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machine head  作者: 伊勢 周
25章 最後の一撃を
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激突 2


 全力でミラルヴァの横を駆け抜けた後宗助がちらりと背後を見ると、既に通路は不破によって作られた新しい壁で閉ざされており、もう不破とミラルヴァの戦況を窺う事は出来ない。


「振り返るな、次の事を考えろ。今の銃撃音は、間違いなくブルームに聞こえている筈」


 背後を窺う宗助に宍戸はそう言って、走りながらシリンダーに弾丸を詰め直している。


「奴がどう仕掛けてくるかわからんが、その角を曲がった先に居るのは間違いないんだろう」

「はいっ」


 二人は前を向き全速力で通路を駆け抜け、そして曲線を描く通路を抜けて角を曲がり、そして立ち止まる。


「……ブルーム……!」


 二人は通路の先に立つその男の姿を目視し、それぞれの心には様々な感情が去来する。怒り、悲しみ、憎しみ、恐怖。立ちはだかるその男は、今持ちうるすべて―その命や肉体さえ投げ出し、対価として命を奪い、そして取り戻そうとしている、狂気にまみれた人間だ。そういった人間の醸し出す底知れぬ闇は彼らの足を止めるのに充分な迫力を纏っていた。


「……。随分と早い。まるでこの建物の内部を知り尽くしているような迷いの無さだ」

「当たり前だ。アルセラさんが俺達に協力してくれている。お前達を力づくでも止めてくれとお願いされたからな」

「……随分と癇に障るセリフを思いつく奴だ。冗談だとしても、なかなか頭に来る」

「冗談なんかじゃない。最初にお前にここに連れてこられた時、俺の傷を治してくれたのはアルセラさんだ。その時に全て聴いた。リルやジィーナさん、ミラルヴァとお前達に向こうの世界で何があったのかも……!」

「……黙れ」

「もうこれ以上人を殺すのをやめろ。アルセラさんは、こんな事を望んじゃ―」

「黙れと言っているッ!」


 何処までも冷静な態度を崩さなかったブルームが、表情を歪め感情をむき出しにして叫んだ。


「これ以上、軽々しくアルセラの名前を騙るな!」


 そして宗助と宍戸をめがけ、一目散に突進する。


「ブルーム、聴けッ!」

「無駄だ。その程度の軽い説得が通じるならば、こんな事にはなっていない。さっさと構えろ」

「くそっ」


 宍戸と宗助は、すぐに戦闘態勢へ。


「お前達もすぐに、アルセラの命の欠片にしてやるッ」

「……しかし、良い挑発にはなった。多少はやりやすくなったかもな」


 隣で宍戸がぼそりと呟いて、宗助の肩に軽く触れた。

 宗助はすぐに空気の刃を疾走させるが、狙いがズレてクリーンヒットせず、ブルームの右肩と左わき腹部分にそれぞれ掠り服の布だけが微かに千切れとんだ。

 宍戸は特に何も攻撃を仕掛けず、ボクサーのように両腕を軽く胸の前に持ち上げて身構えている。ブルームは二人の目前に迫り、そして大きく一歩、宍戸の方へと踏み出した。ブルームの猛禽類の様な鋭い目は「まずはお前からだ」と語っている。


「少し下がっていろ」


 宍戸に言われ、宗助は数歩後ろへと下がる。

 ブルームは小さなモーションで、宍戸の喉もとめがけてジャブを放つ。宍戸は攻撃のリーチを既にほぼ見切っているようで、左右に身体をずらしてそれらをギリギリの間合いでかわし、そして反撃の為に指先でブルームに触れようとする。だが当然ブルームは宍戸に触れられればその時点で不味い事は重々承知しており、防御の為に最速最少の攻撃を何度も何度も正確に繰り出して宍戸の反撃を散発に押しとどめ全てをかわす。


 攻撃の読み合いに次ぐ読み合いで、それ程広くない通路で繰り広げられるその宍戸とブルームの肉弾戦は常人には目で追える範囲を超えていた。

 後方からその攻防を見ていた宗助は、じっと、空気の弾丸でブルームに攻撃を与えるタイミングを見計らい呼吸を合わせようとしているのだが、それはあまりにシビアであった。そして宗助の頭のなかには、不特定の位置から放たれたスナイパーライフルの弾丸をいとも容易く掴み取る奴に果たして攻撃を当てられるのか、宍戸の邪魔をしてしまうのでは、という後ろ向きな考えが強く渦巻き、ますます躊躇させて判断と思い切りの良さを鈍らせる。

 だが、このまま横を素通り出来る隙など余計に見当たらない。


(タイミングを……待つしかない……!)


 宗助の額に汗がにじむ。宍戸は人間で、ブルームの身体は機械。ブルームの正確で無尽蔵な攻撃に宍戸が押される割合が段々と多くなってきていた。彼等の遥か後方からも、ミラルヴァと不破の戦闘によるものか、凄まじい轟音と振動が何度も何度も伝わってくる。


(不破さん……、宍戸さん……!)


