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machine head  作者: 伊勢 周
25章 最後の一撃を
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帰還報告


「そうだ、ミラルヴァは……」


 宗助は、最後の最後で自身を守ってくれた男の事を思い出した。その為に、ブルームによって腹部に穴を開けられて蹴り飛ばされたのだが。その飛ばされた方向を見ると、彼は既にそこから姿を消していた。


「いない……。逃げたんでしょうか」

「あの傷じゃあもう助からないだろう。奴がどれだけ生命力に溢れていても、それこそ、お前を治したアルセラの治療くらいじゃあないとな。しかし……アジトに戻るなら位置的に俺達が絶対に気づく」

「じゃあ奴は……」

「……死に場所を探しに行ったか……それとも……もう見つけたか」


 少しの間周囲を一通り見回してみても、足跡や血痕は一つとして残っていなかった。三人の視線は、同時に海へと向けられた。

 日は沈み……波は砂を押して、そして攫って行く。



暗闇に染まったビーチで、三人はそれぞれライトを点灯し地面に置いて視界を確保すると、不破は宗助の手当を行い、本部への作戦完了報告を宍戸が代表して始める。


「こちら宍戸、本部、聴こえるか」

『聴こえます、聴こえますっ』


 かぶりつくような声で桜庭が応答する。


「宍戸・不破・生方、全員負傷はあるが、無事任務を完了した」


 そう報告した瞬間、イヤホンの向こうでワッと歓声が鳴り響いた。

宍戸は迷惑そうに眉間に皺を寄せて首を傾ける。


「……詳細の報告を続ける。ブルームは機能停止、ミラルヴァは恐らく……自害した。……あとは……帰って報告する。とにかく、迎えを頼む」

『了解! すぐにヘリが迎えに行きます! オーバー!』


 いちいちハイテンションな桜庭の応答に宗助は苦笑いを浮かべ、不破はやれやれ、といった表情。と、そこに『生方さん』とアルセラの声が届いた。ブルームから回収した例のペンダントを見る。


「アルセラさん。……まだ大丈夫そうですか?」

『ええ。まだ時間はあります。それで、今から私とレナのところまで来ていただけないでしょうか。身体が痛むでしょうか……』

「大丈夫です、すぐに向かいます」

「何を話している」

「今から、アルセラさんのところへ戻ります。行きましょう」

「……。ああ」


 宍戸はその時、宗助の表情から既に何かを察していたようだった。


 アルセラの部屋に戻ると、そこにはリルとレオンも居た。といってもリルはアルセラの眠るカプセルのすぐ傍で目を閉じたまま横になって眠っているのだが。


「レオン」


 宗助は彼の背中に向かって名前を呼ぶ。


「……お母さんの傍の方が、良いと思って」


 レオンは振り返らず、そう言った。


「ああ。それが良いと思う」


 宗助はネックレスを再び首元から取り出すと、宍戸と不破、レオンにもそれに触れるよう促した。全員がそれに触れる。


『……では、生方さん、宍戸さん、不破さん。私から、いえ、私達から最後に二つのお願いがあります。お願いばかりで心苦しいのですが……』

「お願い? なんでしょう」

『はい。一つは……ブルームは、リルの三歳から四歳の間の記憶だけを、バックアップとして先に抽出していたのです。……マオの牙城を崩すために。それをどうか、保管していて下さい』

「それは、どこにあるんですか?」

『ブルームの部屋の金庫に入っています。非常に頑丈ですが、不破さんならば破ることは容易であると思います。レオンさん、後で案内してあげてください』

「はっ、はい! ……それで、アルセラさん。僕……リルの事、……もう、リルの記憶は取り戻せないんだろうけど……。でも、えっと、その、……リル、僕が連れて帰って、いいかな……? なんとか、してあげたいんだ、少しでも。もう一度目を開けて欲しい。記憶はなくても……」

『ええ、もちろん。ただ、あんまり待たせてあげないでくださいね』

「う、うんっ!」

「……お前、連れて帰るって、どこに行くつもりだよ」


 話を聴いていた宗助が疑問を投げかける。するとレオンは何を言っているんだという表情で宗助を見返した。


「え、あなた達の基地に決まってるでしょ。僕は君の命の恩人だよ?」

「お前、そういう感じの性格だったのか……。まぁ、わかりました。リルの記憶は必ず持ち帰ります。それで、もう一つは?」

『はい。……どうか、この非常電源供給装置を……切って欲しいのです』

「は、……えぇっ?!」


 アルセラのお願いに、宗助達は仰天した。


「そんな、それをしたら、アルセラさんもレナちゃんも……!」


 そう、それの意味するところは、生命維持装置の停止。すなわち待っているのはアルセラとレナの死だ。


『嫌な役目をお願いしているのは百も承知です。でも、私達がここから回復する術はもうありません。結果は同じなんです。このままここで薬液に漂いながら、あとどれくらい持つのかわからない非常電源の終わりをただ待つのみ。ですから、お願いします。今、ここで静かに眠らせてください。他ならぬあなた方の手で。コウスケもレナも、それを望んでいる』

