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machine head  作者: 伊勢 周
25章 最後の一撃を
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前借りさせて



 宗助が基地内の廊下を歩いていると、背後から大きな声で名前を呼ばれた。


「生方さーん! 生方さん!!」

「この声は……」


 宗助が振り返ると、エミィとロディが元気に駆け寄って来ているのが見えた。


「生方さんお帰りなさい! 遅くなりましたが!」

「あぁ、えっと、ただいま、無事に戻りました」

「聞いてください、私も頑張ったんですよっ、一杯機械をぶっ壊しました!」


 エミィが褒めてほしそうに手を挙げて宗助に詰め寄る。どちらが年上なのかわからないが、エミィもロディも、コウスケの面影がある宗助には甘えたくなるのかもしれないな、と宗助はどこか客観的に自分達を見ていた。


「えぇ、聴きましたよ。大活躍だったって」

「そうです、そうなんです! あー、しつちょ、ヴウンッ生方さんにも見てもらいたかったなぁ、私の大立ち回りを」

「足の怪我は大丈夫なんですか?」

「ええ、名誉の負傷ですからねッ、痛みもまた光栄な事です!」

「は、はぁ……」


 室長と呼ばれそうになったことに関しては聞き逃したことにした宗助であった。


「そう言えば、二人はこれからどうするんですか? このままスワロウに居るなら、人手も足りないだろうし歓迎されると思いますが」

「そこなんですけど、生方さん」


 随分とかしこまった様子でロディが話を切り出した。


「僕たち、元居た世界に戻ろうかって話していたんです」

「え……」


 言われて少し驚いたが、当たり前と言えば当たり前だ。よほどこちらが気に入っただとか恋人が居るだとかにならない限り、旅人はいつか自分の生まれた場所や故郷に戻っていくもの。エミィも寂しそうな表情で続ける。


「実は、ブルームのアジトの調査に私達が派遣されていてここ数日こちらに居なかったんですが、そこである物を見つけたのです」

「ある物?」

「はい。こちらの世界と私達の世界を結ぶ扉の出現方法が記されたものです。マシンヘッドのばらまきと共に、こちらの世界から元に戻る方法を十年かけて調査していたみたいです。まだ全部読めていないし、持ち出し禁止だと宍戸さんに厳重注意されたので今は手元にはありませんが……人間が生身で辿り着くには困難な場所ばかりでしたけど、数か所、なんとかなりそうなポイントがあったんです。だから、それを使って戻ります」

「そうなんですか……。寂しくなりますね」

「私達も寂しいです……でも、ただ帰るわけじゃありませんよ!」

「と言いますと」

「生方さんが連れて帰ってきた、レオン君。すごいですよあの子、天才少年です。彼に、アーセナルの機器をちょちょいといじってもらって、リルちゃんの三歳の時の記憶データを複製してもらったんです」

「複製って、どうするつもりですか? そんなの持ってたって何にもならないでしょ」

「私達、この記憶で、マオの犯した悪事と真実を白日の下に晒してやります。どれだけ酷い奴か、どれだけの事を巻き込んで、どれだけの命を奪ったのか……。これって私達にしかできない事なんじゃないかって、そう思うんです。コウスケさんが追っていたこの真実は、私達が引き継ぎます」

「確かに……マシンヘッドを止めて少し浮かれていたけど、マオを止めないとまたリルを狙って何も知らない賞金稼ぎがこちらの世界で暴れまわる可能性もある訳だ」


 そう言って宗助は少しだけ考えこみ、こう言った。


「……俺達も手伝えませんか? それ」

「いーえ。生方さん、あなたなら絶対にそう言ってくると思って、私達だけで解決しようって事前に決めていたんです。今回のブルームの件だって、本来なら私達の世界の厄介事。こちらの世界の人たちにこれ以上迷惑はかけられません。お気持ちだけ頂戴します」

