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machine head  作者: 伊勢 周
25章 最後の一撃を
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量産型


『たった今、ブルームがあなた方の侵入に気づきました』


 アルセラの報告に三人は眉をひそめる。


「早いな、おい……」

『いたるところに監視カメラがあります。感知できないような大きさの……。恐らくこれから、ミラルヴァと共に貴方達を待ち伏せするはず』

「ま、遅かれ早かれだ」


 宍戸が冷静な口ぶりでそう言うが、アルセラはというと少し想定外だと言いたげな口調で話す。


『生方さん、あなたにはブルームの目を覚まして欲しいとお願いしましたが、しかし最も優先すべきことは、今世界中にばら撒かれているシーカー……マシンヘッドを停止させることです。ブルームはそれをされる事を恐れて、そしてリルやマザーコンピュータを戦闘に巻き込んでしまわないように、ミラルヴァと共に少し離れた場所でそれぞれ貴方達を待ち伏せている』

「ならばどうすれば良い。待ち伏せされているからここで足を止めて我慢比べだなどと言っていれば本末転倒だ」

『残念ながら人間が通れるような抜け道はありません。レオンとリルが居る部屋に行くための通路はひとつだけ。その通路への分岐点と、部屋の外壁や入り口は二人にそれぞれカバーされている。警備のマシンもいくつか巡回しています。待ち伏せは避けられない』

「天井や足元は? 俺のドライブならば道を開くことも出来ますが」と不破が尋ねる。

『私もそれを考えていたのですが、構造上、足元や天井を下手に破壊したり歪めてしまうと、部屋自体が崩落したり潰れてしまう可能性があります。あくまで可能性ですが……それでもしコンピューター類が下手に壊れ、機械類が暴走してしまったら……』

「それは避けたいが、そうなると正面突破しかないか」


 レオン達の居る部屋付近の壁を打ち破ったり、天井や足元を破る事はなるべく避けて、扉の正面から入らなければならない。


『そして、いくらあなた方が強くても、ブルームもミラルヴァも、簡単に退けられる相手ではありません。だけど、これ以上の被害者を出す事を阻止するには時間のロスは避けなければならない』

「じゃあどうすれば……」

『今、単純な数の利はあなた方にあります。三人と二人ですから』

「二人がミラルヴァとブルームを足止めしろ、と」

『ええ。……分担はお任せしますが、ただ、出来れば生方さん、あなたにリルとレオンのもとへ行ってあげてほしい』

「俺に?」

『私のただのわがままなので、これは本当に、出来れば―』

「いいや、それが妥当だ。奴らの居場所がわかったのならば、足止めではなく……システム停止とブルームミラルヴァの鎮圧を同時に進めるのも効率的な手だろう。上手く運べば奴らに邪魔される心配なくシステムの制圧ができる」


 宍戸はアルセラに提案された少し思い切った作戦も前向きに受け止めた。ベストという選択がなく、なおかつ時間は押している。直感的に良いと思ったものを固めていくしかないと踏み切っている。その作戦を支えるものは、ブルームとミラルヴァという、今まで一度も勝利したことのない敵にそれぞれ一対一で勝負を挑み、『負けない』必要があるということだ。


「俺はブルームをやる。不破、お前はミラルヴァをやれ」

「……ミラルヴァか……。ま、なんとかします」


 苦々しい表情で不破は答えた。


「俺も、マシンヘッドを動かしているそのシステムをなんとか出来たらすぐに加勢します。……でも、アルセラさん。いいんですか、俺達がブルーム達を勢い余って、……命を奪ってしまうかもしれません。というより、手加減して勝てるような相手では―」

「無いな」


 不破が言い切る。


『……それも、なるべく避けて欲しい、とお願いしたいところですが、それも当然の報いなのかもしれません。私の夫は、人の命を奪いすぎました。そして、あなた達にとっては稲葉隊長をはじめ沢山の仲間達の仇なのですから』

「全くもってその通りだ。あんたには生方の命を救った事に恩義はあるが、それとは話が別」


 宍戸は冷たく言い放つ。その短い言葉の中にも明確な殺意が滲み出ており、そして不破と宗助もブルーム達を到底許すことは出来ず、否定も肯定も出来ない。


「だがしかし、公私混同は無し、と言っておこう」


 その言葉で心を切り替えたのか一瞬でその殺意はなりを潜め、彼の雰囲気はいつもの冷静な宍戸『隊長』に戻った。復讐心に駆られ過ぎては優先すべきものを見失いかねないと理解している。宗助と不破も小さく息を吐いて肩の力を抜いた。


