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machine head  作者: 伊勢 周
24章 真実の記憶
256/286

 外に出ると、もうすっかりと夜になっていた。三人とも生活リズムが狂っており、時間の感覚もどこかおかしい。外で待っている筈のマーティーの姿が無い。街灯もまばらの為暗闇に目を凝らしきょろきょろと周囲を探すと暗闇の影で何やら通信端末で話し込んでいるマーティーの姿が見えた。

 表情は暗闇のせいでよく見えないが、身体全体の雰囲気や物腰はなにやら怯えだとか気弱なものに見えて、ブルームたちははてと思い彼に歩み寄る。それに気付いたマーティーは慌てて通話を切ると、すぐに朗らかな笑顔で向き合った。


「マーティーさん、すいません、お待たせしてしまって」

「いえ、それで、レナちゃんの身体の事、何かわかったんですか?」

「ええ。ですが……治療法が少し特殊で……すぐには治らないみたいで……」

「そうなんですか。いや、とにかく、家に戻りましょう。今日はもう遅い。夜から大雨が降るそうです、急ぎましょう」


 五人は急ぎ足で帰路へついた。

 本来暗闇を歩くのは不安なものなのだが、彼らにとっては今や暗闇に包まれる夜の時間帯が一番心を落ち着けることが出来る時間である。おかげで往路よりも心なしか胸を張って歩くことができた。そして無事にマーティーの自宅へ帰着する。

 マーティーが言った通りぽつぽつと雨が降り始め、そして気付けば家の外は土砂降りで、地面を叩く雨音はまるでドラムロールのようであった。それは家の中の会話でさえ耳と顔を普段よりも少し近づけねばならない程だった。


「本当に、すごい雨……」


 ダイニングで椅子に腰かけていたアルセラが誰にいう訳でもなく呟いた。窓の外が一瞬点滅し、少し遅れて地鳴りのような雷鳴が訪れる。キッチンから外の様子を眺めていたマーティーがアルセラに話しかける。


「今夜中は止まないそうです。外は危険ですし、どうか泊まっていってください」

「何から何まで、本当にすいません。ありがとうございます」

「いえ、良いんです。どうせ部屋も余っていますから……」

「……あの、つかぬ事をお伺いしますが、ご両親は、どこかに出かけられているのですか?」


 アルセラはふと、息子を蘇らせてほしいと懇願してきた身なりの良い夫婦の姿を思い出した。日中は夫婦でどこかに出かけているのかと思っていたが夜になっても帰って来る気配はない。不思議に思いそう尋ねると、マーティーは少し俯いた。


「……両親は、死にました。事故だったんです。運の悪い、事故でした」

「……そうだったのですね。ごめんなさい、嫌な事を訊いてしまって」

「いいんです。……いつかは必ず訪れる別れです」

「……」


 アルセラもマーティーも、その時それ以上言葉を発する事は無かった。リビングでは、ブルームとミラルヴァがマーティーに通信端末を借りて情報を集めていたのだが……。


「政府広報の民間向けデータ掲示、マオ財務長官の明日のスケジュール……は、休日か。明後日は、午前中は会議出席と講演に出席、午後からは出張……行先は、こちらとは逆方向。渡りに船だ、明後日はチャンスかもしれないな」


「だが攻めると言っても、まだ情報が足りない。マオが居ないと言っても警備は敷かれているだろうからな。それに、アルセラとレナはどうする。あの二人はこれ以上の帯同はきつい」

「わかってる。二人をここに置いて行くとしたら……あのマーティーと言う男を、完全に信頼するかどうかはまだ時間が欲しい。だがこれ以上時間はかけられん」


 ここまで様々な人間達に追われて逃げてきたブルームとミラルヴァは、無条件で受け入れてくれるマーティーに一定の信頼は寄せているし、他の人間も同様に信じたいと思ってはいるものの、心の底から信を置くことが出来なかった。


「一旦この街を出るのが正解なのかもしれん。途中で廃墟か空き家を探して、そこを拠点に攻めるか……」

「いや、不確かなものをあてにすると必ずどこかで落とし穴にはまる。とは言ったものの、どこか安全な場所はないものか……」

「…………」


 気持ちばかりが焦って、状況に対する優れた答えが出てこない。もとより完全無欠な正解などないのだが……ベターなものを常に追い求めて、思考ががんじがらめになっている。

 二人は同時にちらりとアルセラを見た。彼女は不安げな表情でレナの顔を見て、そして彼女の身体をずっとさすり続けている。クロイに投与された薬が良い方に作用したのかレナの表情は僅かにあたたかさを取り戻したように見えた。


