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machine head  作者: 伊勢 周
24章 真実の記憶
263/286

道標 1


 千咲の嗚咽をBGMにして、オペレータールームの面々は未だに信じられない様子でモニターをぼけーっと見つめていた。三日前の夜に瀕死の状態でブルームに連れ去られた彼が、服こそボロボロだが肉体自体は健康そのもののようで、それどころか以前よりも表情が充実しているようにさえ見える。宗助の胸倉を掴みながら泣きじゃくる千咲にいち早く我に返った海嶋が話しかける。


「千咲ちゃん、ちょっと、それ、その人っ」


 だが落ち着きまでは取り戻していないようでモニターの前でまごついている。どうにもスワロウにとってファントムドライブの後遺症は小さくなくて、全員がそのモニターに映っている生方宗助という人間の存在が現実のものなのか疑っている。

 すると宗助は千咲のイヤホンとインカムを取って、自分の耳にセットした。


『アーセナルのみなさん、聞こえますか、生方です』

「…………う、生方くんっ! 私、私! あなたの小春だよッ!」


 海島の隣の桜庭が大声でそんな声をあげると、後ろに居た秋月が「いつ生方くんのものになったのよ」と呆れ顔で呟いた。そんなオペレータールームの喧騒を聞こえているのかいないのか、宗助は冷静な口調でこう言った。


『一文字が足をやられてるみたいで、すぐに救援をお願いします』

「あ、あぁ……りょ、了解! すぐに迎えを出すよ」


 そして保全のための部隊と千咲を救助するための医療部隊が駆け付け、そして自分の任務を終わらせた不破がその現場に到着した。千咲は医療部隊により回収され、フラウアだった物体は、それもまた厳重な警備のもと、頑強な箱に収容されて回収されていった。不破が再会喜びのヘッドロックを宗助に極めていたが、宗助はそれをなんとか解除しつつ、不破にこう申し出た。


「不破さん、帰る前に見てもらいたいものが有ります。ついてきて下さい」

「見てもらいたいもの?」

「はい。すぐそこに有るんです」


 そう言って宗助は海のある方向へと歩き始めた。疑問に思いながらも不破は宗助の後に続く。


「そこにある奴です」

「そこにあるって、そっちは海だが……」


 そう言いながら夜の黒い海を覗き込むと、そこには潜水艇が浮かんでいた。


「なんだこりゃ。船か」

「これで、ブルームのアジトから脱出してきました。この船のコクピットにはブルームのアジトの場所が記録されています」

「ま、マジでか!」

「はい。ですから、ここに無防備に置いて帰るわけにはいきません。この事に気づいたブルームが取り戻しに来るかもしれませんし。これをアーセナルまで運ぶような車両や装備ってありましたっけ……」

「そりゃあ、それくらいはあった筈だが……。追加で呼ばなきゃな」


 そう言って不破は、本部にその旨を連絡し始めた。


「―、―。―あぁ、見た感じそのサイズで恐らく大丈夫だ。到着まで俺はここで待機する」

『了解』


 手短に船輸送の為の応援要請を終えて、不破は宗助に向き直る。


「で、だ」

「はい」

「冷静になって考えてみると……お前、本当に宗助か?」

「なんなんですかそれ、千咲にも本物か? とか聞かれたんですけど……」

「いや、こっちもいろいろあってな」


 不破はそう言いながら携帯のカメラを起動させて宗助に向ける。


「???」

「いや、いい。大丈夫だ、とりあえず」

「?????」


 携帯を懐にしまい直している不破のその一連の行動の意味がさっぱりわからない宗助は首をかしげるばかりだった。


「ま、何にしろ、この船のデータを解析すりゃ、ブルームのアジトには一直線って訳だ。……そういや、リルはどうなったんだ? 知らないか?」

「…………いえ。あいつが、……あいつのおかげで脱出できました。とにかく、さっきも言いましたが詳しい話は帰ってからにしましょう」


 そして十分ほどして船舶を運送するための特殊車両が到着し、宗助と不破と共に、アーセナルへの道を行く。



          *



 基地に帰着して車から降りた宗助を待っていたのは、眩い光線と、それを背景に従え拳銃を携えた宍戸と警備部隊の面々だった。まぶしくて顔をしかめる。まるでドラマの中、街角で警察に追いつめられる逃走犯のようだった。