「……」


 宗助はエミィとロディの目をじっと見たが、そして譲る気はないという気持ちがひしひしと伝わってくるのを感じた。


「……わかりました。でも、もし助けが必要であればいつでも戻って来てください。俺達はもう、一緒に闘った仲間なんですから」

「……し、室長……!!」


 宗助の言葉を受けて二人が同時に涙ぐむものだから、宗助もコウスケになりきってみた方が良いのかな、と考えた。そして。


「エミィ、ロディ、絶対に無茶だけはするなよ。死んだら元も子もないからな」

「あ、そういう小芝居はいいです」

「なんなんですかあなた方は」


 急に冷静な突っ込みを入れてくる二人に、宗助は苦笑いしつつも、そう言わざるをえなかった。


「ふふふ、でも、おっしゃる通りです。死んだら元も子もない。良い報告を必ず持ってもう一度ここに来ますから、信じて待っていて下さい。生方さん」


 そう言ってエミィとロディはニッと笑ってみせた。


「ええ。一度と言わず、何度でも」


 宗助は二人と握手を交わし、しばしの別れを惜しんだ。

 そして二日後の早朝、二人はしっかりとリルの記憶をそれぞれの懐に携えてアーセナルを発った。大事な任務を託し、宗助はその姿を見送った。



          *



 その日不破は、亡き親友に闘いの終結を報告するために、その親友――二神大祐の墓参りへと足を進めていた。


 花と供え物は道中で購入し、車を運転して、という気分でも無くバスで山間の霊園に向かった。

バスから下車すると、初秋の涼やかな山の風が不破を出迎える。少し歩いて霊園に着くと備え付けの桶に水を溜め、そこに柄杓と花を預け、取手を持ち上げていざ墓参りへ歩み出す。じゃりじゃりと音を立てて、小石が敷き詰められた道を歩きながら、今度は区画を間違えずに墓にたどり着く。と、そこには。


「こんにちは、不破君」

「よぉ、奇遇だな」


 示し合わせたわけでは無く、本当に偶然に中川美雪と居合わせた。


「なんとなく、ここで待っていれば不破君も来るかな、と思って」

「俺に会いたきゃアーセナルに来いよ。楽器くらいなら奢ってやるぞ」


 それは学生時代にトランペットを弁償したという過去を自ら皮肉った冗談なのだが。


「ほんとに? またトランペット始めようかな」

「おい、冗談に冗談を返しただけだよ、本気にすんな」

「そう……私は冗談じゃないけど」

「嘘付け」


 不破はため息交じりに笑って、地面に桶と花を置いた。


「花代が無駄になっちまったな」


 墓前には既に豪華な花が供えられており、不破が買ってきた花を挿すスペースは無さそうだ。


「詰めたら入るんじゃない?」

「そういうのは良いのか? 墓って」

「さぁ……」

「ま、ここに置いておくさ」


 不破は花束をそのまま墓の手前の地面に供える。


「……そういや、お前がこないだここに置いた指輪、無くなってるな」

「私の氷だって、三日もすれば完全に溶けるよ。鳥か何かが咥えて持って行ったんでしょう」

「いいのか?」

「ええ。できれば、彼の所へ持って行ってくれてると良いんだけど」

「あぁ、だと良いな」


 不破は線香に火を点けてバチに置いて、手を合わせて黙祷した。

 墓参りを済ませた二人は、特にそれ以上会話を交わす事なく、無言のまま同じバスに乗り、無言のまま町に戻って、同じ停留所で何となく下車した。


「不破君、あのお店……」

「ん?」


 美雪の視線の先には清潔さを感じ取れる小さなカフェがあった。沢山の種類の草花を店先で育てており、可愛らしい小物類が主張しすぎない程度に飾られた、小洒落たお店だ。


「入ってみない?」


 美雪はそう言うと不破の返事を待たずに滑るように静かな足取りでその店へと向かって行った。


「……あいよ」


 不破もその後を辿る。

 カラカラ、と扉に付けられた小さな鈴が涼やかな音で店内に来客を告げる。


「いらっしゃいませー」


 

 ・・・


 

「ありがとうございましたー。またお越しください」


 爽やかな女性店員の挨拶が通りに響いた。


「まぁまぁ美味しかったね。雰囲気も良いし」

「まぁな」


 不破は財布を鞄にしまいながら適当に返事をした。すると美雪はまた音もなく歩き始めた。そんな彼女の背中をいぶかしげな表情で見つつも、すぐに後を追う。

 次にするりと到着したのは駅からほど近いショッピングモール。


「不破君、あんまり服持ってないだろうし、たまには色々買ってみたら?」


 ファッション業界は季節先取りが普通なので、まだ十月だが冬物がずらりと並んでいる。

 美雪は無表情でそんな事を言って、今度は不破の反応を待つ。

 一体彼女はどういう風の吹き回しでこんな事を言っているのだろうと、不破は彼女の真意を測りあぐねていたが、別に悪巧みをしている事など間違いなく無いと判っているので、素直に彼女と一緒に過ごせばそれでいいと思い、提案を快諾する。

