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machine head  作者: 伊勢 周
3章 ようこそ、アーセナルへ
28/286

不破要について 

 

 不破は、今こうしてドライブ能力と向き合う為の第一歩を踏み出した宗助を目の前にして、少しだけ昔の自分を思い出していた。


 不破要、二十六歳、男性。

 少し大雑把なところは有るものの、周囲への面倒見がよく、その明るい人柄もあって、上官や部下や同僚達からの信頼も厚い。そして人情脆い。

 困っている人間を目の前にすると見過ごせない性格ゆえに、本来なら負うはずの無かった傷を負い、損をして、不幸の身代わりをするなんて事も珍しくはない。


 現在から十年前。

 彼がスワロウに入隊する前に、世間を少々賑わした「超能力少年」がいた。

 その少年はある時を境にメディアからこつ然と姿を消していて、現在となっては「超能力少年」と聞いてピンとくる人間の方が稀な程になったのだが……実はこの不破要こそが、世間を賑わせた超能力少年なのである。

 スプーンを曲げてみせる外国人が日本中を騒がせてもはや久しくなった頃。当時高校生だった不破は、この頃から既に人情脆い性格が代名詞となっていて、そのお陰で友人達に恵まれ、順風満帆な学生生活を送っていた。

 小さい頃から野球が好きで、小学生から始めたそれは高校生になっても続けており、グラウンドで白球を追いかけて泥だらけになりながら汗を流す毎日を送っていた。グラウンドに一際大きな彼の声が響き渡るのが、野球部どころか他の部活動に励む人々にとってもお決まりになっていたのだった。

 毎日厳しい練習から帰宅して、母親の作った夕食を食べて、リビングで寛ぐ。そんな恵まれた家庭生活を享受していた不破要少年であったのだが……それは偶然なのか、はたまた必然であったのか。自宅でテレビを見ていた彼は、テレビのチャンネルをランダムに切り替えて見るべき番組を探していた。そんな時、彼の目に飛び込んできたのがスプーンを曲げる例の外国人の映像だった。

 不破は、チャンネル回しを止めた。

 怪しげな外国人が、『アメリカ航空宇宙局(NASA)が開発した、象が踏んでも曲がらないスプーン』とやらを、指でこするだけでぐにゃりと曲げている光景が流れていた。あまりにも簡単にスプーンが曲がるものだから、勿論なにかトリックがあると思わざるを得なかったが、特段何かをしているようには見えず。それを見て彼は、食卓に置いてあったスプーンに手を伸ばしてみた。『あんなに簡単に曲がるんだから、もしかしたら自分にも出来るんじゃないか』、そんな浅はかな考えだった。


(曲がれ、曲がれ……)


 果たして、少年とはいえ十六歳にもなる彼が本当に心の底からスプーンを曲げられると思っていたのかは今となっては怪しいものだが、それはともかく。

 彼の手の内にあるそのスプーンは、いとも容易く曲がった。それも、曲がり方が普通ではなく、縦・横・斜めに知恵の輪のごとく縦横無尽に曲がっていた。あまりにもあっけなさ過ぎて、その手の内に存在する曲がりくねったスプーンを前に言葉をなくしてしまっていた。


 翌日、早速彼はクラスメイト達を前に、スプーンを曲げて見せた。テレビの中の観客と違わぬ、もしかするとそれ以上の歓声が、休み時間の教室を包んだことは言うまでもなかった。


 これが、超能力少年・不破要が誕生した切っ掛けであった。


 彼の噂は瞬く間に広がり、学校を超え町を出て。話題に飢えたテレビプロデューサーの耳に入るのも時間の問題だった。


 不破少年のスプーン曲げは完璧だった。それもそうだ。仕掛けなどないのだから。超能力を信じない評論家達の、金属疲労だとかトリックでなんだのというお決まりの文句は微塵さえ飛ばされることはなかった。

