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machine head  作者: 伊勢 周
22章 限りの無い命
242/286

暗転

 基地から外に出たリルは煙が空へ上っている方角へひたすら進み、基地のゲートを出て林道を少し走ると、ひっくり返った戦車や破壊された装甲車があって、何人もの隊員達が倒れており、救護隊員達が負傷者を慌てた様子で手当てをしたり、重傷者を担架で運んだりしている。

 それは自分の父親と彼らが殺し合った結果だ。


「……っ、宗助は……!? お父さんはっ!?」


 リルは息を切らしながら辺りを観察する。


「宗助とは、スワロウの生方さんの事か?」


 近くに座り込んでいた若い男がリルに話しかける。


「あの人のおかげで俺達はとどめを刺されずに済んだが……今、多分一人で戦ってる。言っちゃあ悪いが、戦車三台を無傷で破壊しちまう男に、いくらスワロウの超人でも、生身一つで勝てるとは到底思えんがな……」

「どこに……、どこに行ったのっ!?」

「……知ってどうするつもりだ、お嬢さん。避難しろと言われなかったのか?」


 その時、ずしん、という音が響く。リルがそちらに振り向くと、遠くで大きな木が倒れているのが見えた。


「あっちだ……!」


 リルはまたそっちに向かって、背後からの制止する声を振り切り一目散に走る。


「はっ、はっ、はっ、はっ……くっ、……!」


 かなりの長距離を走っている為、息が上がる。それでも足を上げて、少しでも前へと走り続けた先に、父親の背中を見た。そしてその向こう側に……大事な友達が血だらけで倒れる姿も。


「……っ、お父さんっ!!」


 リルが叫ぶと、ブルームはゆっくりと振り返る。


「……リル、リルなのか……?」


 ブルームは信じられないという表情で呟き、彼女を見つめる。一方でリルは険しい顔のまま肩で息をしながらブルームに歩み寄っていく。


「本当にリルなのか……? あぁ、どれだけこの時を、待ちわびたか……」


 ブルームは地面に膝をついてリルと同じ視点になり、彼女を迎え入れるように両腕を軽く左右に開いた。リルは無言のままブルームに近づいて行き、彼の目の前に立った。


 そして。リルは右手を大きく振りかぶり――ぱちんっ、と言う乾いた音が響いた。

 リルがブルームの左頬を右手で思い切り叩いたのだ。


「……?」

「わたしの、大事な友達に、……何してるのっ!!」


 息を切らしながらリルは叫んだ。彼女の両眼には涙が溜まり潤んでいる。頬を叩かれたブルームは、一体何が起こったのかわからないという表情で目の前のリルを見る。


「もし、このまま宗助がし、死ん、じゃったら、一生許さないっ! ジィが立てなくなったら、絶対に許さないっ!!」


 嗚咽を漏らしながら、涙をこぼしながら、リルは続けて父を批難する。


「宗助達だけじゃないっ! 今までお父さんが傷つけた、殺した人たちと、その家族や友達、皆にあやまって! 許してもらえなくても、ちゃんと謝って!」

「リル……。いいや、これは、今までお前をずっと迎えに来られなかった私に対する罰だと、受け入れよう。十年間、つらい思いをさせて本当にすまなかった」


 ブルームは見当違いな事を謝り始め、それを聞いて余計にリルの眼から涙がぼろぼろと零れ落ちる。宗助やジィーナ、スワロウの人間達を傷つけることを悪だと感じていない。理解が出来ないのだ。正義だと心の底から信じているから、リルが怒っている理由が理解できない。


「違うっ、私の事は、……っ?」


 反論しようとしたその時、リルを眩暈が襲った。あまりに強い、平衡感覚が失われ世界が反転したかのようなその目眩に、リルは頭を抱え苦悶の表情を浮かべる。

「……そ、すけ……。お、うさ……」


 そしてそのまま目を閉じて意識を失ってしまう。倒れそうになる直前にブルームが彼女を支え、抱きかかえた。


「……やはり期限が迫っている。急いで来て正解だったな」


 彼女の両目に溜まっていた涙が、つつ、と二筋頬を流れ落ちた。


「リ、ル……」


 地面に伏せている宗助がかすれた声で彼女の名前を呼ぶが、彼女はもうピクリとも動かない。


「十年以上別々に過ごせば、当然考え方に差は出るもの。小さい子供なら尚更だ。だが、すぐに理解できる。心配しなくていい」


 リルを抱えたまま立ち上がり近くの草むらにそっと寝かせると、次に宗助に歩み寄り彼の襟元を掴んで乱暴に持ち上げて、そのまま引き摺りながら歩きリルの所へと戻る。


「鍛えられたドライブ能力者は頑丈だからな。それくらいじゃあ、まだ死なないだろう。お前にも『協力』してもらうぞ」


 リルに話しかけた時とは対照的な冷酷さで宗助に向かってそう声をかけ、そしてリルの横に捨てるように置いた。その宗助は土埃と血でどろどろに汚れていた。

 そこに、すたたたたっ、と軽やかな足音が一つ彼らに近づいていた。それはブルームのすぐ背後まで近づいてきており、何者かの接近にブルームは振り返る。そこには赤い髪を翻す少女が刀を左わき下に振りかぶってまさに自分に斬撃を加えようとしているところであった。

