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machine head  作者: 伊勢 周
23章 まぼろしを乗り越える事
245/286

幻の侵入者 1

 一方で千咲は、ロディが解析している待機時間、不破と二人で話がしたいと岬に席を外させて、ブリーフィングルームで不破と机を挟んで向かい合って立っていた。千咲は懐から一枚の透明な袋に入った紙切れを取り出し、黙って不破の前の机に置いた。


「……写真、か?」


 不破がそのしわくちゃの写真を袋ごと持ち上げて見ると、それは幼いころの千咲と岬の姿が写された写真だった。


「……この写真がなんだって言うんだ?」

「裏を」


 千咲に言われ不破は写真の裏を見ると、汚い字で「大きくなったね」と書かれているのが目に入った。不破はその気味の悪さに、両腕の表面が粟立つのを感じた。


「……これは、お前、まさか」

「会いました。あの時と変わらない、大きなマスクをしていた」

「いつ会ったんだ」

「ブルームが来る直前、マシンヘッドの処理をしていた時に会いました」

「何か、されなかったか」

「……少しだけ、ちょっかいをかけられました。岬にも会いに行くという言葉と、その写真だけを残して私の前から消えた」

「……すまん」

「なんで不破さんが謝るんですか」

「お前達に余計な負担をかけさせた」

「負担?」

「……奴は、こないだのブルーム襲撃の混乱に乗じて収容していた病棟を抜けだしたんだ。情報部もごたついていて、それを把握して連絡してきたのがつい一昨日のことだったんだが……。俺はすぐに奴を見つけ出し、事を最小限に抑えるつもりだった。だが……捕まえるどころかお前に接触させた」

「そんなの、……大丈夫です。ついさっきまで落ち込みきっていた私が言っても説得力が無いかもしれませんが。奴が向こうから来るっていうのなら、望むところです」


 千咲はそう言って小さく口に笑みを作ってみせる。もちろん目は笑っていなかったが。それを聞いた不破は複雑そうに眉間にしわを寄せて頭をぽりぽりと掻いた。


「今スワロウは、宗助の事が最優先だ。ただでさえ人手が足りてない。奴の対処は俺がやる。お前はそっちに集中しろ」

「私も奴と闘います。勝ってみせます」

「いいや、ダメだ。お前は私情が入りすぎている。冷静に任務をこなせるとは思えん」

「私情があるからこそ、です。あいつは私と岬を狙ってる。それでここにいる仲間にもしもの事があれば、これ以上耐えられる自信がありません。私だって……」


 千咲はそう言って目を伏せた。


「だから、それが私情を挟んだお前の言い分だと言ってるんだ。奴が誰にとっても危険な能力者であることは間違いないからこそ、もう一度奴を捕まえる。それからの処遇はわからんが……。そもそも、だ。命令を下すのは俺でもないし宍戸さんでもない、司令だ。俺は今、司令と副司令に命令されて奴を追っている」


 二人にばれないうちに解決するという平山との約束は果たせなかったが、それでも任務を果たす責任は自分にある、というのが不破の言い分。


「……」


 千咲は唇を噛んで黙ってしまった。言い返したいが、不破の話したことに間違いはない事が分かっていて言葉が出ない。


「お前にもすぐに任務が与えられるはずだ。与えられた任務を遂行しろ。自分の手で決着をつけたい、その気持ちはわかるが……俺達は仲間だ。全員で一つだ。お前や岬の過去に受けた痛みは俺の痛みでもある。ここは、俺に任せてくれ」

「……少し、頭を冷やします」


 そう言って千咲は息を吐きながら真上を見上げた。その様子を見て不破も少し安心して肩の力を抜いた。


「あぁ。今は無暗に感情的にもがくべきじゃない。最初に言ったが、しっかりと宗助の事に――」

「頭が冷えたので、司令に直談判してきます」

「いや、全然冷えてないからな!」


 千咲は不破の指摘を無視して部屋を出る。千咲より出入り口が遠かったためひと足遅れて不破も外に出て千咲を追う。早歩きで歩く千咲の横に不破が追いついた。


「おい、待て待て、待てって、話を聴いてたのか? ちょっといい感じの事を言ってただろっ」

「宗助もリルも取り戻すし、ブルームには必ず昨日の借りを返す。自分の過去にも決着をつける。欲張りなんです、私」

「欲張りなんです、で流せる話じゃねぇだろ!」


 そんなやりとりをしながら、二人はオペレータールームにたどり着く。二人が室内に入ると、部屋の中は何やら緊迫した空気が流れていた。部屋の中央モニターの映像がころころと切り替わり、職員達はああでもないこうでもないと言い合っている。


「……何か動きがあったのか?」


 不破は呟きながら部屋の中へと足を進める。千咲も後に続いた。雪村司令も篠崎副司令も既に席についているが、どうも険しい表情でモニターを睨んでいる。


「司令」

「……おお、不破か、ちょうど今呼び出そうとしていたところだ」

「何があったんですか? 皆慌てているようですが」

「侵入者だ。この基地に不審な男が侵入している」

「侵入者ぁ!? まさか、ブルーム達ですか!? 昨日の今日でっ」

「いや、映像を見る限り……。奴らではない」


 雪村はそう言ってちらりとだけ千咲を見た。


「奴らではないって、警備班は何をしていたんですか! 迷子ってワケじゃないでしょうしっ」

「うむ。相手は恐らく単独だが、警備班はあっさりと侵入を許してしまった。既に敷地どころか建物内に入り込まれている。現在、基地内の監視カメラを攫っているところだ」

「だいたい単独で侵入って、どんな奴なんですか? 被害状況は?」

「……映像を見せよう。海嶋、こっちの端末に映像を回してくれ」

「了解」


 十数秒でその処理は行われ、雪村の机に置かれている端末に映像が流れ始める。映像は、アーセナルの正門前の監視所で警備兵が二名哨戒を行っている場面から始まった。

 先日のブルーム襲撃により一層警備が強化され、警備兵達もアサルトライフルとごつごつしたボディアーマーを装備しており、明らかに周囲を警戒している様子で、映像からもその緊張感が伝わってくる。

