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machine head  作者: 伊勢 周
22章 限りの無い命
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もう一度 後編

「こんなところで寝ていても、……何も前にすすまないよ」

「…………ごめん」


 岬に背中を向けたまま、か細い声で千咲は言った。


「謝ってほしいんじゃないよ。私は……千咲ちゃんに、立ち上がってほしいだけ」


 そう言う岬の声は、少し震えていた。彼女の精神状態とて到底尋常ではない。それなのに気丈に自分を励まそうとしに来たのだと想うと、千咲はますます情けなくて、岬の方を向くことは出来そうになかった。


「……。……っ、……わかってる。わかってるんだ。こんなところで、へこたれてる場合じゃないって……立ち上がらなきゃって…………だけど、だけどさ……身体が、動かないの……思っている風に、動いてくれない。もう、多分だめだ、わたし」

千咲は絞り出すような声で言った。そんな後ろ向きの言葉を吐いたせいか、彼女の身体から更に力が抜けていった。


「千咲ちゃん……」


 岬はもう一度、彼女の名前を呼んだ。


「宗助もリルも、シェルターの時も、稲葉隊長も、……岬の両親も。みんな大切で失いたくなかったのに……すぐ目の前なのに守れなかった。……いつも、いつも私は、なんて……なんて弱いんだろうって……」


 そんな事を言う千咲のあまりの弱りっぷりに岬は表情を曇らせたまま俯くが、それではいけないと言わんばかりに首をぶんぶんと左右に振った。岬は一気に千咲に歩み寄りベッドに膝をかけ、肩を掴んで無理やり彼女をこちらに振り向かせる。


「弱くなんかない」


 そしてはっきりと彼女の言葉を否定した。

 千咲には岬の両目に一気に涙が溜まるのが見えた。自身の肩を掴む彼女の手の力を感じて、こんなに力を持っていたのかと千咲は少々驚いた。


「知ってるよ、頑張ってる千咲ちゃんの事ずっと見てきたから、知ってる」

「み、さき……」

「今立たなきゃ、動かなきゃ、きっと、本当にずっと、それこそ一生後悔する。そんな千咲ちゃん見たくない。私は、まだ間に合うって、大丈夫だって信じてる。まだ諦めたくないのっ。この目で確かに見るまでは、本当にもうダメだってなるまではっ」


 岬の目の淵に溜まった涙がぽろぽろとあふれ始める。頬を伝って、輪郭をすべり、それは千咲の顔にも零れ落ちた。


「たとえ……たとえ宗助君を、私達が助けられずに、こ、殺されてしまったとしてもっ! リルちゃんが帰ってこなかったとしてもっ! こんな風に好き勝手やられて、大切な物、奪われっぱなしで、これからもっと奪われて壊されて、……そんなの嫌だよっ!」


 岬は大きな声で千咲に訴えかけた。闘うのをやめてしまえば、さらに奪われてしまう。ここで立ち止まった所で、痛みと苦しみは和らぎなどしない。だから何度辛い目にあっても、何度でも立ち上がって闘うのだと。岬の目はそう語っていた。


「……岬は、強くなったね」

「え?」


 そんな彼女とそれ以上目を合わせることが出来ず、千咲は目を伏せる。


「私は、昔からずっと弱いままなんだ……。皆を、あんたを守るんだって、そうやって自分を奮い立たせてきた。だけどもう……、宗助が助かるなんて思えないよ。変に期待して、また突き落とされるのは嫌。辛いんだもん……。努力して、もがいて苦しんで、それでも叶わず目の前で奪われて。……ごめんね岬、私がもっと、もっと強ければ……」


 千咲が無理やり顔を壁側に戻そうとすると。


「千咲ちゃんっ」


 岬は名前をはっきりと呼ぶと、千咲の右手をぎゅっと握る。


「私は、ここにいるよ」


 涙を流しながら、しかし千咲の目をしっかりと見て言う。


「いつも千咲ちゃんが傍に居て、あきれず、あきらめず、守って戦ってくれたから。だから私はここにいられるんだよ」


 岬の手を、千咲の手がほんのわずかに握り返す。


「弱くなんか無い。何度だって言う。私がここにいるのがその証拠だよっ。いつもいつも助けてくれたから、今度は私が千咲ちゃんを支えたい。だからもう一度、一緒に立ち上がって。お願いっ……!」


