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machine head  作者: 伊勢 周
23章 まぼろしを乗り越える事
250/286

鎖の少年

 すると、リルが入ってきた扉が再度上にスライドして、初老の男性が部屋の中に足を踏み入れて来た。リルは見つからぬように息を止め、姿勢を更に低くする。


「レオン。ここに人が来なかったか?」

「ラフター……。いいえ、来ていません」


 鎖の少年の名前はどうやらレオンという名前らしい。レオンは抑揚のない声で、その男の質問に答えた。


「確かに何かがこっちに行った気がしたんだがな……気のせいだったか? 私もボケたもんだ……。どうだ、システムに何か異常は無いか?」

「はい。全て正常に稼働しています」

「それなら良いんだ。予定通り、三十分後に生方宗助の魂を抽出する作業に入る。くれぐれもエラーを起こさんように」

「はい」

「それで、その作業が終わればすぐに例のバックアップを始める。そっちもな」

「……はい」

「それじゃあ、また後で。遅れるな」


 そんな業務的なやり取りが行われてから、初老の男は部屋を後にした。しかしながらリルはまだ当然警戒を解いておらず、そっと室内の様子を物陰から……まるでプレーリードッグが地上の安全を伺うように頭だけ出してキョロキョロと見回している。


「もう、大丈夫。リル、っていう名前だったよね」


 レオンはリルに背中を見せたままそう言った。言われて、ようやくリルはおそるおそる物陰から体を出す。


「うん。ありがとう。あなたは?」

「……僕の名前はレオン。コンピューターの、……主に保守管理をしている。いや、させられてる」


 レオンは忌々しげに自分の腕に付けられた鎖を見る。


「その鎖は?」

「これは、あいつらにつけられたんだ。逃げ出さないようにって」

「どこかから連れてこられたの?」

「物心つく前からここにいる。コンピューター分野の天才だと騒がれていたらしい僕を、奴らが攫ったんだ。さっきのオッサンが僕の育ての親みたいなものさ。殆ど外にも出してもらえないけど、奴らの要望さえ呑んでいれば最低限の命や生活は保障されている。コンピューターを触るのも嫌いじゃないし……」


 自棄になった様子で吐き捨てるように言った。


「なんで、さっきは私を助けてくれたの?」


 次にリルは単純にそう思って、少年を見つめて、尋ねる。少年はちらりとリルの方を振り返るが、目が合うとあわてて背中を見せてしまった。


「べ、別に……。……そうだ、僕はこの場所から、この建物のいろんな場所の監視映像を見ることが出来る。君が部屋から出てくるところも見てた。本当は報告しなきゃいけないのかもしれないけど、……それで君が僕のこの部屋に入ってきて、ラフターも来て、僕が君に何かしたって思われたらまずいから……それで……えっと……そ、その……」


 どもってハッキリと喋らないレオンだったが、リルはその間にすぐに大事な事を思い出した。


「そうだ、さっきの人、宗助を三十分後にどうこうするって言ってたのはっ」

「それは……言葉の通りだよ。ブルームは、あの死にかけの兄ちゃんの魂に期待してるんだ。アルセラさんへ良い効果があるんじゃないかって。だから自分の手で、間違いやミスが起こらないように万全を期して、魂を取り出そうとしてる」

「お母さんに、良い効果って……? お母さんも、ここに居るの?」

「そうか。君にとってはお母さんか……。確かに居る、と思う。だけど僕は一度も会った事はない。声も聞いてない。監視映像を見られる僕でも、普段どこに居るのかも知らない」

「……それじゃあ、宗助の居場所は知ってる?」

「……知ってるけど」

「教えて」

「知ってどうするつもり」

「助けるの」

「どうやって。あの兄ちゃん、僕も少し見たけどもうボロボロだ。あのケガを治す施設も技術もここには無い……」

「それでも、助けるの。このままだと、お父さんに殺されてしまう。助けた後どうするかなんて、それは後で考える。宗助は、私の大切な友達なの。出来る限りの事はしたい。だから教えて!」