「生方。よくぞ帰ってきた、と言いたいところだが……ガニエの人造人間の件もある。お前が本当に『安全な人間』なのかどうか慎重に検査しなければならない。それまで、ここの人間との接触は無しだ。別棟に隔離して行動も制限する」

「ちょ、宍戸さん……」


 その非情な態度に、不破が渋い顔であんまりだと伝えようとするが、宍戸は当然といった態度だ。


「これはアーセナルの決定であり、俺個人としてもそれは間違っていないと感じている。ここに居る人間達全員の安全を考えれば当然だ。俺とて本意ではないが」

「いえ、大丈夫です。俺も体に何か仕込まれていたら嫌ですし、検査してください」


 宗助は自ら宍戸にそう申し出た。宍戸がついて来いと言うと、アーセナルの本棟とは全く別の方向へと歩き始め、宗助もそれに続いた。警備部隊はその後にぞろぞろと続く。


「やれやれ……。まぁ、確かにしゃーないか」


 不破はそんな光景にため息交じりでそう言って、後続の船舶運搬車に目をやった。運ばれているその船舶に、ブルーム達の居場所が記されていると宗助は言う。それが本当ならば、これから状況は確実に目まぐるしく変わっていくのだろう。


(……急転直下だが、望むところだ)


 不破はそのまま倉庫に運ばれていく潜水艇を見送ると、本棟の中に入っていった。玄関に入ると目の前に岬が居た。


「うおっ、何してんだこんなとこで」

「えっと、宗助君……大丈夫かなって……」


どうやら宗助を心配して、ここでこっそりと様子を窺っていたらしい。彼女はきっと誰よりも宗助を心配していて、やっと帰ってきたと思ったら隔離するなんて決定が下って。そんな彼女の行動も仕方ないのかもしれない。


「大丈夫だ、あいつの事なら心配すんな。それより、そっちこそ千咲はどうだったんだ」

「千咲ちゃんは、足の骨に少しひびが入ってたけど、思っていたより大丈夫そうです。治るのにそんなに時間もかからないと思うし、サポーターで固めれば普通に歩けると思います。他は軽い打撲が沢山あったけど……」

「そりゃまぁ、良かったと言うべきかな。ほら、もう夜も遅くなったし、戻った戻った」

「……はい」


 あからさまに寂しげな表情を見せる岬の頭をポンポンと軽く二回叩いて、不破はオペレータールームへと向かった。


 岬は、誰も居なくなった正門前の広場を再度覗き見る。

 宗助が宍戸に隔離された理由は説明されてわかっている。もし人間爆弾やスパイロボットにされていたら目も当てられないとの事で、それはきっと正論。だけど正しい理屈だけでは、生きている人間の感情は心の底から納得させる事は出来ないものだ。

 彼の姿が消えて会えなくて胸が張り裂けそうな程心細くなって、姿が見えたと思ったのに見えない壁に隔たれた。たったの三日間だったが辛く苦しい気持ちは今まで味わった事もないほどで。たとえブルーム達に爆弾を埋め込まれていようが、もう生身のものでなかろうが、傍に行って触れてわがままを言って泣いてしまいたい気持ちはどうしようもないくらいで。

