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machine head  作者: 伊勢 周
22章 限りの無い命
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再来

 オペレータールームでは、千咲が突然あらぬ方向へ走り出したことに驚きの声が上がっていた。海嶋が慌てて千咲に連絡を入れるが、繋がらない。


「一体なにがあったんだ……?」


 引き続き千咲にコールを入れながらも、彼女の全速力での走行に全員が頭上にクエスチョンマークを浮かべた。そんな中、基地の周囲を恒常的に哨戒している部隊からも連絡が入った。


『正体不明の車両がアーセナル敷地内を走行中。南側ゲート付近より進入した模様。哨戒班が対応に向かいました』

「正体不明の車両?」

『はい。筐体事態はそれほど大きな車ではありませんし、武装や装甲もありません。外装に特に所属団体などの記載なし。……哨戒班より映像が届きました。同期します』

「わかった。海嶋、メインモニターに出してくれ」

「了解、同期完了。映像を出します」


 少しぼやけているが、一人の男が白いワゴン車に乗って運転席に座っている写真が映し出された。その時点で室内はざわつき始める。その写真に鮮明化の画像エフェクトがかけられると更に鮮明にその顔が浮かび上がる。

 オペレーターの一人が声を上げた。


「ブ……ブルームだ! どうやって、いつの間にここまで来た……!」


 その声を皮切りに室内のざわめきと混乱は最高潮となる。


「落ち着け、しっかりと正確な情報を把握して、今必要な対処をするまでだ!」


 ざわめく面々に向かって雪村が厳かな声でたしなめる。だが、ほんの一か月ほど前にそのモニターに写っている男によってもたらされた恐怖と悲しみは全員の胸に根深く刺さっており、動揺するなと言う方が無茶であることは雪村も理解はしていたのだが。


「必要な対処と言いましても……あの男には、以前も手も足も出なかったのですよ!? 今は稲葉隊長も居ないし、宍戸さんも不破さんも外に出てる! どう対処すれば……!」

「だからこそ落ち着けと言っている!」


 隊員の一人が泣き言を叫ぶが雪村は大きな声で今一度平静を取り戻すよう訴えた。


「海嶋、お前は宍戸と不破に急きょ戻るよう連絡しろ。一文字にもだ。それから生方、白神含めアーセナル全部隊にもブルームの襲来の報とその位置を伝達。非戦闘員は裏の北出口から速やかに退避。……そして、桜庭」

「はい」

「お前は今すぐリル・ノイマンのところに行け」

「リルちゃんの……?」

「時間がない、早急に行動に移してくれ」

「それは、私は、この場所に必要ないって事ですかっ?」


 珍しく桜庭が困惑と少しの怒気を含んだ声色で雪村に食って掛かる。雪村は焦って言い方が雑になってしまったことを後悔しながら、桜庭をたしなめる為少々声のトーンを和らげて言う。


「そうではない。奴の狙いは間違いなくあの娘だ。その時にお前があの娘の傍に居れば、スムーズに位置を把握できるし柔軟に対処が可能と踏んだからだ」

「それって……リルちゃんを、ブルームに差し出すつもりですか……?」

「その可能性もゼロではない。もともと二人が親子なら、そしてそれでブルームが攻撃を止めるのなら、基地のスタッフ達の命には代えられん」

「そんな……!」

「引き渡す事が決定事項だと言っている訳ではない。奴を倒す事が最優先だ。だが、……備えは必要だ」

「そうなったら、……リルちゃんと、ジィーナさんはどうなるんですか……!」


 リルと十年以上共に過ごしてきたジィーナを引き離すことになる。そして何より、そんな親代わりのジィーナを半殺しに追い込んだブルームをリルがどう思うのか。

 そんな事を考えると、桜庭は雪村のその作戦に従う気持ちにはなれなかった。自分が今作戦指揮を乱していると自覚し、そしてアーセナルの一員で司令の命令は絶対だと理解していても、だ。

 オペレータールームを静寂が包む。

 そこで桜庭の隣で海嶋が口を開いた。


「……桜庭。ジィーナさんも生方君も怪我で倒れていて、岬ちゃんも人の事をどうこうできる状態でもないし、千咲ちゃんも任務に出ている。リルちゃんが今一番頼れる人は君だと思う。だから、ここは僕らに任せて傍に行ってあげてくれ。あの子も安心するよ」

「海嶋くん……」


 納得がいかない、と言わんばかりに下唇を噛みしめて眉間に皺を寄せた表情だったが、海嶋にそう説得されると少し俯いて黙る。数秒して両こぶしをぎゅっと握りしめてから、自分の端末からイヤホンのプラグを勢い良く抜き取り隊支給の携帯電話を懐から取り出してそれに差す。それを無言で海嶋に向けて見せる。海嶋も無言でうなずくと、桜庭もうなずき「行ってきますっ」と言って俯きながらも早足で出入り口に向かい部屋を後にした。


