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machine head  作者: 伊勢 周
24章 真実の記憶
265/286

道標 3

 雪村と不破と篠崎副司令と、四人で司令室の応接テーブルを囲む。


「さて、まずは……生方。ひとつ謝らせて欲しい」

「……? は、はい。と言いますと……?」

「まだ傷を癒えていないお前に、ブルームへの出撃命令を出したことだ。少々……短絡的な作戦だった。その結果、お前とリル・ノイマンは奪われ、一文字も負傷した。出撃命令を出したと知られた時、医務室の人間にも詰め寄られたよ。なんでそんな無茶をさせたのかとね。済まない事をした。本来なら司令官が一兵士に謝ることなど好ましくはないが……我々も思うところがある。それでも、という事だ」


 篠崎副司令がそう言う通り、上官、それも司令官に謝られて宗助はなんと答えればよいのかわからず、隣にいる不破をちらりと見ると、腕を組んでうんうんと頷いている。どういう物事に対して同意しているのかは不明だ。


「とにかく、結果的にお前のお陰でブルームがアーセナルに再び侵入してくるという事態は防げた。我々全員が感謝しているよ」

「あの、……いえ、私も、これからはより期待に沿えるように精進します」

「……ありがとう。よろしく頼む」


 司令が宗助に手を差し伸べると、宗助もそれに応えてがっちりと握手を交わした。


「さて、話を次に進めよう。ブルームのアジトの事について、そしてブルーム達が世界中の人類に危害を加える訳と奴の妻のアルセラという人物。あとは、その双子の娘であるレナとリル。そうだな……ざっくりとした質問になってしまうが、君はこれらについてどう思っている?」

「……そうですね……」


 かなり大雑把な質問で、宗助は何と答えた物かとしばし黙考する。


「……一番先に、思うのは。もう一度あそこに戻らなくてはいけない、という事です。アルセラさんとリルと約束しましたし、ブルームの奴は自分の手で止めなければ気持ちに収まりがつかないとも思っています。個人的な感情の話で、申し訳ありませんが……」

「いいや、理解できる。そう言うと思っていた。そしてここに居る皆がそうだと思う」

「本当に、あくまで個人的な考えなので命令通りに動くつもりです。司令は、ブルームのアジトの正確な場所が分かったとしたら、一体どういう指示を出すおつもりですか?」


 宗助が逆に尋ねると、雪村はふむ、と呟き、「もう少し話してから言うつもりだったが」と前に置いてからこう話し始めた。


「我々の任務は、一人でも多く、敵意のあるドライブやマシンヘッドの被害から人々を助ける事。一人でも犠牲者を少なくすることだ。悠長に構えて、その間に犠牲者が増えるなど言語道断……既にお前の言った場所へと探査機を飛ばし調査を進めている。見つけ次第全世界の兵器・兵力を選りすぐり、攻撃を仕掛ける。空爆作戦や、包囲網を敷く等、前衛に多大な戦闘力を集め短期間勝負を挑む、そんな話が出ているし、前向きに検討されている」

「……えっ、空爆なんかしたら、リルやアルセラさんは……」

「―だが同時に、これまでのブルーム達との闘いを考えた。これまで我々は何度も作戦上の隙を突かれてしまった。攻撃は最大の防御という諺は、奴らには通用しない。捨て身の機械達が相手だからだ。私はそれらの作戦について、焦って前にのめり込みすぎるべきではない、と保留にした」


 宗助は、ほっと息をなでおろす。


「先日のブルームの襲撃で、まだまだ世界中に幾つもの傷跡が残っていて、完全に立ち直ったとはとても言い切れないのが現実だ。そんな弱っている状態で戦力をかき集め懐の守りをおろそかにすれば二の舞、いや三の舞になりかねん。あくまで少数精鋭、静かに潜り込み、合理的に最小限の破壊で制圧する」


 雪村はそう言って、宗助と不破をまっすぐ見つめる。


「我々ならそれが可能なはずだ。宍戸がその作戦で進めている。作戦のメインメンバーは、宍戸と、不破と、そして生方、お前だ。奴らのアジト制圧はその三人で行う、という話になっている」

