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machine head  作者: 伊勢 周
24章 真実の記憶
259/286

記憶世界からの帰還



 『こちら』の世界、一年半程前。


 夕暮れ時。コウスケが町を歩いていると、路地裏への道の影に懐かしい人影を見つけた。

 その人影は既にコウスケに気付いていて、彼に対して小さく手招きをしてから路地裏の中へと消えて行った。コウスケもその人影を追って路地裏に入る。すぐに追いついた。


「ミラルヴァなのか?」


 そう問いかけると、人影はゆっくりと振り返り、その顔を見せた。


「お久しぶりです、コウスケさん。ご無事で何より」

「ミラルヴァ……、無事だったのか、良かった……! レナは、どうだった? クロイには会えたか? アルセラは元気か? 大丈夫なのか? 俺もこっちでリルとジィーナさんを探しているが、なかなか手掛かりが無くて……」


 積もる話がありすぎて一体何から聴くべきかと思ったが、何はともあれ安否は何よりも懸案事項であった。


「こちらの状況なのですが……。いや、実際に見てもらった方が早い。我々も、こちらに住処を作りました。案内します」


 ブルームのアジトに招かれたコウスケは、生命維持装置に収容された妹と姪の姿を目の当たりにして愕然とする。


「レナはともかく……アルセラは、これは、どうしたんだ……? 一体何が……」

「二人とも、全く同じ状態です。魂を削られて、植物状態に」

「……そんな……。なんて、ことだ……」


 その事実に、コウスケは顔を絶望に染めて、その場に力なく膝をついた。隣に居たミラルヴァが気まずそうに声を掛ける。


「すいませんコウスケさん。自分がついていながら……、守れなかった」

「……。いや、守れなかったのは、俺も同じだ。リルとジィーナさんは未だに見つかっていない。マオの奴に捕まっていなければいいんだが……」

「それはまだ、大丈夫なようです。一刻を争うことに違いはありませんが」

「なんとしても、俺達で先に保護しなきゃな……」


 コウスケは俯いて、両手をぎゅっと握りしめた。


「俺達もこうして再会できたんだ。リルも、何かの拍子にひょっこりと姿を現してくれるかもしれない。楽観的過ぎるか」

「……この際、悲観的になったところで良いこともありません」


 ミラルヴァは、そっとアルセラの収容されたカプセルを見上げる。


「そうだ、ミラルヴァ……。何かの間違いだと思うが、確認しておきたいことがある。恐らくマオの差金だろうが、この十年近く、こちらの世界で妙なマシンが一般人を襲撃しているんだ。なんとか見つけ次第破壊していっているが……そのマシン達を操っているのはブルームだという情報が入って――」


 すると背後からブルームが現れ、コウスケの肩に手を触れた。


「いいえ、お義兄さん。何も間違ってなどいません」

「……? ブルーム、間違ってないって、どういう……」


 その瞬間、コウスケの身体は一瞬で凄まじい磁力に囚われて床に引き寄せられ、うつ伏せのまま身動きを封じられてしまった。


「がっ、お前らッ、一体これは、何を……!!」

「その機械の兵隊は、我々の所有物。困るんですよ、闇雲に壊されると。リルの捜索と、この二人の回復がその分だけ遅れる」

「なんだとっ、おい、どういう事だミラルヴァっ! ブルーム! 答えろッ!」

「言葉の通りですよ。アルセラとレナを蘇らせるには、他の人間の魂が必要だ。大量の魂が。ですので、こちらの世界の人間に協力してもらう事にしました」

「なんだと……! お前ら、今すぐそんな馬鹿な事はやめろっ、第一、そんな方法で蘇らせたとして二人が喜ぶとでも思っているのか!」

「……やれ」


 ブルームはあまりに冷酷な声でその二文字を唱えると、周囲の暗闇から機械の兵隊たちがぞろぞろとコウスケに歩み寄り始める。


「くっ、畜生ッ!」


 磁力に拘束された状態でもコウスケは何とか空気の弾丸や刃を周囲に弾き飛ばして撃退しようとするが、一体を壊す間に二体は彼に近づき、それらを壊す間に四体が近づき……。慣れない体勢と突然の情報に対する混乱などでそれら全てに対応できるはずもなく……。

 あえなく、コウスケの魂はブルームの手中におさめられた。

 妹である、アルセラの目の前で。



「ブルームが予想していた以上に、コウスケの魂は私達を蘇生させるための目安の数値を大幅に回復させました。そして、その結果を受けて……次にブルームが狙いを定めたのは、こちらの世界でコウスケと同一の魂を持つ人物である、生方宗助さん。あなたでした」


 アルセラは、さらっと、宗助にとって重要な事を述べた。


「はい? 俺と、コウスケさんが……?」

「あ、はい。お伝えしていなかったですね。あなたとコウスケは同じ魂を持つ、並行した世界での同じ人間なのです」


 こともなげに言うので、宗助は余計に唖然としてしまう。

 自分と天屋公助が似ていると皆が口を揃えて言うのも、ドライブが同じなのも、エミィとロディが見間違えたのも、全て他人の空似ではなく根拠があったという事だ。青天の霹靂、と言いたいところだが、頭の中の一部分で宗助は、天屋公助という男がただの他人ではないような気もうすうす感じていた。