「すいません、司令。でしゃばった真似を」

「いや、助かったよ海嶋」

『陸上部隊より通信、スナイパー配置完了しました。まず右後輪を狙撃する』

『了解。ブルームには磁力のドライブがある。弾道がそれるなど不可思議な現象が起こった場合攻撃を中止し位置をポイントBに移動せよ。第二作戦に移る』

『了解』


 先立って出動した部隊から作戦進行の通信を傍受したものがスピーカーから流れる。既に戦闘は始まっているのだ。モニターには林道を走る車の姿が上空からの視点で映しだされており、このまま何も策を講じなければものの十分で基地に到着してしまうだろう。


「でも、おかしいな」


 海嶋が映像を見てそう呟いたのを、秋月は聞き逃さなかった。「おかしい? 何が?」と早口で問い質す。


「いや。ブルームのドライブ能力は磁力なのになって思って」

「は?」

「あぁ、ええと。前にブルームがこちらに攻めてきた時、奴はここの機械類が狂うくらい強力な磁力を常時放っていただろ? 一瞬でライフル弾の弾道を捻じ曲げてしまうくらいのさ。それは見えない防御壁だったわけだけど、そんな状態だと車なんて精密機械を上手く運転できないんじゃないかって思って」

「確かに、言われてみれば……」

「思ったのはそれだけ。もしかしたら車の外側だけ磁力を設定できるのかもしれないし……」


 その時、ブルームの車が小さく揺れ、その後車体がガタガタと上下に揺れ始め、そして車体が舗装された道から大きく逸れて坂を転げ落ちる。


『タイヤ破損を確認』


 狙撃手がタイヤを撃ちぬいたようで、コントロールが難しくなったのだろう。車は回転しつつ樹木に激突、走行を止めた。


「……! 銃弾が当たったのか……! しかしなぜだ!?」


 良い結果の筈なのだが、それを見ていた一同はその展開と事実に驚きを隠せずにいた。


「やはりブルームは今、磁力のシールドを展開していないのでは?」

「それが、なぜ、なのだ。車をスムーズに運転する為? そんな理由なら馬鹿げている」


 雪村と海嶋がそんなやりとりをしつつ、展開されていく作戦の様子をモニター越しに見る。車は走行を停止し、車内からブルームが無防備に姿を現した。


「奴は一人か?」

「そのようです」

「単身、無防備な状態で……ますます、どういう考えなのかわからない。今、たまたま宍戸や不破が出ている時だが……こちらの動きが奴らにばれていて、その上での単独侵攻なのか」

「司令、宍戸隊長に連絡が取れました! すぐに戻る、と」

「不破副隊長も同様です!」

「わかった。急いでくれ……。それと、街の様子はどうだ」

「特にマシンヘッドなどによる襲撃は今のところ報告されていません」

「…………。それではブルームは、単独でも勝てると、そういう算段でこちらに乗り込んできたわけか。舐められたものだ」


 幾つかの予測を立てている最中でも、陸上部隊・狙撃手部隊の作戦進捗状況が音声で流れてくる。聞こえたのはブルームの殺害命令。銃撃が通るのなら、不思議な力を使わないのなら、スワロウの特殊能力部隊に頼るまでも無い。

 この基地には、仲間達や家族・友人を殺された事によるブルームへの恨みが兵士達の中を駆け巡っている。恐怖はあるが、それ以上に闘争心と復讐心がライフル弾に込められている。


「司令、このままブルームを攻撃させるのですかっ?」


 ブルーム達の事情を知っているスワロウの人間達は複雑な心境だ。彼らにとっても仇敵に間違いない。ブルームによって稲葉という大きな存在が奪われたし、家族や友人を奪われた隊員も居る。しかしブルームはリルの父親で、そしてブルームがこちら側の世界に追われた顛末も知っている。だから秋月はそう叫んだ。このままブルームを殺害することに成功したとして、それで解決、で果たして良いものなのかと。しかし、だ。


「こちらに攻撃を止めるよう要請する合理的な理由はない。このままブルームの基地への侵攻を見逃せば、一か月前の二の舞だ」

「じゃあ、……せめて急所を外すとか」

「そんな甘い考えが通用する奴ではない、という事は、前回で判っている筈だ、秋月。我々も仲間や家族を奪われている。こちらも必死だ」

「そうですが、しかし……」


 その時、ブルームが素早く腕を動かしたのが映った。ほんの一瞬の間で、すぐにブルームは腕を止めた。


「……?」


 顔の前に握り拳を作ったまま止まっている。一同が何事かとモニターを注視すると、ブルームがゆっくりと掌を広げた。そこにはなんとひしゃげてぐしゃぐしゃになったライフル弾が握りしめられていた。