「友達……」


 レオンはリルの言葉を噛みしめるように呟くと、黙り込んでしまった。


「お願い、教えてくれるだけでいいのっ、それ以上の協力は、頼まないから……!」


 懇願するリルに背中を向けたまま。


「じゃあ――」

「え?」

「じゃあ、教える代わりに、ぼっ、ぼくとも、……とっ、とっ、ともっ……」

「?」

「友達に、なってっ! ……ほしぃ……」


 先程までの素っ気ない態度とは打って変わって、ぎこちないその交換条件に、リルはしばしぽかんと呆気にとられてしまう。


「なっ、なんだよ、なんで突然黙るんだよっ」


 相変わらず背中を向けたままだが、レオンは少し焦った様子でリルに返事を催促する。リルはなんとなく、宗助に友達になってくれと自分でお願いした時の事を思い出して、そしてそれが少しおかしくてくすりと笑ってしまう。そしてほんの少しのシンパシー。


「や、やっぱ今の無しっ!」


 レオンは、そんなリルの微笑を悪い方に受け取って、恥ずかしさが最高潮に達した発言の取り下げを始めた。


「無しなの? いいよって言おうと思ったのに」

「……え? あ、えっ……?」


 まさかの展開にレオンはどうして良いかわからず、あたふたと手をばたばたさせる。リルは彼のそんな様子を見て、少しおかしく思ってまた微笑んだ。だが。


「今はとにかく、時間がないから」

「……うん」

「私がちゃんと宗助を助けることが出来たら、また、お話出来たらいいね」

「そんなに、あの生方って兄ちゃんが大事なのか……?」

「うん。もし……もしも、ここで宗助が殺されてしまったら、多分……私はもう、生きていけないってくらい、大事な、大事な友達だから」


 宗助の事を語る彼女の目、表情やしぐさは何処をとっても嘘偽りが見えない。

 レオンはその言葉を聞いて数秒沈黙して、そしてすごい勢いで机の上の端末インターフェースを叩き始めた。現代のコンピューターのようなボタン式のキーボードではなく、まっ平らな板に文字盤が浮かんでいるシンプルな造りのもの。

 しばらくそんな光景が続いていたのだが、机の横に台座のようなものがあって、それの天板が淡く光り始める。そして台座の上空部にミニチュアの建物が浮かび上がった。それは実体のない虚像、ホログラムで、向こう側が僅かに見えるくらいに透けていた。


「今映してるのが、この建物の全体図だ」

「すごい……」

「地下三階と地上一階に分かれてる。現在地がここ」


 レオンがそう言うと、ホログラムの一部分がクローズアップされた。そこに黄色く点滅する光点が表示される。


「あの生方って人が保管されてるのは、ここ」


 一旦全体図に戻ってから、また別の場所がクローズアップされ、そこに今度は緑色の光点が表示される。リルが見た感じでは、現在地とそこは少し離れている。


「助けに行くのなら、このルートをたどるのが一番近道だと思う」


 再び全体図が表示され、黄色い光点から黄色い線が伸び始め、全体図の中をゆっくりと線引きし始める。その線は一筆書きで緑色の光点にたどり着き、黄色と緑色が結ばれた。


「これ、写真か何かに撮れないかな? とてもじゃないけど、覚えられない……」

「……その必要はないよ。これを付けて」


 レオンは小さな耳栓らしきものを一つだけリルに手渡した。リルはそっと慎重に受け取り、掌に乗せたそれとレオンの顔を交互に見る。


「これは?」

「耳に付けて。それで僕の声が届く。そして小声で呟くくらいでリルの声もこちらに届く。発声の振動を信号として読み取るから、周囲の雑音に影響されない」

「……わかった」


 疑いもせずにリルは髪をかきあげて右耳にそれを装着した。


「周波は僕のだけに合わせてる。むこうを向いて小声で何か喋ってみて」

「……き……ん」

「やきうどんって言ったね」

「わ、すごい!」

「やきうどんってなんだよ……。まぁ、という訳だから……僕はここから、リル、君をサポートする。誰にも会わないように誘導する。もともとこの建物に人はそれ程居ない。掃除だとか点検だとかそういう簡単な作業はだいたい保守管理ロボットが居て実行するし。さっきみたいにここの人間に偶然出くわすなんてのは稀だ」

