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machine head  作者: 伊勢 周
25章 最後の一撃を
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拳と拳



「不破、起きろ」


 その頃、アルセラとレナの眠る部屋では、宍戸が意識を取り戻していた。

 宗助とブルームの姿が無いことと、部屋に空いた大穴や床につけられた激しすぎる足跡を見て、宗助とブルームが戦っているとすぐに理解し、気絶している不破を起こす。


「んあ……、宍戸さん? 痛ってて……なんだ、この状況……」

「なに寝ぼけてやがる。俺達はブルームにやられたんだ。だがまだ生きてるって事は、生方が奴を引きつけて闘っているという事だろう。すぐ追いかけるぞ」

「そ、そうか! はいっ」


 不破も宍戸も肉体へのダメージが大きく疲労も強かったが、部下一人に全てを投げ出してしまっているこの状況の方を恥じた。動くたび負傷部位がズキズキ痛むが、気にしていられない。


「クソッ、宗助、無事でいろよ……!」


 残っている力と気力を振り絞り、足跡を追跡する。



          *



(……大、丈夫……傷は、それほど、深くは、ない……!)


 負けじと何とか堪えて立ち上がろうとするが、その前にブルームが宗助の腹部を蹴る。

 砂浜をまた転がり、今度は海とは別の方向で、砂まみれのままその場に倒れる。ブルームも無理矢理パワーアップさせた反動が如実に表れており、そのパワーは先程までと比べると急激に落ちていて、蹴られた事により、宗助はその事実を感じていた。が、宗助が腹部に受けたダメージは軽いものではなかった。


「あぁ、アルセラ、君を、僕は、レナ、リル……次の休みは、どこへ、行こうか、ふ、……どこへ、でも……埋め、合わせを……」


 ブルームはうわごとを呟きながら倒れる宗助が居る方向に目を向けていた。宗助を見ているのか、それともただ単にその方向を見ているのか、判別できないような狂った目つきと表情。

 宗助は少しでも距離を取ろうと手足で地面の砂を掻いてずりずりと後退するが、そんな程度で取れる距離に大した意味を成さない。

 ブルームは指を一点に集めて槍のような形を作って見せた。


「……これなら、空気で、……アルセラ……ふふ……リル、レナ……ふふふ……衝撃を緩和しようが、……関係なく貫ける」


 そしてブルームは宗助に向かって駆け始める。


「私の、勝利だッ!」


 宗助はなんとか迎撃しようと自身の掌の中に空気を圧縮させるが、ブルームの攻撃を退けられるほどの威力を生み出すには時間が全く足りない。


「負けて、死んでたまるか――」


 仲間たちの顔が、いくつもいくつも宗助の脳裏を過る。



――絶対に、帰ってきてね。



 確かにその声が、聴こえた。


「……俺達の帰りを、待って、いる……!!」


 半ばやけくそで、不完全な空気弾でブルームを迎え撃とうとした。その時、宗助の視界を大きな何かが遮った。



・・・




「な、なんで……、何を……何してるんだ……!?」


 宗助は、目の前で起きているその現実を全く信じることが出来なかった。大量の血液が飛び散りぼたぼたと落ちて、砂地に赤黒い塊を作り出す。


「ミラルヴァ……お前は……! 一体……何をしてるんだよ!」


 宗助がそう叫ぶのも無理はない。彼の目の前でミラルヴァが身を盾にして、ブルームの攻撃から守っていたのだから。ブルームの右腕によりミラルヴァの腹部は完全に貫かれていて、口から激しく吐血しながらもその場に力強く立ち、未だ宗助の盾になり続けている。


「……貴様、何のつもりだ。……今更寝返ったのか、気でも違ったか……」


 ブルームが表情ひとつ変えず彼に問うと、ミラルヴァは自身の腹を貫くブルームの腕を両手で掴んでこう言った。


「勘違い、するな……」

「……勘違い?」

「自分は、寝返って、お前の邪魔を、……したわけでは無い。生方宗助を、守ったわけでもない。……ただっ、コウスケ・レッドウェイに対して行った、愚かな過ちの……償いをしようと思った、だけ、だ……」