「掴み取ったのか……ライフル弾を!」

「バカな、そんな事を出来る人間が居るのかっ!」

「だが、現に奴はそれをしている! 間違いなく狙撃位置はバレていなかった、それなのに、撃たれた瞬間反応したというのか……! バケモノめ……!」


 ライフル弾は掌からゆっくりとこぼれ、地面に着地する。それと同時にブルームは凄まじい速度で駆け出した。人間のそれとは思えないほどの回転速度で右足と左足が交互に踏み出され、ぐんぐんと彼の身体を前方へと運んでいく。車での移動時と変わらない、いやもしかすると車よりも速い速度で、ブルームは林道の坂を駆け上っていった。


「なっ、なんて速さだッ! 奴の侵攻を食い止めろ。足を潰せ、撃てるか」

『了解』


 そんな作戦命令が流れたが、銃弾はブルームに届かず、彼の足は一向に止まらない。



          *



 ブルームがアーセナル付近に現れるほんの少し前。天屋家では宍戸達によるコウスケについての話は続けられていた。


「天屋先生、まだ、気になることがあります」

「ほう。なんだね」


 宍戸がそう言うと天屋先生は話すよう促す。


「話を聴く限り、あなたはリルとジィーナと同じように、マオの秘密を知ってしまった、あちらの世界からの……言ってしまえば逃亡者。しかし、なぜあなたは追手に襲われず、リルやジィーナは今も執拗に狙われているのでしょう? 話を聴けば、彼女らには賞金までもがかかっている」

「……その部分は、お前から話を聴いていて私も不思議に思っていた。奴はなぜそんな無力な娘二人を執拗に連れ帰る事に重きを置いているのか……」

「コウスケさんは、リルやジィーナについて他に何か言っていませんでしたか?」

「そうだな……言っていたような……」


 先生が記憶を探ろうと顎を触りながら天井を仰いだ、その時。

 ビー、ビー、と宍戸の携帯が鳴り響く。この着信音は、緊急時に鳴らされるものだ。素早く懐から携帯を取り出し通話ボタンを押す。


『宍戸隊長、緊急事態です! すぐに基地に戻ってください!』

「何があった」

『ブルームが、また基地近くに出現し、まっすぐ基地へと近づいています!』

「なんだと……? すぐに戻る。すぐに戻るが詳しい状況を教えろ。簡潔にな。戻りながら聴くから通信は繋いでおく」


 宍戸はそのまま胸ポケットに携帯電話を入れた。


「一体何事ですかっ?」


 ただならぬ様子の宍戸に対してエミィが尋ねる。


「ブルームがまた基地まで来やがった。すぐ戻るぞ。不破も一文字も外に出てる。今基地にはまともに奴と戦える人間は誰も居ない」

「えっ……」


 エミィとロディはそれを聴いて、自分達が痛めつけられた際の恐怖を思い出し、顔を青くさせた。宍戸は天屋先生に対して向き直り、「今日はありがとうございました、また来ます」と告げて一礼し、そして早足で部屋から出る。


「あぁ。くれぐれも気を付けてな」


 天屋先生が去りゆく宍戸の背中に声をかけた。エミィとロディも立ち上がり慌てて宍戸について行く。出口付近でばっと振り返り「お邪魔しました!」と早口で告げて部屋を出て行った。


 そして書斎には天屋先生と娘の雫だけが残った。天屋は特に表情を変えず落ち着いた状態で座って見送ったが、雫は少々目をぱちくりとさせて目の前のドタバタを見送っていた。


「雫。宍戸は本当に鋭い男だ。子供の頃から、ずっとそう」

「鋭い……目つきの事ですか?」

「ははは。なるほど、確かに目つきも鋭いが、……いつからかはわからないが、私達がこの世界の人間ではないという事はどうやら感づかれていたようだ。なかなかに勇気のいる告白だったのだが、宍戸は表情一つ変えなかった。あれは間違いなく気付いていたな。ここに来る前から。お前には奴の心はどのように見えた」

「混じりけのない、力強い色でした。決して曲がらない決意が見えました。動揺や後ろ向きな心はなくて」

「そうだろう。今のあいつを敵に回して勝てる人間はそうそういまい。そう私は感じるよ」

「それでも……今こちらで何か大変な事が起きています。それもこちらの住人ではない人間達の仕業で。私達にお手伝いできることはないのでしょうか?」


 雫が天屋に尋ねると、彼はしばらく黙りこんだ。


「そうだな……ゆゆしき事態だ。拳で戦う事は出来ないが、何か力になれる事があるかもしれない」




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