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machine head  作者: 伊勢 周
3章 ようこそ、アーセナルへ
26/286

何のための部隊であるか


 繁華街の提灯通りから程近い、人通りの少ない夜の空き地。

 時刻は、もう日が変わろうかという頃だった。酒に飲まれて気分を良くしているサラリーマン風の、若い男と中年の男の二人組がお互いの肩を貸し合いながら、千鳥足でよろよろと歩いている。


「うーい、ヒック、ヒッ……」

「ぶちょぉー、飲みすぎですよお、かお、まっかじゃないですかー! はははは!」

「そういう加藤君こそ、ヒッ、真っ赤だよぉ、わはははは!!」


 この空き地は不法投棄が多く、車のタイヤや壊れたタンスだとか旧型のテレビなんかが転がっており、また、そういった場所にはやはり相応の人間が集まってくるわけで、お世辞にも雰囲気が良いと言える場所ではないのだが、酔っ払いにとっては目に映るすべてが楽しく見えるらしい。


「おい加藤君、こんなところに遊園地があるじゃないか! ちょっと寄っていこう!」

 と上司らしい人物が提案すると、その加藤君は「あはは、たしかに遊園地ですね、わかりました

~」などと陽気に賛成の言葉をぶちあげる。


 そして二人は思い思いの行動にでる。加藤君と呼ばれた若い男性は、捨ててあるベッドに倒れこみ気持ちよさそうに寝転がった。一方中年の男性は、よろよろと歩き回り、値踏みするようにあたりに転がっている廃棄物を見て回っている。そして彼の目に留まったのが。


「んん? なんだこれはぁ。サイコロにしちゃあでかすぎるなぁ」


 各辺が一メートル程度の、全面銀色一色の立方体だった。


「それに目もかいてねぇ。まったいらだ。しかし、こりゃあ売ったら金になるかもな。中身は詰まってんのか」


 その銀色の立方体を掌で叩くと、中身は空洞では無いようでパシンと乾いた音が鳴る。


「おぉ、中身ぎっしりじゃないか、加藤君、すごいぞ、君も見ろ! こいつを売れば大金持ちだぞ! わはは」


 戦果を上げたと言わんばかりの大声をあげ、中年の男が振り返りそれに背を向けた瞬間。その立方体がひとりでにぐにゃりと歪み、まるでスライムのように形を変えていく。しかし彼は、背後での異常事態に気付かない。


「ほら寝ている場合じゃあないぞ。ヒック。良いからおきろってええ」


 部下の肩を揺する男性の背中に向かって、いくつもの銀糸の触手がスライムから伸びていく。じわじわと忍び寄っていく。


「ぶちょおお、もうさすがにのめませんってぇ」

「なにねぼけてるんだ、運ぶのを手伝ってくれ! 二人で大金持ちになって会社を立ち上げよう、会社名を考えるぞ!」


 伸びた『銀糸』の一つが彼に到達し、静かにゆっくりと彼の皮膚に突き刺さり、破り、皮膚の内側に侵入。さらに複数の『銀糸』が次から次へと突き刺さり、侵入していく。


「あ、ああ?」


 アルコールで感覚が鈍くなっていた彼も流石に痛みや違和感を覚え振り返り、そこで初めて自分の身体に突き刺さる無数の銀糸達に気付いた。

 しかし時は既に遅く、突き刺さったいくつもの銀糸はまるでマリオネットの操り糸のようで、彼の自由行動を許さない。


「な、なんだ、こっ……、た、助けてくれっ、か、加藤君っ、おい、かっ……こ、れは……肉がす、吸い取られ――」


 そして。彼は着ていたスーツだけを残し、この場から、この世から消え去った。あまりにあっけない、数秒間の出来事であった。


「もう、部長、何なんですかぁ……って……あれ、部長……?」


 ひとり残された加藤はあたりを見回すが、やはりそこには彼が着ていたはずのスーツしかない。


「ぶちょお、ずいぶん、うすっぺらくなっちゃってー……。なにやってるんです、か……?」


 そして彼の目の前にもまた、既に無数の銀糸が迫っていた。


「……へ?」


 それらが何なのか、彼に理解出来る筈もなく、考える暇も無かった。銀糸は彼の肌を次々と突き破っていく。


「あ、あぁっ、痛っ、何だこれっ、なひがっ――……」


 数十秒も経過した頃、その空き地から人間は消えた。


 残された銀色は、まるで食べ終わった料理の皿を舐めとるかの如く、無造作に落ちている血の染みたスーツを、自身の身体に溶かすように取り込んでいた。



          *



 アーセナルでは、生方宗助の入隊式が行われていた。

 現在時刻は午前八時三十五分、天気は快晴。

 宗助は入隊式の主役として神妙な面持ちで臨席しつつ、今朝方不破に言われた言葉を思い返していた。


『――いいか、今日は入隊式だ。入隊者はお前だけだから、当然新人の参加者はお前だけになる。起立と言われれば立って、着席と言われれば座れ。入隊式の流れに沿うだけでいいからな。途中で自己紹介と挨拶をしなきゃならんが、一言二言、当たり障りの無い事言っとけばそれで大丈夫だ。隊長も来るし、偉いさんも参加するし、変な事はするなよ、絶対だぞ。絶対に変な事すんなよ!』