「それじゃあ、奴らが待ち伏せしているところを逆にこっちから狙い撃ちと行きますか」

「ああ。生方。お前が案内を仲介しろ」

「はいっ」


 宗助はネックレスを服の中にしまい込み、宍戸と不破の前に歩み出た。


『それでは、進みましょう……。どうか必ず、ブルームを止めて下さい。よろしくお願いします』

「ええ、こちらこそ」



          *



 太平洋沿岸部に予測通り時刻に現れた飛行物は、先日一斉襲撃してきたものと同じものだった。

 すでに住民たちの避難は完了している。前回避難所までもが襲撃されたという事実があるため避難に非協力的な人間も少なからずいたが、そういった人間も迷わず半強制的に避難させる等、迅速に手順を踏んだ。

 そんな光景を見ながら基地のふもとへと降り立った千咲は、忌々しげに遠くの空に浮かぶそれを眺めて奥歯を強く噛んだ。宍戸が彼女に告げた「今度は負けるな」という言葉が胸の真ん中に今も鮮明に残っている。

怪我の幹部はがっちりと固定して、強い痛み止めも飲んできた。あの海と空の向こうに居る仲間達が必ず任務を果たし戻ってくるのだから、自分達はその戻ってくる場所を必ず守り通さなければならない。

強い決意を抱いて基地に背を向ける。前回の襲撃時は戸惑うばかりだった航空部隊も、船自体を攻撃できないのは同じでも、そこから投下されるマシンヘッド達を次々と撃ち落としていた。撃ち落とされたものの破壊しきれなかったマシンヘッドを陸上部隊が決死の攻撃でとどめを刺す。

 二段構えの作戦は今の所順調で、マシンヘッドによる一般人への人的被害は、アーセナル本部の作戦下においてはゼロを誇っていた。撃墜を免れ、そして人間の魂を求めて走り寄ってきたマシンヘッドを、千咲は一刀のもとに斬り伏せた。


『今の所、このエリアの異常は無い。順調に作戦は続いている。持ち場を離れないで』

「了解」


 桜庭から状況報告が入り、ふぅと息を吐いて空に浮かぶ船を見上げたその時、空飛ぶ一機の戦闘機からもくもくと黒い煙が上がっているのが見えた。


「……何?」


 その戦闘機はみるみる高度を落とし、ものの数秒で千咲の視界から消え失せ、その後地面からさらに黒い煙が立ち上るのが見えた。


「飛行機が墜落した、攻撃されたの?」

『今調べてる。パイロットは脱出できたみたいだけど……』


 そんなやり取りをしている間にさらに一機が黒煙を吐きながら墜落していく。


「また落ちた……!」

『墜落する直前の映像を検証しているけど……。何、これ……?』

「何かわかったの?」

『戦闘機の翼に、人が立ってるっ、いや、これは……』

「何……?」

『地上部隊から映像の報告が来たっ。これは、フラウア……!』

「フラウアって奴ならとっくにスクラップになって倉庫に眠ってんでしょ!?」

『そう、だけど……シルエットが、シェルターに現れた時のフラウアに似ている』

「どういうこと」

『でも、顔はのっぺらぼう、黒く塗りつぶされてて……そして何より、沢山居るっ』


 つまりブルームは、フラウア(サイボーグ)を基本とした量産型のマシンヘッドを作り上げたのだろう。性能まで一緒なのかどうかは定かではないが、少なくともオリジナルのフラウアは千咲と互角以上の戦闘力を持っていた。一体どんな攻撃で戦闘機を墜落させているのか不明だが、少なくとも空中で戦闘機に勝利してしまう機動性や戦闘力があるのは確か。


『陸上部隊も、降り立ったそのフラウアに攻撃を受けてるっ……次々とやられてる……! オリジナルほど攻撃力も残虐性もないけど、向かってくるもの、立っている人間に激しい攻撃性を持っていて、……地上部隊も一時撤退を余儀なくされている』

「そんな……」

『撤退したエリアに重点的にマシンヘッドが上陸している模様。撤退した部隊はバックアップの部隊と合流、作戦の立て直しを』

「司令、私、前に出られますっ。私が前線に出て、そいつらを今すぐ倒せば今の良い流れを保つことが出来るはずっ」

『一文字、お前はその場で待機だ。気持ちはわかるが、お前の後ろには何十万人の人間が避難している事を忘れるな。前衛部隊も優秀な戦力が揃っている。やられてばかりではない』

「……っ、そう、ですね……わかりました」


 突っ走ろうとする千咲に待ったをかけ、千咲も少し冷静さを取り戻す。火の手が上がった街を見て、刀の柄をぎゅっと握りしめた。遠くから見ていても作戦隊形が乱れているのが分かる。

 戦闘機も量産型のフラウアの襲撃にも上手く立ち回っているようだが、やはりマシンヘッドを空中撃墜するペースは落ちているし、市街地中央での戦闘頻度も増えてきているようだ。

 そして。千咲の前に続いている真っ直ぐな道路の向こうに、走り寄ってくる二体の影が見えた。


「……来た……!」


 彼女はそれらを見据えてそっと呟く。その二体のシルエットは、確かに桜庭が言う通りシェルターに潜り込んできた時のフラウアそのものだったが、髪の毛は無く顔は真っ黒な金属で覆われのっぺらぼう、身体のどこからも、人間らしい質感は取り去られていた。