 宗助が自分の躊躇いにもどかしさを感じていると、ブルームの左拳が宍戸の防御をすり抜けて彼の胸部を捉える。


「ぐっ……」


 軽打のため大きなダメージは無かったが、宍戸の体勢を僅かながらに乱し、そうして生まれた隙を突いて続けざまに右拳突きが顔面へ襲い掛かる。首を思い切り横に曲げて紙一重で避け、そんな圧倒的不利な態勢の中でも宍戸が反撃の為なんとかブルームに触れようと手を伸ばす。

 するとブルームは瞬時に攻守を切り替え、深追いせずに後方へ跳び間合いを作る。

―と、同時に。


「う、うおおっ!?」


 凄まじい推進力が前触れもなく宗助を襲い、ほんの僅かに足が宙を浮いているブルームの横を、飛び抜けていった。


「何のつもりだ」


 宍戸とブルームの二人だけになったその通路で、一旦闘いは中断となる。

ブルームは宍戸達が自分を倒しに来たものだと思い込んでいるため、わざわざ一騎打ちの場面を用意した宍戸のその行動に何の意味があるのか思考を巡らせる。「アルセラが自分達に情報を提供している」なんていうのはたちの悪い挑発・戯言くらいにしか思っていない為、既にマシンヘッドを操るコンピューターの位置を宗助が正確に把握しており、そして宗助とレオンが既にある程度意思疎通をしているなど、ブルームには知る由もなかった。


「邪魔だった、とでも言っておく」

「自分一人で稲葉の仇を討ちたいとでも?」

「欠片も無いとは到底言えないが……、俺は今、稲葉が遺していったものを守るために、速やかに任務を遂行する。その為に、あいつにはあいつでやるべきことを遂行してもらう」

「何を企んでいるか知らんが、ならば早急にお前を潰し、生方宗助を再び捕らえるまで」



          *



「うおおぉっ、……! これは、まさか、宍戸さんっ」


 宍戸はブルームとの攻防を繰り広げている間、ずっと宗助を何とかしてブルームという壁を乗り越えさせるタイミングを見計らっていたのだ。そして、ブルームが大きく後方へと跳んで避ける動作を行った、両足が地から離れ隙が生じたあの瞬間を見計らって。


(さっき言われたばっかりだ。今は振り返らない……。俺は、俺に与えられた任務を遂行する!)


 宍戸のコントロールが解除され空中飛行から乱暴に床へと下される。床の上で身体をぐるりと回転し、その慣性で立ち上がってすぐさま体勢を整え、何事もなかったかのように通路の奥へと全速力で走り始める。アルセラからの案内の声が耳の中に届く。


『生方さん、その角を曲がってまっすぐです。急ぎましょう』

「はいっ」


 案内通りに角を曲がると、通路の先の暗闇の向こうにうっすらと行き止まりが見えた。


「えっ!? ちょ、行き止まりですけど」

『もう少し先に進み、左の壁に触れて』


 宗助は立ち止まらずにアルセラの出す指示通りに行動する。すると壁が音も立てずに上方向へスライドして、一つの部屋が目の前に現れた。


「……ここが……」


 宗助は部屋の中に感じる気配に警戒しつつ、慎重に足を踏み入れる。奥には幾つものモニターが所狭しと設置されており……それらの前にあるデスクの前で、手錠をつけられた少年が椅子に座っていた。少年は侵入者である宗助をじっと見つめ返す。


「君が、レオン?」

「そうだよ、生方宗助。……はじめまして」

「あ、あぁ。はじめまし―」

「……宗助っ!?」


 初めましてのご挨拶を切り裂く聞き慣れた声が部屋の奥から飛んできた。宗助がそちらに顔を向けると、リルが驚きの表情を浮かべソファに座っていた。どうやらソファに横になっていたようで膝元にはブランケットがかけられており、髪の毛も僅かに癖がついて少々乱れている。


「リル、一応無事みたいだな、良かった……」


 宗助が呟くと、その宗助の姿を見たリルはブランケットを膝からのけて、いそいそと歩み寄る。


「宗助も、無事で良かった……。お父さんと会った?」

「あぁ、今は宍戸さんがブルームと戦ってる。だけどその話は後だ」


 宗助はレオンへとまっすぐ視線を向ける。するとレオンは宗助から気まずそうに顔を反らし、こんな事を言い始めた。


「それで、あんたはこんな所に一人で来て、何の用なわけ? 早くブルーム達を止めてきてよ。その為に来たんでしょ」

「それはもちろんだ。だけどレオン、俺は君に頼みがあって一人でここに来た。何よりも優先しなければならない頼み事だ」

「……頼み?」

「今、世界中の人々を襲っているマシンヘッド……いや、シーカーを一つ残らず止めるんだ。今すぐに」


 宗助にそう言われると、レオンはびくりと肩を震わせた。


「ここで奴らの全てを管理しているんだろう。出来るはずだ。今すぐに止めてくれ」


 宗助はレオンの前で屈んで彼の両肩に手を置いて懇願する。


「……レオン、それって、本当なの? また、お父さんの機械がみんなを傷つけてるの?」


 隣でそれを聞いていたリルが、悲しげな表情でレオンに問いかける。レオンは彼女から目を逸らし、宗助からも目を逸らして……そして最終的に自分の足下を見るしかなかった。「レオン、答えて」とリルに糾されて、ようやくレオンはぽつりと真実を呟く。


