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machine head  作者: 伊勢 周
22章 限りの無い命
243/286

もう一度 前編


 ブルーム単独襲撃から時間だけは無情に経過し、深夜十二時を過ぎた頃。

 ジィーナの病室では、ベッドに横たわるジィーナの隣で桜庭小春が申し訳なさそうに身を縮こまらせて座っていた。


「ごめんなさいジィーナさん。私、すぐ隣に居たのに、リルちゃんが走っていくのを止められなかった」

「いいですよそんな、謝らないでください。私だってあの子がいつも突然どこかに行くたびに手を焼かされました。……本当に、いつも突然なんです」


 ジィーナは天井を見上げながら言う。


「……リルちゃんは、ブルームを……お父さんを止める気だったんです。……誰かの背中に隠れて守ってもらっているだけなのが嫌で、それで、自分の手で、力で、止めようとした……」

「あの子の父親がここに来て沢山の人に危害を加えた後、あの子はずっと思いつめた顔をしていて、全部自分のせいだって思っていたようで……。生方君があの子に何か言ってくれたみたいなんだけど、それでも心は晴れなかったのね」


 ジィーナは穏やかな表情でそう喋る。ただそれは、桜庭には『諦め』や『無気力』のように感じ取れた。自分達が稲葉を、そして宗助を失くして落胆しているのと同じ感情を。


「とにかく、貴方までそんな風に自虐的になる必要なんてありません。リルの事もそうだけど、生方君が連れ去られたというのは……」

「もともとブルーム達は、生方君を狙っていた節がありました。理由ははっきりとはしていませんけど……とにかく、また何か動きが有ったら、ジィーナさんにもお伝えします。私は、これで」

「はい。私に気を遣わなくて大丈夫ですから、あの子の事、よろしくお願いします」

「はい。任せてください」


 桜庭は笑顔を作り、病室をあとにした。


 部屋の中で一人きりになったジィーナは、少しずつ秋めいてきた外の景色を眺めて小さくため息を吐いた。自分の知っている『優しい父親』であったブルームと、今この世界中の人間の命を脅かしているブルーム、その二つの全く違う姿に、一体この十二年間で何が起きたのだろうかと考える。そもそも、ミラルヴァの名前は宍戸らの口から聞いたのだが、レナとアルセラの名前は全く聞かない事にも不安な気持ちを覚える。レナは無事回復したのか、アルセラは元気にしているのか。

 自分の知らない場所で一体どんな事が起きているのか。そしてこれから、どんなことが起きようとしているのか。

 ふと、リルとのこれまでの生活を思い出して、そして……、もう二度と彼女に会えないような、そんな予感がしていた。



          *



 アーセナル、第一会議室。

 宗助とリルがブルームに立ち塞がった事で、結果的にブルームの基地内への侵攻は止められ、被害は広がらずに済んだ。ブルームを迎撃した前線部隊も攻撃を受けて負傷者は多数出たが、それでも死者数は二人にとどまった。しかしながら「二人にとどまる」という表現が、そういう表現で片づけられるという事が、既に現状が厳しい次元に突入している事を示していた。

 アーセナルでは今回の件についても各所でデブリーフィングが行われている。

 その一つ、スワロウを管轄する上層部と雪村や宍戸・不破の会合では、連れ去られた生方宗助の今後についての方針が話し合われていた。会議室のスクリーンには今回のブルーム単独襲撃時の映像が流されているのだが、その内容を加味して会議が進められている。


「生方宗助は、殺されてはいません。前向きに捉えるなら、彼の行方を追って救出する事は、ひいてはブルーム達の居所の調査に繋がる筈。対策部を立ち上げ、救出する為の調査チームを結成するべきだと考えます」

 宍戸は上層部のお偉方に対して低い声でそう言った。上層部達は宍戸の顔とスクリーンを見比べて、しばらく黙り、その中のひとりが口を開いた。


「君は、生方宗助隊員がまだ生きている、と言ったが。いや、生かされていると言うべきか。そう思う根拠はなんだ?」

「瞭然です。殺すのならあの場でトドメを刺している筈。死体を持って帰る必要など奴らには有りません。何らかの必要性があり、生きたまま持ち帰った。生方宗助に対して奴らが、以前からそういった趣旨の発言をしている事は確認できています」

「……なるほどねぇ。映像を見る限りでは、彼は命に関わるような重傷を負っている。口から血へどを吐いてね。それをわざわざブルームが親切に治療して、延命処理をしているとでも?」