 それらが、戦闘機を空中で撃墜するなどという離れ業をやってのけたらしい。

 二体は並行して走りながら千咲に近づくが、そのうち右側のマシンヘッド(A)が地面を強く蹴って飛び上がり千咲目掛けて飛びかかる。一対一の戦闘ならばわざわざ飛び上がるメリットなどあまりないものだが、二対一ならば少し話は変わる。単純に視線が上下にぶれる事で、残りの一体が視界から僅かに消える。些細なことかもしれないが、その些細なことがどう左右するかわからないのが命を懸けた闘いである。


 飛びかかってきたマシンヘッド(A)を後方に跳んでかわし、迫りくるもう一体のマシンヘッド(B)を視界に再度捉える為に目を素早く動かす。もう一体は視界から消えていた間に左側に少し膨らんで回り込んできていた。だが、まだ少し距離はある。視点を(A)に戻しながら刀を振りかぶるが、(A)の着地からの立て直しがあまりに早く、既に攻撃態勢に移っていた。そのマシンヘッドは長さ目測十五センチの、触れるだけで指が切断されてしまいそうな程の鋭い鉤爪を鈍く光らせている。一度でも深くひっかかれれば致命傷になりかねない。


「対人用の武器か……!」


 千咲は瞬時に攻撃から防御へと切り替えて一旦引き、その鉤爪による攻撃を防ぐために防御の構えを取る。(A)は千咲の喉もと目掛けて右手と左手の爪を交互に素早く繰り出し、千咲はそれをかわしたり刀で弾いたりいなしたりしながら、付かず離れずで回り込もうとしている(B)を視線で何度もけん制していた。これまでは単体が好き勝手に襲い掛かってくるという単純な戦法が、殆どのマシンへッドに当てはまるものだったのだが、このフラウアに模されたマシンヘッドは戦闘に特化されているだけでなく、味方の機械と連携して戦闘を展開するという高いAIを備えていることが見て取れる。


(だからって、怖くもなんともないけどっ)


 防戦一方だった千咲の目が途端にギラリと光る。


 繰り出してきた右爪を、真正面から刀を振り上げて弾き返す。ガチン、と甲高い金属音が鳴り響いてマシンヘッド(A)の右腕が力業で持ち上げられ、がら空きとなったわき腹に間髪入れず斬撃を入れる。それは普通の日本刀などで実践されるような引く斬り方ではなく、叩き斬る攻撃だ。

千咲の刀が触れた部分が徐々に熱で形を失い始め、煙がわき金属が融解した際の独特のにおいが立ち込める。刀が胴体の中央まで到達した時、攻撃中の千咲を隙有りと見たのか(B)が一気に距離を詰めて両腕を振りかぶり飛びかかってきた。それは彼女も確認しているが(A)を攻撃する手は休めない。左手一本で刀を持ち、離した右手で腰に差していた鞘を抜き取り、そして(B)の爪振り下ろし攻撃を見事にそれで受け止める。


 そこからは押し合いの力勝負となる筈だったのだが……(B)の両爪が僅かに赤く変色し始め、そして溶けて、地面に銀色の液体が流れ落ちた。鋭い分体積は少なく、溶けてなくなるのは瞬きを二度か三度する間の出来事だった。


 爪をなくしたマシンヘッドは、そういった際のプログラムが確立されていないのか、失くした爪で何度も千咲に対して空振りを仕掛けていた。それもそれで邪魔なので蹴りで薙ぎ払おうとして腰を落とすが、その時骨にひびの入っている右足がずきりと鈍い痛みを発して千咲にそれを躊躇させる。その間に(A)が体勢を整え、胴体を抉られていようがお構いなしに爪を振り上げた。千咲はすぐに姿勢を極端に低く沈めて鞘を放り出し両手で(A)を抉ったままの刀を握りなおす。


「はぁあっ!!」


 掛け声を放ち力を込めると、一気に力と熱に任せて胴体を切断した。ガチャンと音がして上半身がまず地面に墜落し、そして残された下半身は静かにその場に崩れ落ちた。


「……とてもじゃないけど、戦闘機を落とせる程の強さじゃないような……」


 呟いてから、仕留め損ねた(B)も同じように切り伏せてやろうと思ったが、どうも(B)の様子がおかしい。ピタリと動きを止めて千咲に身体を向けたまま立ち尽くしている。


「……?」


 逆に不気味で千咲は攻撃を躊躇してしまう。


『千咲ちゃん、そいつから離れて!』

「え?」

『早くッ! 今報告が来た! そいつら二体一対で、片方が破壊されればもう片方が自爆する! それで戦闘機が落とされてるっ!』

「え―」


 そして、マシンヘッドは身体を激しく発光させる。




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