「……!」


 名指しされ、宗助は唇を噛みしめてその意味に心を高揚させた。突然の話に驚いてはいたが、望むところでもあった。


「一文字は怪我もあるが……、こちらに残り防衛戦力として働いてもらう。白神やジィーナ・ノイマンはまだ戦えるような状況でもないしな。作戦……細かい移動のスケジュールや装備・協力部隊の連携などは後々伝えるが、それほど遅くはならないと思う。骨組みとしてはそういう事になるだろう。しっかりと心と体の準備をしておいて欲しい」

「……、はいっ!」



          *



 宗助が乗って帰ってきたという潜水艇は流石に研究棟にそのまま入る筈がなく、機械技師達が、船の収容されている別棟にある格納庫にまで出張してきて調査が進められていた。レオンがリルを通じて宗助に説明した通り、もともとはこの世界の人間が使用していた船をブルーム達が自分達に合わせて改造しただけの物である為、コクピットのシステムもマイナーチェンジされているだけで大体の仕組みや操作方法は同じだ。


「生方さんの証言と、この船が走ってきたルートを辿った場所はほぼ同じですね」


 メガネを掛けた中年男性技師は隣で作業の様子を眺めていた宍戸にそう伝える。コクピットの映像には日本地図が映り、日本からその地点が点線で結ばれている。


「よし。後はこの地点の調査探索ロボットを飛ばして―」

『えー、あー…………スワロウの人? 聞こえてる?』

「……。なにか言ったか」


 突然流れた敬語抜きの少年のような声に、宍戸は誰が発したものかと思い周囲を睨むが、全員が首を横に振る。


『これは録音だ。あんたのとこの生方宗助っていうのが脱走する前に吹き込んでおく』

「……宍戸さん、これは?」


 どうやらスピーカーから流れているらしいその音声に、技術者達は困惑した表情を宍戸に向ける。


「少し静かにしてろ」


 宍戸はそう言って懐に手を突っ込んだ。


『……僕の名前はレオン。ブルームに拉致されて、ずっとシステムの開発・保守をやらさせられている。あんた達は信じないかもしれないけど、僕はブルームの事を仲間なんて思ってないし、ブルームもそうだと思う。……やらないとどんな目に合わされるかわからないから協力してるだけ。でも、ここに来たリルって子は……助けてあげたいと、理由は特にないけどっ、思ったから……、あの子が助けたいって言う生方宗助をあんた達の所に逃がすのを手伝ってやる。このコクピットを今解析しているあんた達、生方宗助のことも、このアジトの位置のことも、何も疑わなくて良い。信じられないなら信じなくても良いけどね。自力で探せば良いと思う。ただ僕はこれがバレたら何をされるかわかんないから、……なるべく早くここに戻れって、生方宗助には伝えてほしいかな。それとも、これを一緒に聴いてるかな? この音声は一回きりで消えるようにプログラムしてあるから、なるべく君の仲間が君を信じてくれることを願ってる』


 音は切れて、そして潜水艇内には静寂が訪れた。


「……罠、でしょうか……」

「……どうだろうな。だが、このレオンという奴の声や話す事柄や特徴は、少なくとも生方が話していた通りのものだ。これほど共通点や類似点が有るのなら、……信じる価値はありそうだ。とにかく、俺は今から探査機を飛ばすように司令部にかけあってくる。その潜水艇の地図の座標を記録したものを、すぐにまとめてオペレータールームの海嶋のところへ送っておいてくれ」

「わかりました」


 宍戸は潜水艇から抜け出し、早歩きで格納庫を後にした。

 探査機の調査が順調であれば、そして確証が得られれば、二日後の早朝には準備を終えて出発しているだろうと宍戸は予測する。懐から携帯電話と、録音機を取り出した。レオンの音声が始まった時咄嗟に録音のスイッチを押して録音したものだ。まずは録音機のデータを確認し、再生ボタンを押す。


『の事を仲間なんて思ってないし、ブルームもそう―』


 そこまで録音できている事を確認すると再生ボタンを止めて、次に携帯電話の短縮ダイヤルを押す。連絡先は司令室。


「宍戸です。潜水艇の件ですが、司令、今からお話したいことが。……ええ。すぐに戻ります」




 一方で宗助には『今日はもう休んで良い』という許可が出ていて、さすがに彼も疲労の色が濃く、その司令の言葉に正直非常に助かったと感じていた。司令室を後にして、また不破と廊下を歩く。