 彼の名前はローカルからすぐに、全国区へと躍り出たわけである。海外のメディアでも取り上げられたほど。


 しかし、順風満帆な彼の『超能力者ライフ』は、すぐに終わりを迎えてしまうのだった。

 それはなぜか? とても簡単な結果が待っていたからだ。


 不破はある日を境に超能力を使えなくなった。


 彼は、初めてその力に目覚めて一ヶ月経つか経たないかという頃のある日、プラスチックのスプーン一つ曲げられなくなってしまったのだった。

 なぜそうなってしまったか。


 不破少年はある日、いつものようにスプーンだったりチョークだったり、周囲のリクエストするままに能力を使い続けていた。

 来る日も来る日も、テレビの撮影や、友人達の『お願い』に、人の良い不破少年は断ることも出来ず、使い続けた。

 彼自身、その能力にとある異変を感じていたのにも関わらず、彼は超能力少年で居続けたのだ。

 この一連の超能力は不破の持つドライブ能力によるものなのだが……当時の彼のドライブは、全くの自己流であった。スワロウは不破の事を把握してはいたものの、まだ設立されて日も浅い組織にはローカルなニュース一つ一つに出張るほど人的余裕はなく、彼のもとへ迅速に出張る事が出来ずにいた。


 そのような環境と状況が、彼の『ドライブ』を暴走させていく。


 最初は、シャープペンシルだった。意識していた訳でもないのに、勉強中に勝手にシャープペンシルがグニャグニャに曲がってしまっていたのである。更には自分の名札、バスのつり革や学校のロッカー。鍵が曲がってしまい自宅の扉が開けられないなんて事もあった。

 自分の意思とは無関係に、触れたものを変形させるようになった。日が経つにつれて、力の『暴走』が発生してしまう頻度は多くなった。必死に隠しながら生活を続けていくも、徐々に、だが確実にコントロールは失われていった。


 そしてある日、彼の手は、今までで、一番大きな物を歪めてしまう。



          *



 その日は金曜日だった。

 野球部には体調不良という理由を伝えて朝練はトレーニングのみ参加。下手にボールやグローブ、バットに触れば形を変えてしまう。とにかく大人しくしておけば、いずれ落ち着いてくれるに違いないと信じていた。

 全く根拠のないただの希望的観測。……それは見事にへし折られることとなる。


 朝練を終えて教室に入ると、当時の彼の想い人であるクラスメイト・中川なかがわ美雪みゆきが、ブラスバンド部の朝練を終えて、教室でトランペットの手入れを行っていた。不破は、彼女と隣の机というアドバンテージを生かしてなかば強引に話しかけるのが毎日の日課となっていたのだが……。


「おっす。トランペット、今日も磨いてるんだな」

「不破君、おはよ。うん。なんせこれは、私の相棒だからね」

「重そうなのに、よくずっと持ってられるよな、ソレ」

「ん~、まぁ、不破君が思ってるよりは軽いかも。持ってみる? ほら」


 そう言って彼女は、トランペットを不破に差し出した。それは彼女がとても大事にしているものだ。その大事にしている物を自分に差し出してくれるという事実に、不破は驚きと嬉しさに胸をときめかせた。そして、目の前にあるがままにソレを受け取ったのだ。

 現在陥っている自分の状態も忘れて。


 その後すぐ。彼女のトランペットは二度と、その美しい音色を放つ事は無くなった。知らない人が見れば、それが『トランペットだった』ということにさえ気付かないほどに無残な形になってしまったから。

 それが不破の手によるものだという事実は、彼をクラスで孤立させるのに充分であった。

 近づくと物を壊される。そんなレッテルを貼られ、学校中に畏怖され敬遠された。トランペットは彼の父が弁償したが、そのトランペットは何より入学祝にと彼女が両親からもらった無二のものだった。金で償いきれるものではない。

 そしてその後。彼を孤独に追いやったその能力は、トランペットの破壊を最後にすっかりとナリを潜めたのだった。彼の精神力は、想いを寄せる少女に涙を流させてしまった事による自責の念で磨耗し擦り切れ、スプーンすら曲げられなくなったのだ。

 出演予定だったテレビ番組はすべてキャンセル。親が電話越しに「困る」だの「とりあえず連れてこい」だのと怒鳴られている。彼は、聞こえてくる雑音から耳をふさいで、部屋に閉じこもった。


 クラスの人気者から、一転して恐怖の対象へ。

 超能力少年から、ただの引きこもった少年へ。大好きだった野球部も辞めて、学校にも行かなくなった。美雪の悲しみにくれた顔が頭から離れないのだ。それからの彼の生活は、一八◯度変わってしまった。

