表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
machine head  作者: 伊勢 周
24章 真実の記憶
255/286

スキャナー

 ブルームとアルセラも覚悟を決めて、ミラルヴァに続いてその屋内へと足を踏み入れた。建物の内部はとにかく物がなく、黒ずんだ壁紙に囲まれた古めかしい通路が奥に真っ直ぐ続いているのみ。男はそこをのしのしと歩いている。三人もそれに続いて奥に進むと、ひらけたリビングルームのような部屋へと辿り着いた。


 男はそのまま部屋の奥にあるテーブルに買い物袋を置いて、中身を取り出し冷蔵庫にしまう物としまわない物をそれぞれ分けていた。それを見ていたミラルヴァは低い声で男に話しかける。


「おい、何をしている。ジョンという男はどこだ」

「……まぁまぁ、あんたらも座ってくれ」


 男は中央に置いてある黒い革のソファを指し示した。これまたあちこち皺やダメージがある年季の入ったものだ。


「自分達は急いでいる。あんたがどういう目的かは知らないが――」

「落ち着けよ。大方、そこの銀髪の奴が背中に担いでるガキンチョを、ジョンに診てもらおうってんで訪ねてきたんだろう?」

「その通りだ。そこまで察しているならば後はわかるだろう、ジョン・クロイはどこだ」

「ここだよ。ここにいる」


 ブルームとミラルヴァは眉間に皺を寄せた。


「そのあんたらがお探しのジョン・クロイってのは俺の名前だよ。くくくっ」


 その男は右手親指でくいくいと自分を指し示し、いたずらが成功したと言わんばかりに小さく笑った。


「なっ、……本当なのか!? 我々をからかっているとかではなく……」

「マジだよ、マジ。なんなら身分証明でも出そうか? いや、身分証明なんてなんも持ってねぇや」

「身分証明を持っていない? 医者ならば、免許があるだろう」


 さらっととんでもないことを言うクロイにミラルヴァが食って掛かる。が。


「あんたら俺の事を何も知らずにここへ来たのか? ま、こっちはいろいろと訳ありなもんでね」


 彼はそう言ってまた口元だけ笑ってみせた。彼のその眼の奥には、感情が読めない鈍い光がぼんやりと灯っている。

 しぶしぶと彼に指示されるままにレナは部屋の隅にあった簡易ベッドに寝かせ、三人はソファに浅く腰掛ける。するとクロイは、ソファの向かい側に椅子を持ってきて、そこに乱暴に座った。


「で、だ。そのガキの診察よりもまず、俺の質問に答えてもらおうか。大事な質問だ」

「何を」

「俺の事をどこで知った」


 クロイは早口でそう言って表情から笑みを消した。


「それを言う必要が?」

「あぁ、絶対に要るな。無ければ聞かない。大事な事だ。自分の人生と命に関わる」


 そう断言するクロイに少々怪しい物を感じたが……


「……私の兄です。兄が、クロイさんを訪ねろと」


 アルセラは隠さずに申し出る。


「兄貴の名前は」

「コウスケ。コウスケ・レッドウェイ」


 その名前を聞いた途端、クロイは一瞬目を丸くし、そしてすぐに大笑いを始めた。


「っ、ははははッ、マジで言ってんのか!? コウスケ・レッドウェイ、よりによってあの野郎が、俺を訪ねろって!? 傑作だなっ!」

「……兄とは、どういう関係で?」

「奴はドライブ研究における最上級訓練所の同期さ。そこで、奴は警察官志望、俺は医者志望で……。部門こそ違えど、俺達はそれぞれ、ドライブ能力というタレントにおいて、ダントツトップの成績を叩き出していた。性格はウマが合わないって感じだったが、俺はヤツのドライブ能力と、その原動力である魂の力については高く買っていた。奴も俺に対する評価も恐らく同じだった筈」


 笑いが収まってきた様子だが、それでも彼はこらえきれずに口の端を少しつりあげつつ話す。


「だが、わかったよ。あいつが俺を頼るとはなって信じられない感じだが、あのレッドウェイ君の妹君ならば、……まぁ極悪人ではないんだろう」

「そもそも悪人でもないっ」

「あー、そこは別に良いんだよ、なんでも。そんじゃあ最後にもう一つ条件だ。あんたらのドライブ能力が見たい。持ってんだろう? 三人ともそういう雰囲気だ。軽く見せて説明してくれ。そうすればあんたらを信用して話を進めよう」

