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machine head  作者: 伊勢 周
25章 最後の一撃を
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あなたの大きな背中へ

 宗助は自室で椅子に座り手足を投げ出してぼんやりと天井を見ていた。大きな達成感と共についてきたのは、胸に穴が空いたような喪失感。「そうするしかなかった、お前には選択肢なんて初めから無かった」そんな言葉を宍戸にかけられた。

 実際そうだと思っていた。そう思い込みたかったのかもしれない。

 それでも、何か他に手はあったんじゃないのか、といつまでもそんな事を考えてしまっていた。考えた先に答えがあったとしたら、なおさら後悔するとわかっているのに。

 自分の人生と引き換えに、父親の凶行を止めた少女。


(リル……、思えば、最初に会った時から……)


 異世界から訪れたマオの手先に狙われていた彼女を、必死の思いで助けたのが始まりだった。その時から、危険な相手にも関わらず身を挺して守ってくれた事があった。

 一度は不破と千咲が記憶を消した、と思っていたら、恐らくナノマシンの関係だろう、それが失敗していて。結果だけを見れば、あの時に失敗していたからこそ彼らは勝利を掴んだのだが……。


(皮肉な話だよな。最初は記憶を飛ばそうとしてたのに、今は記憶が無くなった事を悲しんで)


 そしてジィーナに会い、リルと再会して、アーセナルに来てもらい、後々ブルームの娘だという事がわかった。

 自分の育ての親と肉親が殺し合うなんてどんな気持ちか想像も出来ない。そのジィーナは未だに一人で歩くことすらできず入院しているのだが……。


「……」


 宗助は机の引き出しを開ける。そして一枚の封筒を取り出した。そう、リルに託された、ジィーナへの手紙だ。自分の手で渡せとつき返そうと思っていたものだが、結局それは叶いそうもない。


「……渡さないとな、ちゃんと」


 心に決めて、宗助は玄関へと向かう。



          *



 そして宗助は手紙を懐で大事に暖めながら、ジィーナが未だに療養している病室へとたどり着いた。三度ノックをしてから、「生方ですけど」と室内へと扉越しに声をかける。


「はーい、どうぞ」


 ジィーナの声が返ってきたのを確認して、扉を開き中へと入る。

カーテンを開けると、部屋の仮の主・ジィーナは、相変わらずベッドの上に横になっていた。


「いらっしゃい。それで、おかえり、生方くん」

「……ただいま、戻りました」

「どうぞ、座ってよ」

「失礼します」


 促されるままに椅子に座りジィーナと同じ目線になる。


「怪我、いっぱいしてるみたいだけど大丈夫?」

「え? あ、ええ、見た目ほど酷くは……」

「ふうん、無理しちゃダメだよ。入院してる私が言うのもなんだけどさ」

「ええ。わかってます……」


 それからぽつぽつと雑談をするが、宗助はなかなかジィーナに本題を切り出すことが出来ない。

 出撃する前に彼女に、リルを必ず連れ戻すと約束した。連れ戻すには連れ戻したが、記憶は全て消えた。目も覚まさない。まだその事は彼女には伝わっていない筈で、宗助は責任をもって自分でその事を伝えるためにジィーナを訪ねたのだ。


「私の方は、足、だいぶ良くなってきて、もうしばらくしたら普通に歩けるようになるだろうって。……そしたら、その頃にはリルも一緒にまた食堂で働けるかな、わからないけど、休んでいた分も一気に取り返すね」

「そう、なんですか……、それは、良かったです……頑張ってください」


 上の空でそんな返答をする宗助をジィーナは少し変に思い、彼の目をじっと見る。宗助もその探るような視線に気づき思わず目を逸らすが、それではいけないと思いすぐに彼女の瞳をまっすぐと見つめ返す。


「あれからリルは、目を覚ましたの?」

「……いえ」

「……。ねぇ、生方くん、隠さずに、本当の事を教えて欲しい」


 何度も何度も話には出たが、宗助は嘘をつくのが下手というか、苦手だ。ジィーナは、宗助が何か悪い知らせを持って帰ってきたのだろうということを、ありありと感じ取っていた。