「わざわざ持って帰るからには、最低限そういった類の処置を行う可能性はゼロではないかと」

「私はそうは思わないな。……彼は本当によく闘ってくれた。彼の命がけの戦闘で、事実多くの損害を免れたことは認める。功労者だよ。しかしね、残酷なことを言うようだが、そこの不破隊員の昔の友人のように、あるいはブラック・ボックスに捕えられていた人達のように。彼も同じようにされている可能性が高いんじゃないかな。既に連れ去られてから半日が経とうとしている」

「では尚更救出を急ぐべきでは」


 すぐさま宍戸が反論すると、今度は別の男が宍戸に対して口を開く。


「手がかりがなさすぎる。まだ前回のブルーム達の襲撃から完全に機能が回復しきっていないのに、世界中を調査し、一人の隊員の持つ携帯機器の電波を探し傍受する。そんな途方も無い作業を行う人員が今、ここには無い。戦力の立て直しが最優先事項だ」

「このまま、彼を見捨てるのですか」

「少し落ち着きなさい、宍戸『隊長』。君が部下を想う気持ちも理解しているよ。助けたいという気持ちもね。我々も貴重なドライブ能力の所持者を簡単に手放したくない。それも彼が備えるのは天屋君と同じ能力だ。育てるのに費用や時間、手間もかかっている。だが現実問題として、彼の後を追う手がかりが見つからなければ何も手出しできないだろう、という話をしているのだ。これに対して何か反論はあるかね?」

「……仰る通りです」

「あぁ、そうだろう」


 宍戸が表情を変えずにそう言うと、その男は満足そうに二度頷きながら言った。隣に座る不破は、露骨に不満そうな表情でまっすぐと男たちを睨みつけていたが。




 連れ去られた宗助とリルについてどのように救出するか、という議論が行われるものだと思い臨んだ会議だったのだが、蓋を開けてみれば、二人を奪還する力の余裕など今は無いと突きつけられるだけの通知会であった。副隊長として出席した不破はその現実に打ちひしがれて、宍戸の少し後ろを仏頂面で歩いていた。


「くっそ、マジでなんなんだ……」


 何度呟いたかわからないそのセリフを更にもう一度呟いた。


「あのお偉方の言う事も一理ある」

「宍戸さん、だからって、宗助をこのまま放っておくって言うんですか?!」

「必要以上に感情的になるな、一理あると言っただけだ。生方を救出する為には、彼らの言う通り、捜索する手がかりが無さすぎる。手がかりがあったとして、今こうしている間にも奴らに殺されている可能性が増している訳だ」

「それは、そうですけど……。だからって」


 不破は、宍戸にまでそう言われてしまい尚更しょぼくれる。不破は特に、宗助とは公私でいつも行動を共にしていたから彼に対する思い入れも人一倍強い。宍戸は歩きながら、隣を黙って歩く雪村に目配せする。


「うむ」


 すると雪村はそれだけ言って、また無言。宍戸は決意めいた表情で不破の方を向く。


「……他の部隊が動員できないというのならば、俺達が動くまでだ。もともと生方は俺達の仲間。そしてブルーム達の処理は俺達の管轄。こっちの責任で、俺達が救い出す」

「……お、おおっ、そう来なくっちゃっすよ、宍戸さん!」

「今まで奴らが残してきた手がかりを、どんな些細な事でもいい、全て洗いなおす。何か見落としている点、手がかりがどこかにある筈だ」

「それじゃあ、まずは情報部に――」

「いや。お前はまず、一文字を部屋から引っ張り出してこい。人手は一人でも多い方が良い。エミィとロディは俺が呼んでおく。あいつらにも幾つか訊きたい事がある」

「……千咲……。そうですね、行ってきます。白神はどうしましょう」

「まだ立つのもやっとだ。あいつは休ませておけ。後々、必ず必要な場面がくる」

「了解」

「最善は、尽くす。その結果がどうなろうと」

「はい!」


 不破は元気よく返事をすると宍戸と雪村を追い抜いて、そして廊下を軽やかに駆けはじめた。


「……司令」

「なんだ」

「ご迷惑を、おかけすると思いますが」

「仲間を救うのに、迷惑も何もないだろう」

「……よろしくお願いします」


 そんなやり取りをして、宍戸と雪村は廊下を早足で進む。




 アーセナルの、特にスワロウに関連する部署や隊の持つムードは底の底、まさにどん底だ。つい先日稲葉隊長をはじめ多くの仲間や家族を喪った悲しみが癒えていない中で、さらに宗助が消え、そして食堂の看板娘になりつつあったリルも消えた。殆ど日常的な会話をしなくなって、誰も笑わなくなった。会話をしても、ぎこちなさだけが残り、笑ってみてもそれらはどれも偽物だった。

