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machine head  作者: 伊勢 周
25章 最後の一撃を
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上陸


『周辺海域で大量のマシンヘッドの反応が確認された。そちらに向かう可能性もありうる。警戒を強めろ』

 三時間ほど前には本部からそんな連絡が届き、一層気を引き締めて空路を進んでいたが……。


「目標ポイントに到着しました! 周囲一キロににマシンヘッドの反応・敵影は無し。島までの距離はおよそ五キロですが……」


 ブルームらによる移動ヘリ襲撃は無く、安定した空路の進行はようやく終わりを迎える。フロントガラス越しの景色、海の向こうにうっすらと島が見える。豆粒ほどの大きさだが、双眼鏡で見れば確かにあるのが確認できた。

 時差により、目的地周辺は夕暮れが近くなっていた。現地時刻で午後四時三十五分。


『これより上陸作戦を予定通り開始する。宍戸、不破、生方、上陸体勢に入れ』

「了解」


 ヘリはどんどん高度を下げて、海面から約二メートルの高さで止まりホバリングする。宍戸不破宗助の三人は鉄のリングを手に持ち、登山などで使われる金具・カラビナをそれにひっかけて、自身の腰のベルトにもカラビナを付けてそれぞれをきつく紐で結ぶ。そのリングを握りしめて、不破と宗助が先にそれぞれ左右の扉を素早く開き、身を乗り出す。二人は振り返り宍戸を見ると、宍戸は頷いた。


「大丈夫だ、行ってくれ」

「了解」


 二人は同時にヘリから飛び降りるが、その握ったリングは宍戸のコントロール下に置かれている為、空中のそれにぶら下がる形で宗助と不破は海中に潜ることなく、海面すれすれで浮いている。宍戸も後に続いて海面に出る。

 全員が海上に出てヘリから離れた事を確認した運転士はヘリを再浮上させる。


「勝利を願っています、どうかお気をつけて」


 そんな言葉を残し、ヘリは来た空路を引き返して行った。

 海上に残った三人はお互いを見合う。宍戸が「飛ばしていくぞ」と言うと、かすかに見える島へと向かって一直線に空中を滑り始めた。南国特有の透き通った海や気温の高さ、あとは妙な鳥の鳴き声なんかに包まれながら、静かに素早く島への上陸を果たした。


「こちら宍戸、無事上陸した。これより建造物内に進入する」

『了解。宍戸、三時間前に確認した大量のマシンヘッドの反応の件だが、やはりお前達ではなくこちらが目標だったようだ。遅くともあと三十分もすれば戦闘は開始されるだろう。世界中の他都市のレーダーでも確認されている。予測通り、ブルームは既に総攻撃の手を打っていたという訳だ』

「……そちらの迎撃態勢は整っているのですか」

『水際で叩くが、全てを防ぐことは不可能だろう。こちらに一文字が残っているとはいえ彼女の身体も万全ではない。被害を最小限にする為にも、一刻も早くマシンヘッドの命令系統を無力化してくれ。頼む』

「……了解」

 通信を切る。


「聴いた通りだ。焦りは禁物だが、急ぐぞ」

「はいっ」


 周囲を警戒しながら島の入り江から建造物の出入り口へと走る。


「宍戸さん、少し気になったんですが」

「何だ」

「大量のマシンヘッドが移動しているって事は、またブラックボックスのような大型の船で輸送しているんでしょうけど、それじゃあブルームとミラルヴァは、また同じようにそれに乗っているんでしょうか」

「……憶測の域を出ないが、前回、前々回と奴がアーセナル付近に現れたのは、リルを連れ戻すという絶対的な目的があったからだ。ブルームが直接出向く理由は、今回の場合は無い筈。しかし実態を早急に確認する必要はあるな」


 出入り口である鉄の扉に到達する。当然内側からロックがかけられておりびくともしない。力技でぶち破ることも可能なのだろうが、宍戸は不破に目配せをして、親指で扉を指差した。不破はそれを受けると一度うなずき、静かに扉に触れる。

 すると、鉄の扉がまるでゼリーのように波打ち、扉の中央部分が薄く薄く形を変えていく。次は、そこの部分を宗助が風の刃で切り裂いて、人が一人通れるほどの穴を作り上げた。

 そして空けた穴に宗助が偵察の風を吹き込む。その様子を宍戸と不破は黙って見守っていた。


「……とりあえず、入り口付近に動くものの気配はありません」

「よし、入るぞ」


 そして宗助、不破、宍戸の順に建物内に進入する。中は宗助が捕えられていた時と殆ど様子は変わらず、暗く無機質な通路、壁、天井……。そこから生物の気配を感じ取ることができない。


