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machine head  作者: 伊勢 周
23章 まぼろしを乗り越える事
247/286

幻の侵入者 3

 マスクの男は虚ろな顔でアーセナルの中を歩いていた。


「岬ちゃん、岬ちゃん、どこにいるんだい」


 うわ言のようにつぶやきながら歩く。男はふと立ち止まり、傍にあった扉を開く。そこはただの常用倉庫で、電球やら使っていない事務的家具、掃除用具などが収められている。その他には、ほこりっぽく薄暗いだけ。


「居ない。おかしいなぁ。岬ちゃん」


 男はマスクの中で歯ぎしりする。ぎりぎり、ぎちぎち、音を鳴らし苛立ちを表現する。


「せっかく僕が仲直りしに来てあげたのに……まさか、忘れられるわけないよね、僕のことを」


 目を見開いてギョロギョロと倉庫の中を見回してから倉庫の扉を閉めた。


「まぁ、大丈夫かな、千咲ちゃんは覚えてたから」


 男は再びふらふらと歩き始める。


「早く遊ぼう。でも他は、邪魔だなぁ、どうしよう。岬ちゃん、また君が、悲しむ顔が見たいなぁ」


 目を血走らせて、脂ぎった長い髪の毛を揺らしながら。


「岬ちゃん、また、目の前で、皆が殺し合えば、あの顔を、見せてくれるかな」


 その時、彼の目は前方に何かを捉えた。黒いボブカットを揺らしてふらふらとさまよう見目麗しい女性。


「……ふふふ、見つけたぁ」


 すると男は、マスクをつけていても分かる程の満面の笑みを浮かべた。



          *



 千咲は、岬が居ると伝えられていた応接室にたどり着く。乱暴にどんどんどんと音を鳴らして何度もノックをした。


「岬、千咲だけど! 無事!?」


 しかし部屋の中から返事はない。


「……!」


 千咲は慌ててドアノブを握り捻って押すと、簡単に扉が開いた。鍵がかかっていない。


「……岬っ」


 室内に押し入ったが、そこに彼女はいなかった。扉に書いてある部屋の名前を見ても、この部屋で間違いがない。


「司令室、こちら一文字ですが」

『海嶋です。状況は』

「応接室に到着しましたが、岬が……居ません。鍵も開いていました」

『居ない? 本当に第二応接室?』

「はい。……まさか、これも幻の中?」


 千咲はそう言って、携帯カメラで周囲を写す。今度は肉眼で見える映像とカメラ映像は一致していた。


「違う……本物だ」

『もう一度岬ちゃんに連絡を取らせてみる。秋月、頼む』

「お願いします」

『…………つながらない、まずいな』

「まさかっ、既に奴に襲われたんじゃ……!」

『部屋の中は荒らされた形跡はあるか?』

「いえ、綺麗なままですが……幻に取り込まれていたら……!」


 つい先程幻に取り込まれそうになった千咲は、岬が同じ目に遭ったのではと考える。慌てて部屋を飛び出して通路の先を見る。


「指令室からここまですれ違わなかった……。一体どこへ……。岬、近くに居たら返事をして!」


 大きな声で彼女の名前を呼び、それでも返事がない事にいてもたっても居られず、千咲は岬を捜索するために走り出そうとする。と、その時。


『千咲ちゃん、今、監視カメラに岬ちゃんが映った』

「どこですか!?」

『応接室を通り過ぎて、道なりにずっと行った資料保管室の手前あたりだ。なんでこんな場所に……それも動きが少し変だ。幻に取り込まれているのかもしれない。急いで接触してくれ』


 海嶋の言葉が切れる前に千咲は全速力で駆け出していた。


 一方で不破も桜庭に指示された通りに侵入者が居る可能性が高いというエリアにまで到達していた。そこで彼は、足を止めて前方を真っ直ぐ凝視していた。何もない空間をただじっと睨みつけている。


「おい桜庭。俺の目の前、何が居る?」

『……? 何も居ません。何か見えているとしたら、それは幻です』

「……だよな。正気を保つのに、思った以上に苦労するぜ」


 彼の目が見ていたのは、随分前に亡くした親友。

 変だと思ったらすぐに確認を取り合うという事を心得ていた為、深みにはまらずに済んだ。手で払いのけるしぐさをして幻影をかきけし、更に進む。


「精神衛生に悪いぜ。だがこういうのが見えるってことは、奴が近くに居るって事だろう?」

『その筈です。だけど……先行している警備部隊、数分前から何人かが連絡が途絶えています。連絡が繋がる隊員も、会話が成り立たないとか、勝手な行動を始める人間とか……』

「奴の幻にやられちまったのか」

『調査してみますが……兎に角今のまま、いえ、今以上に慎重に進んでください。不破さんがもし奴の操り人形にでもなったら……』

「宍戸さんに射殺されそうだな」


 そんな軽口を叩きながら、周囲に最大限の注意を払い進む。広く長い廊下を進んでいると、前方から何やら足音がバタバタと聞こえてきた。その足音の主は武装した警備兵だった。


「ん……。無事だったのか? ってことは、こっちには目標は居ないってことか。だが、何故単独なんだ。まぁ、とりあえず話を聴くか。おおーい!」


 不破が情報を共有するために警備兵の彼に話しかけようとした時。


「動くな!」


 彼らは何と銃を構えながら不破に近づいてくる。それらの銃は殺傷を目的とした鉛の弾丸を撃ちだすための物ではなく、貫通性がない電流を帯びた弾丸を放つためのもの。しかし生身の人間がその弾を受ければ身体の隅々まで感電して肉体の自由を奪われてしまうだろう。