「助けてくれるの?」

「聞いてなかったの? そうだって言ってる。あと、これ」

「これは?」


 ボールペンほどの小さな棒を渡された。


「あの生方って兄ちゃんは逃げられないよう拘束用の電子ロックがかけられてる。あれは遠隔操作開錠できないから、それでピッキングしないとダメだ。そのためのツールだよ。両手足と、首、それぞれの部分にこれをかざすだけで外れる筈」

「……。ねぇ、なんでそんなに、私の味方で、……友達で、居ようとしてくれるの? 宗助や私を手助けしたってお父さんに知られたら、大変なんでしょ」


 リルが尋ねると、レオンは動きを止めて顔を真っ赤にしてそっぽを向く。少しもじもじとしてから、ぽつぽつと話し始めた。


「……僕だって、よくわからない。ここに来てからずっと友達なんていなかった。これからも友達なんて出来ないって思ってた。だけど……君を、一目見た時に、……仲良くなりたいって、思ったから……」

「……そっか。そうなんだね。ありがとう」


 そう言ってリルはにっこりとほほ笑む。そしてレオンはさらに顔を赤くして視線をあちこちに移動させた。


「じゃあ私、行くね」

「うん。サポートは任せて。……あの兄ちゃん、助けられるといいな」


 リルは大きくうなずくとレオンに背中を向けて、そしてその部屋をそっと後にした。



 先ほど渡されたピッキングツールを握りしめて、リルは指示されるがままにその建物内を進む。レオンの言う通り、人に会う事もなく全く危なげもなく順調に進んでいた。だが。


『まずいリル。ブルームさんが、君の寝ていた部屋に向かってるみたいだ。このままじゃ君が部屋を出たことがばれる。そしたらあの人は僕の所へ来るはずだ。監視映像を見せろって。急ごう』

「うん。あとどれくらい?」

『このペースでいけば、すぐそこ、あと三分もかからない。その角を右だ。大丈夫、誰も居ない』

「わかったっ」


 リルは相変わらずペタペタと小さな足音を立てながら通路を進む。


『その部屋だ。ちょっと待って、部屋自体にもロックがかかってる。今外すよ』


 言い終わると同時に、ピピ、ピ、と壁がひとりでに音をならし、ピー、という音を最後にまた静かになった。


『開錠した』


 リルが壁に触れると上にスライドする。部屋の中には、確かに床に生方宗助が横たわっていた。体中傷だらけで、本当に簡単な止血程度しか手当ては行われていない。そしてレオンが指摘した通り、彼の手足や首には鉄製の輪がかけられており、それらは全て床とつながっていた。

 リルは思わず宗助に駆け寄ってすがりつく。


「ひどい……。宗助、ごめん、……ごめんね……」


 リルの両目からぼろぼろと涙があふれ出る。当の宗助は気絶しているのか、それとも声を出す体力も無いのか、反応がない。微かに動きはあり死んではいないようだが、虫の息という様子。


『……リルっ、泣いてる時間は無い、すぐに開錠しないと。ブルームさんが、君が目覚めた事に気づいた!』

「……! うんっ」


 涙をぬぐい目つきを細め、手に握っていたピッキングツールを持ちなおす。まずはキツく首を締めているロックにピッキングツールを当てる。レオンの言うとおりで、それはカシャっと小さく音がなりあっけなく解錠された。


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