 部屋の両サイドに座るお偉方の視線を一身に浴びながら、簡単なプロフィールが読み上げられる。


(まったく、なんだよ変な事って。……フリじゃないよな……)


 式の最中でありながら、そんな芸人じみたことを頭の中で思い浮かべているあたり、この生方宗助という青年の肝はなかなか据わっている。


「隊員章、授与。新入隊員、起立」


 司会進行の稲葉がそう言うと、立ち上がった宗助へ、視線がより一層注がれる。


雪村ゆきむら司令長官、お願いします」


 荘厳な顔つきの、白髪がいくつか見られる壮年男性が無言で頷いた。雪村は隊員章を持って宗助の目の前に歩み寄ると、宗助の制服の左胸ポケット上部にそれをつけた。その瞬間、部屋の両サイドに座っていた各位からパチパチパチ、と儀式的な拍手が起こる。


「引き締まったいい顔をしているな。これから真面目に鍛錬に励み精進し、存分に力を発揮して、この街、国、そして世界の平和を守る一員となってくれる事を……我々一同、大いに期待しているよ」


 雪村は言い終えると右手を宗助の前に差し出した。宗助はその手を掴み、固い握手を交わし、次に言葉で応える。


「はい。精一杯、頑張ります」


 その後、幾つかのありがたい講話が披露されるのだが、それらは全て宗助一人の為に行われている訳で、気を抜いた仕草を見せるわけにもいかず、宗助の全身はずっと緊張しっぱなしで肩首はガチガチだった。

 彼がその重圧から解放されたのは、入隊式開始の合図から数えておよそ二時間後だった。部屋の隅に座っていた不破の頭が、何度かカクッっと傾いたのを宗助は見逃さなかった。

 入隊式を無事終えた後は、改めて挨拶周りをする為に不破に連れられて基地内の各部署を歩いて回っていた。


「入隊式、普通に済んでよかったな。最近の子は自己主張が激しいって言うからさ、いきなり司令の頭叩いたり歌ったり叫んだりするんじゃないかって俺も心配してて」

「どこの情報ですか。コントでも今時やらないですよ」

「ははは、冗談だ、笑えよ」


 そんなゆるい会話を交わしつつ挨拶回りは順調に消化され……そして二人は、オペレータールームの前で足を止める。


「ここで最後だ。ここは俺達と一番関わりがある場所だな。特殊能力部隊の為だけのオペレータールームだが、それでも大層な設備が整っているし、働いている人間も多い。昨日の歓迎会にも多く来てくれていたけど、今一度ちゃんと挨拶しとかないとな」


 不破がセキュリティカードリーダーに自身のカードを通すと、扉上に設置されてある青いランプが点灯し、ゲートが素早く左右に開いた。不破に促されて足を踏み入れたその部屋は、上下左右高低、すべてが大きく開けた場所で、室内照明は少しだけ暗めである。モニター機器やコンピューターが幾つも設置されており、ヘッドセットとインカムを装着した隊員達が皆それぞれ忙しなくコンピューターと向き合い作業をしている。

 入り口の真正面奥の壁にはこの部屋を見る限り最も大きなモニターが設置されており、今はこの近辺の地図が映されていて、その上をソナーが一定間隔で波打っている。

 室内の隊員達のうちの一人、不破と同年齢程の男性が宗助の入室に気づくと立ち上がり、にこやかな笑みを浮かべながら歩み寄ってきた。


「やぁ、生方君。昨日はどうも。入隊式は無事すんだみたいだね」

「はい。……正直言うと、だいぶ肩が凝りました」


 宗助はそう言うと、頭を掻きながら苦笑いを浮かべる。


「ははは、やっぱり堅苦しいよねぇ、あれ。じゃあ今は、改めて基地の中を挨拶廻りってとこ?」

「そういう事だ。まぁ、歓迎会で全員と会えた訳じゃあないし、最初の挨拶くらいはしっかりしとかねぇとな」


 その質問には不破が答えた。


「……そういえば不破君が教育係か。ちょっと心配だな」

海嶋うみしま、それはどういう意味だ。俺の他に適任者がここに居るとは思えねぇがな」


 短くはあるがやり取りを見る限りでは、この二人は仲の良い同僚のようだ。するとそこに、新たに一人、女性が歩み寄ってきた。


「あら、この子が生方君? へぇ~。うふふ、写真で見たのよりかっこいいじゃない」


 随分と滑舌の良い声に振り向くと、えらくグラマラスな女性が不敵な笑みを浮かべて立っていた。


「あぁ、秋月あきづきか……」


 不破が呼んだそれが彼女の名前。

 ヒールを履いているのもあるが、宗助や不破の隣に立っても彼らと頭の位置が殆ど変わらないほど身長が高い。制服のシャツを第二ボタンまであけており、ちょっとした弾みでちらりと胸元が見えてしまいそうであったり、タイトなスカートを履いていて臀部が少し強調されていたり、そしてどうも彼女自身、自分が周囲からどういう風に見えているかもしっかりと自覚しているようで、その上でひとつひとつの仕草がえらく扇情的であったりする。

