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machine head  作者: 伊勢 周
23章 まぼろしを乗り越える事
249/286

Lost and Got.

 不破は未だに痛みでもがいているマスクの男の前に歩み寄り、屈んだ。


「よぉ。うちの部下に、よくもまあ色々と……」


 不破が地面に触れると、コンクリートの床が変化し、その男の全身を包み完全に拘束した。すると、正気を取り戻した警備兵達がぞろぞろと電気銃を持って資料室内へと押し入ってきた。警備兵の内の三人がそれぞれの銃口をマスク男の顔に向ける。

 その警備兵達の中に、一人だけ華奢なシルエットがあった。


「千咲ちゃん……。その人が……」


 目を覚ました岬が、兵士達と資料室内に入ってきていたのだ。記憶改竄の影響がまだ少し残っているのか寝覚めのような表情だが、視線はしっかりと千咲を見ていた。そんな岬を見た千咲は涙をゴシゴシと袖で拭いて、こう言った。


「岬……、あんたは外に居な。こんな奴に顔を見せる必要はない」


 すると岬はぶんぶんと顔を左右に振って応える。


「私、逃げたくない。ここで千咲ちゃんや不破さんの背中に隠れていたら……ずっと自分の過去から逃げたままになってしまいそうだから……」


 その言葉と共に届いた岬の強い瞳と意思に反論する気は起きず、「そっか……」と呟くにとどまった。岬は決意のみなぎった表情でその男の前に顔を見せる。


「……うがぁっ……みざぎちゃんっ、……?」


 岬の姿を視界に入れたその時、マスクの男が奇声を発しながら暴れはじめた。


「みざぎぢゃんッ! 助けでッ! みざぎぢゃんッ! みざぎぢゃんッ!」


 その声量の凄まじさと必死さに岬は息を呑むが、身体を下げたりはしない。男と彼女の間に不破が立ちマスクの男を見下ろす。


「夢や幻は、独りで見てろ。お前はやりすぎだ」

「うぐっ、うあああああっ、あああ……! だずげで! だずげでぇッ! みざぎぢゃんッ!!」

「撃て」


 不破の静かなる号令で、警備兵達の電撃銃の引鉄が引かれる。バチバチッ、と激しい放電音が鳴り、マスクの男はすぐに白目をむき身体を弛緩させ、動きを止めた。


「安心してくれ、もう三度目は無い。絶対にな」


 不破は岬の方に振り返って、表情を緩め言う。


「お前がこいつに何か言おうとしていたのなら、無駄だ、やめとけ。こいつは自分の事しか考えられない……、都合の良い幻の中に籠って好きな夢を見続けている。きっと今もな。そういう奴だ。こいつはもう二度とお前達と関わることはないし、恐らくもうこの国の大地を踏むこともない。この基地に不法侵入したんだ。危険因子って事で、海の上の監獄行きだ」