 心は荒んで、孤独と罪悪感に押しつぶされそうになった。彼は家でじっとしている事も出来ず、平日の昼間からゲームセンターに出向いては、何度も補導された。警官に悪態をつきまくるため要注意リストに載る始末。なまじテレビに名前が出てしまったが為に、周囲からの視線も自然と集まり、不破少年自身の被害妄想がそれを二倍にも三倍にも感じ取ってしまっていた。


――もういい、もう誰も自分の事を知らない場所に行きたい。


 ヤケになって、そんなことばかり考えていた。



          *



 その日は、風がやけに強かった。

 彼の目の前で交通事故が起こった。一台の軽自動車が風にあおられてハンドル操作を誤り横転し壁に激突したのだ。中には四十歳半ばほどの女性が気を失って倒れており、車は様々な部品がひしゃげてしまっている。

 不幸中の幸いか、中の彼女に目立った外傷は見当たらないようだが、車は何かの拍子で発火しており、いつガソリンに火が移り爆発するかも分からない状態である。事故が起こったのは閑静な住宅街で、平日ということもあり周囲には慌てふためく老齢の女性や小さい子供達しかいなかった。……学校をサボってふらついていた不破要を除けば。


 人間の根っこの性格はそうそう変えられるものではない。生来のお人よし人間・不破要は、『助けられるかどうか』『自分が無事でいられるかどうか』など考える素振りも見せず、ただ本能的に、反射的に車の方へ駆け出していた。



 その日の夜、こんなニュースがテレビで報道された。

 運転中風に煽られた軽自動車が横転事故。火の手が出ていたが中にいた運転手の女性は間一髪のところで高校生らしき少年に中から助け出された。気を失っていたものの駆けつけた救急隊員に病院へと運ばれ大事には至らなかった。事故現場を検分した人間の話によると、「明らかに事故とは関係のない部分が数か所捻じ曲げられていた。到底人間業ではなく、この事故について謎が残る」としている。

 助け出した少年はいつのまにか姿を消していた。


 不破は、もういちいち自分の名前を出されるのが嫌だったのだ。

 土壇場で、もう使えないと思っていた超能力が使えて、そのおかげで人間ひとりの命を救う事が出来た。しかし少年は見知らぬ人間をひとり救った事よりも、思いを寄せる少女の唯一無二で大切な物を破壊してしまった事実の方があまりに悲しく、その心は晴れることが無かった。

 ぼろぼろのすすだらけ、真っ黒な姿で帰宅した少年に、両親はえらく心配して原因を問いただすが、「転んだだけ」の一点張り。そして小さなそのニュースも、助けた少年の正体は明かされることはなく、翌日には人々の記憶から忘れ去られていった。



 だがしかし、彼の人助けは、意外な方向へ進んでいく。


 それから数週間。

 不破が助け出したその女性が、不破の元を訪れたのである。少ない目撃者達を一人残らず探し出し、情報を仕入れ、なんとかお礼をしようと彼の元へ辿り着いたのだ。

 幾つも手に入れた名の知れぬ命の恩人の特徴や情報をもとに彼を特定したのは、なんと、事故に遭った女性の娘であり不破の想い人である中川美雪であった。

 母娘で不破の元を訪れ、「知らない」としらばっくれようとする不破に対して問答無用でお礼を述べて、続けて「クラス中が不破を避けたりした事を皆反省している、みんなでちゃんと謝りたいから、明日はちゃんと学校に来てほしい」という旨を伝えた。不破に対して深くお辞儀をしてもう一度、「お母さんを助けてくれて、本当にありがとう」と涙を流しながら告げた。

 不破は翌日から学校に復帰し、クラスメイトと和解にも成功した。無闇に超能力を使うのも止めたし、一度ドタキャンを起こした彼をテレビは追い掛け回すことも無かった。

 自らの力の謎を追いかけて、稲葉や天屋と出会うことになるのはその少し後のことなのであるが……。


 彼の心を腐らせようとしたのが超能力なら、彼をそこから甦らせたのも超能力であった。

 一連の大きな波風は、彼の持つドライブが彼自身の心を試していたとも考えられていた。天屋前隊長は不破に、「ドライブは、完全に芽生える前に遅かれ早かれ、持ち主に必ず大きな試練を与える」と語った。それを乗り越えて初めて、自分の力を知るのだ、と。

 少なくとも不破自身はこれらの出来事を「乗り越えるべき試練であった」と考えたし、人を助けることは廻り廻って必ず自分の助けになって戻ってきてくれるという人生哲学へと繋がったのである。


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