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machine head  作者: 伊勢 周
25章 最後の一撃を
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総力戦

 目がくらむほどの閃光に千咲が目を細めて、そして考える暇もなくマシンヘッドの中心から爆発が巻き起こる。スピーカーが数秒機能しなくなるほどの爆音。


「千咲ちゃんッ!」


 桜庭の悲痛な叫びがオペレータールームに響き渡る。スクリーンに映し出されていた彼女の姿は赤とオレンジの炎獄に包み込まれて見えなくなってしまった。


「そんな……」


 桜庭が絶望に染まった表情で呟いた。そしてすぐに彼女の心には『その結果は自分のせいだ』という激しい後悔と悲しみが押し寄せてきた。


「私が、私がもっと早く退避しなさいって、ハッキリ伝えられていたら、こんなことには……!」


 桜庭は顔を手で覆い涙をこぼし始めた。モニターには、千咲がいた場所からもくもくと黒い煙が上がり続けている。いくら常人離れしているスワロウの隊員たちでも、肉体は生身だ。とても助かる威力の爆発ではなかった。


「桜庭、任務は終わっていない。顔を上げてしっかり状況を確認報告しろ」


 雪村からあまりに非情とも思える言葉が投げかけられて、桜庭は弱々しく「はい……」と答え顔から手をどけて、赤くなった目をモニターに向けた。


『へ……』


 と同時に、スピーカーからもイヤホンからも、少々間の抜けた声が聞こえて来た。その短い音でもすぐにそれが千咲のものだと把握できた。


「千咲ちゃんっ、生きてるのッ!? い、いま助けを」

『ちょっと、大声で叫ばないで、ただでさえ耳が痛いんだから』

「耳!? 耳を怪我したの!?」

『違う、なんでだろう、無傷というか、……? これって……!』


 徐々に煙が晴れて、千咲の姿が顕になる。

 千咲自身も困惑している様子が見て取れる。彼女の周りを、まるでガラスのような透明の防御壁が覆っているのだ。爆熱による影響かそれの表面外殻は溶けてでこぼこにゆがんでおり、周囲は水浸しになっている。


「水……?」


 そう。彼女を守っていたのは、小さな氷の壁だった。そして壁に守られている彼女の後ろに、スラリとしたスタイルで真っ白い肌に、白銀色の長い髪を伸ばした女性が立っていた。


『ごめんなさい、一文字さん。こんな風に出てくるつもりはなかったのだけど……』


 どこかで聞いたことのある声と見たことのあるシルエットに桜庭は少々逡巡して、そしてすぐに思い当たる。


「み、美雪さん!?」


 不破の幼なじみで、氷を生み出し操るドライブ能力を持つ中川美雪が涼しげな顔で立っていた。

 千咲は、完全にやられたと一瞬心で諦めていたのだが、美雪に助けて貰ったことを理解して、ほっとひとつ息を吐いた。振り返る。


「美雪さん、ありがとうございます!」

「いいえ、お礼を言うのはこちらの方。いつも見えない所で戦ってくれているんだもの」


 そう言う美雪に、千咲は少し意外そうに目を丸めた。千咲の知っている美雪はもっと口数が少なく、冷たい態度で応答する人間だったからだ。


「美雪さん、なんだか雰囲気が優しくなりましたね」

「そう? ……もしかしたら、不破くんのおかげかもね。お節介が伝染ったのかも」


 そう言って美雪が小さく笑うと、その笑顔の儚さと美しさに千咲は一瞬心奪われた。普段笑わない人間がくすりと笑うと珍しさやギャップもあって一層魅力的に見えるのだ。


「と、とにかく、ありがとうございました。でも、ここからは引き続き私が闘います。相手の手の内がわかってしまえば、やりようがあります。今みたいなことにならないようにね」

「いいえ、違う。私も闘うためにここに来たの。もともとそういう約束のもとでスワロウに助けてもらっていたのだから、恩は返させてもらうわ」

「え、そんな……司令ッ」

『積極的戦闘は許可しないが、防衛についてはこちらから協力を依頼している』

「マジ……?」

『マジだ』


 思わずこぼした独り言にもいつもの真剣な声で返される。美雪を見れば、髪の毛をゴムで一つに束ねると、耳にイヤホンとそこから伸びるインカムが装備されているのが顕になった。フェミニンな服装が多かった彼女が短パンにスワロウ特製のストッキングと長袖のシャツという見たことがない身軽な格好だし、それもいつもより少し身体もゴツく見えるのは内側にアーマーをまとっているのだろう。