「何を寝惚けた事を言っているッ、全てはアルセラとレナを蘇らせる為だッ! 忘れたか、現に奴の魂はアルセラと非情に相性が良かった! 私達の目的に大きく近づいた!」

「……今更、自分の意志をわかってもらおうとは、思わんさ……。ずっと、ボカして、逃げていたのだから。だが、ブルーム……。自分達はもう、既に負けているのだ……どう足掻こうと……。お前は、気づけないだろうがな……」

「……っ、邪魔だ、どけッ」


 ブルームは左腕でミラルヴァの顔面を殴ると、右腕をミラルヴァの腹部から思い切り引き抜いた。


「うぐっ……」


 それにより貫通部から血が吹き出し、ミラルヴァは更に激しく吐血した。ブルームは構わず右足でミラルヴァのわき腹を蹴り払い、横へ吹き飛ばした。


「負けてなどいるものか、俺は、俺は……――っ!」


 そして生方宗助にトドメを刺すために再度右腕を振り上げた時だった。ミラルヴァの影に隠れていた宗助は彼に守られている間に体勢を充分に整えて、そしてその両掌の中に小さな、しかし狂暴な嵐を生み出しており、ブルームを待ち構えていた。


「なっ、……しまっ……!」


 ブルームが後悔のセリフすら言い終わらないまま、宗助はその凝縮された嵐をブルームの鳩尾……今まで奪われてきた魂が内蔵された場所にゼロ距離で叩き込んだ。


「おおおおおおおおおらあああああああああああああッ!!」


 宗助は総ての想いを込めて絶叫する。


「ぶっ壊れろおおおッッッ!」


 宗助が全身全霊を込めて生み出した嵐はブルームの懐で暴れ狂い、切り裂き、激しく叩く。砂を巻き込み、周囲の空気を弾き飛ばし、その弾かれた空気を埋めるために大量の空気が流れ込む。そして制御しきれず宗助自身の手にさえも数多くの切り傷を残して、……嵐は消え去った。空高く舞った砂粒がパラパラと降り注ぐ中――。


「ハッ……! ……ハッ……! ハァ……!!」


 宗助は息を切らしながら、しかし両手を前にかざしたままブルームを睨む。渾身の空気弾の直撃を受けたブルームはその衝撃とダメージによりだらりと脱力しており、顔も俯いて、何故立っていられるのかが不思議なほどの様相だ。だが、その虚ろな瞳の奥は未だに敗北を認めず、宗助を捉えていた。あと一撃。ほんの後一撃が必要だ。


「もう、一発……!!」


 宗助が死力を振り絞り右の拳を握って振りかぶり、大きく砂地を一歩強く踏み込んで、再度ブルームの鳩尾へと拳を叩き込んだ。その場にふたたび爆風が荒れ狂い、


『バキン』


 と、ガラスが割れる音が鳴る。ブルームがその場でガクリと両の膝を地面についた。


「く……、そ……」


 そして背後へとふらりと傾き、ゆっくりとその身体は仰け反っていく。と同時に、ブルームの鳩尾……宗助が今しがた殴り、破壊した部分から突如として、白煙が勢い良く吹き出して宗助の顔にふりかかる。


「なっ、なんだこれ……!?」


 驚くのも束の間、それをほんの一息吸った瞬間に宗助の意識がふわりと遠のく。


(あ、れ……? 目の前が、しろ、く……)


 平衡感覚は無くなり、視界も失われる。そしてあえなく意識は途切れ、宗助も同様に、ゆっくりと仰向けに倒れた。



          *



・・・



 ふと気が付くと、宗助はだだっぴろい草原の上で眠っていた。雲一つない快晴の下、殺風景な青々とした草原に、優しい風がふわふわと不規則に舞っていて、彼の髪を揺らし、頬を撫でる。


(……あれ? なんでこんな所に……どこだ、ここ……。俺はブルームと闘っていて、それで……。あれ?)