「……奴が俺をここに連れ帰ったのは、そういう理由だったんですね」

「はい。ブルームは、自分の手であなたの魂を安全に取り出そうと考えていた」

「えっと、という事はじゃあ、あなたと俺の妹は同一人物!?」

「そういう訳ではないみたいです。この世界には数えきれない色々な要素が入り混じっていますから、全てが鏡写しという訳ではありません……。だけど、あなたと私の兄が同じ人物なのは、間違いありません。それは外見や性格、そして携えたドライブに一番現れている」


 宗助は、自分の掌や腕、体を今一度まじまじと見回した。


「余談というか、これはあくまで私見であり、断定できないのですが……向こうの世界とこちらの世界を行き来する人間が多くなった影響で、こちらの世界には本来芽生えていなかった『ドライブ』という力が存在……いえ、混在するようになってしまったのではないでしょうか。少なくとも兄はそう考えていた」


 確かに大昔からそんな特異な能力を持つ人間が居たのなら、内乱の歴史に強力な戦力として記録に残っている筈だが、そういった話は聞いたことが無い。


「強い力にはルールが必要です。だから兄は、この世界にドライブの力が生まれ始めた事を知り、それを野放しにしとくことも出来ないと……真面目な性格で、あれもこれも、放っておくことが出来なかったんですね。身体は一つしかないのに」


 確かに、気になることを目にすると放っておけない性格も、自分の事を指摘されているように思えた。


「話をもとに戻しますね。気付いていたかもしれませんが、私に捧げられたコウスケの魂は、あなたが妹様の病室で初めてシーカーと出会ったあの日から、ずっとあなたと共にいます。ブルームにバレないように、コウスケの魂の欠片を操ることに成功したのです。そして同一人物であるあなたに何らかの方法でその魂の欠片を託せば、きっとブルームに狙われたあなたを守り、助け、お役に立つことが出来ると考えました」


「初めてシーカー……マシンヘッドに会った日って、あの春の、妹の病室に来た時に?」

「はい。その時に、一時的にシーカーに憑りつかせた兄の魂を、殴るのと一緒にガツンと」

「……マジか……」


 他にもう少しましな方法が無かったのかと、恨めしい感情をアルセラに向ける。彼女はそれを見通していたかのように「あれしかなかったのです」と言い訳を小声で語る。


「魂が一番無防備になる瞬間は、眠っている時です。そして次に、肉体や心が負けを認めた時。あなたが本能的に負けを認めた時には、コウスケがあなたの身体を代わりに操った。フラウアの腕を切断した時も、ミラルヴァに殺されそうになった時も……」

「コウスケさんの魂の欠片が、俺を守ってくれていたんですね」

「そう思っていただけるならば、助かります。あなたからすれば、迷惑だと思う事も沢山あったと思いますから……」


 これまで宗助には、何度も自分の持つ力を大きく超えた力の存在が確認された。その最たるものが、トレインジャックの時に巻き起こったミラルヴァとの戦闘で、その時宗助は完膚なきまでに敗北したところまでしか記憶がないのだが、監視カメラの映像にばっちりと残っている。

 宍戸には「別人である」と結論付けられたり(本気で言ったのかどうかは定かではないが)、天屋公助を髣髴とさせると周囲に言わしめたり、その宗助の当時の力量を超えた動きに本人を含め誰もが驚かされたものである。


「だけど、あなたの心はすぐに強くなって、負けなくなった。シェルターでフラウアに殺されそうになった時、コウスケはあなたに成り代わる事は出来なかったのですよ」

「それは多分、必死すぎて何が起こったかわからなかっただけですよ」

「それでも、本当にあの時はもうだめかと。生き延びてくれて、本当に良かった……」

「……ん? えっと、話が戻りますけど眠っている時もって……じゃあ、……今まで時々俺が見ていた妙な夢ってやっぱり……」

「ごめんなさい、それはコウスケの記憶であり、私の仕業です」


 この半年間の疑問が突如あっさり解けた。 誰かの能力だとは思っていたのだが、まさかブルームの妻だとは想像もしていなかった。


「俺たちの動向についてやたら詳しいのも?」

「コウスケの魂を介して、私も見ていましたから。ごめんなさい。で、でも、二十四時間ずっと見続けていたわけじゃありませんからねっ」


 妙なフォローのおかげでいろいろと私生活まで覗かれていたのかと発覚して、急激に恥ずかしさを感じるが、アルセラはもう一度ごめんなさいと深くお辞儀をする。


「生方さん、私からあなたにこれ以上お願いごとをするなんておこがましいのは百も承知で、お願いします。どうか、私の夫、ブルームのことを……」

「……はい」

「ブルームを、完膚なきまでに叩きのめしてくださいッ!!」

「……はい?」


 少しでも理解してあげて欲しいという趣旨の言葉が来ると思っていた宗助は、まさかの討伐命令に耳を疑い訊き直してしまった。


「私、めちゃくちゃ怒ってるんです! あの人は、私とレナの為だと言って、レナの能力を使って幾つもの数えきれない尊い命を奪い取って。何度も何度も私は、もうやめてって、ここで叫びました。でも私の声は届いてくれません。この様なやり方で……数えきれない犠牲の上でもし生き返れたとしても、それで私たちはどんな顔でこの人生を生きていけばいいのでしょう」