「……」


 岬は複雑な心境をそのまま表情に表わし、不破の背後で気絶しているその男を見下ろしていた。


「お前達は少し休め。司令には俺から言っておく。報告や後処理は俺がするし、処理結果は後でちゃんと報告するから」


 不破はそう言って再度男に向き直り拘束しているコンクリートに触れて全身拘束を解き、手足だけをコンクリートで拘束し直し、それから警備兵にあれこれと指示を出し始めた。



          *



 千咲と岬は言われた通りに資料室を出て、二人並んで特に宛てもなくゆっくりと基地の中の廊下を歩いていた。無言のまま、五分、十分と……。

 岬はふと立ち止まり、千咲はそれを不思議に思い一歩前に出てから振り返った。


「あの、千咲ちゃん。……ごめん」

「……何が?」


 ぽつりと謝罪の言葉を呟いた岬に、千咲は眉間にしわを寄せつつ尋ねる。


「…………思い出せないけど、きっとまた、私が――」

「やっぱり待った」


 千咲がそう言って岬の顔の前に手をかざす。


「何が言いたいか、わかっちゃった。岬。私はね……あんたがさっき尻を叩いてくれたからこうして立って居られるんだよ。あんたのおかげ」

「私の……おかげ」

「宗助にも言われたでしょ? 前で戦う人だけが戦力じゃないって」

「……うん」

「だから、その辺をいい加減自覚してよね」


 千咲はそう言って小さく笑い、岬の額を小突いた。


「いたっ」

「あんたは、そりゃあドライブはまだ使えないかもしれないけど、私達は元気を貰ってるよ。ほら、宗助もさっさと助けてやらなきゃ」

「……、うんっ!」

「よっしゃ、良い返事! ……不破さんには休んでろって言われたけど、オペレータールームに行こう。今の私達には、立ち止まっている暇なんてないんだからっ」


 千咲は威勢よくそう言って、今度は早歩きでオペレータールームへと足を向ける。岬はそんな彼女の背中を晴れやかな表情で追いかける。

 父親と母親の声はもう思い出せないけど、ほんの少しだけ前に進めた気がした。



          *



 ――起きて。


(……?)


 早く起きて。


(誰……? 頭が、ふらふらする、ダメだよ、まだ、起き上がれない)


 友達が、死んでしまってもいいの?


(……友達?)


 早く、起きて。あなた以外の誰にも、彼は助けられない。


(この声は……もしか、して……)


 大丈夫、あなたは起き上がれる。


(この、声は……)


 リル。

「お母さん……?」


 自分のそんな声で目が覚めた。リルが目を開くと、そこは全く見覚えのない薄暗い部屋の中だった。寝ぼけ眼でもう少し深く観察するが、本当に殺風景な部屋で、窓もない、机もない、あるのは自分が寝ているベッドだけ。少しかび臭い布団をめくると、そこにあった自分の身体は、下着、そしてその上に薄手の白いワンピースしか着用していなかった。


「ここは、どこ……わたしは……」


 そんな疑問を一番に思い、頭を回す。すると次々と記憶がわき出てきた。

 父親がアーセナルに来たこと。

 父親の凶行を止めようと思い小春を振り切って駆け出した事。

 友達の生方宗助がその父親の手によって血塗れにされていたこと。

 そして。


「そのあとどうしたんだっけ……。急に頭がキーンってなって目の前が真っ暗になって……いや」


 しかし、自分に起きた事より、明らかに命に関わる重傷を負っていた宗助の現在が気がかりであった。


「とにかく、ここから出よう」


 ベッドから降りて、裸足のままで部屋の出口を探す。そこは四畳半程の狭い部屋で、しかし見たところ出入り口の扉が見当たらなかった。


「……あっ、これ……」


 再度冷静に周囲を見回すと、ベッドの横に自分の着ていたカーディガンがたたんで置かれていて、そしてその上にいつも身に着けていた肩掛けポーチが置かれてあった。履いていた靴と靴下は無いのだが、それらをとりあえず身につけて、もう一度出口を探す。

 リルは、ベッドと対になっている壁に二本の線が縦に走っているのを見つけて、その部分に何かあると直感的に近寄りそっと手で触れた。すると、その壁の部分だけが無音で上にスライドし、出入り口が現れた。予想が当たった事に嬉しさ半分驚き半分で、そっと頭だけを部屋から出して左右をきょろきょろと見回す。見通しの悪い薄暗い廊下がずっと真っ直ぐ続いているだけだった。

 人の気配は全くない。一体どちらに進めば何があるのかもわからないが……リルは意を決し部屋から出て、そして直感が導くままに廊下を右へ進み始めた。裸足の為、彼女の足にはずっとひんやりとした感触が届き続ける。ペタペタと足音をならしながら、何もない殺風景な廊下を進む。廊下を照らす照明は本当に最低限という感じで、暗闇、光、暗闇、光、と交互に通り抜け続ける。三分間程歩いたところで突然T字路に出くわした。