 岬は自分が彼に対してどんな気持ちをどれだけ持っていたか、引き離されたことで逆に強く自覚させられてしまった。


 現状は、不破が言う通り大丈夫だと信じて待つしかない。検査にどれだけかかるのかわからないし、そもそも生方宗助という人間が本当に無事なのかもわからない。

 待つ。

 その時間は、経過するのがひどく遅く感じた。



          *



 不破が帰還報告をするためにオペレータールームに戻ると、真っ先に桜庭が彼のもとに詰め寄ってきた。


「不破さんッ、生方君、どうなっちゃうんでしょうっ!!」

「おかえりなさいくらい言えねーのかよこのわんぱく娘は」


 詰め寄る彼女のデコを右手で押し返した。


「今のみんなの関心事は七割生方君の事なんですよッ! あとの三割はリルちゃんと千咲ちゃんの怪我! 不破さんはゼロ!!」

「なんて冷たい職場なんだ……」


 自身の待遇の悪さを憂い、眉間に皺を寄せため息を吐く。


「生方君のこと、喜んでいいのかだめなのか、まずそこをッ」

「話した感じ大丈夫そうだと思うがなぁ。だいたい、俺に訊いたって仕方ねぇだろ、宍戸さんとこに行け」

「怖いんでっ!」

「はぁ……」

 ため息が自然と出た。すると雪村が不破に声をかける。

「不破、ご苦労だったな。早速だが、お前も宍戸と共に生方の検査に立ち会って貰う。すぐに生方の所へ向かってくれ」

「……了解しました」

「じゃあ不破さん、何かわかったら、逐一連絡してくださいね!」

「許可が出たらな」



          *



 不破は命令通りに宗助が一時収容されている収容棟へとやってきた。

 そこはレスターやゼプロも収容されているドライブ能力を持った危険因子を収容している棟で、建物自体が厳重に施錠されており、更にその中にも、強力なドライブ使いを封じ込め、かつ比較的安全に取り調べなどを行うための頑丈な檻が存在する。関係者でも決まった人間以外はあまり立ち寄ることのないそこに放り込まれた宗助は、一枚の分厚い強化ガラス越しに、マイクとスピーカーで宍戸と会話を行っていた。

 檻の中で大人しく椅子に座っている宗助を一瞥して、宍戸に話しかける。


「宍戸さん、司令の指示を受けました。俺も同席します。何かわかりましたか?」

「今のところ機械金属探知は反応なし。これより各身体精密検査を順次行うが……準備している間に少し話を聴こうと思っていたところだ。……という訳で、生方。お前がブルームに捕えられてから、お前が見聞きした全てを今ここで話せ」

『わかりました』


 それから、宗助が語るブルーム達についての全てを、宍戸と不破はじっと聴き続けた。

 アルセラという人間に瀕死の状態から助けてもらった事。

 アルセラとブルームと、そしてミラルヴァに起きた、ここではない別の世界での悲しい過去の事。

 そしてそれが、ブルームがマシンヘッドを使い人々の魂を奪い始めた発端である事。

 その過程でコウスケがブルームによって騙し討ちされた事。

 コウスケと宗助は異世界の同一人物であり、おかげで彼の魂の欠片がアルセラの力により自分と共にある事。

 リルと、レオンという人間に脱出を手助けしてもらった事。

 リルは自分と帰ることを断り、今もブルームと共にいるという事。

 ブルームのアジトの場所を知り、そして脱出し、時間の感覚は無いが恐らく二日ほどであの海辺に着いて、降りたらたまたま千咲がフラウアと対峙していた事。


「……」

「……」


 不破も宍戸も、話が終わってもしばらく無言のままだった。自分達が救助しようとしていた人間が、こんな凄まじい土産を引っ提げて帰って来るとは思いもよらなかったのだ。


「うーむ。いや、すげぇびっくりさせられたけど、しかし嘘には思えないし、矛盾点は……特に無いように思えるんですけども」

「あぁ。俺もそう思う。こいつが洗脳されていないのであればな。天屋隊長の魂うんぬんは、確かにそうであれば時折こいつが凄まじい力を発揮したり、急速な成長を見せるのも納得がいく」

「あー、確かに」

「……お前はそのままこいつの話を信じてやれ。だが、俺は半信半疑でいる。こいつが洗脳されていて、ミスリードを行うために良く出来たそれらしい情報をでっちあげているかもしれないという可能性をな」

「わかりました」

「ブルームも馬鹿ではない。この現状に気づいていて、何か手を打ってくるに違いない。もし奴が何らかの形で攻めてくれば、こいつの話した事は完全に正しいと信じるさ」

『あの、すいません』


 話の最中、宗助が話に割って入る。


「なんだ」

『本当に申し訳ないんですけど……この二日か三日の間ろくなもの食べてなくて……できれば食事を摂らせていただきたいんですが……』


 明るい室内で顔を見て、どこか顔色が悪いと思っていたらそういう事だったらしい。


「おかしいな……以前の宗助の方が空気を読むのが上手かったような」

『勘弁してください、不破さん、ほんとに、我慢してたんですけど、限界で……』


 宗助は苦笑いしつつお腹を手でおさえて力が入りませんと言いたげに力ない笑顔を見せた。


「……この時間の食堂でも何かあるだろう。適当に持ってきてやれ」


 宍戸は額を手で押さえながら、投げやりにそう言った。



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