「という訳で、ここは一緒に乗り切りましょう。大丈夫。足引っ張らない程度には自信もあるから」

「……わかりました。でも、自分の安全を第一に考えて闘ってくださいね」

「ええ。無理はしないわ。たぶんね」


 煙は完全に晴れ、氷の防御癖も解除され周囲が焼き払われた以外はニュートラルな状態に戻る。


『千咲ちゃん、さっき慌てて言った奴らの性能の件なんだけど、あのフラウアの量産型、全て二体一対で動いていて、片方を破壊すればもう片方が自爆する、そういう風にできてるみたい』

「特攻部隊みたいな感じなのね。今のは不意打ちでやばかったけど、プラスに考えたら一体攻撃すればもう一体も勝手に壊れてくれるなら楽なもんだ」

『一体が破壊されそうになったら、何が何でもその攻撃者に近寄ろうとするみたいだから、できるだけ二体の距離を離して闘って』

「うん、わかった。情報ありがと」

『気をつけて。また六つ、前線を抜けた反応がそっちに向かってる。もしかしたら、自分達を壊した場所だとか対象に向かうようインプットされてるのかも。二体一対で、さらに量産型達全体で一つの個体として成り立っているのかも……』

「こっちに来るってんなら望むところ。また何かわかったら教えて、桜庭さん」

『りょ、了解っ!』


 そこでもう一度遠くの空を見上げると、何もない空中で爆発が起きているのが見えた。


「はっきりとは見えないけど、対策は出来てきたみたい」


 墜落する戦闘機が見当たらないのを確認して、千咲はそんな風に呟いた。


『でも、あの量産型機はとにかく大量に用意されてるみたい。撃墜を逃れた奴らが次々と着陸してるし、地上部隊も手こずってる。普通のマシンヘッドもその影響で降りてきてるし……正確な数は把握できていないけれど、体力勝負の面もあると思う』

「うん。最初からそう思ってた。宍戸さんたちが奴らを止めるまで、私もいっしょに闘い続ける」

『足の状態は大丈夫?』

「だいじょぶだいじょぶ。へーき」


 千咲が軽い感じで応えたが、隣に居た美雪がそれに反応した。


「足、怪我してるの?」

「へ? ……え、あ、まぁ、軽く」

「なら、尚更私が頑張るから」

「い、いやいや、ホント大丈夫なんで」

「怪我をしていて大丈夫なはずないでしょう」


 そんな押したり押されたりのやり取りをしているうちに、先ほどの六つの反応が彼女たちのすぐ近くまで迫ってきていた。


『二人とも、正面道路からのマシンヘッド反応が近い。発見し次第応戦して』


 桜庭の指示が飛んだ瞬間、二人の視線は同時に真正面の道路へと向かう。


「千咲ちゃん、本当に無理はしないで」

「こっちのセリフですよっ、私は訓練してるんで」


 ひとまずそれで言い合いは収まった。そして、真っ直ぐと続く道路に置かれている装甲車のバリケードを身軽に乗り越えて次々と量産型達が向かってきているのが見えた。六体それぞれがつかず離れずの一定間隔で移動していて、その乱れぬ統一性が不気味にさえ感じられた。


「後もまだまだつかえているだろうし、なるべく体力は使わずに処理していきたいところね」


 美雪は足を肩幅ほどに開き右手を胸の前に脱力した状態で構え、千咲も刀を握りなおす。


「そうですね……」


 先程は相手の性能を知らなかったとはいえ、二体を相手にするのでさえ命の危機に面してしまった。これから先、この六体に限らずより多くのマシンヘッドが千咲たちを狙いに来るであろう事は容易に予測できる未来だ。千咲は横目でちらりと美雪を見る。先程は断ったものの、横に並んで戦ってくれる人がいることに、内心では心強く感じていた。当の美雪は一歩前に踏み出して右手を振ると、空中に鋭く尖った氷柱を三本創りだす。それらをまっすぐにマシンヘッドに向かって射出した。見事にわき腹辺りに命中したが、マシンヘッドは行進をやめず、他の五体も爆発する様子はない。


「どのくらいのレベルの損傷を与えれば爆発するのかも見極める必要があるね。爆発させずに、行動不能にできれば闘いの幅も広がるんだけど」

「そうですね。さっきのは完全に切断した瞬間に爆発したけど、逆に言うと半分まで刀を入れても大丈夫でした」


 迫り来る六体の内の二体が大きく空中に飛びあがった。美雪はすかさず氷柱をまた二つ作り、それぞれに向けて撃ち出す。片方は首に、片方は胸部に刺さるが、それらは気にも留めずにそのまま爪を光らせて飛び降りてくる。


「美雪さん、下がって!」


 千咲が指示を飛ばすと、美雪もそれ以上の攻撃を諦めて後方へ下がる。千咲自身も後方へ飛び、二体による爪の振り下ろし攻撃をかわす。爪はアスファルトを削ってギギギと不快な音を立てつつ着地し、すぐさま次の攻撃へ移るために刃を返している。


「このっ!」


 千咲は間合いに入ってきたマシンヘッドに対して反射的に強力な攻撃を仕掛けようとする。だが。


(いや、どれを壊したらどれが爆発するのか、見分けがつかない……!)