「おいおい、マジかっ」


 今にも引鉄を引こうとしている兵士達を見て不破は反射的に床に触って壁を創りだした。


「やめろッ、不破だ! ちゃんと電子ゴーグルで見てみろッ!」


 壁越しに不破が叫ぶ。すると。


「黙れッ、先程から味方だと思っていた人間が何人も突然襲ってきた! もう何が幻で何が真実か構わん、目の前で動く人間は全て無力化する!」


 そんな言葉が返ってきた為、不破は呆れて右手で顔を覆った。


「あのな、奴の能力は本当の姿を誤魔化すことはできん! お前を襲った人間は、奴に都合の良い幻を見せられて操られているだけだ! 攻撃するのは電子ゴーグルで確認してからにしろ!」

「それらしい事を言いやがって、不破さんに化けるとはいい度胸だ、俺はダマされぎゃっ!!」


 壁の向こうの男が話している最中、バチバチッと大きな音が鳴り、男はそれ以降話すことは無かった。


「敵性と思われる人間を無力化に成功しました」

『馬鹿野郎、仲間内で何をしているッ!』

「了解、引き続き侵入者を捜索する」

『おい、おい!!』


 今度は別の男が無線でそんなやり取りをしているのが壁の向こうから微かに聞こえて来た。


(仲間割れ……マジで危惧した通りになってんのかよ)


 ファントムドライブに対しての不気味さ、不透明さと、自身を誘惑するあまりにリアルな幻影に精神が追い込まれ疑心暗鬼となり、誰からともなく警備兵達は同士討ちを始めたようだ。

 殺傷用の銃でないだけまだマシだが、不破や千咲がマスクの男を捜索するにあたって、傀儡と化した警備兵たちにまで気を使わなければならない。


「桜庭、聞いての通りだ。畜生め」

『警備班の変調はやはりこういう事でしたか……彼らとはなるべく接触をしないようにして、捜索を続けていくしかありません』

「なるべくってお前、廊下なんて殆ど狭い一本道だ。運じゃねーか」

『とにかく、早く解除してあげないと、しまいにはもっと酷い殺し合いに発展するかもしれません』

「俺だってその未来は見たくないが……『不破くん、海嶋だけど、岬ちゃんが応接室に居ないという連絡が千咲ちゃんから来てる』


 突然海嶋が会話に殴りこんできた。それも不穏な情報と共に。


「は? なんだと?! 部屋に居ろって言ったんじゃないのか!」

『資料室前のカメラが彼女を捉えた。今千咲ちゃんが急いで向かっているが……嫌な予感がする。とにかく不破くんもそちらに向かってくれないか』

「わ、わかった! 資料室か、少し遠いな、くそっ」


 廊下の先では、警備兵達が争い合う声が微かに聞こえてくる。


「頼むから邪魔してくれるなよ……」


 不破は資料室へ向かうために来た道を戻り始める。



          *



「宗助くん、どうしたの? 突然部屋を出て走りだして……」


 岬は困惑した様子で宗助の背中に話しかける。応接室で岬が出会った『宗助』は、突然部屋を飛び出して廊下を走り出したのだ。そして資料室の前で突然立ち止まった。岬は宗助と離れたくなくて必死に追いかけて、そして今度は立ち止まり微動だにしない彼を不思議に思い様子を見ている。

 すると宗助はゆっくりと振り返った。『宗助』と岬は見つめ合う。『宗助』が何かを話そうと口を開いたその時、突如、どこからともなく現れた千咲が、宗助の喉を剣で串刺しにしてしまった。


「がっ……カハッ……!!」


 そのまま標本のように壁に串刺しにされた宗助は、何か訴えかけるように岬に手を伸ばしていたが、数秒して手はぶらりと力なくぶら下がり、そのまま絶命した。岬は突然のその惨い光景に言葉が出てこず、ペタンと尻もちをついた。


「え……、え……?」

「岬、次はあんたよ」


 千咲は宗助から刀を抜き取ると、血まみれの刀の鋒を、腰を抜かしている岬の眉間に向け、冷酷な目で見下ろしながらそう言った。彼女の隣でずるりと宗助の肉体が壁を滑り落ちる。


「ち、さき……ちゃん……? なんで……?」

「なんでって……ふふ、あんたは、私の本当の気持ちに気付いていたんでしょう?」

「千咲ちゃんの、気持ち……?」

「それなのに、知らないふりをして、私のことをまるでピエロを見るようにあざ笑って。それが嫌だったから、我慢の限界。私は許さない。お返しに二人共、私が殺してあげる」

「何を、言ってるの? わからないよっ、なんで宗助君を、殺したのっ」


 岬は涙を流し、目の前の千咲に問い質す。千咲はやれやれと言った様子でお手上げのポーズを取ってみせ、頭を左右にゆっくり振った。


「まだしらばっくれる気? あんたは困ったらすぐ泣くのね。泣けば仲間が助けてくれるもんね。でもここにはあんたの味方は居ない。まぁ良いわ、気の済むまで泣いたら。その間に殺すけど」


 岬の視界に無残に殺された宗助の姿が入った。とても苦しげな表情で、口と目から血を流して息絶えている彼の姿が。


「なんで……せっかく……」


 呟く岬に対して、千咲は刀を振りかぶる。


「じゃあね。今までそれなりに楽しかったわ」

「……許さない……」


 岬は低く震える声で言った。涙はもう止まっていた。


「は?」

「よくも、よくも……! 絶対に許さないっ!」


 そして岬は、千咲に対して思い切り飛びつき、がら空きの胴体にタックルをぶちかました。


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