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machine head  作者: 伊勢 周
24章 真実の記憶
258/286

善と悪を超える


 ミラルヴァはマーティーに紹介された男が運転する車に揺られてかれこれ十五分ほど林道を走っていた。


「なぁ、まだ着かないのか」


 何も知らないミラルヴァは苛立った様子で運転手に問いかけるが、運転手は特に返事をしない。車載の時計を何度も見て、そして出発した時刻との引き算を何度も行っていた。


「おい、聞こえているのか。その落石現場とやらには、あとどれくらいで着くんだっ? そんな様子の場所は見当たらないが」

「……もうすぐですよ」


 注意深く聞かなければ聞こえない程の小さな声で運転手が呟いた。


「さっきももう少しと言っただろう、あと何分くらいだ、こんな林道で渋滞も無い、答えられるだろうがっ」

「もう、着きますよ」


 運転手の口元が、ほんの僅かににやりと笑ったように見えた。


「……、……?」


 ミラルヴァの思考が、突如ぼんやりと霞みだした。


(なん、だ……?)


 瞼を持ち上げておくのにも気力が要る程、そして自分を包み込む空気がエネルギーを奪っているかのようなひどい脱力感に見舞われている。ふと運転席を見ると、そこに運転手はおらず、しかし何故かアクセルはどんどん強く踏み込まれていく。車の進む先は、崖。


「……な……に……」

(く、そ……浅はか、だった……)


 そこで完全に自分が嵌められたと気づいた。気づいた所で、脱力感から逃れることは出来ない。車はさらに加速していく。


(ブレー、キ……いや、……脱出、しな、けれ……)

「……っ。……――」


 そこでミラルヴァの意識は途絶え、車はそのまま崖の上から空中に飛び出した。


――一時間後。


 街から離れた谷底に流れる川の畔で、ぐちゃぐちゃにひしゃげた自動車が黒こげになった無残な姿で佇んでいる。そしてそのそばで、一人の人間が血塗れ煤まみれになりながら、ずりずりと足を引きずって歩いている。


「……くそ、くそ……! なんて間抜けなザマだ……、なんで、信用したんだ……あの男……!」


 あの車を運転していた男は確実に殺意をもってこの『事故』を巻き起こしていた。直前に身体が脱力感に見舞われ思考が麻痺したのもドライブ能力か、何か車に仕込んでいたかと推測できる。そしてそんな男を自分にあてがったのはマーティーだ。

 何が目的かはわからないが、恐らく彼は自分達を油断させるために一日付きっ切りで献身的で友好的な態度を見せて、そしてその目論見にミラルヴァはまんまと嵌ってしまったのだ。


「アルセラ……君が自分の事をどう想おうが、誰と結婚しようが……必ず守ると心に誓っていたのに……」


 よろよろと歩きながら、空を見上げ、幼馴染の女性に想いをはせる。


「とにかく、戻らなければ……、本当に手遅れに、なってしまう……」


 元居た町に向かって、ミラルヴァは重傷の身体を押して歩き続けた。大けがを負いながら、それも知らない土地の森の中を進むのは困難を極めた。それでも必死の思いで歯を食いしばり前へ前へと進み続けて……ミラルヴァはようやくマーティーの家へと辿り着いた。

 無事でいてほしいという想いと、あまりに静かすぎるその様子に胸騒ぎを覚えながら、玄関の扉を開ける。


「ハァ……ハァ……」


 息を切らしながら、壁や柱で自分の肉体を支えつつ、玄関を上がり廊下を進む。その時点でミラルヴァは、鼻に生臭い不快な匂いを感じ取っていた。嫌な予感が、一歩進む度、一秒経つにつれ、胸の中にどんよりとにじみ出てくる。

 リビングの扉を開いたとき、ミラルヴァは目の前の光景に絶句した。あちこちに広がる血だまりに、倒れているアルセラとレナ、そして手足を拘束されたブルームが二人の間で倒れている。


「なんだ……これは……!」

「ミ、ラル、ヴァ……ゴホッ」


 ブルームがうめき声をあげる。


「ブルーム、ハァッ……ハァッ……なんだ、この状況は……!」

「ミラルヴァ、お前、その怪我、は……?」

「自分の事は良い、ここで何があったと、訊いているっ……!」


 ミラルヴァは尋ねながらブルームの手足を拘束している金属をむりやり捻じり切った。


「すまないミラルヴァ、俺は……。くそ、ゲホッ、……マオがここへ来た……。以前俺達を襲った、マスクの人間を連れて。マーティーが、裏切っていたんだ……奴が俺達を売った……!」


 手足の自由を取り戻したブルームが、喋りながら傍で倒れピクリともしないアルセラに近づいた。


「マオは、リルの行先を知りたかったんだ……あの子の体内にあるナノマシンをこの世から抹消するために。それを俺に吐かせる為に、アルセラを、例の右手で……」


 アルセラに及んだ危害を耳にしてミラルヴァは唇を噛む。


「それで、マーティーはどこへ?」


 その質問に対して、ブルームは無言で部屋の中央部を指差す。そこには上半身をまるで削り取られた形で失っている人間の下半身が、血の海の中に横たわっていた。


「なんだって……?」


 改めて周囲を見回すと、他にも血だまりが二つ出来ており、それぞれの中心には例のマスク人間の抜け殻のようなものが沈んでいた。


「まさか、マオがやったのか……?」

「いや、恐らく……レナが……」

「レナが……? どういう事だ」

「この子が、突然目を覚まして、……そしてこの子に近づいた人間はみんなああなった。それを見て、マオは逃げて行ったんだ……」


 ミラルヴァはレナに目を向けても、つい二、三時間ほど前に見た彼女の姿となんら変わりが無いように見えた。そして。


「アルセラ、どうしたんだ、お前まで……。目を覚ましてくれ……」


 名前を呼んでも、肩を叩いても、軽くゆすっても、彼女は動かない。ミラルヴァがアルセラの口と鼻の前に指先を持っていく。


「僅かだけど呼吸はしている。だが……」


 自身の能力に押しつぶされているレナと、マオが持つレナの能力に僅かではあるが触れられたアルセラ。母親と娘は、全く同じ状態であるように感じられた。それはブルームも察しているようで、ミラルヴァの言葉の続きを求める事も無かった。