 攻撃を踏みとどまり美雪を見る。彼女も同じことを思っているようで、氷の防御壁を張って完全に攻撃態勢を解いている。単純に数が増えるだけでなく、六体いることにより余計に手を出しづらい状況に陥っている。千咲も美雪も近距離~中距離での戦闘を得意としている為、近づかざるを得ないのだが……近づけば、それは非情に高いリスクを背負うことになる。


「厄介な……」


 もしマイペースに、かつ力任せに攻撃すれば、美雪が相手をしているマシンヘッドが爆発するかもしれない。逆もまた然り。一か八かで攻撃できるほど二人はバカでも非情でもなく、どうしてもそれ以上攻撃が出来ない。さっき美雪が提案したような『どれくらいの損傷で爆発を起こすのか』という検証も圧倒的にケースが不足している。

 結果的に、二人で戦う事によって、逆にお互いの攻撃の手を抑え込んでしまっているのだ。どちらか一方がマシンヘッドから離れてその隙に攻撃すればよいのだが、量産型機達の機動性は非常に高く、千咲と美雪に猛攻をしかけつつ距離を離させない。


「あぁ、鬱陶しいっ」


 千咲はドライブの超高熱を刀に込めて、マシンヘッドの右爪を熱で溶かし落とす。そのタイミングでさらに後方に居た二体がそれぞれ千咲と美雪目掛けて飛びかかってくる。


「くっ……」


 それぞれが二対一となり攻撃の手が増え、美雪はかわしきれず爪が肩部分をかすり服の布が僅かに飛んだ。


「美雪さんっ」「大丈夫っ!」


 うまく体を捌き片方のマシンヘッドの横側に潜り込むと、直接その腕に触れて腕だけを氷漬けにして腕の動作のみを封じた。この程度ならば爆発しない上にしばらく鉄爪に因る攻撃の手数を減らせる。だが、フリーとなっていた残り一体は当然美雪にできた隙を狙って攻撃をしかける。

 美雪は咄嗟に氷の盾を創ろうとするが、普段からトレーニングをしていない美雪には立て続けの素早い動きに身体がついて行かず、呼吸が乱れ肉体と精神を合致させることができなくなり、一瞬の無意味なタメが出来てしまう。


「―っ!」


 その一瞬の隙が災いして、マシンヘッドの爪が彼女の白い頬にめがけて薙ぎ払われる。美雪は襲いくるだろう痛みを想像して目をぎゅっと閉じて構えるが、数秒経ってもその痛みは訪れない。うっすら目を開けると、自分が戦っていたマシンヘッドの二体が仲良く手を繋いでいるのだ。


「……は?」


 何が起こっているかわからず、美雪は今まで出したことのないようなその一文字を肺から発した。しかし、そのマシンヘッド二体の背後に見える金髪の女性と目があった。

 バリバリバチバチと電撃が空気中に迸る音が聞こえて、二体は手を繋いだままふわりと宙へ浮き上がる。


「あのフラウアとかいうのの量産型って言ってたけど、やっぱ身体自体は全部金属なんですね、好都合です」


 そう言った金髪の女性の両手からは放電現象がみられ、すぐに彼女がドライブ能力の持ち主であると美雪は判断した。恐らくなかなかに複雑な科学的現象がこの場に発生しているのだろうが、単純に言ってしまえば電流で電磁石を作り、マシンヘッド同士を磁力でくっつけてしまったのだと。


「おりゃっ」


 彼女は短い掛け声をあげるとその大の男二体分のマシンヘッド達を軽々と上空へ吹き飛ばした。スワロウの制服を着ているが、美雪は彼女の顔に見覚えが無かった。しかし千咲は違う。


「エミィさん!?」


 彼女を見て、驚きの表情でその名を呼んだ。


「はいっ、エミィですよ!」

「えっと、医務室に居たんじゃ……」

「一文字さんがそんな怪我でも戦うのなら、私だって戦います! どうぞよろしくっ」


 そう言って金髪を揺らしながら歯を見せて親指を立ててみせた。その親指の周囲にも青白い放電現象が起きていた。


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