「どっちだろう……そもそも、ここは一体何の施設なの……?」


 リルが不安げに独り言を呟く。すると分岐の左通路から、誰かの話し声が微かに聞こえてきた。


「ブルームの奴、今回は随分慎重だな。無理もないか。だが、生方宗助はもう虫の息だぞ。このまま死んでしまえば元も子も――」


 人間が居ない上に細く狭い廊下だから、声が妙に反響する。リルは反射的に逃げなくてはと思い、逆の方向へと走り出した。その声の主に捕まってしまえば、全てが失敗に終わる予感がした。


(今っ、ちらっと宗助の名前が聞こえたっ、多分、宗助はここにいるっ!)


 この時ばかりは裸足であったお陰で逃げる足音がそれほど目立たずに済んだのだが、逃げる為に走るという行為自体は暗い廊下でも彼女の存在を大きく浮き彫りにした。声の主は何者かが廊下の先で走っている事に気づき目を凝らす。


「おい、そこに居るのは誰だ。レオンか?」


 背後からそんな声がかけられた。だが立ち止まる筈もなく、リルは通路を一目散に走る。


「ん? おい、待て、レオンじゃないな、誰なんだ、まさか……」


 厳しい口調ではないが、不審がるその声はどうやら小走りで追いかけてきている。リルはますます走るが、すぐに行き止まりにぶつかってしまった。


「っ!!」


 リルは焦った。振り返り来た道を見る。確かに足音が近づいているのがわかる。自分の心臓の鼓動が大きく速くなる。逃げ場は、どこにもない。


(どうしようっ、…………宗助、どこにいるの……!?)


 隠れるような物影も無い。


(物影、……影?)


 光と光の間にある暗闇の部分。そこに身を潜ませて息を殺してやり過ごすしかない。それで見過ごしてくれる可能性は極めて低いように感じたが、自分が出来うる最大限の努力を行う。これはジィーナや宗助、スワロウの人々からリルが学んだこと。

 そうこうしている間にも足音がコツコツと近づいてきている。

 リルはすぐさま壁に背中を付けて、暗闇に擬態しようとする。

 と、その時、彼女がぴったりと背中をつけた壁が突然音もなく上へとスライドし、そこはどうやら扉だったらしく、その壁の向こうにあった空間に吸い込まれるように背中から倒れ込み、しりもちをついた。


「っ、いった……」


 リルは自身に何が起こったのか把握できず、ただおしりの痛さに顔を顰めている。そして状況を把握する間も無く、背後にジャラジャラと金属が擦れる音が聞こえたと思えば襟首と手首を掴まれ、背後にずるずると引き摺られてしまう。


「やっ、はなしてっ」

「静かに、見つかる」


 抵抗しようとすると、男か女か判別に困る声にはっきりとした口調でそう窘められ、そして言われるがままに口をつぐんで、そして引き摺られた。リルはあれよあれよと物影に引きずり込まれ、一体どうされてしまうのだろうと怯えたところ、すぐに首と手は解放された。そしてようやく自身を引き摺っていた人物が彼女の視界に入った。

 サイズの合っていない大きめの白衣を羽織った少年で、身長はリルとそれほど変わらず髪の毛は少し緑がかった黒。何より特徴的だったのは、その両腕に繋がれた手錠と鎖だ。


「しばらくここに、隠れてて」

「え、う、うん……」


 そしてその少年は何事も無かったかのように近くにあった回転椅子に腰かけた。リルが頭をかがめながら周囲を見回すと、そこはコンピュータールームのようで、あちこちに見たことも無い機械類が沢山置かれていて、沢山のコードがそれぞれを繋ぎ合っている。そして『鎖の少年』もコンピューターに向かって何か作業をしているらしく、机の上で光る画面に向かって忙しなく指をタンタンと動かしているのが見えた。


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