「……何にせよ……もう、ここには居られない……。ありったけの食料と衣料品、衣類、金目の物を奪ってここを出よう」


 よろめきながら、ブルームはダイニングの方へと向かった。


「……そんな泥棒みたいな事……」


 元が頭に付くが警察官であるミラルヴァはその言葉が意味する事に抵抗を感じて眉をひそめる。だがブルームは冷え切った目でミラルヴァを見つめてこう言った。


「俺達はもう、なりふり構っていられない……。強くなって……そしてどんな汚い、卑劣な手を使ってでも、レナの能力を奪い返し、そしてアルセラとレナを治して、リルを迎えに行く……その為には、これしきの事、躊躇っている場合ではない……!」


 大きな声を出したことにより胸部の損傷の影響で咳き込むが、それを厭わずに食糧庫に入り適当な袋に詰め始める。


「どんな手を使ってでも……必ず、もう一度、家族を取り戻してやる……!!」


 ミラルヴァは倒れているアルセラを見下ろして、そして優しく抱き上げた。ケガが痛むが、表情は変えずに近くにあったソファに寝かせる。次に、レナもその隣に寝かせた。


「……。そう、だな。お前の言う通りだ……今日までの自分達は、あまりに甘すぎた」


 横たわる二人の姿を見下ろし、彼の両肩にはただただ無力感がのしかかっていた。そして、ミラルヴァは決意する。


「アルセラ。必ず、お前を……助けてみせる。どんな手を使ってでも」


 この時を境に、ブルームとミラルヴァ…、急速にこの両名の瞳から温かみが失われた。



そして――。



          *



「――それから二人は、もう、私の知っている二人ではなくなりました」


 アルセラは悲しげに目を伏せてそう言った。


「ブルームとミラルヴァは、レナちゃんの能力を奪い返すことに成功したんですね……」

「はい。特にブルームは、怒りだとか恨みの力のせいなのでしょうか、ミラルヴァの教えもあってドライブによる戦闘能力が格段に上がり、……あの研究所を破壊するのには十分な力を二人は手に入れました。それから私達の生命を自動的に維持するための装置を作り、私とレナは栄養剤のような液体に満たされたカプセルの中でずっと時を過ごしています。私の魂を修復する能力は、マオに魂を削られた影響で……言ってしまえばその液体を通じて常に垂れ流されている状態となり、多少の損傷もこの液体を介すれば治療されてしまう。そのお陰で今あなたを治療できているのも事実なのですが……」

「な、なるほど……」

「さらにブルーム達はフラウアやシリングなどの、刑務所に収容されていた犯罪者を脱獄させ取り込み勢力を拡大……その頃にはもう、国家の反逆者として世界中で指名手配され、悪の象徴のように取り扱われていました。しかしブルームはそれも意に介さず、満を持して一隻の巨大貨客船を奪い取り、そして海の上から、並行世界への扉を叩きました。こちらの世界で私たちを生き返らせる為に人間の魂を集めつつ、はぐれたリルを探すために」


 宗助はブラックボックスの事を思い出す。あれは、どちらの世界の物かは知らないが、奪い取った貨客船のひとつを改造したものなのだろう、と。


「あなた方はマシンヘッドと呼んでいるシーカー。その名前は、当初はリルを探すためのもの(seeker:捜索者)、という意味を込めて名付けられたものでした。だけどしばらくして、かねてから設計していた、レナの能力で魂を収集・貯蓄という点に特化させた装備を実装。物資を奪う物、リルを探すもの、そして人を襲う物、主にその三つに分類し、それらはこの世界中でおびただしい数の被害と犠牲者を出しました」

「その掻き集めた魂で、あなたと、レナちゃんを半死半生の状態から蘇らせようとしている?」


 アルセラはこくんと無言でうなずいた。


「ちなみに、どれくらいの魂があれば、あなたは蘇るんですか……?」

「それが……その魂にもよるようなのですが……平均すればあと、三万程と……」

「さ、三万……? えっと、魂によるって言うのは?」


 あれだけ奪い去っていったのに、まだそんなにも必要なのかと眩暈を感じる。そしてその数字の前置きが気になった。


「私やレナと魂が『近い』人ほど、効果は高いようです」

「血族って事ですか?」

「ええ。ほぼそう考えていただいて差し支えありません」

「……。いや、待ってください。なんでそんな事がわかって、…………まさか、実例が?」


 アルセラは、またも無言でうなずいた。


「まず、あなたも知りたがっていたコウスケのその後なのですが……『マシンヘッド』の脅威から世の中を守るためにこちらの世界でスワロウが結成され、兄がその初めてのリーダーとして任命された。それまではあなたも……あの時の夢を、覚えていますよね」

「はい。あの時の夢は、はっきりと覚えています」

「兄は当初、人を襲うシーカーはマオが自分達を狙って差し向けたものだと決めつけていたのですが……。各地でのシーカーに因る被害がマオではなくブルームによるものだと言うメッセージを受け取った兄は、ブルームを探し、そして再会します。兄はブルームに誘われるまま、このアジトへと足を踏み入れ……」


 そこから、悲しげに目を伏せ……そして続きをぽつりと語った。


「そこで、……ブルーム達に騙し討ちされ、私達の為の生け贄となりました」


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