 そこに、一人の人間が現れる。その男が警備兵二人の視界範囲内に入ったとみられるのに、警備兵は一切反応を見せない。それどころか二人の警備兵はそれぞれその基地に近づく人間とは別の方向を向いて、何やら一人で誰もいない空中に向かってブツブツと話し始めている。

 その間をその人間は悠々と歩いて通過する。

 千咲にはその男の姿について、はっきりと何者かわかった。すごく、すごく見覚えがある。


「こいつ……!」


 マスクの男。千咲が遭遇した時と服装まで同じだった。今にも走り出しそうな千咲の腕を不破が掴みながら映像を見る。


「監視カメラを確認していた人間にはこいつが見えていた。だから警備兵二人に警戒を喚起した。『その男を止めて尋問しろ』と。だが、二人とも何のことかわからないと言うだけだった」

「……見えていなかったと?」

「あぁ。二人に話を聴いたところ、『死んだと思っていた家族や友人が現れて、自分に話しかけた』と答えている」

「幻影か……」

「気をつけろ。『親しい人間、もしくは喪ってしまった人間が見える』という『幻影地帯』が既に基地内部で出来ている。そういう報告が多数上がっている。我々も既に術中にハマっている可能性すら有る」


 不破はおもむろに携帯電話を取り出して素早くカメラを起動し、雪村や千咲をファインダーに収める。


「なにやってんですか? こんな時に」


 千咲が怪訝な顔で不破を見る。


「奴への対策だよ。ファントムドライブは機械を騙せない。携帯カメラも漏れずにな。これを知らずに奴を見つけ出すのは相当骨が折れる。よし、二人共、間違いないっす」

 不破は携帯電話をおろし、再度胸ポケットにしまう。


「……それじゃあ、私が行きます」


 そう言ってすぐに振り返ろうとした千咲の腕を不破が再度掴む。


「だから待てって、さっき言っただろ!」

「司令、行かせてください。奴の狙いは私です」


 千咲は不破ではなく、先ほどの宣言通り雪村に直談判した。雪村は少し逡巡する様子で目を閉じて渋い顔を見せ大きく息を吐いたが、しばらくして目を開き千咲をまっすぐ見る。


「……」

「……お願い、します……!」

「……。よし、不破。一文字も侵入者排除の任務に参加させる」

「ちょっ、司令!」


 不破は不満そうに雪村を見る。千咲は逆に尚更引き締まった顔を見せた。


「彼女も立派な隊員であり戦力だ。一文字が既にこの男が近くまで来ている事を知っているのなら……侵入者を現有の戦力で排除するのに、手は多いほうが良いだろう。報告の地点から編み出した奴の侵入ルートと現在予想地点・箇所は――」


 最後まで聞かずに千咲は今度こそ脱兎のごとく駈け出した。


「おい、千咲ッ!」

「私はまず岬のところに行きますッ!!なにか判れば通信連絡お願いします!」


 千咲はそう叫んで、瞬く間にオペレータールームを後にした。


「おいおい、しょうがねぇな、……とも言ってられん状況だな」

「不破くん」


 背後から名前を呼ばれ不破が振り返ると、秋月が二つ小型CCDカメラを持って立っていた。


「千咲の分も用意したんだけど……あっという間に出て行っちゃったわね……大丈夫かしら」

「いいさ、俺が渡しとく。貸してくれ」


 不破が秋月からそれらを受け取り、自分の分として首と顎関節の間に装着し、もう一つを腰に装着しているバックパックに仕舞い込む。


「不破。瀬間を守ると判断した一文字の判断は正しい。お前は積極的に迎撃しろ。最悪、殺しても構わん。一刻も早くこの騒動を沈静化するんだ。生方の救出に集中するためにもな」

「了解、全力を尽くします」

「いいか。お前達がしくじれば、あとはこのスワロウには宍戸しか居なくなる、絶対に――」

「重々承知です。じゃあ、俺も行きます」


 不破は重たく低い声で言って、千咲に続いて司令室を後にした。



          *



『不破さん』


 廊下に飛び出すと同時に早速桜庭からの無線連絡が入った。


「ああ。小春か、引き続きよろしく頼む」

『居住区と、トレーニングルーム、食堂や談話室方面は既に完全に出入り口を閉鎖しています。こちら司令部からのルートは三番通路以外閉鎖していて、不破さんが出た後にそこも閉鎖します。監視カメラ最終目撃地点は本棟の事務室前通路。事務室、それから応接室、医務室周辺はまだ職員が多数居るため閉鎖できていません』

「三番通路ね。奴が居るのは恐らく……本棟と医療棟あたりか。まずい線を行ってるな。岬は無事なのか」

『はい。先程連絡は取れました。不審な人間が侵入しているから、一番近い応接部屋の中で鍵を閉めて待機するようにと。千咲ちゃんが向かっているからって』

「それなら、ひとまず安心だな」

『恐らく。今警備部隊が電撃銃を持って捜索を行っていますが……、奴に触れられて殺し合い、なんてなったら目も当てられません』

「そうなる前に捕まえねぇとな」

『急いでください。今のところ被害は出ていませんが、万が一千咲ちゃんや岬ちゃんと遭遇したら、大変なので』

「それも、わかってるよ」


 歩き慣れた廊下に、聞き慣れた自分の足音が響く。

 そこはホームなのに、ひどく不気味に感じる静けさだった。




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