「そうだな。ま、たまにはオシャレって奴でもしてみるか」

 そして二時間弱あーでもないこーでもないと服売り場を練り歩いた。


 両手にぶら下げた紙袋を見て、不破は少し不思議な気分になっていた。今日は墓参りに出掛けた筈だったのだが。


「まさか墓参りに出掛けて服買う事になるとはな」

「でも、気に入ったんでしょ」

「気に入らんものは買わん」


 ふん、と鼻息を鳴らすと美雪は僅かに微笑んだ。


「じゃ、次」

「お、おい」


 美雪はまたもさらりと歩き始める。

 


 ・・・



 こんな風に半日あちこち巡った後、目についた川沿いの公園の東屋に二人で腰かけて、ぼんやりと日が西の地平へと傾いていくのを眺めていた。


「……今日はありがとう。いろいろ付いてきてくれて」

「別にいいよ、俺もこういう普通っていうか、なんて言うか、若者っぽい休日ってのは久しぶりだ」

「若者っぽいって……、私達、まだまだ若者だと思うよ」

「こういうのが久しぶりで、楽しめたって事さ。……で、どうしたんだよ」

「……私、あの指輪を外してから、色々と気付くことがあったの」

「気付く事?」

「不破君は、今、恋人は居ないんだよね?」

「いねぇよ、機械いじりで大忙しだったからな」


 美雪の唐突な質問に動揺するが、それを表に出さないよう少し茶化して答えた。


「そう。でも、不破君なら、絶対に良い女性を見つけて、すぐに幸せになるんだろうな」

「……だといいがな。はは」

「そんな事を少し考えて、……そうなったら寂しいなって思って」

「は?」

「そうなる前に、不破君を一度前借りしておこうって、突然思いついたの」

「ちょっと待ってくれ、話の脈絡がおかしい、あと高低も」

「気付いた事っていうのは……私が彼と付き合っていた頃、もしかしたら、不破君も同じ気持ちだったのかなって。だから、ごめんなさい」


 妙にドギマギする事を幾つも言われた上に最終的に謝られた不破は、頭の中の整理に少しだけ時間をかけた。


「……別に、寂しいと思った事はない。だいたい俺がお前らをくっつけたようなもんなのに、それを寂しがっていちゃ世話無いだろ」

「そうなの?」

「あぁ、そうさ。そんな事より、そうだよ、千咲を守ってくれたらしいな。あの時は本当に死んだと思ったって言ってたからな。俺からも礼を言っておく。ありがとな」

「……うん。雪村さんから緊急だって連絡を受けて……。スワロウには本当に沢山助けてもらったから……これも気付けたことの一つかな、今度は私が助ける番だって思って。少しは、恩返しできたかしら……」

「少しどころか、こっちがおつり返さなきゃなんねーよ」

「おつり……」


 不破の軽口に、美雪は顎に手を当てて少し考え込む仕草を見せた。


「……おい、言葉のあやって奴でな……」

「じゃあ、楽器でも奢ってもらおうかな。トランペット」

「あ、あのなぁ……」

「最近ね。自分と同じような境遇に遭ってしまった人は、きっと世界中に沢山いるから……何か少しでも、その人達と一緒に元気になっていけることは無いかなって考えてた。それでふと覗いた楽器屋さんで、チャリティコンサート開催の為にブラスバンドメンバーを募集していて、私も、それくらいならまた練習すれば出来るかもって思ったの。お婆ちゃんに、またトランペット吹いているところが見たいって言われたし、ちょうどいいかなって」


 そう言って美雪は笑う。こんなに口数が多い彼女は久しぶりで、そしてその笑顔は高校の時と同じで、不破もつられて笑顔になった。


「おいおい、俺、というか俺の親父が買ったあのトランペットはどうしたんだよ」

「あ、そっか。手入れしてないから、どうなってるかわからないけど……じゃあ、お手入れセットを新調してもらおうかな」

「……わーったよ。そんじゃあ次の行き先は楽器屋さんだ」


 暮れかけた空の下、川沿いの道。肩と肩が触れるか触れないかの距離。

 長い影が二つ連なってゆっくりと歩き始める。




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