「……わかった」


 三人は言われた通りにそれぞれ自分のドライブを説明し、使って見せた。するとクロイはそれら一つ一つを真剣な眼差しで睨むように目をむいて見続け、見終わると「嘘はついてないみたいだな」と呟いた。


「じゃあ俺ももう一段階あんたらを信用して、こちらの能力も伝えよう。俺の能力は『スキャン』すること」

「スキャン?」

「生物の肉体がどんな状態かがすぐにわかる。例えば……あんた等、ここ三日くらいろくなもん食ってなかっただろう。栄養状態が極端に偏ってる。睡眠の状態も最悪だ。ずっと車かなんかで移動していたのか? 二日か三日くらい。三人共腰からケツにかけての血行が極端に悪いな。エコノミー症候群を舐めるなよ。それに伴って精神状態も底の底って感じだな……、何かに執拗に追いかけられているのかって、そんな感じだ」


 次々と自分達の状態や状況を言い当てるクロイに驚きを隠せない一行だったが、しかしそれはクロイの能力が優れているという事を何よりも証明していた。


「あんたは、そんな能力がありながら、……言っては悪いがこんな僻地のボロ屋で何を?」


 ブルームが尋ねるとクロイは「ふむ」と指で顎を触る。


「この世界、ドライブ能力は随分と慎重に扱われている。ドライブが絡むと法律も変わる。人を生かすも殺すのにもな。……俺のドライブも例には漏れない。俺がドライブ能力を使って人の身体を診察するのにはお国様の許可が必要だってよ。そのうえで使用状況の報告だとか事細かにめんどくせぇことやれって言うし、それで手に入れた報酬なんかは半分くらい研究費用名目で税金として持ってかれちまう」


 クロイはオーバーに両腕を広げて見せた。


「俺の才能は俺が使いたい時に、俺の意思で使われるべきだ。そしてそれに見合った報酬もきちんともらう。過程に何者も入り込まない、一対一の純粋なものであるべきなんだよ。顔もしらねぇ誰かの金儲けや野望の為になんてされる筋合いはねぇ。俺はそう思うのさ。だから俺は、医者の免許も、ドライブ使用の免許も持ってねぇ。この静かな町で、必要な人間に俺の才能を振るっている」


 クロイのその言葉にアルセラも思うところがあって、上手く言葉が出てこずにごくりとつばを飲んだ。


「ま、警察官志望のマジメなレッドウェイ君とは、そのあたりでも意見が合わなかったのさ。……だいたい、税金が本当に研究費用に使われているかも怪しいもんだぜ。そう思うだろ……?」


 クロイは何をどこまで知っているのか、奥が見えない表情で三人のそれぞれの顔を見た。すると。


「クロイさん。私はあなたの事をどこから知ったか正直にお話ししました。自分達のドライブも説明した。時間が惜しいのです。この子を、どうか診てください」


 アルセラがああだこうだと無駄話ばかりするクロイにそう言うと、彼は目をきゅっと細めた。


「もう診てるよ。……なぁあんた、その子は一体どこで何をされた? 自分のドライブで自分を取り込んじまってる。そういう風に見える」

「え?」


 いともあっさりと診断結果を喋る物だから、思わず聞き返した。


「だから、何してそうなったんだって訊いてるんだ」

「えっと……」

「その子は病気でも怪我でもない。その子のドライブ能力が自分の内側に向いてしまっている。単純な能力じゃないな。この子のドライブ能力は何だ?」

「私達もまだよくわかっていませんが……他の生物から魂を奪い取り、自分のエネルギーにする事、だと思います」

「魂を? 聞いたこと無いな。そりゃあえげつない能力だ」


 彼は興味深そうにレナの顔を覗き込んだ。


「それより、内側に向いているってどういう事ですか……?」

「言葉のとおりさ。自分を蝕んでいる。だが人間は本能で自傷行為に歯止めをかける。それらがせめぎ合って、その子は今ギリギリのところで生きているし、死んでいるとも言えるだろう。半々だ」