 岬と千咲はお互いに涙を流しながらまっすぐと見つめ合う。


「…………」

「…………」


 黙ったまま、数十秒が経った。

 千咲はふいとまた顔を壁に向けてしまう。繋いだ手もするりと解けた。そんな彼女の態度に岬は顔を曇らせた。これ以上どうすれば千咲に勇気をもう一度与えられるのか、岬にはもう何もわからなくて、言葉が出てこない。


「……外に行って…………ってて……」

「……え?」


 千咲は顔を壁に向けたままむくりと起き上がる。

 今、確かに外に行けと言われた、と、拒絶されたのだと岬はますます途方に暮れかけた。しかし、千咲は続けて言う。


「……外で、待っていて。顔を、洗って、着替えるから」

「……! うんっ、待ってるっ」


 岬は一変して表情に明るい希望を見せ立ち上がり、もう一度「外で待ってるね」と告げて部屋を後にした。千咲は右腕を両目にあててゴシゴシと豪快に涙を拭い去ると、口を真一文字に結んだ。


「どうするべきだったか、じゃない。今からどうすべきか。隊長なら、きっとそう言う」


 どたどたと洗面所にかけこみ顔をバチャバチャと乱暴に洗いタオルで拭いて、洗濯してたたんであるスワロウの制服を右手で鷲掴みにする。ものの三分で着替え終わり、鏡の前に立って自身の姿を見つめながら、両頬を左右の手で思い切りひっぱたいた。


「まだ大丈夫、立ち上がれる」


 競走馬に叩き込む鞭のような言葉を鏡に映る自分に叩きつける。険しい目つきの自分がこちらを睨みつけていた。「さっさと行け」と、そう言われた気がした。



 早足で玄関に行き乱雑に脱ぎ捨てられた靴を拾って履き、ドアノブを握りドアを開ける。

 岬はちゃんと待っていた。不破も部屋の前でずっと待っていてくれたようだ。

 それぞれと一秒ずつ目を合わせてから口を開く。


「ごめん岬。ありがとう。一緒に立ち上がってくれて。大丈夫……とは言えないけどさ、私、まだ踏ん張れる」


 千咲はまず岬にむかってそう言うと、次に不破に顔を向ける。


「すいません不破さん、待たせてしまって」

「あぁ、全くだ。さっさと行くぞ。宍戸さんも待ってる」


 不破は軽い調子で言うと、親指を立てて廊下の先を指し示し、歩きはじめる。


「はいっ」


 二人は元気に返事をしてから、不破に続いて早足で歩き始めた。千咲と岬は歩きながらお互いの顔を見合わせて、ほんの僅かに微笑み合う。


「ね、岬。目と鼻めちゃくちゃ赤いけど大丈夫?」

「そっちこそっ」



          *



 アーセナルの押収品管理室で、宍戸とエミィとロディの三人は額を突き合わせていた。


「お前ら、これが何か知っているか」


 一足先に追跡作業のためにその部屋で色々と洗い出し作業を行っていた宍戸が、そう言ってエミィとロディの前に円筒形の物体を置いた。それはあのガニエの上着から発見されたもので、当初は何が目的の物体なのか不明だったが、先日ミラルヴァがそれを使用して姿を消す光景を目の当たりにしたのだ。恐らくアジトに帰還するワープ装置のようなもので、俄かに信じがたいがその能力がこの小さな円筒に詰められているらしい。

 船や飛行船で攻めてくるあたり、『帰り専門』のものだと宍戸は予測していたのだが、一応パラレルワールドの住人達にもそれを見せてみることにした。「これは?」と尋ねるロディに、宍戸は自分が見たことをダイレクトに伝えた。すると。


「……正直な話、俺達もこんな機械は見たことがありませんでしたが……」


 まじまじと機械を見ながらロディが話す。エミィはこういった事にあまり明るくないし、彼女のドライブである電撃や、そもそもの自然体でも醸し出してしまっている電磁波で予期せずに誤って破損させようものならどんな怒られ方をするかわかったものではないので少し離れて様子を静観している。