 身体もどこも痛くないし疲労も感じない。宗助は起き上がり辺りをもう一度見回すと、ちらほらと人間の姿が確認できて、そしてその全員が同じ方向に歩いているのがわかった。

 ビジネスマン風のきっちりとした紺のスーツを着た男性や、親子で談笑しながら歩く家族、制服を着崩し少し派手な格好をした女子高校生、見知った戦闘服を着た男達。とにかく様々な人が目についた。状況が未だに理解できない宗助はその全員が進んでいる方向へと目を向けてみるが、道の先は何も目立った物はなく、青い空と緑の芝生と、小さなけもの道がずっと続いているのみ。


「なんだ、ここ……」


 呟いて途方に暮れていると背後からとんとんと肩を叩かれた。振り返るとそこには前隊長・稲葉鉄兵が微笑んで立っていた。


「た、隊長っ……! え? あれ、そうか! やった、生きていたんですね!」


 宗助が笑顔で尋ねると、稲葉はただ優しく微笑むだけでそれには特に答えなかった。そんな様子に宗助は何か違和感を覚え、笑顔はなりを潜める。


「あの、隊長……?」

「なぁ宗助、ここが何処だかわかるか?」

「……? いえ、それがわからなくて。どこなんですか、ここ」

「俺にもわからん。だから訊いたんだ」

「……。ん? えっと……」


 そういえば稲葉隊長は、時折こういった会話が成り立たないような事をぽろっと言う人だったな、と思い出して、それが少し懐かしくすら感じていた。


「……わからんが、皆あっちに向かって歩いている。きっとここは、そうしなければならない場所なんだろうな」


 稲葉はそう言って、進行方向の先に顔を向けて目を細めた。つられてそちらを見るがやはり先程見た通り何も見えない。すると、稲葉が視線を再び、宗助の顔へと戻す。


「なぁ、宗助」

「はい」

「お前の闘いぶり、しかと、特等席で見せてもらったよ。実に――実に勇敢で力強く、頼もしく……凄まじい気迫の篭った勇姿だった。お前に出会えた事、そしてお前の上官だった事は、……俺の人生の一番の誇りの内の一つになったよ。こいつに会えて良かったと、ただ、ただ……心の底からそう思った」

「そんな大袈裟な、もったいない言葉です」

「大袈裟でもなんでもない、お前は世界中の命の危機を未然に防いだんだ。皆の命の恩人だ。それを自覚しろよ。胸を張っていい」

「……。隊長。でも、救ったのは、リルや……スワロウの皆の力です。俺だけがそう言われても、納得は……出来ません」

「ふっ……、やはり根から真面目な奴だな。だが、いずれもお前が居なきゃ出来なかった事だ。あの日俺達がお前に出会わなければ、スワロウはここに辿り着くことは出来なかった。……それに宗助よ、俺はもう隊長じゃない。隊長は宍戸だ。……あいつは無愛想で不器用な奴だから無用な衝突を起こしたりするかもしれないが、足りない部分はお前達でしっかり補って、……どうか、これからも支えてやってくれよ」


 まるで別れの挨拶のような稲葉のその言い方に宗助は戸惑う。じっと稲葉の目を見つめてみても、その瞳はあまりに懐が深すぎて何も跳ね返ってこない。


「……ちょっと、待ってください、隊長。何を……言っているんですか。隊長はこうして俺の目の前に――「そして、『前』隊長からお前に最後の言葉を贈る」


 稲葉は宗助の言葉を遮って、そして右の拳を宗助の前に突き出した。少し懐かしく、とても力強く、あまりに大きな拳。


「よくやったな、宗助。……ありがとう」

「――……っ」


 宗助の目には、突然涙が溢れてきた。彼自身何故、一体どういった感情のせいで涙が溢れるのかが理解できない。ただ、ただ……目の前の人の言葉と信頼に応えよう、応えなければと、その一心で。自身も右拳を爪が掌に食い込むくらいに握り、ゆっくりと持ち上げて、そして突き出されたままの稲葉の拳へと伸ばす。


