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machine head  作者: 伊勢 周
24章 真実の記憶
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それぞれの夜

 ブルームのアジト内に限れば、リルは特に行動を制限されていない。

 結局思わせぶりなことを言って去ってしまったミラルヴァだったが、リルはその本当の意味を知るためにレオンの部屋へとやってきていた。


「ねぇ、レオンはわたしの身体のこと、どう思う?」


 突然訪ねてきたと思ったらリルがそんな事を言い出したため、レオンは一瞬で顔を赤くして、「どっどっ、ど、どうって……何がさっ!」と、すごくどもりながら何とか訊き返した。リルは言葉が足りなかったことに気づいて、再度訊き直す。


「えっとね、さっきミラルヴァさんに、『お前の身体に関して、命に関わる事がある』って言われたんだけど、それ以上詳しく教えてくれなくて。レオンなら何か知ってるかなって」

「な、なんだ……そういう事か……」

「でも、お父さんの言う事を聴いていれば大丈夫だって言うから……何なんだろうって」

「……」


 もちろんレオンも、リルの身体……と言うよりも脳に何が起きているのか知っている。何より、彼女の為のナノマシンを作らされていたのは彼なのだ。

作った当時は理由も告げられず、「こういう物を作れ」と命じられた。すぐに作って見せて、その試作機の臨床実験が数度行われたが問題なく、そしてこの度、それはリルの為に使われるものだと初めて知った。あとは彼女の身体がそれに馴染めばいいのだが……。レオンはその事を自分の口から彼女に言う事が出来なかった。


「……僕は知らないよ。でも、大丈夫って言うのならそうなんじゃないの。ミラルヴァは寡黙だし何考えているのかわからないけど、変な嘘を吐いたりするタイプじゃないからね」


 あいつは嘘を吐かないよと言いながら、自分は嘘を吐いた。レオンは彼女に嘘を吐くのが心苦しくなって、そっぽを向く。


「そうだったら良いんだけど……」


 リルは不安げにそう呟いていたが、突然「ねぇ」とまたレオンに話しかける。「何」とレオンがぶっきらぼうに答えると、彼女はレオンの顔を覗き込んでこう言った。


「じゃあ、お話、しない?」

「お話?」


 レオンは顔半分だけ振り向いてちらりとリルを見る。


「友達だもん、お話くらいしようよ」


 彼女はそう言って笑顔を見せていた。


(命がどうとか言われたのに、不安じゃないのかな……)


 レオンがそんな風に思う程、眩い笑顔だった。そして、自分が最後に笑ったのなんていつの話だろうと、そう思った。そして彼女は友達と言ってくれたが、果たして友達というものは、こんな大事な嘘を吐くのだろうか。


「でね、その時宗助が―で、千咲ちゃんが―」

「……そう、なんだ。へぇ……」

「うん、レオンもきっと、仲良くなれるよ」

「……」


 レオンは心に重たい何かを抱えたまま、リルとしばらく会話を交わしていた。



          *



 アーセナルの医務室。向かい合ったデスク。平山の対面にはいかにも悶々とした表情で、姿勢をがっちり固めて無言で椅子に座り続けている岬。

 平山はため息を吐いて、一体どうしてやるべきか考えていた。仲間や好きな人が明日、あまりにも危険な任務に飛び立つのだ、不安と緊張に身体を抑えこまれても仕方あるまいとは思う。平山自身だって、この十年に及ぶ闘いについに決着がつくかもしれないかと思うと、心がずっとざわついている。だが岬の様子はどうもそれだけでは無いように感じていた。