「本当の、事……」

「ええ。あなたが、ブルームを倒して、ここに帰ってくるまでに見て、聞いた事を」

「わかり、ました。話します。元から、そのつもりでここへ来ましたから」


 そして、宗助はすべてを語った。その間、ジィーナは穏やかな表情のままじっと話を聴いていた。



・・・



「――これが、リルと俺達に起きた全てのことです」

「そっか……」

「すいません。俺、必ず連れて帰るなんて、偉そうに言ったのに」


 宗助が俯いて謝罪の言葉を述べる。


「んーん、そんなの気にしないで。だって、そうするしか無かったんでしょう? なら、ここで寝ていた私が何か言っても、……仕方ないわ」


 ジィーナは、言葉を慎重に選んでいるのか、どこが手探りといった様子で言葉を繋いでいく。宗助はその言葉に少し意外な印象を受けて、ジィーナを見つめる。


「俺、もうおもいっきりぶん殴られる覚悟をしてここに来たんですけど」

「ぶん殴られたいの? 生方くんってそういう趣味の人なんだ」

「違います」

「……そう。それならいいわ。私だって人殴ったりして喜ぶ趣味ないし」

「あの、なんの話を……?」

「ぶん殴ったりしないわよって話」


 ジィーナは続けて、あのね、と前に置いてから、少し優しい声色で語り始めた。


「ぶん殴るなんてとんでもない。そんなことしたら、リルに怒られちゃう。生方君は、どれだけ感謝しても感謝しきれない、私達の一生の恩人なんだから」

「そんな大げさな……」

「大げさなんかじゃあないわ。いつも本当に心から感謝してるんだから。リルだってそう。あの子から言われなかった?」

「言われ……ましたね。はは、照れくさいですね」

「……。それに、なんだか予感があったの。多分もう会えないんだろうなって。何時だって顔は見られるんだろうけどさ……」


 寂しげに俯く彼女の横顔を見て、宗助はつばをごくりと飲み込む。


「あの、ジィーナさん。実は、渡すものがあるんです」


 宗助は懐を探り、リルから預かっている手紙を取り出して、彼女に差し出す。


「……手紙?」

「リルが、ジィーナさんに渡してくれって言って俺に預けたんです。一度俺がブルームの所に連れ去られて、そこから脱出する時に」

「リルが……」


 しばらくその手紙をじっと見て、そして恐る恐るといった様子でそっと掴んだ。それを確認した宗助は手紙からゆっくり手を離す。宗助がこの手紙に与えられた役目は、これで果たした。

 ジィーナは手紙の封を開けようとせず、じっとその可愛らしい封筒を見つめていた。


「……それじゃあ、俺はこの辺りで失礼します。また来ますね」

「ねぇ、生方くん」


 目的は果たしたので席を立ち病室を後にしようとした宗助の背中に、ジィーナが声をかけた。


「……? なんですか」


 宗助は振り返る。


「教えて欲しい、リルの『友達』のあなたに。……私ね、あの子と一緒に居て、時々思ってたの。こんなのでいいのかなって」

「こんなの、と言いますと……」

「もっと、しっかりしていればとか、もっと強ければって。そしたら、あの子には、こんな不運で不幸な事ばかりじゃなくてさ……今と違った、もっと楽しくて幸せな――」

「ジィーナさん」


 ジィーナが話している最中にもかかわらず、宗助は少し大きめの声で、まるでその続きを喋ることを制するように、彼女の名前を呼んだ。ジィーナは少し驚いて、言葉を止めて宗助を見る。


「俺は、リルが、その手紙に何を書いたのか知りません。……本当に、全く。……だけど、その質問は……。……俺よりもその手紙に訊いた方が良いと思います」

「え……」

「きっと、教えてくれますよ。その答え」


そう付け加えて、笑顔を作って見せた。努力して作ってみたものの、寂しさが抜けきらない笑顔。ジィーナはもう一度手元の封筒に目を落とす。


「それじゃあ今度こそ、この辺りで」


 宗助は少し強引に思えるほどの締め方をして、病室を後にした。


「手紙……か……」


 ジィーナはしばらくの間、渡された手紙に目を落としていたが、その封を開けて、中身を取り出し綺麗に折りたたまれた中身を開く。


「どれどれ……」


 そこには丁寧な文字で、ぴっちりと列を揃えた文章が書かれていた。


――。


 拝啓 ジィーナ・ノイマン様


 お元気ですか

 とつぜんですが、手紙を書きます。しゃべろうとしても、うまくしゃべれないと思って、こはるちゃんのアドバイスもあって、手紙にしました。

 でも、手紙にしても、なにを書こうかまだまよっているんです。ことばではあらわせないくらい言いたいことがたくさんあります。

 まず、こんなふうに手紙を書けるのも、ジィーナがことばをおしえてくれたからだよね。ほんとうにありがとう。学校に行きたいってわがまま言ってこまらせてごめんね。ジィーナの授業と手作りの教科書はすごくわかりやすかったよ。

 いつもおそくまではたらいていて、でも自分の事にはお金を使わなくて。何かお返しがしたいなってずっと思っていて、それで自分で勉強したのがお料理でした。最初は失敗の方が多かったけど、全部のこさずたべてくれたよね。丸こげのお肉も魚も、調味料をまちがえたスープも、全部おいしいって。ごめんね、ありがとう。


 料理といえば、最近、わたしには夢ができました。

 宗助が、「わたしの料理のお店をひらいたら」って言ってくれたのです。言われてみて、考えてみて、すごくステキだなって思って、その日からそれがわたしの夢になりました。もしお店をひらいたら、一人目のお客さんは自分だって宗助は言ってくれました。でもそれは千咲ちゃんと取り合いになるかもとも言っていました。

 だけどわたしはね、その時は言わなかったんだけどね、やっぱり一人目のお客さんは、宗助よりも千咲ちゃんよりも、お母さんよりもお父さんよりもレナよりも、ジィに来てほしいって思いました。


 それで、心の底からおいしいって言ってもらえたら、やっと少しだけ、今までのお返しができたのかなって思えると思います。

 今までありがとうって手紙に書こうと思ったのに、なんでわたしの夢の話になってるんだろうね。今、書きながらちょっと笑っています。


 わたしはこの十年とちょっと、ジィのおかげで、本当に楽しく過ごせたなって思います。嘘じゃないよ。だから、そろそろジィも、わたしのことは大丈夫だから、自分の幸せとか、楽しいことのために時間を使ってね。わたしも、もっとしっかり出来るようにがんばるから。

 それでは、身体にお気をつけて、ずっと元気でいてね。


 リル・ノイマンより  敬具



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