「ブルーム。お前は楽観的だと怒るかもしれないが……自分達はもう少しじっくりと腰を据えて作戦を立ててもいいのかもしれない。レナが手遅れになる前に、と焦らなければならないのは間違いないが、しかし逆に、自分達がもし失敗すればそれも同じこと」

「……わかっている。今はようやく仮の拠点を見つけ反撃へと力蓄えようとしている最中。調子に乗って身を乗り出し過ぎている事くらい、自覚はある……」


 ブルームは、再度通信端末に目を向けた。


「……もう少し、得られる情報が無いか確認する。必要なのは一つでも多くの情報だ。もう一度マオの研究所へ侵入するには、今向こうがどういった状況にあるのか……警戒態勢は、数日くらいでは解かれないだろうが……」

「俺達の立場は逃亡者で、そして奴らは狩る側。奴らも、まさか俺達からのこのこと自分達の懐へと帰ってくるとは思わない筈。そこを突ければいいが……。とにかく、情報収集を頼む」


 あまり電子機器の扱いを得意としないミラルヴァは、その後の作業をブルームに任せ、そしてまたアルセラをちらりと見た。娘の名前を呼び、優しい声で話しかけ、身体を抱きしめた彼女を見て……ミラルヴァはそっとため息を吐いた。

 結局そのまま、これといった有益な情報が得られないまま夜は明けた。


 寝室を借りて眠っていた四人の耳に、ノックの音が転がる。


「おはようございます。マーティーですけど」

「はい、どうぞ」


 返事をすると扉が開き、彼が身体を半分だけのぞかせた。


「ミラルヴァさん、頼みごと、お願いがあるのですが……」


 非常に申し訳なさそうな顔でミラルヴァを見ている。


「何だ」


 ソファに座って眠っていたミラルヴァが寝起きの低い声で応える。


「昨晩の大雨で、裏山の山岳道が土砂崩れを起こしてしまいまして……でかい岩が道を塞いでいて復旧作業が進まないんです。重機も入れないような険しい道なのでなんとか人の手でどかそうとしているんですけどびくともしない。人手が欲しくて、見るからに力持ちそうなので……」

「手伝えと?」

「はい、お願いできますか?」


 ミラルヴァはちらりとアルセラの方を見た。アルセラも視線に気づき、そしてミラルヴァが考えている事を察する。そんな事を手伝っている場合ではないが、一宿一飯の恩がある。無下に断る事も、はばかられる。


「……それは、私達も、同行してはダメですか?」


 アルセラが問うとマーティーは腕を組み「ううん」と唸る。


「やっぱり、険しいところだし地盤が不安定で……、女性や子供、レナさんのような病人を連れていては尚更危険だと思うので、何かあったらと考えると……」

「それはそうですけど……でも」

「あと、本当に申し訳ないんですが、僕はこれから別件でどうしても出かけなければならない用事があって……アルセラさんにお留守番をお願いしようと思っていたんです、遅くともお昼前には戻りますから」


 そして、半ば押し切られるような形で、ミラルヴァは岩石の除去に、アルセラ達はマーティーの家の留守番に、それぞれ就くこととなった。

 ミラルヴァのもとには町の人間が迎えに来て、マーティーが彼を紹介した後に車に乗って出発していった。


「僕の家のものは自由に使ってもらって構いませんので、よろしくお願いします」


 そして次に、こんな言葉を残してマーティーも出かけて行った。

 そしてアルセラ達はマーティーの家で留守番を始めた。留守番と言っても客人に対して出る必要もなくただ家に居座っているだけなのだが、どうにも落ち着かない。


「ミラルヴァが帰ってきたら、ここを出ましょう。いつまでもお世話になるわけにもいかないし、ずっと同じ場所にいるのも、危ないかも……」

「あぁ。昨晩からそれを考えていた。闇雲に飛び出すのもダメだ。今後の動きについて考えよう。レナの力を取り戻す為の」


 他人の家とはいえ家族だけとなったブルーム達だったが、心休まる筈もなく、鎮まらない警戒心によりすえた目でブルームはそう言った。


「ブルームさん、大丈夫? 随分目の下にクマが……」

「大丈夫。疲れも、底は脱した」

「でも……。一度、何もかも忘れて眠ってみたら。このままじゃ遅かれ早かれ体を壊してしまう。私に治せるものなら治すけれど……」

「……いや、大丈夫。ミラルヴァが戻ってくるまでには次の方向を定めなければ。しっかりと休むのは、レナが目を覚まして、そしてリルと再会した時でいい。君こそ一度倒れたんだ。休んだ方が良い。君に何かあったら、それこそ大問題だ」