「でも、……その……生き返りたくないんですか……?」

「……生き返りたくないと言えば嘘になります。リルが成長していく姿もこの目で見たかったし、レナとブルームさんと、家族四人でもっと夢を見たかったと思います。ジィーナさんにも、直接お礼をして、謝りたかった。……でも、終わってしまったものは仕方ありません」


 そう語るアルセラの決意に満ちた顔を見て、宗助は馬鹿な事を尋ねたと少し自分の発言が嫌になった。


「だから、生方さん。ブルームさんを叩きのめして、心を開かせて、あなたのネックレスをほんの少しの間だけあの人に貸してあげてください」


「ネックレス……?」


 言われて、宗助が自身の鎖骨あたりを手で触れると、確かにネックレスがかかっていた。


「これは……千咲と岬が、俺にくれた」

「あなたが首にかけているそのネックレスの石。私がリルやあなたとこれほど鮮明に意思疎通できるのは、その石の力……だと思います。一体どなたがどんな風にお作りになられたのかは存じませんが……それがあって本当に良かった」

「じゃあ、このネックレスをブルームに触れさせれば?」

「ええ。ただ、先程言った通り、心を開かせる必要があると思います。魂を無防備にする。それさえして頂ければ、あとは私が説得します」


 アルセラはそう言って自分の胸に手を当てて、まっすぐな視線で宗助を射抜く。宗助もその視線から目を逸らさなかったが、頭の中では弱気な考えも当然あった。自分は、手負いだったとはいえブルームに完膚なきまでに負けて、ここに連れてこられる事になったのだ、と。しかもここにはミラルヴァも居る。マシンヘッドも数多く居るのだろう。フラウアはどうだろうか。自分一人では、悔しいが、間違いなく勝てない。


「今日すぐにそれを実行して欲しいとは申しません。というより、あなた一人では、恐らく厳しいと思います。稲葉さんに半死半生にされた肉体を捨てて機械の身体を手に入れたブルームは、ドライブ能力こそ失ったものの生身の人間を遥かに超える身体能力を持っています。それはあなたも既に体感した筈。多くの戦闘用シーカーも保管されているし、ミラルヴァだって居ます」


 想像した通りの答えが尋ねずとも帰ってきた。ならば、これから取るべき行動は――。


「もうすぐ治療は終わります。目を覚ましたら、すぐにここから脱出してください。そしてこの場所と、私の言葉を、どうかあなたの仲間達に伝えてください。あなたの事を本当に心配して、そしてあなたが戻って来てくれることを信じて待っています」


 アルセラがそこまで言うと、周囲の風景が、まるでメッキがはがれていくようにぼろぼろとはがれ落ち始め、そのはがれ落ちた部分から何もない黒の空間が覗き見えた。

 正面に居るアルセラも徐々に体が透け始める。


「どうか、そのネックレスを失くさないように……」

「ちょっと、待ってください! まだ訊きたいことがあるっ!」


 宗助が焦って言うが、アルセラは申し訳なさそうに眉を下げて、深くお辞儀した。彼女の口は動いていたが、その声は宗助に届かない。


「もしっ、もし俺達が、ブルームを止めることが出来たとしてっ……、そしたら、あなたとレナちゃんは――」


 宗助が言い終わる前に宗助の居る世界は黒色に包まれて、アルセラの姿は完全に消えた。

 そして。


          *


「…………う、…………ん……?」


 宗助は、衣服全体が妙に濡れて張り付く不快感に身じろぎし、閉じていた瞼を少しずつ持ち上げる。目に入ってきたのは、ぼんやりとした弱々しい光と、闇に包まれた天井。そして。


「宗助……?」


 名前を呼ばれてそちらに目を向けると、今にも泣き出しそうな表情で自分の顔を覗き込んでいるリルの姿があった。


「……リル」

「……そう、すけ……」

「……そうか……。俺を、助けてくれたんだってな……アルセラさんに、教えてもらったんだ。今までに起きた、全部の事を……」

「お母さんに? ……体は、大丈夫?」

「……あぁ、どこも痛くない。生きてるよ、これが当たり前みたいに……。信じられない」


 宗助は両手を持ち上げて掌を見て、グー、パー、グー、パーと指を開閉した。するとその様子を見ていたリルの両目からぼろぼろと涙がこぼれ落ち始め、彼女は両手で自分の顔を覆う。


「よかった……ひっく、……よがっだよぉ……!」


 そして嗚咽を漏らしながら、安どの言葉を何度も繰り返していた。


「ありがとう、リル……。本当に……」


 宗助が礼を述べても、リルはというと喉がいろんな気持ちで詰まってしまって「どういたしまして」も言えず、顔を抑えながら左右に首をブンブンと振っていた。





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