「……どうした? 何かあったんだろうけどさ」

「いや、えっと……明日……明日大丈夫かなって、不安で、緊張して……」

「……そうかい」


 平山がそう言うと、医務室に沈黙が訪れる。そのまま、壁掛け時計の秒針だけが、コツ、コツと音を刻んでいたが……。


「他に何かあったんだろう」


 岬はギクリと肩を震わせる。


「……えっと……」

「言ってみたら?」

「…………実は……好きだって言われて……」

「ほぉ、生方にかい」


 尋ねると、顔を真っ赤にしつつ無言で一度こくんと頷いた。平山は驚くには驚いたが、時間の問題だとも思っていたから、それほど意外だといった態度を見せる事もなかった。


「それで、何て返事したの」

「そ、それが……いろいろあって、頭が真っ白で……何も言ってなくて、そのまま宍戸さんに呼びだされちゃって……」

「ははぁ……。それで、今日の内に返事をちゃんとしておきたいと?」

「う……」

「すりゃあいいじゃないか。何をウジウジしてんのか知らないけどさ。返事は決まってんだろう?」

「だって、明日の朝五時集合で、今日はもう休まないと……邪魔したらダメだなって思って」

「じゃあメールでも打っときなよ、『私も大好きですー』って―」

「だっ! ダメ、ダメ、メールはダメ、メールで返事は、ほんとにっ、ちゃんと自分で言いたいの」

「難儀な子だねぇ……まったく」


 頭を抱えている岬を見て、少しだけ不安と緊張が薄れた平山だった。インスタントコーヒーを一口含んで飲み込む。

結局岬は、その夜宗助に何をするでもなく、ただそっと、身体も気持ちも低い姿勢のままで夜を過ごした。



          *



 ブルームの居場所がほぼ判明したという情報が解禁されると、部隊・部署を問わずにそれはまるで稲妻のように一瞬で駆け巡った。雪村が懸念するようにアーセナルにはまだブルームによって付けられた傷が癒えていない状態だが、何年も探し続けた敵のアジトに、初めてこちらから先制攻撃を行えるという情報を得て皆の士気はがぜん上がっていた。

 そして隊長室では……宍戸が、つい先日までは稲葉が主だった隊長室の一角で、探査機が撮ってきたブルームのアジトの外観などに目を通していた。

 その隊長室だが、宍戸はそれほど備品や機材什器などは利用していない。その中でも、特にロッカーは開けていない。

稲葉がブルームとの闘いの最中、宍戸に遺した言葉がある。


「娘の楓にプレゼントを買ってある。ロッカーに入れてあるからそれを代わりに渡してくれ」


と。その言葉がひっかかりとなっているのだ。


「……バカバカしい……何故俺が……」


 自分が子供に好かれるような大人ではないことは重々承知している。自分が渡したって受け取ってもらえないだろうと考える。むしろ泣きわめくのではないかと。


「子供は苦手だ」


 それは本音か建前か……。ちらりとロッカーを見て、そしてすぐに目を資料に戻す。


「今はただ……お前の仇を取る。必ずな」



          *



 決起集会と呼ばれていた三人での食事会は和やかな空気に終始した。それは良くも悪くもいつも通りであった。不破の動じない性格に引き込まれたような形で、緊張なんて無縁のもの。


「ごちそうさまでした」


 その一言で三人は同時に立ち上がり、空の食器が載っているお盆を所定の位置に返し、食堂を後にする。


「そんじゃあ、明日も早いしさっさと休まないとな」


 不破がまるで翌朝旅行に行くのかと思うくらい軽い雰囲気でそう言いながら隊舎への通路に歩き出そうとして、千咲もその後に続いた時、宗助だけはその場で立ち止まっていた。


「ん? どしたの?」


 変に思い千咲が尋ねる。


「いや、帰ってきてからまだ寄ってない所があって、少しだけそこに寄ってから部屋に戻ろうかなって」

「寄ってないとこ?」

「はい、ちょっと今日中に行っておきたいんで、それじゃあまた明日、頑張りましょう。お疲れ様です」


 宗助はそう言ってお辞儀をすると、不思議そうな表情の二人とは反対の通路へと小走りで進み始めた。



 そして宗助は、病院にやってきた。

 夜も遅いためロビーも薄暗い。一階の警備員室に寄って見舞の許可証を貰うと、そのまま外科入院病棟へと進んだ。ちなみに、先日のブルーム襲撃の際にも病院は死守され被害は殆ど無かった。顔なじみの看護師に会釈をしつつ、とある病室の前で立ち止まると、ゆっくりとノックをした。


「はぁーい」


 少々気の抜けた返事を確認してから扉を開き病室に入る。


「ジィーナさん、こんばんは。遅くにすいません」


 カーテンをめくると、病室のベッドの上であちこちはだけたパジャマ姿のまま足を固定されているジィーナが本を読んでいた。


「う、生方君っ?」


 時間が時間だった為、どうやらノックの主は看護師だと思っていたようで、完全に気を抜いていたらしい。ささっと、身だしなみを正して髪を手櫛で整えた。


「ご、ごめんねー、だらしないとこ見せちゃって」

「いえ、こんな遅くにすいません」

「んーん。来てくれてうれしい。私も一部始終聴いたよ、無事帰って来られて良かったね。正直私、本当にもうダメかなって思っちゃった」

「はい、本当に……。ごめんなさいジィーナさん。リルも連れて帰って来る筈だったんですけど」

「生方君が謝るような事じゃないよ。あなたが帰ってきただけでも大朗報。私なんて怪我して寝ているだけの人だし」

「その怪我だってブルームの仕業じゃないですか……。ところでリルの事なんですが……。明日、ブルームのアジトに、俺と宍戸さんと不破さんの三人で乗り込みます」

「あ、あした!? えらく急な……」

「でも、良い決定だと思います。だらだらと基地に籠って考えていても何も出来ませんし」

「そりゃそうかもしれないけど……」

「ジィーナさん。リルは、明日必ず連れて帰ってきます。俺は、それを約束するために来ました」


 宗助は真剣な眼差しで、スッパリと言い切った。


「……うん。私も、もう一度あの子に会いたい。このままお別れなんて寂しいからね。でもね、生方君」

「はい」

「あの子が悲しむような結果だけは……出来れば、避けてほしいかな。厳しくて、難しい場面がきっと来るだろうけど、出来れば……、出来ればでいいから。生方君は、自分の命を最優先にしてほしい。でも、……わがままな私からのお願い」