 オペレータールームでも、神妙な表情をした海嶋と秋月が、小声でぽつぽつと会話を交わしていた。


「千咲ちゃん、昨日帰ってきてから部屋に籠ってずっと出てきてないんだってな」

「私も、一応さっきも扉の外から声はかけてみたんだけど……。目の前で仲間があんな風に消えちゃったら、って思うと、……」

「どうにもそれだけじゃないっぽいんだ」


 海嶋がキーボードを叩きながら言う。


「何が?」

「ブルームが現れたのと同時くらいに、町でマシンヘッドの撤去任務に行っていた千咲ちゃんが突然走り出しただろ? あれの原因はなんだったんだって思っていたんだけど、それについて諜報班から情報が来てて……」


 そしてモニターに一枚の写真を表示させて秋月に見せる。


「……! これって……!」

「あぁ。あのマスクの男だ。奴が、千咲ちゃんに何らかの形でコンタクトを取ったらしい」

「あの子、それであんなに取り乱して……」

「そこから立て続けにブルーム襲撃でこの状況。混乱したり、気持ちが落ち込んでも仕方ないよ。今は、……正直僕はあの子にどう接するべきか、わからない。情けない話だけど……」


 海嶋は男の映ったウインドウを消すと、そのまま背もたれに背中を思い切りあずけ腕を組んだ。



          *



 目の前で宗助とリルを救えなかった千咲は海嶋の言う通り失意のどん底で、覇気なんてものはまるでない。


 千咲はあの後――つまりブルームに敗北した後、基地に戻って……幽霊のような足取りでふらふらと自室に入ると、短い廊下を歩きながら制服を脱ぎ捨て、薄い生地のアンダーウェア姿となってそのままベッドに力なく倒れ込んだ。そして何をするでもなく自室でただ閉じこもっていた。

 どうやって自室に戻ってきていたのか彼女自身覚えていない。頭の中では、ずっと宗助とリルが居なくなってしまった時の光景がリフレインしている。

 宗助にあれほどの嵐を生み出す力が残っていたのなら、自分をブルームから逃すために使わなければ充分彼だけでも逃げるくらいは出来たのではないかと思うと、その度に胸がぎゅっと締め付けられるように痛んで、目からは涙がこぼれた。

 連れ去られたとはいえ、リルにはまだ希望がある。ブルームが再会を渇望していた自身の娘なのだから、傷つけたり、ましてや命を奪うようなマネはしないだろう。だが、宗助はどうだろう。どういった理由で彼が連れ去られたのかは不明だが、どう考えても彼を生きたままこちらに戻してくるとは考えられない。ブルーム達の所在地は未だにほぼ手がかりなし。

 殺されてしまったも同然だ。千咲は、また目頭が痛いほど熱くなるのを感じた。


「………。私のせいだ……。私のせいだ。私のせいだ。私のせいだ私のせいだ私のせいだ! ……宗助……!」


 背中を丸め、許しを請うように彼の名前を呼ぶ。


「……稲葉隊長……、私は、どうすれば、よかったんですか……」


 今は亡き隊長に問いかけてみても当然答えは返ってこない。その代わりに居なくなってしまった人達との思い出が瞼の裏でいくつも去来する。

 岬と自分が初めて出会った時のこと。

 初めてアーセナルに来た時のこと。

 厳しい訓練の毎日だったり、徐々に仲良くなれた隊員たちのこと。

 病院で宗助と初めて出会った時のこと。

 岬と三人で買い物に行ったこと。

一緒に夏の町を駆け回ったこと。

一緒に花火を見たこと。

 それから、それから……。

 ゴンゴンゴン、と扉がノックされる音がして、「おい千咲、怪我はねぇのか、ちゃんと診てもらえ」なんて言う不破の声が聞こえたが、千咲の耳には届かない。ただただ思い出の中を漂っていた。

 不破のノックの音はやみ、千咲の部屋は千咲の鼻をすする音と時計の秒針の音だけが鳴る静かな空間へと戻り……、それからどれくらいの時間が経ったか。


「入るよ」


 今度は、岬の声が聞こえてきた。

 彼女の声に少しだけ千咲の耳は反応したが、それでも返事をする気力もなく微動だにしない。

 数秒して、玄関扉が開く聞きなれた音がした。

 そして、ぎし、と廊下の床板が軋む音と、微かな足音。


「千咲ちゃん」


 背後から、名前が呼ばれた。



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