、少しずつくしゃくしゃになっていった。


「良かった……。良かったね、リル……」


 週刊誌の紙面に一滴二滴、雫が零れ落ちて色を変える。

 理不尽に命を狙われ、逃げて、隠れて、また逃げて……。

 それが十年続いて、そして彼女達はひょんなことから、心強い仲間を沢山手に入れた。

 苦しい道のりはずっと続いたけれど、ついに勝ったのだ。どうしようもない、かなわないと思っていた巨悪から勝利をもぎ取った。彼女自身が目覚めることがなくとも……。


「ジィーナさん……」

「ありがとう……本当にありがとう。みんな……心の底から、感謝します……!」


 ジィーナは涙を流しながら、宗助達に深く頭を下げるのだった。エミィとロディはそれを受けて、いぇい! と小声で言い合ってハイタッチをして、宗助はそんな様子をほほえましく思いながら見ていた。しかし。


「……でも生方くん、さっきの件はまだ許さないからね」

「は、はい……」


 ジィーナに赤い目でぎろりと睨まれ、宗助は背筋を伸ばした。



 そして、その数日後、早朝。アーセナルから近くも遠くも無い、無名の山中。山林の中にぽっかりと空いた草原にて随分と大きな荷物を背負ったジィーナと、車椅子に座ったリル、そしてレオン、エミィとロディが立っていて、その彼らと向かい合うようにアーセナルの職員達やスワロウの隊員達が立っていた。その中に居た宗助が、ジィーナに話しかける。


「今更ですけど、本当に帰っちゃうんですか、ジィーナさん」


 そう。ジィーナは、リルとレオンとエミィロディと共に、元に居た世界に帰るという決断をしたのだ。この場所は、並行世界へと移動する為の『扉ポイント』である。


「ええ。私にとってはこっちの世界の方が居心地も良いんだけど……やっぱり、私はこの世界に居る筈のない人間だから、一度、生まれた場所に帰ってみる。お父さんとお母さんも、無事でいるなら私の事を探しているかもしれないし、安心させてあげたいの」

「そっか。そうですよね……」

「それにね、リルもあっちの世界なら、記憶の修復は無理でも、人間として再スタートを切るための技術があると思うから……私も色々かけあってみる。もう一度目を開けられるようにさ」

「……はい。その時は、ありがとうって伝えてください。本人にとってはワケがわからないかもしれないけど」

「もちろん。ちゃんと伝えとく」


 そう言ってジィーナはウィンクをして見せた。


「千咲ちゃんと岬ちゃんも、あの川辺の時は本当にありがとうね。二人共、私の命の恩人」

「いえいえあれくらい。それに私達も、ジィーナさんにアーセナルを守ってもらいましたから」

「大したことは出来なかったけど、そう言ってくれるとちょっと気持ちが楽かな」


 女性三人が和やかに談笑しているその隣、少し目線を下げたところには浮かない顔のレオンが立っていた。宗助が不思議に思って話しかける。


「どうしたんだ、浮かない顔して。もともと居た世界に戻れるんだし、リルの為の技術もあっちの方が進んでるだろうし……、嬉しくないのか」

「……向こうに行ったって、親の顔とか名前なんて覚えてないし、家がどこかもわからないし、どうしていいかわかんないだけさ」


 レオンは不貞腐れた表情でそう言うが、更にその隣に居たエミィがこう説明する。


「レオン君はねぇ、ここが思った以上に居心地が良かったから離れるのが寂しいんですよ。桜庭さんとかに特にかわいがってもらってたみたいだし」

「なっ!? ちがうっ、そんなんじゃない!」

「違うの?」


 すると桜庭が悲しそうな顔でレオンを見る。


「う……、違うくは、ないけど……さ……」

「……。か、かわいー!」


 桜庭はレオンを抱きしめて頭をなでなでし始めた。


「や、やめろー! かわいいって言うな!!」


 宗助は苦笑いでその光景からさらに視線を横にずらして、エミィとロディを見る。


「エミィさん、ロディさん。マオの件、ありがとうございました。お陰でバカな賞金稼ぎも、もうこっちの世界には来ないでしょう」

「なに言ってるんですか、お礼を言うのは私達ですよっ! あの日あの時、あそこで生方さんに会わなければ……私達は今頃真実になんてたどり着けず路頭に迷って、小銭稼ぎの路上ミュージシャンにでもなっていたかもしれません!」