 一文字千咲だ。彼女の髪や瞳の赤は普段より濃く赤く、肌も赤らんでいる。彼女がドライブ能力の持てる力を最大限引き出した際に現れる特徴だ。振りかぶっていたと思っていた刀はまるで瞬間移動したかのようにブルームの首の真横まで迫っていたが、ブルームは後方に跳び紙一重でかわす。

 千咲はかわされたと認知するや否や無理やり斬撃を止めて剣尖をすぐさまブルームの喉元に突きつけ、右足を強く踏み込んで突きを放つ。ブルームは思い切り腰と背中を反ってその突きを回避し、両手を背後に回して地面に掌をついてブリッジの態勢を取ってから両足で地を蹴り下半身を浮上させ、腕だけで身体を支えつつ千咲の顎を狙った蹴り突きを放つ。

 千咲はそのカウンターに対し、右手を刀から離し身体を横へずらし避けようとする。だが、想像以上に蹴りが速く、彼女の首筋を掠める。それでも怯まず、左手に持った剣の柄尻を思い切り振り下ろしブルームの腹部を叩いた。

 ガチンという音が鳴る。


「っ!?」


 ブルームの身体から返ってくる人間のものではない硬い感触と音に千咲は驚き一瞬戸惑ってしまう。背中から床に叩き落とされたブルームは千咲から離れるために地面を二回転横に転がり、その回転運動を利用して立ち上がる。

 そうしてお互い少し離れた間合いを開けて構え立つ。


「また、邪魔が入ったか……」

「……。成程、あんたももう、生身の人間じゃないってこと……」


 宗助と同じくシェルターの時のフラウアを思い出して、千咲は少々身体がこわばった。


「邪魔をする者は排除する」

「待ってて宗助、リル、すぐに助けるから……」


 千咲は視界の端に存在しているリルと血塗れの宗助を救助する為に今どうするべきか必死で考えていた。このまま単純に二人を担いで逃げるのはまず不可能だ。倒れている宗助をちらりと見たところ、もともと怪我をしていた部分を再度抉られた形でかなりの重傷だ。出血もひどく意識が朦朧としているようで、一刻も早く手当をしなければならない事は明白。千咲は焦るが、目の前に居る敵は簡単に倒されてくれるとも思えなかった。

 千咲が焦る理由はもう一つあって、彼女は今、ドライブで発生させた熱を自身に還元して強力なエネルギーとする荒技を使っていて、それは爆発的な運動能力を千咲自身に与えるのだが、数分間しかそれは保たれず、しかもそれが終わると強い疲労感と脱力感に襲われしばらく動く事さえままならなくなるのだ。もろ刃の剣である。

その数分の間に相手を倒さなければ、宗助とリルを助けるどころか自分までもがブルームに殺されてしまう。足踏みしている時間はない。

 千咲は再度刀をブルームに突きつけて突進する。今の彼女にとって数メートルの距離は一足飛びの範囲内。一気にブルームの懐に入りこみ、横なぎの斬撃を与える。しかしブルームはまたしても紙一重でそれをかわす。さらに踏み込んで突き、切り上げ、振り下ろし、……全て見切られ避けられる。それでも反撃の隙を与えないよう、ひたすら攻撃を続ける。

 そんな空を斬る虚しい音が、数分間ひたすら続く。


「目に見える攻撃で私を倒すことは出来ない」


 ブルームが呟いて、そして右拳を握り静かな一撃を千咲の鳩尾に向けて放つ。千咲は身体を捻りなんとかかわすが、そのかわし方が悪くてすぐに次の体勢へと整えることができない。そんな彼女に向かってブルームの左拳が続けざまに襲いかかる。


「くっ!」


 千咲は咄嗟に後方に跳んで迫り来る拳から逃れるが、避け切れない。拳が右胸にかすり、その衝撃に空中でバランスを崩し背中から地面に落ちる。


「うあっ!」


 背中から肺を強打して呻き、それでも仲間を助けたい一心で転がり起き、膝をついて右手で握った剣を盾のようにブルームに突き付けて間合いを取る。


「ハァッ、ハァッ、ハッ……!!」

「もう終わりだ」


 千咲は激しく息切れを起こした。その場から立ち上がることが出来ない。彼女の髪や肌の赤みは徐々に薄れ始めていて、それは強化状態の終わりが近い事を意味していた。ブルームもそれを察している。


「連れて帰るのはリルと、そしてこの生方宗助だけで十分だが、……今後邪魔をされるのもまた面倒だ。これを機に更にもう一人削っておくか」

「……くっ、はぁ、はぁっ……!」


 ――私の身体、動いて……! これ以上仲間を失いたくない……お願い、あの二人を、助けるまで……!