「はい。元からそのつもりです。……それじゃあ、もう遅いのでこの辺で失礼しますね」

「ええ。ここで、あなたの……あなた達の無事をずっと祈ってる。私にはそれくらいしか出来ないけれど」

「心強いです」


 宗助はそう言って右腕を軽く持ち上げてポーズを作って見せた。


「お大事に。足、早く治るといいですね」

「ええ、ありがとう。生方くん、本当に、本当に気をつけて……。おやすみなさい」

「はい。おやすみなさい」


 宗助は翌日に控えた任務を前に決意を一層固めて、彼女の病室を後にした。



          *



 基地に戻ってきた宗助が隊舎の方へと歩いていると、途中に設置されているベンチに見知った顔が二人座っているのが見えた。その二人もどうやら宗助が来たことに気付いたようで、すっと同時に立ち上がった。


「あれ、エミィさん、ロディさん。こんばんは」

「どうも、生方さんお元気そうで……と言うよりご無事で何よりです」

「ご心配をお掛けしました。ところで、どうされたんですか、こんな場所で」

「私達ね、生方さんを待っていたんですよっ」

「俺を?」

「はい。あの、私達、生方さんの帰還報告書、宍戸さんにお願いして見せてもらったんです。コウスケ室長の真実も……」

「……。あ、えっと……」


 様々な事情でこの二人と話すことが出来ていなかったが、そう、この二人が追い求めていたコウスケ・レッドウェイは、ブルームによって魂ごと命を奪われてしまったのだ。もうこっちの世界にもあっちの世界にもコウスケは存在しない。それは二人にとっては酷な事実であっただろう。なんと言葉をかけたものか、宗助はその答えを持ち合わせていなかった。


「生方さん、ありがとうございます」

「え……?」


 深々と頭を下げる二人に宗助は困惑するが、エミィは構わず続ける。


「私達の旅の区切りを見つけてくれて、『ありがとうございます』、ですよ。私達が望む結果じゃなかったけど、それでも、これでようやく私達は自分の道を進めるような気がしています。ずっと、ずっと自分達の中のヒーローを追いかけていたけど、それじゃあきっとダメなんですね」

「そんな事は……」

「それに、生方さんはこっちの世界のコウスケ室長なんだってわかったら、それもなんだか嬉しくて。ここに『縁』はあったんです。これから俺達は何をしていくべきなのか色々と思う事はあるんですけど、まず生方さん、あなたのことを全力で応援したいって、そう思っているんです。俺も、エミィも」


 ロディはそう言って両手で小さくガッツポーズを作って宗助に見せた。


「宍戸さんから聴いてるでしょうけど、明日、俺はもう一度ブルームの所に行ってきます。何か言ってやりたいこととかありますか? ぶつけてやれるかどうかはわからないですけど……」

「…………いいえ、大丈夫です。それよりも、私達は直接お役に立てませんが、どうかご無事で帰ってき下さい。自分の命が一番大切ですよっ!」

「そうですね……。皆、そう言ってくれるんです。だからもう、一寸先は闇くらいの気持ちで挑もうと思っています」

「一寸先は闇、ですか……?」


 なんだその言葉は、という様子で反芻する二人に、宗助も少し困惑した。どうやらこのことわざは、隣の世界には存在しないらしい。


「ほんの少し先の場所でも何が有るかわからないぞっていう、注意喚起みたいなコトワザですよ。そちらの世界には無い言葉なんですね」

「いえ、似た感じの言葉は有るんですけど、不思議ですね。逆なんです」

「逆?」

「ええ。私達の世界では『一寸先は光』って。未来は輝いていてまぶし過ぎて、見えないだけなんだぞって、そういうコトワザなんです。私達も行き詰った時はずっとこの言葉を胸に、なんとかやってきました」

「一寸先は、光……」


 宗助は噛みしめるように復唱した。


「はい。私達にも、生方さんにも、必ず輝く未来が待っているんです」

「……そう、ですね。うん。そのコトワザ、いただきます。ちょっとキザですけどね」

「ええどうぞ! 遠慮無く持ってって下さい!」


 そして宗助は二人それぞれと自然に握手を交わした。別れの挨拶ではなく、『よろしく、任せたよ』という意味で。

 暗闇を乗り越えたところには光が有ると信じて、もう一度勇気を振り絞り駆けて行く。




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