「……エミィの言ってることは、ちょっと的から外れているかもしれませんけど、でも、俺達本当に、生方さんに会えて良かったって思っています」


 そう言ってロディは手を差し出して、宗助もそれに応えて握手する。隣に居たエミィも次に握手を交わす。


「二人共、次また来た時も、必ず連絡してくださいね」

「次……」

「次か……」


 宗助の言葉に、エミィとロディは悲しそうに目を見合わせた。


「……? どうしたんですか?」

「実は、マオの件が明るみに出たことにより、同時にブルームがした事も報告をせざるをえなくて……それを受けて、並行世界の出入り口の渡航制限を現行より一層強くする、という話が出ていまして……」

「それって、じゃあ……」

「次、私達もいつ来られるか……、もしかしたらこれが最後かもしれません。今回は実は、迷惑をかけた生方さん達に報告っていうのと、こちらの世界に流れ込んだ人を連れて帰るって役割があって特別に許可が出たんです。遊び感覚ではもう行き来ができそうにありません……うう……」

「そうなんですか……」


 二人はめそめそと説明する。その事実に、宗助も寂しい気持ちを隠すことは出来なかった。レオンもジィーナも、リルが目を覚ましても、もう二度と会えないかもしれない。それなりに行き来するノウハウは確立されているにも関わらずレオンが浮かない顔をしているのにも、合点がいった。


「あー、でも、生方さんが偶然、そう偶然っ、私達の世界に転がり込んでしまってもいいんですよっ! そしたら私達の上司になってもらって、名前も変えてー、ついでに記憶も変えてー」

「そんなのダメですっ」


 岬は宗助の左腕を両腕で抱いで自分の方へ引っ張って、エミィとロディに対して目を吊り上げて睨みつける。


「じょ、冗談ですってば、冗談」

「むう……!」


 冗談に聞こえなかったらしく睨みを解かない岬にエミィは一抹の恐怖を覚え、少し強引に話題を転換させる。


「そ、そう言えば宍戸さんは、来てくれてないんですか? 短い間でしたが、一緒に任務をこなさせてもらったので最後のご挨拶をしたいのですが……」

「あー、宍戸さん、宍戸さんは……」


 宗助も周囲をきょろきょろと見回すが、宍戸の姿は見えない。


「宍戸さんは今日は出かけてるぜ。ほんでこれを代わりに二人に渡しとけって直々に頼まれた奴があって……ほら、これだ」


 そう言って不破が取り出したのは、スワロウの隊員にのみ渡されるツバメのシンプルなマークが張り付けられたワッペンだった。


「こないだお前らが帰った時に渡しそびれたみたいでな、着けなくてもいいからとりあえず持って帰っとけ」

「おぉ……、ありがとうございます!」


 宍戸なりの、二人を認めた証なのだろう。エミィもロディも、しばらくそれをまじまじと見つめた後に、大事そうに胸の内ポケットにしまい込んだ。


「ちゃんと宍戸さんに伝えとくよ。喜んでたってな」


 不破は親指を立てて見せた。




「それじゃあ皆さん。そろそろ時間のようです」


 ジィーナが言うと、車椅子からリルを両手で担ぎ上げ、アーセナルの隊員達は名残惜しそうにジィーナ達から離れる。

 世界移動の条件は、この場所で、ある時間帯に人間がジャンプする事。他にも無意識のうちにクリアしている条件があるのかもしれないのでその説明だと不正確だが、それが一番簡単な条件説明なのである。

 宗助とジィーナは少し距離を開けて、じっと見つめ合っていた。


「生方君。何度言っても言い足りないけど、最後にもう一度言っておくね」

「はい?」

「リルの事、本当にありがとう。この子は直接言いたいだろうけど、こんなだからさ。そして私の事も……。また、いつか会えたらいいな」

「ええ、会いましょう。必ず」

「うん。約束」


 ジィーナと宗助はそんな約束を交わして、微笑みあった。


「……それでは、スワロウの皆さん……、本当にありがとうございました。どうか、お元気で」

「五秒前。…………三、……二……」

「一っ――」


 だんっ、と一斉に地面を蹴る音がして、そして一瞬で五人は目の前から消え去った。眼の前にはただの草原が広がっていて、残された車椅子だけが僅かに人の熱を持っていたが、それも一陣の風に冷まされて消えた。


「……。行っちゃったね」

「ああ……」


 それは、彼らはこの世に存在していたのだろうかと自分の記憶を僅かに疑う程の、静かで一瞬の別れであった。

 この世界、この場所に居る全員が、ただただ、彼らに幸福が訪れることを祈っていた。




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