「そ、そんなの……」

『生方さん。私達はもう、幽霊のようなものなのです。繰り返しますが、蘇る術はありません。成仏させるとでも、思ってくだされば――』

「思えませんよっ」


 宗助は強い口調で言い返す。すると隣で不破が諭す口調でこう言った。


「……なぁ、宗助。俺だってそんな事したくねぇけどよ。でも、このままここに放って帰って、いつ来るかわからん死を待てってのも、……残酷だとも思うぜ。宍戸さんは、どうですか?」

「同感だ」

「……そんな事、わかってます。だけど……」

『生方さん。お願いです、どうか……このまま静かに、眠らせて下さい……』


 まるで縋りつくようなアルセラの声に、宗助は目をぎゅっと閉じて唇を噛み、掌を強く握って無言のまま立ち尽くしていた。


「…………う、うぅ……」


 いくつもの葛藤があった。

 だが、決心をつけた。

 人の命を、自分の手で終わらせる事への決心が。


「……わかりました。俺が、……電源を、切ります」

『ありがとうございます。では、右にあるパイプに据え付けられたボックスのカバーを開けて、安全ピンを抜いて、そのレバーを上げてください。そうすれば、電源は切れる筈です』

「……はい。これですね」


 言われた通りの手順をしっかりと守り、宗助はレバーを握る。すると、横から不破と宍戸も同時にレバーを握った。


「罪悪感があるっつーならよ、……三等分すりゃあちょっとは楽だろ?」


 そう言う不破の隣では、宍戸が無言のままレバーを握っている。


「不破さん、宍戸さん……」


 後ろでは、レオンがリルを背中に負ぶってその様子を見守っている。


『では、お願いします』


 言われて、誰からともなく、レバーをゆっくりと持ち上げた。室内の電気は一斉に全て消えて、一瞬で暗闇が訪れる。


「アルセラさん。あなたは本当に、すごい女性です……。十年以上の間、ずっとここで叫び続けて、声を送り続けていたんですね。よく、挫けずにここまで……」


『……スワロウの皆さん。私達家族が、本当に、本当にご迷惑をおかけしました』


どうか、ずっとお元気で。……ありがとう、さよう、なら……。また、……』


 暗闇で両隣の不破と宍戸の顔すらも見えない中、アルセラの謝罪と感謝の言葉が頭の中に響き渡った。その声も徐々に薄れて、途切れ途切れ、微かな音しか聴こえなくなる。

 それでも最後に、宗助に届いた言葉があった。


――また、廻りまわってあなた達に巡り会えたら、その時は……。



          *



 一行の身体はボロボロの状態だが、最後の気力を振り絞ってブルームのアジトを探索する。

 宗助達はアルセラの一つ目のお願いであるリルの記憶(三~四歳まで)を記録した記憶媒体を手に入れ、浜辺に出た。すっかりと夜の闇を迎え、視界はゼロに等しい。

 いくつかの照明手榴弾を浜辺に炊き、迎えのヘリコプターをそこに誘導して……。入れ替わりでやってきた保安部隊がブルームだった機体を回収しているのを横目で見ながら宗助達はヘリコプターへと乗り込んでいった。


「離陸します!」


 上空へと昇るヘリコプターの中から振り返る。見下ろしたブルームのアジトだったものはあまりに暗く静かで、宗助の目から再び涙がこぼれた。

 任務は達成した。しかし、失ったものがあった。

 そんな宗助の肩を不破が背後からぽんと叩き、振り向いた宗助に一度だけ力強く頷いてみせた。ヘリはそのまま無事全員を日本へと送り届けて、そして――。


 アーセナル、ヘリポート。

 日本はもう深夜に差し掛かろうかと言う時刻だったが、アーセナルの熱気は冷めやらぬようで、上空から徐々に降下してくるヘリコプターを今か今かと待ち構えていた。ヘリがゆっくりと着地し、扉が横へとスライドして開かれると、隊員達の熱い歓声が最高潮に達した。

 雪村や篠崎を始め様々なお偉い方も勢揃いで、最敬礼のポーズを取ったまま戦士達が中から出てくるのを待つ。

 千咲や、エミィ、ロディ。白神も車椅子に腰掛けたままだがその場に居合わせている。

 最初に宍戸が出て、不破も続き、宗助、そしてリルを背負ったレオンが出てきた。レオンはこんなにも沢山の、ましてや数時間前まで敵とされていた人間達に囲まれて萎縮しているようで、ささっと宗助の背中に隠れた。


「隠れなくても大丈夫だって。事情はちゃんと説明してるって言っただろ」

「か、隠れてるワケじゃないっ! ワーワーうるさいんだよ、声が!」

「はいはい」


 宍戸、不破、宗助は整列している雪村達に向かって敬礼のポーズをとり、それを見て雪村は少し微笑んだ。


「司令。任務完了です。お出迎えいただき感謝いたします。宍戸、生方、不破の三名……ただいま帰還いたしました」

「……あぁ。本当に良くやってくれた。地球上の全人類は、お前たちにおめおめ足を向けて眠れんだろう。さぁ、もう楽にしてくれ。三人ともあちこち負傷しているじゃないか、急いで傷の手当てと休養を。おいお前達、手助けをしてやれ」

