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machine head  作者: 伊勢 周
24章 真実の記憶
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仮の棲家

マーティーは穏やかな表情で語りかける。


「ここは僕の家です。あなたがこんな田舎町の道端で倒れていた時は驚きましたが……何か事情があるのですね。どうかここで、好きなだけ休んで行ってください。それくらいで御恩をお返しできるとは思っていませんが……」

「そんな、迷惑になります。危ない所を助けていただいて感謝していますが、私達にも目的があるんです。ここはすぐに発ちますっ、……ぅ」


 アルセラはすぐに起き上がろうとするが、栄養不足はまだ解消できておらず、腕に力が入らないためそのままベッドに逆戻りしてしまった。


「そんな事を言わず、今お食事を準備しています。どうか食べて行ってください」


 そう言ってマーティーは部屋を後にした。


「アルセラ、はやる気持ちはわかるが、自分達が倒れては何にもならない。ここは厚意に少しばかり甘えよう」


 ミラルヴァはそう言うと、近くにあった椅子に座りもたれ込んだ。改めて周囲を見回すと、カーテンやソファなど年季は入っているがどれも普通に市販されているものよりも数段高級なものである事は見てとれて、その他にも芸術的な壺だとかガラス細工なども飾られてある。


「さっきあの男と少し話をしたが、この家は事業経営者の一家らしい。外から見てもなかなか立派な家だった。だが、あまり手入れが行き届いていないな」

 ミラルヴァが言う通り、飾り物の壺だとか家具には埃が少し積もっており、生活感が少し薄いと思えた。


「せっかく良くしてくれているんだから、そんなこと言っちゃだめよ」

「……とにかく、例の医者をさっさと探そう。あの男もこの街の人間なら何か知っているかもしれない」


 ブルームはマーティーにもらったおしぼりでレナの顔を拭きながらそう言った。


「そうだな……」


 正直、彼らは喋ることですら億劫になっていた。それ程の疲弊と渇きと空腹、そして未来に対する不安がある。


「コウスケさんは、無事に向こうへ着けただろうか……」

「リルの事は心配だが、今はまず、自分達の事だ……態勢を立て直さなければ」


 ブルーム達がそんな会話をしているとそこで、マーティーが部屋に顔をのぞかせた。


「お食事の準備が出来ました。どうぞこちらへ」


 ブルームがレナを抱き上げ、そして三人は痺れさえ感じる足をなんとか動かしてマーティーの背後について歩いてダイニングにたどり着く。

 そこには人数分のシチューが用意されており、沸き立つ湯気とともに漂う香ばしい匂いを鼻に入れると、三人は一瞬意識を奪われた。それから、レナはそっと近くのソファに寝かせ、三人とも無言で席に着き、「冷めないうちに」と促され無言で食事にありついた。

 一口食べて、アルセラの口から思わず「おいしい」という言葉が漏れた。彼らは久々に味わう人間らしい食事に感動して涙すら浮かべて、咀嚼し、そして残さず食べきった。

 その間、マーティー自身は食事をせずにじっとその様子を見ているだけだった。


「すいません、私達だけ、お食事を戴いてしまって」


 食べ終わってからようやくその様子に気づき、アルセラが彼に声をかける。


「いえ、僕はもう食事は済ませていたので……それより、みなさんが美味しそうに召し上がっていただいたことが嬉しいです。他に、何かお力になれる事はありませんか? なんでもおっしゃってください。出来る範囲で協力します」

「それでは、お言葉に甘えたい」


 間髪入れずにミラルヴァが答える。


「はい、どうぞ」

「ジョン・クロイという医者を探している。その医者に、この子を診察していただきたい。しかし普通の医者ではないらしいのだが」

「ジョン……。わかりました。すぐに調べてみましょう。あ、食器はそのまま置いておいて下さいね。僕が洗いますので」


 そう言うとマーティーは部屋を後にした。


「……いくらお腹が空いていたとはいえ、はしたなく食べてしまって……」


 アルセラはそう言って少しばかり頬を赤らめた。とはいえ、食事を摂ったおかげで彼らの顔には少しずつ血色が戻り始めていた。


「仕方ないさ。俺達はもう限界に近かった。この子のためにも……なりふりは構っていられない」


 ブルームはそう言ってぐったりしているレナを見た。


「闇雲に町を動き回るよりは、今、あの方の調査を信じてここで情報を待つ方が良いのかな」


 ほどなくして彼らを激しい睡魔が襲いはじめる。睡眠薬を盛られたかと感じる程の凄まじい眠気。だが素直に考えれば、これまで三日近くまともに睡眠をとらずに行進を続けてきたのだから、食事で空腹が満たされた今、それは当然の生理現象だった。三人ともが必死に眠気に抗うが、アルセラは無言で机に顔を伏してしまう。続いてブルーム、ミラルヴァも揃って寝息を立て始めた。



 それから暫くして。

 ミラルヴァは水の流れる音ではっと眼をさまし、上半身を慌てて起き上がらせる。


「アルセラっ、レナっ!」


 二人の無事を確認するのがこの数日で身に付いたミラルヴァの起床後のルーチンワークなのだが、この時ばかりは不用意に寝入ってしまった事もあって、焦って二人の名前を呼んだ。辺りを見回すと、アルセラもブルームも机に突っ伏したまま、レナもソファに横たわったままだった。