「……本当だよ……。シーカーは今世界中にばら撒かれているし、それを管理しているのも僕だ。ブルームに指示された。やらなきゃ、どんな目に遭わされるかわからない」


 彼は、その事実だけはリルに知られたくなかったのだ。それを宗助によって彼女にばらされてしまい、その罪悪感でレオンの心は緩やかにしぼんでいった。そんな彼の両肩を掴む宗助の手に力が入る。


「……レオン、やってしまった事を、今ここでとやかくは言わない。君だって望んでやっている訳じゃないのはわかってる。大事なのは今からなんだ。後悔があるなら、それはここで終わりにしようっ。マシンヘッドも、ブルームの戦闘支援システムも、今すぐ全部止めるんだ、早くっ」

「レオン、私からもお願い。これ以上、悲しい事を起こさないで」


 宗助とリルはレオンに詰め寄るが、しかし、レオンは相変わらず下を向いたまま、「……それは、出来ない……」と蚊の鳴くような声で言った。



          *



 ミラルヴァと対峙している不破は、まともに殴り合ったところで勝ち目はそれほど多く無いと考えてなんとか一定の距離を保ちながら壁や周囲の物を絶え間なく変化させ、あの手この手でミラルヴァを攻撃しつつ何とか足を止めていた。

 増えるのはミラルヴァのかすり傷ばかりで、どうにも大きなダメージはお互い与えられない。周囲には、不破が創ってはミラルヴァが壊しという一連の攻防のおかげで、砕けたコンクリートやひしゃげた鉄くずがボロボロと散らばっていた。


(この筋肉のバケモンを力勝負で打ち負かそうとしても、無理だ……、なんとかして、動きを拘束する事が出来ればあるいはやりようが有るんだが)


 しかし、稲葉の手に触れられてもなおそれを超えて動く男を拘束できるものとなると、不破には想像がつかなかった。たった一つ、何とかなりそうかなぁと考える手段があって、それは


(体を丸ごと生き埋め、とかかな)


 残酷な方法だが、それくらいしなければ勝てそうにない奴が悪いとすら考えて、そして次にその方法を考える。


「どうした、万策尽きたか」

「いいや、アイデアならまだまだ山ほどあるぜ」

「そうか……ならば、こちらも本気で行くぞ!」


 ミラルヴァがそう言うと彼の全身から迸る凄みがさらに増して、肉体にさらにハリが生じていく。先程までよりもさらに速度が上がり、一瞬で距離を詰められる。不破は反射的に自身の前に防御壁を作るが、一瞬でミラルヴァに殴り壊される。守るどころか防御壁だったものの飛沫が不破に襲い掛かり、体中に幾つもあたり、鋭利な物は突き刺さる。


「うぐあっ!!」


 なんとか喉や目は守ったが、しかし太腿やわき腹や腕にダメージを負いよろめき、その破片と土埃の中から目の前にミラルヴァの拳が現れ、ぐんと伸びてきた。


「っ、くそ、うおおおッ」


 不破は何とか少しでもその射程外へと逃れようと後方に跳ぶが間に合わず、鳩尾の少し下にミラルヴァの突きが命中した。完璧に攻撃が当たったわけでは無いのにも関わらず、不破の身体には凄まじい衝撃が加わり痛みが体中を駆け巡る。身体は宙に浮き、まるでゴム鉄砲のように後方へ弾き飛ばされ、通路の端の壁に背中から激突した。


「がはッ」


 背中を強打し、ミラルヴァに殴られた部分と背中とが同時に激しく痛み、まるで喉に濡れたスポンジでも詰め込まれたかのように呼吸が妨げられる。ミラルヴァは好機と見たのか、間髪入れずに不破の方へと全速力で駆けてくる。


「こ……んの、……」


 口中に一気に鉄の味が広がるが、それでも行動不能からは僅かに状態は回復し、上半身を起き上がらせて床に触れると、ベルトコンベアの要領で通路の床全体を高速で奥へと遠ざけた。ミラルヴァもそのコンベアにただただ運ばれるだけで居る筈がなく、咄嗟に壁を殴り破壊しそれによりできた亀裂に指をかけてその場にとどまった。

 そして、不破はそれを待っていた。


「くら、えっ……!」


 ズドン、と今日一番の鈍く重たい音が響き渡った。天井全体を変化させて面全体を一気に降下させ、一瞬でミラルヴァを叩き潰したのだ。


「ハァッ……ハァッ……!」


 一帯を静寂が支配する。聞こえるのは自身の激しい呼吸の音のみ。不破の目の前には、天井を叩き落としたことによって出来た壁が通路を完全に塞いでいた。


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