 ゴツ、と音が鳴った。


 拳と拳、骨と骨がぶつかり合った瞬間――。

 宗助の平衡感覚はぐにゃりと歪んで反転し、自分は仰向けに倒れているのだと自覚した。


・・・


 波の音、夜の海辺。

 少しぬるい風に頬を撫でられ、宗助は、全身に満潮のごとく押し寄せ始めた痛みや疲労感を感じながら、今遭遇した出来事が何だったのか、朧気ながら理解した。


 目覚める前から既に無意識で、右の拳があまりに美しい星空に向かってまっすぐ突き伸ばされていて、……傷だらけの拳の先に、微かな『白煙』が空気に溶けながら昇っていくのが見えた。


 宗助の目じりから涙がこぼれる。


「……さようなら……稲葉隊長……」


 何の意識もなく、自然とその言葉だけが宗助の心から溢れ出て、白煙を追いかけるように夜空の高くへとまっすぐ響き、消えて行った。



          *



 宍戸と不破は倒れている宗助に歩み寄り、手を引いて起こす。すぐ側で仰向けに倒れているブルームを三人で見下ろすと、今度こそ完全にダウンしたらしく、動こうともしない。魂のエネルギーを充填していた鳩尾の部分はズタボロに破壊されていた。中身はもう空だ。しかしブルーム自身は辛うじてまだ機能停止していないようで、ぼんやりとした表情で虚空を見上げている。


『生方さん……、お願い、します……』


 アルセラに言われ、宗助はドッグタグに付けていた自身のネックレスを懐から取り出して、ブルームの手に握らせる。


「……本当ならお前なんかに触らせたくもないが、今回は特別だ」


 宗助がそう言うと、一歩下がる。すると、ブルームの瞳に僅かに光が宿り始める。


「あ……アルセラ……? そこに、居るのか……? 幻じゃなく……、あぁ……」


 そう呟いて、信じられないという表情を見せた。それは宗助達が初めて見る、ブルームの人間らしい表情だった。

 それから、どんな言葉が夫婦の間でやりとりされたのかは定かではないが……彼は、家族を守れなかった無力さに打ちひしがれ、そして失くした幸せを取り戻そうと選んだ手段はあまりにも愚かだったと、ようやく気付けたのかもしれない。


「……どうやら話は済んだようだな」


 宍戸がそう言った瞬間だった。


「……がっ、ガハッ……ゴホッ……」


 突然ブルームは口からピンク色の液体を大量に吐きだして、咳き込み、数十秒それが続いた後に、はたと動かなくなった。僅かに動いているのは眼球だけで、何かを見ているのか見ていないのか、定かではないが、その瞳だけが小さく揺れている。


「宍戸さん、ブルームは……」

「……あの魂を食って大幅にパワーアップする機能は……機械の身体への負担が大きすぎたのだろう。機械ならば何にでも耐えられると思ったら大間違いだ。内外ともにダメージが大きすぎる。そして俺達には、こいつを修理する技術も知識も無い」

「……じゃあ」

「逃げられたようで悔しいが、コイツはここまでのようだ」


 そして宍戸・不破・宗助の三人とアルセラに見下ろされながら、ブルームは何も語らず、ゆっくりと瞼を閉じて……それ以上、一ミリとて動くことは無かった。



……ブルーム・クロムシルバー。


 子を失い、妻を失った。帰る場所も奪われ、ただただ飢えて、彷徨い――

 誰も信じることができなくなった。

 だから、ただただ、己の幸福だけを信じて生きた。

だけど、どれだけもがいても前には進めず、戻ることも叶わず。

 醒めることの出来ない悪夢に閉じ込められているような……悲しい男であった。




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