「ほんとご苦労さんっつーか、ようやく帰ってきて、それで早々にあんなこと言われて、ちょっと気の毒って言うか……」

「そうですかね。やってやるぞって気持ちが強いですけど」

「マジか。あれだ。天屋さんの魂とやらがそうさせてんのかね」

「はは、どうでしょう」


 天屋コウスケの魂は、これまで何度も宗助自身の才能を引き出す手助けをしてきた。

 どこまでが自分の力でどこからがコウスケの影響なのか宗助には判断がつかないが……あくまで『宗助自身の才能』をコウスケが『引き出している』とアルセラが言うのだから、それ以上は深く考えないで、何度も何度も直面してきた「あるがままを受け止める」という考えに落ち着いた。

 不破と別れて自室に着いた宗助はひとまずベッドに腰掛けて、そして次に寝転がった。その途端、どっと疲れが押し寄せてきた。

 ブルームに瀕死の状態のまま拘束されていたり、景色の殆ど変らない潜水艇で丸二日間過ごしたり、まるで犯罪者のように隔離棟に拘束されて一晩明かしたりで、自室のベッドで横になるという行為が本当に久しぶりのように思えた。まだ眠るつもりはなくて、基地の中を謝って回りたいと思っていたのに、眠気は一秒おきに強くなる。背中が寝床に吸い付いて離れないような感覚に見舞われている中、ただ純粋に「岬に会いに行きたい」という想いだけが宗助の瞼を辛うじて持ち上げていたが、抵抗空しく、そのまま眠りの世界へと落ちて行った。


もう妙な夢を見る事もなく、深い眠りの世界へと。



・・・



 ピンポーン

 ピンポーン

 ピンポーン



 と、一定間隔で三度チャイムが鳴り響いた。

 最初はうるさいなぁと思った宗助だが、四度目のチャイムの音が鳴ってばっと上半身を持ち上げた。いつから眠っていたのだろうかわからないが、とにかく訪問者を待たせているという事実に混乱し(半分職業病である)飛び起きてドタドタと玄関に駆け出た。慌てて扉を押し開けると驚いた表情の岬が立っていた。


「……ご、ごめんっ」


 宗助は条件反射的に素早く謝った。心配をかけたであろう事を謝るのと、生還したという報告をするのを、しっかりと岬にしてから一休みしようと自分の中で決めていたのに、それを実行できずにバタリと眠ってしまった自分に後ろめたさを感じていたから。


「でも、ちゃんと謝りに行こうって医務室に行こうって、思ってたんだけど、部屋で座ったらなんか安心しちゃって、えっと、気付いたら寝てて、ええっと……」


しどろもどろな言い訳をする宗助の顔を、岬はぽかんとした様子で眺めてから可笑しそうに小さく笑い、そして彼女はゆっくりと彼の胸の中に転がり込んだ。背中に手を回して、ぎゅっと抱きしめる。宗助は岬の突然の抱擁で玄関に押し返されて、腕で支えていた扉から手が離され、ゆっくりと扉が閉まった。


「……、みさ、き……?」

「いいよ」

「……え?」

「勝手に抜けださないでって言ったのに、嘘ついてたのはちょっと怒ってるけど、命令だったんだよね。司令から聴いたの」

「あ、ああ……まぁ……。けど……」

「帰ってきてくれたんだから、今は、それでいいの」


 こんな力を持っていたのかと驚くくらい、背中に回された岬の両腕は宗助の身体をきつく締め付けた。彼女の顔は胸にうずくまっている為、表情は確認できない。


「信じられない。絶対にあなたは帰ってくるって信じていた筈なのに、おかしいね。……本当に、本当にここに居る」


 背中に回された腕に一層力が入った。彼女の顔は宗助から見えないが、それで分かるのは、岬の声と呼吸が少し震えている事。宗助は彼女の肩に両腕を回し、そっと、優しく抱きしめ返した。


「心配かけて、ごめん」

「うん、心配した。すごく……」

「……ただいま」

「……おかえりなさい」


 二人はそれからしばらくの間無言のままで抱きしめ合って、お互いの呼吸が聞こえる事にただただ、あたたかい安心を感じていた。




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