歓迎するよ
不破に促されるままに席に就いた後、周囲の人々が飲み物食べ物を目の前にぽんぽんと置いていく。
不破曰く。
この「歓迎パーティ」は有志が集まって開催した。日々神経を尖らせ、訓練し、暗い話題があがることもあるが、だからこそ楽しめる時に楽しもうという考えがこの部隊にある。
だそう。
それぞれが職務の間を空け入れ替わりでこの会に参加している為、宗助のもとには、様々な隊員がひっきりなしに訪れて自己紹介をしにくる。
宗助の記憶力がどれだけ優れていようが、一度に全て顔と名前を覚えられるわけもなく。こうして好意的に歓迎してくれている事に感謝し、名前を覚え切れそうに無いことに申し訳なさを感じながら、少しずつこの場の空気にも慣れ始めて、合間合間に適当に目の前に置かれたものをつまんでいた。
時間の経過と共に、立食パーティーの様相を呈していたこの会も、テーブルの上が寂しくなり始め、皆それぞれの職務に戻っていき、次第に人の数もまばらになっていった。
不破や一文字は最初から現在までずっと出席している。前線で闘う戦闘員は常に基地付近に待機はしているが、平時は事務作業に従事することも特に無く、訓練が無い時は半分自由時間のようなものなのだ。都合が合わないとのことで、隊長の稲葉の姿は無かった。
「生方君。それじゃあ仕事に戻るけど、これからよろしく頼むね」
「はい、こちらこそ」
幾度目か判らない先輩方とのそんな挨拶と握手をがっちり交わし終えたその時、岬が静かに宗助の隣席へ腰を下ろした。飲み物の入ったコップを宗助に差し出して、「お疲れ様です、改めまして、ようこそスワロウへ、かんぱい」とちょこんと宗助の持っているコップにぶつけ、オレンジジュースをこくこくと飲み始める。宗助も「ありがとう」と礼を述べて、飲み物に口をつける。
「あれから、身体の方は大丈夫? どこか違和感があるとか、痛い、とかはない?」
「いいや、ぴんぴんしてる、本当にありがとう」
「え、あ、ど、どういったしますってっ」
感謝されたことに照れがあって、岬はまた舌を噛んだ。
「ははは、すごい噛み方」
「ご、ごめんなさい……」
「あやまらなくていいって、おもしろかった」
「私、あやまるのが癖になっちゃってて、ごめんなさい」
「それで、あやまる癖があるのをあやまってるのか、ははは」
岬とのやりとりで宗助は更に声に出して笑ってしまった。彼女は「もう、そんな笑わなくても」と顔を赤らめながらもう抗議するが、宗助は「ごめんごめん」と未だに笑っている。
まるで桜庭にからかわれた分を発散するかのように。そんな和やかな雰囲気を醸していた二人だったのだが。
「なに岬をいじめてんの……!」
二人の背後からドスの利いた声が舞い降りると同時に、宗助はこめかみを左右から親指で力いっぱい締め付けられ、頭蓋骨が軋み激痛が走った。
「痛たたっ、この声は一文字かっ! やめろっ、別にいじめてないって!」
「いじめてないにしろ、岬、岬って呼び捨てにして、馴れ馴れしいのよぉっ!」
千咲は鬼のような形相で宗助の頭を締め続ける。
「いたたたっ、マジで痛いって! 本人がそれで良いって言ってんだからお前がどうこう言う問題じゃないだろ!」
「私だって、千咲で構わないっつってんのに、一文字って呼んでるでしょうよっ!」
さらに力が込もる千咲の指から、身体をずらしてなんとか脱出し、左右のこめかみを両手で擦る。
「いたた……。この馬鹿力め……」
「ははは。千咲、お前岬に友達取られて嫉妬してんのか?」
いつの間にか近くに来ていた不破が、しまりの無い笑みを浮かべながらちゃちゃを入れたが、それを受けた千咲は「違うわぁッ!」と間髪いれず、不動明王のごとき目つきで不破を睨み付ける。彼女の背後には、その赤い髪もあいまって、燃え盛る炎の幻が見える。
「仮にも上官に対してなんつー口のききかたを……。まぁ、なんだ、宗助も、随分打ち解けられたみたいだな」
「これ打ち解けるって言うんですかね……」
「言う言う」
強引な不破のまとめ方に、宗助は苦笑いを浮かべる。その横では千咲が、嫌だったらちゃんと嫌って言いなさい、あんたはすぐ流されるんだからうんぬん、くどくど岬に説教をたれていた。
「……まぁ、仲が良いのは大変結構な事。そんで、明日から、主に俺がお前の教育係だ。ビシバシやるからしっかり付いてこいよ、宗助!」
「はい!」
「いい返事だ。それじゃあ、人数もまばらになってきたし、そろそろお開きにして明日に備えるとするかね」
満足げな顔でそう言うと、不破は席から立ち上がり食堂を見回した。
「みんな! 楽しんでるところすまんが、そろそろ片付けに入ろう! 各自いつもの担当だ。片付けはじめ!」
「了ー解」
不破のその一言で、残っていたメンバーが一斉に散り散りになって後片付けを始める。さすが特殊部隊と感嘆するほどの凄まじいチームワークと機敏さで、どんどん机や床がきれいになっていく。宗助としても、さすがに見ているだけというのはバツが悪いので、ゴミ集めをしている不破にゴミを渡しながら話しかける。
「不破さん、今日は本当にありがとうございました。なんだか俺、力が入り過ぎてたかもなって思いました。肩の力が抜けたって言うか、皆意外と緩いっていうか、気持ちが楽になって」
「そりゃあ良かった。開催した甲斐があったってもんだ。……そうだ、明日は朝八時には部屋に迎えにいくから、ソレまでに、部屋に制服も置いてあるから、ソレに着替えて待機しておけよ。サイズが合わなかったら言ってくれ。あとは……」
「不破さん、手が止まってますよ!」
桜庭の声によって話が途切れる。
「わかってるよ、そうだな、この後部屋まで一緒に行くから、残りの詳しい話はその時にしよう。いいな?」
「はい、それじゃあ後で、お願いします」




