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machine head  作者: 伊勢 周
24章 真実の記憶
260/286

メッセンジャー


「生方さん」


 先程までずっと耳たぶに触れていた心地よいトーンのその声が、今度は頭の中に直接響いた。


「アルセラさん?」


 宗助が辺りをきょろきょろと見回すと、アルセラが先ほど言っていた通り、大層な機械と、それに接続された円柱型水槽に、彼女が目を閉じてゆらゆらと浮かんでいた。彼女の口は動いていないが、声だけが直接宗助の頭に届く。


「さっきのはやっぱり、夢でもなんでもなかったんですね」

「はい。見ての通り私は今、このような状態です。先ほどのように、直接あなたの手をひいてここからの脱出を助けることは出来ませんが……、勝手ながらコウスケの魂の欠片をまたあなたに託しています。あなたを助け、あなた自身の才能をも引き出してくれる筈です」

「わかりました」

「すいませんが生方さん、あなたのネックレスを、今、少しだけリルに持たせてあげてください」


 頷き、ようやく泣き止んだらしい、目を赤くはらしたリルを見ながらネックレスを外して彼女にそれを手渡した。すると不思議な事にアルセラの声は全く聞こえなくなり、代わりにリルが一人でアルセラに向かってうん、うん、と頷いている。

 しばらくして、リルはネックレスを外して宗助にそれを返した。


「もういいのか?」

「うん、大丈夫。それよりも……レオン、聞こえてる?」


 宗助は突然そんな事を言い出したリルを不思議に思い、そしてこの部屋の中に他に誰か居るのかときょろきょろ見回した。空気を読んでも特に気配は感じなかったのだが、アルセラが浮かぶ水槽の横に、薄暗くて今まで気付かなかったのだが、リルにそっくりな少女が同じ状態で液体の中に浮かんでいるのが見えた。

「……あれが、レナ、……ちゃん」


 ブルームが作ったこの生命維持装置がどれ程の性能や効能を持っているか宗助には全くわからないのだが、成長期をこの水槽の中で過ごした影響なのだろう、リルに比べれば相当やせ細っているように見えた。もしこの状態から回復できたとして、ブルームはそれからどうするつもりなのだろうか、などと宗助が考えていると、「宗助」とリルに横から名前を呼ばれた。


「行こう。脱出できる潜水艇があるみたい。お父さんがすぐそこまで来てるから、急がないと」

「せ、潜水艇……?! って、そもそもここはどこなんだ、海の中なのか?」

「話は進みながらするって! 早く!」


 リルに急かされて、宗助はアルセラとレナの方を見て「必ず戻ってきます」と告げ、リルと共にその部屋を後にした。



 三分ほど経ってから、誰も居なくなったその部屋にブルームが現れた。


「リル」


 娘の名前を呼ぶが、その声は暗闇に吸い込まれていくだけ。部屋の明かりを点けて、すぐに床に付着している血痕に気づく。屈んでそれに指で触れた。


「……ここに、生方宗助が来たのは間違いなさそうだ……」


 そう呟いて立ち上がり、一目散に出口へと駆け出した。アルセラとレナは、檻のような水槽で変わらず目を閉じて、ただ静かに佇む。



          *



 できるだけ音を殺し、リルと宗助はブルームのアジトの中を走る。


「じゃあ、そのレオンっていう奴が、リルを俺のところまで案内してくれたって事か。味方になってくれる人もいるんだな」

「うん。レオンが居なかったら、きっとここまで上手く動けてなかった……それどころか、もしかしたら宗助は……宗助はっ……!」


 何かよからぬ並行世界を想像したのか、リルは少し涙ぐんで言葉を詰まらせた。


「と、とにかく、そのレオンって奴にも感謝しないとな。これも、レオンに聞こえてるのか?」

「……うん、聞こえてるって。あと、……私を助けたかっただけだって言ってる。照れてるんだよ」

「はは……」


少し乾いた笑いを浮かべつつ、更に下層へ行く階段を見つけた。


「ここを降りるみたい。でも、警備のロボットが二体いて、こっちでは一つ一つ個別にコントロールする暇がないから気を付けてって」

「二体くらいなら、どうってことない。行こう」


 宗助とリルは目の前の階段に勢いよく足を踏み出した。

 階段を降りると警告通りにそれらが居たのだが、宗助が言うとおり本当に大したものではなく、宗助はあっという間に駈け寄りその二体をいとも容易く切り刻んで破壊し、道を開ける。


「すごい……」

「先へ進もう」


 感心しているリルに案内を急かし、そのまま通路を進むと、徐々に潮のにおいと、波の音がそれぞれ宗助の感覚をくすぐり始めた。足は止めず通路を進み扉に近づくと、突然『ジー、ガチャ』とロックが解除される音が扉から独りでに鳴った。


「レオンが開けてくれたみたい」

「何から何まで、ありがたい」


 冷たい鉄の扉に手を当て、押し開ける。すると。


「お、おお……」「うわぁ……」


 二人が感嘆の声をあげる。

 扉の向こう側には、巨大な洞窟の入り江が待ち構えていた。

天井にある大小の岩の裂け目からそれぞれ日の光が差し込み、スポットライトのようなそれはまるで光の柱が海から生えてきているようだった。濃い青色の海の上には、一隻の黒い楕円形の球体が浮かべられている。それの中心部の入口窓の手前まで簡単な作りの橋が架けられている。