 彼女は宗助と顔の距離を近づけ、色のついた声で話しかける。


「はじめまして、生方君。私は、秋月 みやび。オペレーターを主に務めているの。これからよろしくね」


 彼女は宗助の右手を両手で包んで持ち上げ、ぱちりと右目でウィンクして見せた。繰り返すが、語尾や仕草がいちいち扇情的である。


「は、はじめまして、生方宗助、です」


 やたらと距離が近い彼女に宗助は押されて一歩引いてしまう。ここ数日で板につきつつある苦笑いをまたしても表情に張り付けつつ、自己紹介を返す。その顔色の方は若干紅潮していたが。


「昨日は歓迎会いけなくてごめんねぇ、ちょっと仕事が立て込んでて。それよりも、ねぇ、生方君。不破君より、私がイロイロ、教えてあげよっか? 一対一で、私の部屋で……。そっちの方が、きっとあなたもいっぱい成長できると思うんだけどな……」

「あ、あははは……。何を、そんな」


 宗助は乾いた笑い声を上げることしかできず、不破も海嶋もカットに入るタイミングがとれず……しかし彼女は、周囲の目も困り顔の宗助も気にすることもなく。むしろ面白がっているきらいさえある。宗助が退いても少しずつにじり寄り、耳元で吐息混じりの言葉を囁く。

 しかし、そのすぐ後。


「やめろこのエロ女」


 ゴツン、と鈍い音がした。今度は一文字千咲がいつの間にやら秋月の背後に居り、頭頂部にチョップをかましたのだ。


「痛ったぁ……!」

「ついに十代にも魔の手を伸ばしたな、この変態。自分の年齢考えてから相手を選びなさい」

「このバカ力っ、ちょっとは手加減しなさい!」

「はいはいごめんなさいね、同僚が困り果てていたから助けてあげなきゃって思って、思わず力が入ってしまって。……宗助、この人はまともに相手にしなくていいから。適当に流して逃げた方がいいよ。っていうか、秋月さん、ちゃんと制服のボタン止めてください。周りの目の毒だから」

「あんたねぇ、年上の人間に少しは敬意ってモノを……!」


 秋月が顔を痛みで歪めつつ叩かれた頭頂部を手で擦る。千咲は、登場してからずっと冷めた顔で、秋月の言葉を意にも介さない。


「なあに、秋月おばさん。なにか言いましたか」

「おばっ……こんの……、アナタねぇ、今は若くてチヤホヤされてるかもしんないけどねぇ、十代なんて過ぎるのは一瞬よ、一瞬!」

「ホホホ、若さへの嫉妬は醜いですことよ、オバサン」

「そうやって笑ってられるのも今のうち、人間は平等にトシとんのよっ、だいたい制服のボタンだって胸が苦しいから外してるんですー、まぁ、まっ平らなアイロンさんにはこの苦しさはわかんないでしょうけどねぇ!」

「アイロンって……別に真っ平らじゃないし! それならちゃんとご自身のサイズに合った下着と制服買えばいいんじゃないですかね! だいたい、地球の平和守るのにでかい胸なんてあっても邪魔なだけだし! アイロンで結構! 真っ平らじゃないけど!」

「あらあらまぁまぁ、情けない負け惜しみだこと」

「ま、まぁまぁ、二人とも……」


 ああいえばこういう口喧嘩と、ソレを少々呆れた顔でなだめる海嶋をバックに、宗助はひきつった表情で不破に尋ねる。


「……あの、不破さん、いつもこんな感じなんですか?」

「……あぁ……。いや、いつもって訳じゃないが、ごくたまにな……。あの二人のあれは、なんていうか、コミュニケーションみたいなもんで……。本気で言い合ってるわけじゃなくて、結構普通に仲は良いんだ。時々二人で駄弁ってたりするし。なんというか、今日は一応……、平和って事だな」

「はぁ……」


 力のこもっていない不破の言葉に、一応納得したという体で相槌を打っておく宗助。そして無意味に私語を慎まず騒いでいては、どんな職場にもそれをいさめる為の責任ある監督者がいるわけで。入り口に、先ほど入隊式でありがたいお話をして頂いたお偉方の一人・雪村司令長官が、苛立った表情で立っていた。


「秋月! 海嶋! 勤務中になに騒いどるんだ、所定の位置に戻れ! 一文字も、待機中ならおとなしく待機しとかんか!」

「は、はいっ!」

「なんで僕まで……」


 とばっちりを受けた海嶋は渋い顔で席に戻って作業を再開する。そんな一連のやり取りを見て宗助は思った。


(ちゃんと、ここで強くなれるんだろうか)





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