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machine head  作者: 伊勢 周
24章 真実の記憶
264/286

道標 2


 そして宗助の食事シーンを背景にして、音声通信をカットして一旦宍戸と不破が二人で話し合う。


「しかし宍戸さん。あのフラウアは、もしかしたらブルームの差し金だったのでは? 宗助を連れ戻すための」

「かもな。もしくは、俺たちに対して『生方宗助が洗脳されていない』という嘘をわざと見せつけるための撒き餌だったか」

「な、なるほど、そういう考え方が……」


 不破は内心(疑い深すぎだろう)とある意味で感心しながら相槌を打つ。


「疑りすぎかもしれんが、俺ならあんなボロボロの状態の機械にそんな大事な役を与えて差し向けたりはしない。十中八九、フラウアの勝手な脱走だろう。追手が来るとしたら、もっと別の奴だ」

「……こういう時に余計な横槍を入れてくるのは……」

「あぁ、決まってミラルヴァだ」

「今回も来ますかね」

「言い切れんが……こういう時にブルームが一番信頼を置いているのは奴なのは間違いない。しばらくは敷地内の監視体制や哨戒体制を強化する。面倒な奴が来るその前に『必要な情報』を手に入れてしまうのが一番だが」


 宍戸はマイクのスイッチを入れる。


「生方、準備が出来た。食い終わったら身体検査だ」

『あ、ふぁい』

「不破、お前が検査室で付き添ってくれ。俺はロディと潜水艇とやらを見てくる」

「了解」


 検査室に向かうまでの間の通路を、宗助が歩き、その後を不破が追う。もう夜も更けているため昼間より随分と静かで、人もいない。

前と後ろでぽつぽつと会話を交わしていた。


「不破さん、どうなったら宍戸さんの疑惑を解くことが出来るんですかね」

「さあなぁ。あの人も別に本心から疑っている訳じゃないと言うか、まぁ、ほぼ無理やりアラを探して疑ってんだよ」

「そんな……」

「お前が無事帰ってきた事を喜びたいに違いないんだけど、状況が状況だけにやっぱり全員が手放しで受け入れるわけにはいかないんだろう。……組織のリーダーってのは難しいな」

「この雰囲気、帰って来られたって感じがしないんですけど。洗脳の可能性とか言って、だいたい俺は、向こうでブルームの顔も見てないんですよ?」

「お前が本当にシロなら、すぐに解放されるさ。みんなもそれを望んでる。早く会いたがってる奴でいっぱいだ」

「それは……心配と迷惑をかけたって謝らないとダメですよね」

「そうだぞ。俺にもちゃんと謝れ」

「すいませんでした」

「お、おお……。やけに素直だな」

「前から素直ですよ」

「そうだったか……そうか……」


 不破は顎を触りながら眼だけで天井を見上げる。

 二人は検査室に到着。まずシャワーを浴びた後に、血を抜かれたりCTスキャンだったりMRIだったり、体中を無遠慮に触れまわされたり、よくわからない質問を一時間近くに渡ってされたり、とにかく思いつく限りの検査が行われ、そのまま夜が明けたのだった。

 これは任務であるので、ずっと付き添っていた不破が我慢しきれずに出てしまった欠伸を顎の力で無理矢理かみ殺した。



          *



 カプセルの中で目を閉じてふわふわと浮かんだままのアルセラとレナを、ブルームは無言のままじっと見上げていた。その部屋に、ミラルヴァが神妙な顔付きで足を踏み入れる。


「フラウアがラフターを殺害して逃走したらしい」

「どちらももう用済みだ。始末する手間が省けた。魚のエサにでもしておけ」


 ブルームは振り返りもせず冷たく言い放つ。


「……妙な近道をしようとして、生方宗助をここに連れてきたのは失敗だったな」

「失敗とは?」

「自分達の居場所を知られた。このまま放っておけば世界中に居るであろう奴らの仲間が一斉にこちらに攻めて来るぞ。時間の問題だ」

「だろうな」


 こともなげに言うブルームに、ミラルヴァは眉間に皺を寄せる。



「……何を考えている」

「攻めてくると言うのなら、その前に先に攻めるまで。もう一度、世界中にシーカーをばら撒く。リルを取り戻すのも間に合った。次の収集で、概算だが、生方宗助の魂はなくともアルセラとレナは蘇るだろう。そうすればもうこんな場所に用はない」