 背後の扉がガチャン、と音を立てて閉まると、次に、カチャリ、と勝手にロックがかかる音がした。やはりレオンが遠隔操作をしたようだ。


「………………昔、たまたまここに上陸した人達が居て……その人たちから奪い取ったものを潜水艇に改造したんだって。今は、周辺の調査とか、主に身軽に近くを移動するために使ってる」


 レオンから情報が流されているようだが、その説明についてはリルも悲しげに宗助に伝えた。父親が重ねた罪を、自分の口で説明せねばならなかったから。


「その中に入ってって」

「あぁ」


 宗助はその潜水艇に駆け寄り、橋を渡って中に入る。リルは橋まで付いてきたが、外から中を覗き込むのみだった。艇内は大人が四人か五人は入れるくらいの座席のレイアウトであったが、宗助程の身長だと高さが窮屈だと感じる程のスペースだった。寝室らしき穴倉のような部屋と、トイレもついている。先端部分にはコクピットらしき部分が見えたが……宗助に操縦方法などわかる筈もない。


『その前に座っておいて』


 すると、内部のスピーカーから少年の声が響いた。


「君が……、レオンか?」

『そうだよ。時間無いからさっさと言う通りにして』

「そうだな、わかった」


 宗助が座ると同時に、目の前の端末がぼんやりと光った。


『システムロック解除、エンジンロックを解除。端末にメッセージが表示されたでしょ。右の方のボタンをタッチして』

「わかった」


 言われた通りにすると、潜水艇はグオオ、と……エンジン音なのだろうか、低く唸る獣のような音を鳴らし始めた。


『これで動力は確保できた。次は行き先だね』

「こんな船まで遠隔操作出来るんだな……」

『そうだよ。ここでの機械は全て僕が作って管理しているシステムで動いてる。余計な事して暴れられてシステム壊れたら、……この船も動かせなくなるから』


 レオンが言葉と言葉の間に妙なタメを作りながらも言い終えると同時にコクピット端末に付属されている薄いガラス板に地球の世界地図が表示された。


『今僕らが居るのはこのあたり』


 レオンがそう言うと、アメリカ領ハワイ島から真西あたりの海の一点が光る。


「こんなところにあったのか……? でも、普通見つかるよな、この時代……調べりゃ衛星の画面出て来るし」

『もともと小さな無人島で、衛星映像なんかはハッキングして改ざんしてる。他にも隠ぺい工作はいろいろしたけどね。君らの作ったレーダーにも絶対に反応しない』

「絶対って、そんなしれっと……」

『ほら、もう出発できるよ。生方宗助だっけ? 君の家はここだろ?』


 日本の、自分の故郷の地域に光が灯る。


「あ、ああ……あってるけど……」

『じゃあ、出発させるよ。自動運転だから、まぁ結構速いし、二日あれば間違いなく着くんじゃない? 燃料も問題なし』

「二日……えっと、食料とかは……?」

『多少は積んでいる筈だよ。あと、航行記録はちゃんと残るから、それを逆にたどればここの位置が分かる筈』

「……わかった」


 宗助は窓から外を覗き、リルに話しかける。


「リル、なんとか行けそうだ。早く乗ってくれ」


 宗助が手でこちらに来るようにジェスチャーを行うが、リルは橋の上に立って、寂しげな笑顔を見せて宗助の顔を見つめるだけだった。


「リル? どうしたんだ、早くこっちへ」

「わたしは、ここに残る」


 彼女が言い放ったその言葉に面食らい、何を意図しているのか理解できず混乱した。


「残るって、何を言ってんだよ。ジィーナさんや皆もきっと心配して待ってる」

「宗助が皆に伝えて。わたしは元気だよって」

「だからっ……」

「もし、わたしがここから居なくなったら、誰もお父さんを止める人がいないから。またみんなの所に行って傷つけてしまうかもしれない。だから、わたしが残ってお父さんを止めてみる」

「リル、そんなのっ、お前のお父さんは……!」

「大丈夫。お父さんは、わたしにはひどいことをしないから」


 宗助の反論を遮ってそう言うと、「あっ、そうだ」と言って、肩掛けポーチの中をまさぐり、一通のかわいらしい薄ピンク色の封筒を取り出した。


「これ、ジィに手紙を書いたんだ。小春ちゃんに勧められて書いた、わたしの今の、本当の気持ち。これをジィに渡して欲しい」

「……リル、やっぱり駄目だ。みんな本当に心配してるし、手紙は、ジィーナさんに自分で渡せばいい。それに、もしブルームが基地に来ても、次は、次こそは……」

「宗助。お母さんと、レナと、……三人で待ってるね」


 リルは一方的にそう言いながら無理やり宗助の手に手紙を握らせると、ささっと素早く船から身を引いた。そして。


「レオン、お願い」


 宗助が今まで聞いたことのない凛々しく、そしてどこか悲壮な決意を孕んだ声色で彼女が言うと、潜水艇の扉がひとりでに閉まった。


「ちょっ、待ってくれ、おいリル!」


 宗助のその叫びは誰にも聞き入れられずに、潜水艇ががくん揺れる。空間ごと下へ下へと沈んでいく感覚。右手に握らされた手紙と、閉まった扉を二度見比べて扉を叩くが、潜水艇と言うだけあって相当頑丈に作られているようでビクともしない。陸上は、もう見えない。傍にあったベンチに、力なく腰掛ける。


「くそ……。母娘揃って、一方的なんだよ……」


 ひとりごちてうなだれる。

 小さく分厚い窓から見える景色は、あっという間に深く濃い青色へと染まっていった。




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