「はぁ……はぁ……。……無事か……」


 すると、カタンっ、とレバーの上がる音がして水音が止まる。


「どうも、寛いでいただいているみたいで嬉しいです」


 炊事場からマーティーが顔をのぞかせてそう言った。聞こえてくる水音は、どうやら皿を洗っている音だったらしい。


「いや……そういう訳では……」


 ミラルヴァは否定しようとするが、マーティーは特にそれについてどうこういう訳でもなく、彼にこう言った。


「先ほど頼まれた、ジョン・クロイという人、だいたいの居場所がわかりましたよ」

「本当かっ」

「ええ。みなさんが大丈夫なら、すぐにでもご案内しますが……」

「ああ、頼む! おい、アルセラ、ブルームっ」


 ミラルヴァはアルセラとブルームの肩をそれぞれ揺らして目覚めさせた。アルセラとブルームも目覚めた際にミラルヴァと同じような反応を見せて起き上がり、そしてミラルヴァがそんな二人を落ち着かせ、説明をした。


「クロイという男が見つかったらしいっ」

「本当!?」


 アルセラは声を弾ませて、久々の笑顔を見せた。


「すぐに診てもらえるのかっ!?」


 ブルームがマーティーに尋ねると、マーティーは首を横に振り


「それが、本当に、アバウトな居場所だけで、連絡先まではわからなくて……。その場所までで良ければ私が案内しますが……」


 申し訳なさそうにそう言った。

 そして彼らは迷うことなくその申し出に首を縦に振った。家から外に出ると、既に日はだいぶ西寄りに傾いていた。眠っていた時間は彼らが思ったよりも長かったらしい。

 ミラルヴァはその時、少々情けない話であるが、これほど無防備な姿を何度見せても何も仕掛けてこないという現状に、このマーティーという青年は本当にアルセラに恩を返したいだけのようだと考えるようになった(初めて会った時は疑っていた)。

歩きながらマーティーの背中を見る。あまりに無防備で、筋肉の緊張も無い。身体能力も人並みだ。


(……まぁ、疑い過ぎか……)


 たった三日足らずの逃亡生活で随分と心が荒んでいるなとミラルヴァは自嘲した。かつての同僚や上司に親の仇のように追い掛け回されることが相当こたえているらしい。


「どうしたの、怖い顔して」

「……もとからこういう顔だ」


 アルセラに話しかけられ、そんな軽口が返せるほどには余裕が出てきた。

 そして十五分ほど歩いたところで、マーティーが立ち止まる。


「住所は、このあたりですが……」


 そこは劣化して崩れたレンガの壁や明らかに人が住んでいない廃墟が並ぶ、人間自体が非常に少ない地区だった。土地と土地の境界線が曖昧で、住所を当てようにも、どこからどこが何番地だとか何番通りだとかの区切りが非常にわかりづらくなっていた。


「こんな所に腕の良い医者が居るのか……?」


 ミラルヴァが呟いたその時、背後から声がかけられた。


「おい、道の真ん中でゾロゾロ突っ立ってんじゃねぇ、邪魔だ」


 振り返ると、長身痩躯で眼鏡をかけて、もじゃもじゃ頭の無精ひげを生やした男が両手に大きな買い物袋を抱えて立っていた。年齢は、ちょうどコウスケくらいだろうか。その男のつっけんどんな態度にミラルヴァ達は内心ムッとしながらも道をあける。

 その男は「ったく」と更に悪態をつきながら彼らの横を通り抜けた。


「あのっ」


 アルセラが不意にその男に話しかけた。


「なんだ」


 男は横目でちらりと彼女の顔を見て、けだるそうに答える。


「この辺りに、お住いなんですかっ?」

「だったらなんだ」

「人を探しているんです。ジョン・クロイという方なんですが、このあたりに居らっしゃるのはわかっているんです」

「……あぁ、ジョンね。よく知ってるぜ」


 男はそう言って不敵な笑みを作り、アルセラの方を向いた。


「本当ですかっ、どうか居場所を教えていただけないでしょうかっ」

「教えるか教えないか……そりゃあんたらの態度次第ってとこかな」


 そう言って男はアルセラに顔を近づけて彼女をまじまじと見つめる。するとブルームがその間に割って入った。


「なんだよ」


 男は不敵な笑顔は崩さずブルームに挑発的な口調でそう言った。


「どうか、その人の居場所を教えていただきたい」


 ブルームと男は、しばしの間じっと睨みあった。いつまでその睨み合いが続くのか、と周囲も息を呑んで見守っていたが……男は突然ふっ、とやわらかい笑みをこぼすと、踵を返してまた歩き始めた。


「いいだろう、付いて来い。案内してやる」

「えっ? あ、ちょっと……」


 一行はあわててその男の背中を追いかけた。

 僅か三分ほど歩いたところで、男はとある建物に遠慮なく入っていった。その建物の外観を見ると、囲いがあちこちひび割れていたり蔦植物が外壁を茂っていたりと本当に人が住んでいるのか疑わしい様子であった。


「おい待て、本当にここがジョン・クロイの住処なんだろうな」

「俺を信じられないなら自分で探すんだな。どうぞご自由に」


 男はブルームを一瞥し、そのまま建物の内部へと入っていった。


「どうする? おいあんた、あの男を知ってるか? 同じ町の人間なら……」

「いえ、見たことないです……、小さな町ですが、結構な数の人が居るもので全員が顔見知りという訳でもありませんし」


 マーティーは首を横に振り、続けてこう言った。


「私はここで待っていましょうか。皆さんがずっと出てこなかったら、助けを呼びますから」

「……そうだな、ここに居てくれ。何かあった時にあんたを巻き込むのは申し訳ない。こちらも腕っぷしには多少の自信もある」


 ミラルヴァはそう言って、先頭を切ってその建物の中へと入っていった。ブルームとアルセラも意を決したようで、ミラルヴァに続く。ブルームに背負われたレナの顔色はというと、既に生気が欠片すら感じられなくなっていた。



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