「とりあえず、アルセラの所へ案内してくれ。内部の道案内を依頼したいのと、内部事情について訊きたい」

『……その必要はありませんよ』

「うわっ? アルセラさん?」


 耳の中に直接語りかけてくる声に驚き、宗助はつい周囲を見回すが、怪訝な表情の宍戸と不破しか居ない。


「どうした。何かまずいのか?」


 突然彼女の名前を焦った様子で復唱する宗助を見た宍戸と不破は何事かと宗助に問う。


『あなたが仲間を伴い戻ってきてくれた事を、とても嬉しく思います……。ブルームとミラルヴァは攻撃には参加せず……この中に留まっています』

「えっと、たった今、アルセラさんが話しかけてきているんです。ブルームもミラルヴァもまだこの中にいるって。あ、そうだ、これ触ってみてください」


 宗助がネックレスを懐から取り出すと宍戸と不破に触れるように促す。宍戸と不破はそっとその輝く石に触れた。その途端。


『初めまして、宍戸さん、不破さん。姿を見せずに声だけで失礼いたします。アルセラ・クロムシルバーと申します』

「っ……!」

「うおっ!」


 二人共声を聞いた途端驚愕の表情で周囲を見回す。その様子を客観的に見るとなかなかおかしくて宗助は少し笑いそうになるが、ぐっと唇を噛んでこらえた。


「前に報告した通り、何故かは全くわかりませんが、この石に触っている間はアルセラさんの声が聴こえるんです」

「……ならば話が早い、まず俺達をレオンという人間のところへ案内してもらおうか」



          *



 宗助達が上陸するかなり前から、既にリルの体内ナノマシン交換作業が始まっていた。リルの記憶をまず、この場所のすべてを管理するマザーコンピューターエンジンを使い、記憶媒体へとバックアップを行う。その作業が最初で、そして最大の時間がかかる。

 リルの人生……十五年間の記憶をまるまるコピーするのだ。人間の十五年間の記憶をそのまま余さずデジタルデータとして保存するのだから、それはどれだけ高く見積もったとしてもその想像を超える情報量だ。大事な母親父親の顔から、何気なく見た空の雲の形まで、意識が覚えていなくても脳は感知している。意識している記憶、していない記憶、その全てを抽出する。


「バックアップ作業は、シーカーへの動作に支障は無いのか」

「システム構築を共存させることでその問題はクリアしている。レオンは優秀だ」

「……それで大丈夫なのか、万一エラーが起こった時―」

「いちいちどちらかを止めていては作業効率が悪い。何を選んでもある程度のリスクはつきものだ」


 きっぱりと言うブルームの自信溢れる態度もあり、もともとそういった分野では門外漢であるミラルヴァはそう言われてそれ以上追求は出来なかった。


 一方でその記憶のバックアップを行っているリル自身はどうなっているかというと、特に普段と何かを変えるわけでもない、ただただ昨日と同じような生活を過ごしていた。


「ねぇレオン。脇腹とかお腹とか首にシールみたいなの貼られたんだけど、これ何なの?」

「……知らない」

「冷たいなぁ、本当は知ってるんでしょ?」

「……君のお父さんには何も言われなかったの?」

「私を守るためだって、それだけ」

「じゃあそれが正解なんじゃないの……」

「詳しい話を聴きたいの!」


 本当はレオンも知っていた。そのシールはリルの旧式ナノマシンとここにあるマザーコンピューターのエンジンをリンクさせるためのものだ。つまりたった今、彼女の記憶はここにあるコンピュータと同期している。

 レオンの目の前にある幾つもの小型スクリーンの中の一つに、その作業の進捗状況を表すゲージが示されており、99%と表示されていた。そしてそれが、一〇〇に変わる。


「ふぅ、やっと終わった……。もしもし、レオンだけど。同期終わったよ」

『ご苦労。次のステージに入る。動員しているシーカーの管理をしておけ』


 言われてレオンは別のスクリーンを見る。そちらには出動しているシーカーの個体番号が座標点、状態などと共に一覧でずらりと表示されている。その中の一部隊がまっすぐ、生方宗助達の故郷へと向かっている。その事を彼女に伝えるのも心苦しい。現在行っている作業が彼女の友達を傷つける為のものだと知られたら、間違いなく嫌われる。それより何より、彼女を悲しませてしまう。レオンにはそんな恐れがあった。