「……」

「話はそれだけか。リルの記憶媒体のバックアップとナノマシンの更新は予定通り行う。今はそれが最も優先すべき事だ。お前はその時の為に待機していろ」



・・・



 ブルームに報告を終え、待機していろと命じられたミラルヴァの足はリルの居る部屋に向かっていた。ラフターに以前投げかけられた質問が不意に彼の頭の中に響く。


『なぁ、お前さんは何のためにここにいるんだ?』


 その言葉を、もう一度自分自身に投げかけていた。

 だが、彼の中には何も答えは生まれない。そんなものはもう忘れた、と自分の心に封をする。理由もなくただ奪い続け、闘っているのだ。

 リルの部屋にたどり着いたミラルヴァは「入る」と扉に短い声を投げかけてから扉を開く。その部屋の中には、ベッドの上で膝を抱えて静かに座っているリルの姿があった。彼女は扉を開けて部屋に入ってきたミラルヴァを、そっと顔を膝から上げて見る。


「あなたは……」

「体の調子はどうだ」

「……」


 リルは答えず、二人の間に沈黙が流れる。しばらく無言で見つめあった後、リルは再び膝と膝の間に顔を埋めた。


「……ブルームは、」

「……?」

「ブルームは、お前の嘘を信じると決めたようだ。生方宗助は追わない。それをほう助したであろうレオンも咎めない。だからその事で気を揉んでいるのなら心配しなくていい」


 命を懸けて闘った相手の逃亡について、なぜこんな事を話しているのか、ミラルヴァ自身もあべこべに感じていた。しかしリルの心を縛り付けていたのはやはりその事だったようで、彼女は目を見開き、「ほんとっ!?」と勢い良く顔を上げた。

 その顔はやはり幼馴染であるアルセラの子供の頃にそっくりで、一瞬言葉を失う。


「……あぁ。こんなどうでも良い嘘は、つかない」

「よかった……ほんとに……」


 リルは心の底から安心したようで、ほぅ、と息を吐いた。その顔としぐさに、ミラルヴァは心の中でまた同じ質問を自問する。答えは出ない。


「―さん、どうしたんですか?」

「え」

「ミラルヴァさん」

「……。なぜ、自分の名前を知っている」

「え? なぜって、子供の頃に、コウスケおじさんと一緒に時々遊んでくれたよね、もしかしたら違うかもって思ったけど……やっぱりそうだったんですね」

「覚えているのか……?」

「うん。今少し思い出したの。あの庭で会った時は、全然誰だか分らなかったけど……だって、全然違ったんだもん」

「違う? 何がだ」

「前に、目が悲しそうって言ったよね。わたしの知っているあなたは、そんな目じゃなかった、と思うから」


 リルの青い瞳が、ミラルヴァの赤い瞳を見つめる。また沈黙が訪れ。そしてミラルヴァはその瞳に見つめられる事に居た堪れなくなり目を閉じる。


「悲しみなど、自分の心には存在しない」


 そう吐き捨てた。


「じゃあ、ミラルヴァさんには、この十年少しで一体何があったの……?」

「無駄話は終わりだ。もう少ししたらお前の身体の状態についてブルームから説明があるだろう」


 ミラルヴァは会話を無理矢理切り上げてリルにそう告げた。


「私の、身体の状態って……」

「……今回ばかりは、お前の命に関わるかもしれない事だ。父親の言う事をちゃんときいておけ。そうすれば、必ず助かる」


 ミラルヴァは踵を返し、部屋を後にした。

 リルの命に関する事。それは以前ブルームが言っていた、リルの脳と記憶能力についての事。彼女の脳には先天性の障害があり、物事を記憶することが出来ない。それをカバーするためにリルの身体には多数のナノマシンが登用されているのだが……しかしそれらはまだ旧式の技術であり寿命も短い。十三~十四歳の頃には体内のナノマシンを更新しなければ、使用期限が過ぎてその機能を失い、リルの記憶は失われてしまうだろうという見立てだった。今リルは十五歳も半ば。とっくに期限は過ぎている。

