因縁の終結
フラウアが声を発したことにより、千咲は立ち止まり様子を見る。
「随分な格好ね」
そんな風に、フラウアに対して会話を試みる。が、フラウアはまた無言に戻ってしまった。
千咲は再度フラウアに歩み寄り、コンテナ間の谷を飛び越えて、あと一歩踏み込めば斬撃の届くという範囲にまでフラウアに近づいた。刀を下段に構える。
「……殺す……いや、破壊させてもらう。お前のその姿を見て、可哀想だとか哀れみだとか、そういった気持ちはチリほども浮かばない。お前に殺された人達の事を思えば、尚更……」
《生方、#$宗助%はドコ、だ……》
フラウアはまたもじっと動かないままそう言った。壊れたスピーカーから無理やり捻りだしたような声だったが、確かに意味を持ったその言葉の列に、千咲の怒りの感情が何倍にも膨れ上がった。奥歯が軋むほど顎を噛みしめる。刀を持つ手が震えた。
「お前らが……お前らが奪ったんだろッ! 宗助を、私達からッ! よくも、ぬけぬけとそんな事を……!」
《……ソウ$%、ココにはカカ帰ってイない&%か……、いや、早すギギギg……たか》
フラウアは千咲の怒りの叫びはまるで意に介さず、ぼそりと独り言を吐く。千咲は前へ飛び出そうと足に力を込めるが、その時無線で海嶋の声が彼女の耳に入り、辛うじて踏み止まる。
『千咲ちゃん、フラウアはまだ破壊するな。ソイツから生方君とリルちゃんの情報が聞き出せるかもしれない。落ち着くんだ』
千咲は突きつけた刀の先端をフラウアの眉間の真ん前に突きつける。
「宗助について、何を知っているの……!」
彼女は、その質問の答えを手に入れることに関して必死だった。
「さっさと答えろッ!」
無言のフラウアに苛立ち、声を荒げる。
《知ラナイ$カラ、何処だト訊いた##$んだよ》
「……なぜ、お前が知らない。いや、お前が知らない筈はない」
宗助を連れ去った男の仲間が、宗助の居場所を自分達に訊いてきた。何かの罠を張るための嘘だとしても、そこから繋がる戦術など考えられない。
《奴は、ブルーム&*アジトから脱走ウウ#ウ、したかラだ。僕クク、は、それを知り追ってテテテキタ》
「……。敵の言うことでも良い報せだから信じるなんて、私はそんな単純バカじゃない。何を企んでいるか知らないけど……もう良い。宣言通り破壊する。お前は、絶対に……この世に居させてはいけない……!」
《何モ……企んデなど、い$い。僕は……こノ、クソッタレだった、人生の#$&&最期ニ、彼に*もうイチド+会いたイ……だ、け……。間違っていたと、実感スル……ために……》
千咲は眉間に照準を合わせて突き立てていた刀に力を込める。彼女はそれ以上フラウアに対する怒りを心の中に収めておくことが出来なかった。
「もう潰れろ」
言い放って顔面に思い切り刀を突き立てようとしたその瞬間、フラウアは目にも留まらぬ速度で腕を稼働し千咲の刀の刃を握りしめた。千咲はそんな事を気にせずにそのまま貫こうとさらに力を込めて押しこむが、刀はそれ以上前に進まない。
「このオンボロ……どこにまだこんな力が……! 離せッ!!」
千咲が自身の刀の峰をブーツで力任せに蹴ると、それを掴んでいたフラウアの指が幾つか吹き飛んだ。
「例えお前が言う事が真実だとしてもっ、お前らが宗助に会う前に私がッ」
再度刀の切先をフラウアに突き付け、そして躊躇いなく突き刺した。今度こそ千咲の刀がフラウアの顔面を串刺しにするが、血も涙も流れない。
「ぶっ壊すッ!!」
そのまま刀を強く引き、喉元まで切り裂いてやろうとした瞬間。顔を串刺しにされた状態のフラウアが、動いた。なまじ人間の形をとどめているものだから、その光景はあまりにも異常で不気味だった。
《―$%&。***が、壊ィィィィィ、バババババ&&%$バ、バババ》
最早放たれる音声はただのノイズのみになった。もぞもぞと両腕を動かすフラウア。その気持ち悪さに一瞬たじろいだが、予定は変わらずそのまま刀を振り下ろす事。実行しようと刀を引くために力を込めたその時……。
「―ッ!」
フラウアの指がない右手が千咲の脛を強く殴打し、バキャッ、と乾いた音が鳴った。
「ぐ、ぁぁッ!!」
千咲は、フラウアの反撃を予測していなかったわけではないが、そのあまりに不規則で不気味な言動に虚を突かれた。明らかに骨に異常があった音がして、そのまま立っていることができなくなる。しかし。
「……っ、ぁ、うおぁああああああああああああッ!!」
気合の雄叫びをあげて、そのまま腕力だけで刀を引きながら下ろす。キィィィ、と金属同士が擦れる音がし、そして同時に煙が浮かび金属が融解する際に発生する独特の匂いが周囲に漂う。
「あああっ、らあッ!!」
刀は徐々にフラウアの顎下を割いていくが、足が踏ん張れない影響で、それ以上下になかなか下がらない。フラウアの動きも、緩慢になってきた。
フラウアの半分に割れた顔、それぞれの虚ろな眼が千咲を捉え続けている。
「ハァッ、ハァッ……!!」
激痛に千咲の全身から汗が吹き出し、呼吸が荒れる。再度別の箇所を攻撃するために、一旦刀をフラウアから引き抜くが、その反動で身体がバランスを崩す。千咲は自分の身体をコントロールする事が出来ずよろめき、コンテナの上から足を踏み外す。