「ねぇ、それは何やってるの?」

「……内緒」


 リルがまた話しかけるが、レオンは浮かない顔のままで短く答える。


「いじわる」

「いじわるじゃないよ。言ったって……仕方ないんだから」

「えー、そんなことないよ」

「あるのっ」


 言い合いをしてから、レオンはまた端末に向き直る。するとそのタイミングで部屋の扉が開きブルームがツカツカと入ってきた。


「見せてくれ」


 端的に言うと、レオンは椅子から退き、代わりにブルームが座る。カタカタとしばらく操作をした後「よし」と呟いて立ち上がる。黙ってその様子を見ていたリルに近寄り、彼女の前に二錠の白いカプセル薬と水が入ったペットボトルを差しだした。

「飲むんだ。これを飲めばお前の体内の悪いものは、一日かけてただのタンパク質に変わる」

「え……?」


 悪いもの、つまり旧式のナノマシンだ。

 彼女の記憶は今ここにあるコンピューターと同期されており、同時にバックアップを取っている状態である。その状態から、まず彼女の体内のナノマシンを抜く。ナノマシンが抜かれた先から、そのカプセル錠剤に含まれている使い捨てのナノマシン(数十時間で溶ける)がコンピューターと通信を取り合って穴埋めをする。そしてその使い捨てナノマシンが全て体内から排除される直前、新型のナノマシンを新たに彼女の体内に入れて、そしてその新型のものに記憶を入れ直す。それがリルのナノマシンを更新する手順だ。


「重篤な副作用の心配は無い。しばらく体がけだるくなるだろうがすぐに収まるだろう。さぁ、飲んでくれ」


 リルはしばらくその錠剤を眺めていたが、「わかった」と言ってそれを口に放り込み、次に水を受け取り喉から胃に流し込んだ。


「口を開けて見せてくれ」

「はい」


 リルがしっかりと薬を飲み込んだことを確認すると、ブルームはまた「よし」と呟いて彼女の頭を撫でた。そして再びブルームは席に着くと、一センチ四方、薄さ一ミリ程の小さな板をポケットから取り出してコンピューターに挿入する。

 ブルームの目的は、リルのナノマシン交換だけではなかった。リルの記憶の存在をメモリーカードのような携帯可能な記憶用デバイスに確保することにより、元の世界に居る元凶・マオの悪行を白日の下に晒し、彼が持つ様々な力や後ろ盾を一気に崩してやろうという目論見もあった。そして自分達がもといた世界の居場所を取り戻し、アルセラとレナを蘇らせて家族揃って帰る。それこそがブルームの最終目標だった。

 そしてその目標は着実に達成されつつある。その障害となるのが……。


「……来たな」


 監視カメラが映す映像を見てブルームが目つきを鋭くさせた。そこに写っていたのは、生方宗助ら三人の侵入者。


「……やめて、お父さんっ……!」


 リルは宗助達の映像を見て、慌ててブルームにすがりついて懇願した。今から父が何をやろうとしているのかすぐに予想できたのだろう。


「こればかりは、いくらリルの頼みでも聞き入れられない」

「私の大切な友達なのっ、もしこれ以上宗助達を傷つけたら、私にだって考えがあるんだからっ」

「好きなだけ好きな事を考えると良い。だが、奴らは私達家族を引き裂こうとする『障害』なのだ。障害は必ず乗り越えなければならない」

「違うっ、みんなは障害なんかじゃない!」

「リル。いずれわかる。本当に必要なものが何か。しばらく休んでおきなさい」


 ブルームはリルをやさしく引きはがし、そのまま室外へと出て行った。


「お父さん、待ってっ!」


 追いかけようとして、彼女は突然眩暈に襲われる。ぺたんとしりもちをついたリルに、レオンが慌てて駆け寄る。


「薬が効き始めているんだ。ダメだよ、急に動いたら……」

「……お父さんを、止めなきゃ……」


 うわごとのように呟いた。レオンは諦めを含ませた口調で言う。


「無理だよ……あの人はもう、誰にも止められない。ずっとそうだ。今更引き返せないんだよ」

「そんなこと……ない……!」

「大丈夫? そっちのベッド使っていいから寝ときなよ」

「休んでられない……!」

「ダメだって、落ち着くまで休んでなきゃっ、怪我しちゃうから」


 レオンは彼女の両肩を掴んで立ち上がろうとするのを阻止すると、リルは観念して、その場にゆっくりと倒れ込んでしまった。


「ねぇ、レオン……。頭が、ぐるぐるする。……私の中の、悪いものって、なに? 大丈夫なのかな……」

「…………大丈夫だって……」


 レオンはそう答えるしかなく、しかし口調は罪悪感であまりに弱々しかった。


「ジィ……、宗助……」


 膝元の彼女は虚ろな表情で、助けを求めるように名前を呟いた。




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