 千咲はそんな風に、頭の中で自分に喝を入れるが……肉体は構えるのが精一杯になっていた。強化の反動が激しく彼女の身体を蝕んでいる。千咲はなんとか立ち上がろうとするがそれどころか握力が麻痺し始めて、彼女の右手から刀がこぼれ落ちる。

 そして千咲自身もまた、バランスを保てなくなりフラつき、両肘を地面についてしまう。


「……宗、助っ……!」

「未熟な能力だな。もう終わりだ。……、……?」


 ブルームが千咲に近づき始めたその時、突如彼らの周囲を強い風が吹き荒れ始める。

 強い風は土と砂、木の葉を巻き上げ、またたく間に砂嵐となる。地面に円を描くそれはちょうどブルームとリル・宗助を囲むように、つまり千咲とその三人を隔てるように、一秒おきに強さを増していく。そして何度か呼吸をする間に、視界もままならぬほどの強烈な砂嵐が完成した。


「……これは、まさか……」


 ブルームがそのドーナツ状の砂嵐の断層に指を近づけると、バチバチっと音がして彼の指先は激しく裂傷した。


「生方宗助……。まだこんな力が残っていたのか」


 ブルームが振り返ると、そこに居る宗助は倒れたままではあったが、確かに倒れた彼の右手周辺が特に風が激しく唸っていた。この嵐の起点は宗助の右手だ。

 ブルームの頭には、嵐が収まるのを待ってもいいと考えはあったが、一秒でも早くリルに新しい記憶補助ナノマシンを施さなければ、という使命感が勝り……。


「目的を見誤るな。早急に引き上げよう」


 ブルームは自分を戒めるように呟いて、懐からドリンク缶程度の大きさの装置を取り出す。




 一方で嵐の外に居る千咲は、目の前で巻き起こる嵐を唖然とした表情で見上げていた。まるで砂の壁で、砂嵐の中は殆ど見る事は出来ないが、生方宗助によるものであるとすぐに理解できた。

 すると。


『……さき、……千咲、……今は、逃げてくれ』


 そんな声が微かに風にのって彼女の耳に届いた。周囲を見回しても人なんていない。その声は間違いなく、嵐の中に居る生方宗助からのものだった。


「そう、すけ……」


 千咲は苦悶の表情を浮かべながら耳を澄ます。風に乗って、掠れた声が続けて聞こえてくる。


『今の、俺達じゃ……勝てない……だから、なんとか逃げてくれ、ブルームが今、どんな状況かを、皆に伝えるんだ……』

「いやだっ」


 千咲はその声の命令を反射的に拒否する。


「あんたは、いつも勝手にそうやってっ……すぐにこの風を止めて! 私は、まだ戦えるっ」


 それがただの強がりなのは明白で、千咲の身体はさらに脱力し宗助の風の余波を受けただけで横向けに倒れてしまう。


「あんたがここで残って、殺されたら……わたしっ……、岬は、どうすんの……!!」


 なんとか両手で上半身を持ち上げ、声を絞り出して嵐の中へと問いかける。だが、もう返事はない。千咲が顔を上げると、砂嵐は徐々に勢力を弱め、周辺の視界は回復し始めた。未だ脱力感に震える手で刀の柄を握ると、ブルームの居た方向……砂嵐の内側へと目を凝らす。

 千咲の瞳には、少しずつ少しずつ、現実が映り始め……。


「……、ねぇ、……そんなの、やめてよ……」


 震える声で呟いた。無情にも、既に砂嵐の内側にはもう誰の姿もなかった。ブルームも、リルも、宗助も。残っていたのは、彼の流したであろう血のあとのみ。

 二人は、ブルームに連れ去られた。


「そう、すけ……! リルっ……!」


 力の入らない腹筋を最大限使って、彼らの名前を呼ぶ。

 当然返事はない。

 風も吹かない。


「返事を、して……! ……してよっ……!」


 千咲は林の中で、たった一人になった。


「……お願いっ……返事を……!」


 彼女の目からぽろぽろと涙がこぼれ始めた。受け入れがたい現実と喪失感に打ちひしがれ、千咲は地面にうずくまる。今更になって身体は脱力感から解放され始めた。それが余計に悔しくて悲しくて、腹が立って……。

 不破や宍戸達がそこへ駆け付けるまで、千咲はずっとその場所で立ち上がれず、うずくまって呻くように泣いていた。




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