「……ううん。あなたが休まないなら、私も休まない」

「頑固だな」

「あなたこそ」


 言い合って、二人は少しだけ表情を和らげた。

と、その時。玄関の方で扉が開く音が僅かに鳴り、部屋の中の空気が動き、窓や柱がぎしりと軋んだ。


「……ミラルヴァか、マーティーさんが帰ってきたのかな?」

「いや、早すぎる。だが鍵はかけた筈だ。俺が見てくる。君はレナと隠れてろ」


 ブルームは立ち上がり、キッチンにあった小さなナイフを掴み玄関へと音を殺しつつ進む。

 リビングを通り、玄関に通じる扉に到達するとドアノブを静かに掴む。そのままノブをまわし、ゆっくりと慎重に扉を開き隙間から玄関の様子を窺う。その隙間から見えた物は……黒く蠢く何か。扉を必要最低限しか開けていないため、それくらいしか情報が掴めない。


(一体、なんだ……?)


 より多くの情報を求め、ドアを更に僅かに押した。

 その瞬間だった。

 ブルームは宙に浮きあがり後方の壁に激突し、数秒遅れて腹部に激しい衝撃を受けたことを認知し、痛みに襲われた。手に持っていたナイフは持ち主を失いからからと音を立てて床を転がる。痛みと驚愕に身じろぎしている間に、目の前に顔全体を黒いマスクで覆った人間が立っていた。


「……ぐはっ、……ぅ……」


 ブルームはうめき声をあげる事しかできない。一撃で正確に人体急所に強い打撃を与えられ、呼吸がままならず全身が痺れていた。ブルームは、そのマスク人間に見覚えがあった。以前、コウスケとミラルヴァの車で逃亡している際に二人組で襲ってきた連中だ。つまり、マオの手先。

 以前はコウスケとミラルヴァが力ずくで退けたのだが……、この時、ブルームが持つドライブの力はまだ戦闘に使えるような代物ではなく、あっけなく制圧された。動けないブルームを見下ろすマスク人間の背後に、もう一人マスク人間が入ってくるのが見えた。


「拘束しろ」

「はぁーい☆」


 そんなやり取りの後、ブルームの手足は素早く縛られる。


「拘束☆完了」

「情報によると、最重要ターゲット二名もここに居る筈だ。さっさと探すぞ」

「えー☆この人殺さないの?☆」

「殺したら拘束した意味がないだろう、バカか」

「バカでーす☆」

「全く……」


 場にそぐわない明るいトーンで呑気な会話をするマスク人間達。その会話内容からも察するに、恐らく、コウスケが撃退した時の二人がまたこうして襲ってきたのだ。あの時コウスケとミラルヴァがとどめを刺さなかった故に。彼女達二人はそのまま部屋の奥へと進んでいく。


「くっ、にげ、ろ……! アルセラ、レナ……!!」


 ブルームは叫ぶ。いや、叫んだつもりだったがそれはただの低く掠れた声でしかなかった。そして三分も経った頃、ブルームの叫びも虚しくアルセラとレナはマスク人間二人組に見つかった。アルセラは両腕を腰のあたりで拘束されており、レナは片方のマスク人間が抱きかかえている。多少の抵抗を見せたのかアルセラの髪の毛や服は乱れており、その前髪で彼女の表情をはっきりと窺う事が出来ないが、その佇まいからは無念の情が醸し出されていた。


(くそ、無力だ……! それも、よりによって、戦力であるミラルヴァが居ない時に……)


 部屋の中に、コートと帽子で身を包んだ男が部屋の中に土足で上がりこんできた。


「ボス、三人を確保しました」

「しました☆」

「うむ、ご苦労」


 コートの男はそう言って帽子を取った。顔が露わになる。


「お前……!」


 ブルームはその男の顔を見て敵意をむき出しにする。


「やぁ、久しぶりだね、ブルーム・クロムシルバー君」


 その男の正体は、マオだった。マオが直接追ってきたのだ。そして、逃げる背中を捕捉された。



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