「でもこれは、宍戸さんの予測するものでほぼ間違いないと思います」

「ならば、こいつを使えば俺も奴らのアジトに行けるのか」

「……恐らく。ですが、行って、これでこちらに帰って来ることは多分出来ません」

「どうすれば使える?」


 臆せず答える宍戸に気圧されつつもロディが答える。


「ちょ、ちょっと待ってください、パッと見た感じで……中身を分解すればもう少しわかるかもしれませんが、ほぼ間違いなくセキュリティがかけられています。指紋なのか、声なのか、それとも何かもっと他にサインがあるのか……現段階ではわかりませんが、使える人間が限定されている状態であれば、当然僕らには使えません」

「ロックは物理的に外せないのか」

「……。やはり、中身を見てみない事には、イエスともノーともお答えできません」

「うちにある設備ならなんでも使っていい。分解してくれ。今の所それが一番、……いや、唯一の、生方の救出のための有力な情報だ」


 そう言われてロディの肩に凄まじいプレッシャーがのしかかる。


「――ひいては、お前らが求めている、ブルーム、そして天屋さんの情報へとつながるはずだ」

「そうだよっ、ロディ、ファイトっ」


 少し離れた場所からまるで他人事のように言うエミィを少し睨みながら、ロディはプレッシャーと、それを乗り越えた先の答えを秤にかけ、……そして乗り越える未来を見据えた。


 そしてロディは今、右目に眼鏡型ルーペを装着して、ガニエが残した機械を一つ一つ手探りで分解している。記録映像としてあらゆる角度からカメラを回しているうえ、そのカメラの後ろから宍戸とスワロウのマシンヘッド分解調査に携わる人間数人が腕を組んでロディの作業を見守っているものだから、ロディの両肩は既に鋼のように固くなっていた。

 しかしやらないわけにはいかない。自分達の為に、そして突破口を切り開いてくれた宗助を助けるために。

 外装の部分をはがし終えて、中身が露わになった状態のそれを見て、周囲の人間達は揃ってほぉーとため息を吐く。


「……わけのわからない、すごい細かい配列だな」


 誰かが小声で呟いた。普段からマシンヘッドという未知の機械の分解鑑定作業をしている人間達でさえ、その小さな機械の中身に興味津々だ。白神がその機械を見た際も「言葉では表現できない何か」と評したそれは、これまでは重要な証拠物品として手出しがされていなかった為、好奇心もあいまってその作業を食い入るように見ている。

 ネジのようなものを一つ一つとるたびに、また、プレートを外すたびに、別の部品と混ざらぬように色と番号で分けられた箱に分別していく。

 慎重に慎重を期したその分解作業は続き、一時間が経過。

 目を見張る集中力を以て、同じペースで作業をつづけていくロディ。彼は機械の中心部に近い場所で白く濁ったビー玉のようなものを発見する。


「……なんだ、これ……」

「何があった」


 そう呟いたロディに、宍戸が素早く反応する。


「機械の配列は……一応理論的にはギリギリわかりそうなものなのですが、この小さく白い球……」


 ロディが指摘した部分にあるその白い球には一本の太めの線が繋がれており、その線は様々な方向に枝分かれしている。ロディにはそれが、まるでミニチュア化された人間の脊椎のように見えた。

 と、そこで横から技術者の一人が横から声を出した。


「あ、それなら見たことありますよ」

「あぁ、例のガラス玉だな」


 それを見た他の人間達も口をそろえて見たことがあると言う。


「今まで回収されたマシンヘッドに、ほぼ必ずつけられてる。全部保管しているよ。まぁうちにあるのは全部破損してるし、保管してる分の色はだいたい無色透明だけど、形や大きさは間違いない」

「これはマシンヘッドに限らず、奴らの機械に必要な部品なのか」


 宍戸が呟いた。ロディはもう一度その機械の中核部を見る。脊椎のようと先ほど評したが、それでいけば、枝分かれしたその配線はまるで人間の身体の仕組みをなぞる神経の様な構造配置で、ロディはなぜだか寒気を感じた。



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