 そして何より、その自分の身体に対して起きている事実を、リル自身が知らなかった。


「待ってっ」


 ミラルヴァを追って、リルが部屋から出てきた。


「私の身体のことって、なに……? 何か知ってるの?」

「……心配はしなくていい。ただ、自分は忠告をしただけだ。父親の言う事を聴き入れろと」


 リルの質問にまたも答えず、ミラルヴァはそのまま廊下の先の暗闇へと足を踏み出していく。



          *



「宗助、検査の結果出たぞ」


 相変わらずガラスを隔てた位置関係だが、不破がマイクにそんな言葉を吹き込むと、宗助も少々緊張した面持ちで不破の方を見る。


「全くおかしなところは無いってよ。身体のどこかしらに変な物を埋め込まれてるって形跡もないし、脳も正常。健康そのものだ」

『おお、良かった……』

「むしろこっちで最後に検査した時よりも良い数字が出てるって言ってたよ。すげーんだな、そのアルセラって人の力は」

『はい。もう一度必ず会いに行って、ちゃんとお礼を言いたいです』

「……。ま、なんにしろ、一旦仮釈放だ。少々監視されてると感じる事もあるだろうが、そのあたりはスワロウも慎重になってんだ、理解してくれ」

『はい』


 そして宗助が収容されていた隔離部屋の分厚い扉がガチャ、と音を鳴らして、独りでにゆっくりと開いた。宗助は座っていた椅子から腰を上げ、出口から堂々と外へ出た。


「さて、そんじゃあまずはお前の部屋に寄る。綺麗な制服に着替えてくれ」


 宗助は帰ってきた時のままなので、ズタボロの制服のままであった。自身の姿を見下ろして、苦笑いを漏らした。

不破と共に自室に戻り着替えに取り掛かろうとした時、ジャケットのポケットに何かが入っているのに気付いた。


「……リルの手紙か」


 ジィーナに渡してくれと頼まれた、リルの自筆の手紙。封はきちんと閉じられたままだ。しばらくそれを持ったまま立ち尽くすが、宗助は机の引き出しを開けて、それをその中に優しく入れ、引き出しを閉じた。


「必ず連れ戻す、そしたら自分で渡してくれ」


 代わりに渡したりはしない。リルは恐らく、『もうここには戻れない』と思い宗助にこの手紙を託したのだろうが、宗助はそんな結果にはしないと強く心に決めた。

 さっさと着替えて、不破と共に部屋を出る。


「着替え終わったな。オペレータールームに行くぞ。司令に報告しに行く」

「……はい」


 こうして生方宗助は、何日かぶりにオペレータールームに戻ってきた。

最後にここに来てから留守にしていた期間は僅か一週間そこそこなのだろうが、その間に起きた出来事や生まれた感情はあまりに多く、彼は少々緊張した面持ちで出入り口の前に立つ。半ば強引に出撃させられたのは事実だが、それで無様に負けたうえリルを奪われ、たった一人で帰ってきたのだ。学校の部活ではなく、これは生死を賭けたけた任務であり、「負けたけどまぁよく頑張った」では済まない事は重々承知している。不破の談では、皆心配してくれていると言う話だったが、宗助は少し後ろめたい気持ちもあった。

 そんな宗助の想いを知ってか知らずか不破が手慣れた手つきでID認証を行い、扉が開く。すると、一斉に部屋の中の人々が振り返った。そして不破の後ろに居る宗助の姿を確認するとこれまた一斉に立ち上がり、「来たぞ!」と誰かが叫ぶと全員が宗助に向かって我先にと駆け寄った。


「おかえりなさい、生方君!」

「話は聞いたよ、大変だったね!」

「生方君、本当に身体は大丈夫なの?」


 などなど、敵に負けて捕らえられていた彼を咎めるような言葉は一切なく、全員が宗助の帰還を心より歓迎し、和やかなムードを醸していた。


「所定の席に着いて仕事をしろ、お前達っ!」


 雪村の一喝でオペレーター達のその『おかえり攻撃』もぴたりとやみ、名残惜しそうに全員が返事をして席に戻っていった。


「子供かよ、まったく」


 巻き添えを喰らった不破は迷惑そうに呟いた。雪村司令が席を立ち宗助に歩み寄る。


「生方、よく帰ってきてくれた。そして疑うような真似を続けてすまなかったな。話は宍戸から聴いているが……いや、この話の続きは司令室でしよう。付いて来てくれ。不破も、いいな?」

「はい」


 雪村は静かに立ち上がるとオペレータールームを出て、宗助と不破も言われた通り後に続く。




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