「うぁっ……」
辛うじて受け身をとって頭部は守ったが、その足を始め腕や背中に強い痛みを感じ、うめき声が漏れる。
後を追うようにフラウアもコンテナの上から落下してきた。顔は額から顎にかけてぱっくりと割れて、手の指はなく、体中の皮膚から機械がむき出しだ。一体、この機械人間のどこを破壊すれば活動を停止するというのか。フラウアは死にかけの海辺の生物のような不自然な腹這い進行で千咲ににじり寄る。
もはやフラウアは自身でも何が目的で身体が動いているのかわかっていないのだろう。
ラフターが殺される直前に感じたように、怨念や未練、悔恨だけで身体を動かしているのかもしれない。負け続けた者の、あまりにも無惨な最期。
千咲は傍に落ちていた刀を拾い直し、腕力だけで上半身を起き上がらせ、今度こそフラウアの活動を停止に追い込んでやろうと、這い寄るフラウアに身体を向ける。
「うぐっ……!」
全身、特に足に激痛が絶え間なく駆け巡る。
「二度と、負けるもんか……! 私が、私がもっと強ければ、ちゃんとしてれば、……もう二度とあんな……!」
自分を奮い立たせるために震える声で独り言を何度も何度も、呪文のように唱える。痛みと悲しみで涙が溢れて、視界が歪む。千咲は左腕でごしごしと乱暴に目を拭いて、前を見据える。と、フラウアを捉えていたはずの視界は、何者かの背中で塞がれていた。
(不破、さん……? ううん、違う……)
ただ、その背中が纏っている服はスワロウの制服で、しかしあちらこちらに随分とダメージが入っていた。
「隊、長……? ……いや……」
頼りがいのあるその背中にそんな考えが一瞬よぎる。また幻でも見せられているのだろうかと、目をもう一度擦る。その時……
「……フラウア。もう、終わりにしよう」
背中越しに聴こえたその声は。
「宗……助……?」
掠れた声でその名前を呼んでも、その背中は振り返らない。
《……ガ#*&%、……遅かった、ジャ、な……#>いか》
「俺も、早く帰ってきたかったさ」
《……あァ……ヨウや、く……僕は……》
「あぁ。もう、終わりだ。誰の勝ちでも負けでもなく、ただの終わりが来ただけ……」
《優しク、…………する…………#$な、よ……気色が*#%悪い》
そしてフラウアを中心とした周囲には爆風が乱れ弾け、……彼の肉体……いや、機体はズタズタに切り裂かれ……動きを止めた。
・・・
しばし沈黙が流れても、その背中はじっと壊れたフラウアを見下ろしたままだった。
「……思い返せば、お前が全ての始まりだったのかもしれないな。……俺に、この今を選択させたのは……」
感慨深げにそう言ってようやく振り返り、千咲に顔を見せた。
その彼の顔は間違いなく生方宗助で、悲しげな顔を見せながら千咲の視線に合わせてしゃがむ。
「あ……、あん……、た……」
「千咲、すまなかった」
千咲からすれば本当に突然の生還、そして登場で、何がなんだかわからなくて、何と声をかけたものか全く言葉が浮かばない。
*
千咲をサポートするためにオペレータールームで現地映像を見ていた海嶋も、我が目を疑った。
「う、生方君ッ!?」
そして次に、キャラに似合わず思い切り叫んだ。メインモニターに映された映像に、他の全員も釘付けになる。数秒間全員が黙ってその映像を見て、そして一斉にざわつき始める。
「生方……!」
宍戸でさえも身を乗り出してモニターを睨みつける。
「音声を、スピーカーに回します!」
『大丈夫……じゃなさそうだな。その足……、立てそうにないか?』
宗助が千咲に手を差し伸べると、千咲は困惑した表情でその手をまじまじと見た。
『……本物、なの? 幻じゃない?』
千咲は不安げな表情を見せ、か細い声で宗助に問う。彼女は、それがまた幻だったら、触れたら消えてしまうのかもしれないと思うと、どうしようもなく怖かった。
『本物とか幻とか、なんだよそれ』
宗助が訝しげな顔で言うと、そのまま千咲の肩を強引に、しかし優しく抱き、ゆっくりとその場に寝かせる。その腕から伝わる本物の熱と脈拍に、千咲は目の前の宗助は夢でも幻でもないと確信した。千咲は宗助の胸ぐらを掴む。
『うおっ』
『……宗助……あんた……』
『?』
『あんた、なんで無事なの。なんでそんな、ケロッとしてんの……?』
『ちょっと、いろいろあったんだよ……帰ったら説明する。みんな一緒に』
『無事なら…………なんでそう言わないの……!』
千咲は震える声でそう言った。
『いや、そりゃあ言えるものならとっくに―』
『無事なら無事って言ってよ! 無事だって言えッ! 言えよ! いっつもいっつも、心配ばっかさせてッ!』
まるで子供が駄々をこねるように、千咲はボロボロと涙をこぼしながら叫ぶ。
『わたし……、わたしのせいで、あんたが死んだら……死んじゃったらどうしようって! ずっと、ずっと、ずっとっ……!』
『……ごめん。ごめんな。本当に……』
もう大丈夫だから、と宗助が言っても、しばらくはそのままで。