「いえ、必要ありません。お気遣いはありがたいのですが、自力で歩けます。おい、行くぞ」

「はいっ」

「それでは、失礼します」


 宍戸が先導して不破と宗助とレオンは堂々とした振る舞いで、皆に見送られながらその場所から立ち去った。それを見ていた桜庭は「素敵……」と呟き、うっとりとした様子で見送りながらも、少し感じた事があった。


「リルちゃん……、大丈夫なのかな。ぐったりしてるけど……眠いのかな?」


 ただ、今はその疑問よりも全員無事で帰還した上で勝利を得たこと大きな喜びを感じずにいられなかった。


「ささ、海嶋くん、雅さん、次は宴会の準備ですかね」

「気が早いよ、全く。事後処理しないとまだ保安部隊もあっちこっちで動いてるんだから」


 秋月は浮かれた桜庭を窘めたが、彼女もまた、自然と笑顔がこぼれてしまっていた。


 その一時間程後には全世界に速報が流された。

 首謀者であるブルーム・クロムシルバーは選抜部隊により殺害されたと報じられ、殺人ロボットによる被害がこれ以上広がる事は無いという声明が発表された。それにより世界中はひとまず安どに包まれ、少しずつ、人の心も社会も落ち着きを取り戻していった。

 が、一部の人間達には無関係で、その人間達は殺し合う事をやめなかった。それどころか、残された機械を兵器として再利用するために回収し研究し始める者まで出始め、後日これを禁じる法律が世界的に迅速に施行され、公的機関が回収作業を行い、発見し次第順次破壊していく作業が始まった。

 もっとも、その心配は杞憂であり、マシンヘッドを再稼働させることが出来る者など一人も出てこなかったのだが……。人間は賢いが故に愚かな物で、見た事も無いその技術を目の前にして、――ほんの数日前まで自分達がそれらに命を脅かされていたにも関わらず、大国はこぞってやれ危険作業ロボットの高度化だ、やれ危険地域の探索への利用だなどとそれらしい事を大きな声で謳いながら、マシンヘッドの研究に精を出す事になるのだった。繰り返すが、再稼働に成功した者も、国家もいない。


 復興に向けて人々の住居生活のケア・心のケアが行われている。沢山の人がマシンヘッド達にかけがえのない物を奪われ、壊されて……機械類を見ただけで恐怖心が心に生まれてしばらく消えてくれないという人さえいた。

 それでも、少しずつ少しずつ……地道に街も人も健康を取り戻しながらまた前へと進み始めた。

 今回討伐に向かったスワロウの三人の中で、不破は一番の重傷、というか傷が多く、身体に突き刺さった幾つもの瓦礫のかけらを取り去る治療の作業は相当に辛いものだったようで、治療室からは不破の叫び声が何度も漏れてきたのだった。

いつもと比べれば軽傷だったのは宗助で、それでも肋骨が二本骨折しており、腹筋も損傷、無数の打撲、炎症。さらに両手は傷だらけ。しばらくは安静にしておかなければならないということで、四日間ほどの入院を命じられた。皆が祝勝ムードで浮かれる中、しぶしぶと医者の言う事を受け入れるのだった。


 彼が入院してから、岬がすぐに彼の病室を訪れた。

 宗助も岬も、お互いの顔を見て安堵に包まれ表情が少しほぐれた。


「お帰りなさい」

「あぁ、ただいま」

「今回もちゃんと信じてたよ。絶対勝って帰ってきてくれるって」

「約束したからな」

「うん。……その手、ぐるぐる巻きだね」


 包帯だらけの宗助の手を見て岬が言う。


「あぁ、これ、ちょっと自分のドライブが制御しきれなくて。しばらくは箸も持てそうにないな」

「そうなんだ……あ、じゃ、じゃあ、さ、あの、えと」

「?」

「私が……」


 食べさせてあげるね。と岬は言いたかったのだが、照れくさすぎて言えず、結局……


「私が、また、そう、包帯替えるとき、私がやるねっ、うん」

「……? お、おう。またお願いするかも」

「焦って治す必要、無いもんね。マシンヘッドはもう動かないんだから」

「そうだな……とりあえず当面の間は……ゆっくり出来そうだ」


 そして、少し沈黙が続く。話したいことは沢山有るような気がしていたけど、言葉にしようとすると上手く組み上がらなくて……ただ、それは気まずい沈黙ではなかった。岬がなんとなくベッドの横にある椅子に腰掛けた時に、宗助が彼女に対してあまりにも自然にこう言った。


「やっぱり、好きだ」

「え……」

「今度はちゃんと言えた。帰ってきて、顔を見て、話したら、やっぱり好きだなって思った」

「……うふふっ……」

「何の笑いだよ、まじめなのに。タイミングおかしかった?」

「んーん。私も全く同じ事考えてたから、嬉しくって。ふふっ」

「そっか……それなら良かった」

「うん。私も好きだよ」


 薄暗い病室の中、二人の影が少しだけ重なった。




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