 アルセラはレナの青白い顔を見て、そして首筋に触れる。

 生きているが、死んでいる。娘であるレナの肌から返って来るのはそんな言葉が本当にしっくりくるような冷めかけた感触だった。ブルームが焦燥しきった様子で尋ねる。


「どうすれば、どうすればこの子はこの状態から脱することが出来る?」

「はっきり言って、わからんよ。こんなのは初めて見た。俺は患者の状態を一〇〇%正確に見抜く。だがそこからの治療についてはただの一般的な医者の知識と技術しかない。これは完全に専門外だ。俺には治せない」

「そんな……」


 一行が絶望に立ち尽くしていると、クロイは「やれやれ」とため息を吐いた。


「だが、このまま『全く何のことかわからん』と匙を投げるのも俺の性に合わない。やっぱり、とりあえず話してみな。あんたらがここに至るまでの事をよ」



・・・



 ブルーム達がクロイにこれまでの経緯を話すと、彼は眉間に皺を寄せて「んー」と低く唸った。


「何度診てもその子の意識を抑え付けている一番の原因は、やはり、そいつらに打たれた薬でもないし怪我でも病気でもない。それらの影響は一割か二割ってところか。その子自身の力が原因だというのは一層固まった」


 ベッドに寝かされたレナはピクリとも動かず、ただただじっと天井を見つめている。


「恐らくその実験の過程で『これ以上外に能力を向けたくない』と強く念じて、その結果矛先が自分に向いた。ならば、まずは内側を向いているこの子の精神を正常に戻す。そして次に、この子と同じ能力で、この子に魂のエネルギーとやらを与え、欠けた魂を補完する。同じ能力ってところがミソだ。レッドウェイの妹さん、あんたの能力が効かないのなら、今の所考えられるのはそれしかない」

「そんな、無理ですっ……この子の力は前代未聞だと言われました、他に同じ能力を持っている人なんていません……!」

「……。いや、いる。この場合『有る』、と言うべきか」


 ミラルヴァがぼそりと言った。


「え?」

「マオが作り出した、レナの能力のレプリカ。その設計図を盗み出せば、ブルーム、お前なら作り出せるんじゃないのか? この子を、治す機械が」


 言われて、ブルームの目に僅かに光が宿った。


「出来る……かもしれないという領域は抜け出さないが……希望はあるかもしれない」

「んー、心当たりがあるようだな。そこから先は俺には処方箋は書けんが、ま、とりあえず注射打っとくか」


 クロイは、あっけらかんとした口調でそう言うと、ブルームが慌てて彼に向き直る。


「お、おい待て、さっき専門外で治せないと言っただろう。何の薬を打つつもりだっ」

「いちいち大きな声を出すな。ただの軽い精神安定剤だよ。副作用もほぼない。世間一般で広く使われている薬。これで少しこの子の心も落ち着けば良いんだろうが……それともこういうクスリが必要なのはあんたらの方か?」


 クロイは軽口を叩きながら、自身の手を消毒液で消毒し薄皮の手袋を装着すると、ビニール袋に包まれていた注射器を開いて取り出し薬剤をセットした後、慣れた手つきで彼女の腕にも消毒液を塗る。アルセラもブルームもミラルヴァもその流れるような作業を見ている事しかできない。彼らにはもう、コウスケが信じた目の前の医者に頼るしか道は無いのだ。


「打つぞ」


 クロイがレナの腕を掴んで、問うというよりは確認の意味で声を掛けると、アルセラは表情を引き締めて「お願いします」と答えた。注射を終えるとガーゼをテープに貼り付けてすぐにレナの腕に貼った。


「果たしてタシになるのかどうかってとこだが、子供の精神って物はこんな薬よりも、母親や父親のあんたらがずっとそばで名前を呼んでやったり、身体に触れてやった方が良いに決まってる。事情はややこしいんだろうが、親がしっかりしてやらねぇとな」

「っ、はい」

「診療報酬は……あんたらは今お困りのようだから、全部無事に終わったら君の兄貴に払ってもらう事にするよ。お国から沢山給料貰っているだろうからな」

「すいません。必ず私がお支払いしますので……」

「あぁあぁ、じゃあ、もう払うのは誰でも良いから、さっさと解決してくれ。絶対払えよ。そんで今日はこれで閉院だ。もともと今日はのんびり過ごす予定だったもんでね。出てった出てった」


 クロイは手で払いのける仕草を見せて、手元にあったノートを開き何かを書き始めた。ブルームがレナを抱え上げ、そしてミラルヴァとアルセラ、三人で揃って深々と礼をして、クロイの診察室を後にした。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